ヒーローという得たいもの

「……これって銃刀法違反じゃないの?」


 拳銃と長剣を佩く。疑問から微妙な面持ちでいたせいもあり、余計似合わない格好であったのだろう。凛雄に含み笑いをされる。


「なあに今更なこと言ってんだよ。武器もなしに戦いに行けるわけないだろー」

「僕みたいなのが持ってても怒られない?」

「ぷっ。……ああ、国のお偉いさんには公然の秘密だし、指導は受けたんだろう?」

「まあ、一応」


 剣の扱いも同様に、限られた時間の中で行われた。一通り頭に詰め込み、全くの初心者

 ではなくなっている。


「なら大丈夫だろ。ほら気張っていこうぜ。俺は留守番だけどな」

「凛雄、」

「定員オーバーじゃなけりゃあ、行けたんだけどなあ」


 申し訳なさが募る。僕は先輩達を差し置いて討伐隊に組み込まれた。だが、凛雄は全然気にしていないようだ。


「伊織も行くんだっけか?」

「うん。適合者の中では異例の立場だから……」


 なりようが自発的でなく、蛇が原因と思われる彼女だ。その資質がどれほどか確かめる兼ね合いから参加が認められた。

 ちなみに僕の場合は副団長の推薦である。強く押し切って枠に入れさせた様は圧巻だった。生きた心地がしなくなる視線が集まるその場には、もう居合わせたくはないが。


「なあ、生きて帰って来いよ」

「っ」

「本当は反対なんだぜ。お前らはここに来たばっかりなのにもう前線だからな」


 多くはないものの、決して実力が低くない凛雄が外されるぐらいには今回の討伐隊に立候補者がいた。遺言もあり僕へと多く向けられた視線には嫉妬が込められていたが、彼は純粋に僕らの身を案じてくれる意である。人付き合いが少ない僕であるから、胸に暖かいものが広がる。


「正直、うまくやれるか自信はないけど、得たいものがあるからね。精一杯頑張るよ」

「へえ、どういうもん?」

「秘密。恥ずかしいから」

「じゃあ仕方ないな。健闘を祈ってるぞ、ヒーロー?」

「知ってて聞くなよ……」


 絶対に伊織さんだな。話したのは団長と彼女だけであり、凛雄に伝えられるのは後者だ。口止めしていなかったことが悔やまれる。


 見送られながら、僕は用意された軍艦に乗り込む。大きさは思っていたよりそれほどではないが、砲台があることに嫌でも緊張を強いられた。


 ◒



 船員は全て適合者で占めていた。最低でも操縦士だけはいると思っていたが、その方も見知っている者である。


「丁度、運よく免許持ちが一人いたんだ。後は今回の件で勉強し始めたもんが数名だな」


 適合者でも能力が優れているものは心の内を読めるのだろうか。副団長が懐疑に答えて手で「こっちへ来い」と招いており、その隣には伊織さんがいた。


「具合はどうだ? 船酔いか、緊張のしすぎはしてないか?」

「今のところは平気です」


 ここまで来ておいて未だ実感がわいてないせいか、心にはゆとりがある。副団長といることにより集まる視線で身を縮こませそうになるが、棘がないのでそうならないでいる。きっと、予てより僕のことについて説明があったからだろうな。


「小沢には期待しているからな。なんせ七年の資質だ」


 目を輝かせ不敵に頬を吊り上げる様に対し、僕なんかが役に立てるのかと思ってしまう。そのために志願してまで来ているが、どうしても疑念を抱くのを止められない。

 適合者の資質の定義が早く発現すればするほどある、つまり時止まりの経験年数が小学生の頃からで計七年の僕は大いにあるとされている。

 団長は五年目だったらしく、僕が現れるまでは一番の年長者だったらしい。団長はともかく、自分自身に関しては全く信じられない。だって、それならどうして身体的な能力がこうまでないのか。まあ、やはり自信のなさだろうな。


 内心憂いでいると、横からつんつんと指でつつかれる。その方向を向くと伊織さんは「頑張ってね」と微笑んだ。


「舞台としては最高の場所だよ。……私の気持ちを託すから、どうかお願いね」


 件の鯨との戦闘は資質がものをいうらしい。というのも、時を動かすことができる能力持ちである敵と、前代未聞の事例なのだ。

 そのせいで団長は死んだ。敵の能力の詳細は通常に流れている時をゆっくりとさせるものだ。これは時止まりに似て非なる。


 まず時止まりは自然発生し、対して鯨はその個体自身が起こしている。又、これが問題なのだが、適合者によって動ける範囲が違うのだ。

 資質がよりあるものは流れの遅くなった中でも十分に動けた。つまり団長のことだが、それ以外の者は鯨の脅威に曝され、そして彼は……。


 そのときの光景を最期まで想像し、沸々と込み上げてくるものがある。僕に加え、伊織さんは津波による親しき被害者の分もあるだろう。

 彼女はイレギュラーな適合者の発現のため、後方にて支援の立場で、資質についてどの程度か確認することになっている。一般的な適合者と同様に年数によってかは、実践にて見るしかない。

 この先再び能力持ちの敵が現れる可能性があるから、危険を承知で戦力に加えられるかを判断するのである。


 気持ちを託す、とはなんて重みがあるものだろう。伊織さんの言葉にてようやく実感が湧いてくる。手の平がじわりと汗ばみ、僕は握りしめる。


「任せて」


 彼女を前にすると前向きの気持ちになれる。僕にはできないからと一人では口にしないことをしてしまう。

 挑戦からやる気に満ちたところで、「標的を確認!」と船内中に叫ばれた。


「総員、各自に配置につけ!」


 僕は副団長の後についていき、伊織さんとは別れる。舳先にて足を止めたのでその隙に目を凝らすと、件の鯨が悠然と存在している。

 距離はかけ離れているが、適合者として鍛えた視力で捉えることができた。


「聞けえッ」


 副団長の小さな身から、怒声のごとき言葉が発せられる。


「いいか、目標はあくまで鯨だ! 他のもんは薙ぎ払う程度で、追い討ちはしなくてもいい。ここで奴を絶対に討つ!」


 最前線に躍り出る者に対してだ。その場に熱気だけでなく殺気も孕み、僕はぞくりと背筋が寒くなった。ここにいるものは全員、戦場を経験している。

 だが、恐れは一瞬だけだ。覚悟はとうにしてある。


 唇を濡らし、勇ましく口端を吊り上げてやる。


「団長の報いを受けさせろ! だが、そのためにここで死ぬのは許さねえからな。みんな生きて凱旋すんぞッ!」

「オオオオオオオオォォ!」


 咆哮はまるで獣のようできっと、その通りだった。本能に任せるように原点に戻り、生き残りの闘争を行うのである。

 僕は銃の重さを感じ、剣の柄を軽く触れる。初めての戦闘での僕の武器で、扱い方が慣れていないとはいえ頼りになる。


 軍艦が急進して、その付近の潮にはいくつもの大小ある影があった。空からも同様に差してきて、一触即発の雰囲気である。

 標的との距離が縮まってきたところで、僕は息を呑んだ。想像以上に巨大だ。人間の何十倍もある図体は、生き物の摂理から逸脱しているとしか思えない。


 今度こそ完全に恐怖に襲われる。果たしてこんな敵を倒せるものだろうか。


「深く考えるな。正直、今の段階ではただ一つのことしか期待していないし、求めていない。敵が能力を発動した時、お前の真価を見せてやれ。それまではあたしらについてこい」

「……はいっ」


 気を呑まれていたのが軽減する。大丈夫だ、僕はできる。自信を力にしようと、心の中で何回も唱えた。

 集中力が深まり最高までに達したとき、号令がなされる。


「突撃!」


 僕はまず、置いて行かれないようにがむしゃらに奔った。といっても少し前だったら行えることに馬鹿なと一笑に付す、水上走りである。

 踏み込む足に力を入れ、且つ脚を前に出す。失敗したとしたら置き去りになる前に沈むので、その必死感から並行して進んでいくことには成功している。


 空中と水中から迫撃せんとする標的以外の敵、鳥や魚に関しては主に後方の仲間が露払いしてくれる。大砲や実は空から追尾していた戦闘用航空機の殷々が鳴り止まないでいた。

 敵の血が一方的に流れる。悲鳴には耳を傾けないようにしてただ前へ。標的と相対したとき、あの声が響き渡る。


「オオオオオオオオオオオオオ!」


 僕は思わず顔を顰めた。大音量に負けじと、こちらからも戦闘用航空機からのミサイルが放たれる。

 そして、時が揺らいだ。


 僕はいつも通りだった。だが、周囲の動きが個人差はあるものの緩慢になってしまっている。件の鯨を除いて。

 沈んでしまわない故に、前を奔っていた仲間の頭上を飛び越える。着水して一気に先頭に躍り出たところで、鯨は止まったミサイルの軌道上から逃れている。時の流れが元に戻った。


「流石だな」


 副団長がすぐに僕に並び、称賛する。僕にとっては例え時止まりとは一風の現象だとしても、周囲と異なって動けることは普通である。特に感慨することなく、不発したミサイルの影響に耐える。


 その後、副団長はさっそく鯨へと斬りこんでいった。また能力が発動され、彼女でさえも目に見えて速度が落ちる。だが、浅いものの傷をつけるには至っている。


「小沢ッ」


 僕はハッとして、慌てて剣を抜いた。見ているだけじゃだめだ。

 まだ続く異常な時の流れの中、跳躍して剣を振り翳す。そのときに聞き覚えのある甲高い悲鳴が微かに聞こえ、迷ってしまった。それが致命的な隙となる。

 体に衝撃が走り、視界が潮一面へと切り替わる。


「っ、」


 息ができないが、こうして海水へと落ちてしまったことを想定しての潜水訓練はしてある。

 僕は直ちに状況を把握し、現状に至る敵を識別。敵でも問題なく動けるものがいた。海底へと牽引するイルカに強引に蹴りを入れ、逃れる。

 息はまだ耐えられる。だが、眼前にとびきり巨大な眼球があって、思わず口から多少の空気を吐いた。


 何もできず、ここで終わりか。


 いつの間にか水中に潜りこんでいた鯨が迫りくる様に、僕は激流に呑まれ失態にも目を閉じてしまう。そして、滞る聴覚が明瞭になり、事態の成り行きに驚愕した。


 生きている。それはまだいい、仲間が救出したなら信じられる。だが、敵である鯨にされてしまって唖然とし、頭の内では直感的にその意図を分かった。


「僕に殺されたいのか」


 返事は哀愁に満ちた鳴き声でなされた。僕は過去に一度、同様のものを聞いている。


「なんで、」


 含蓄するのは怒りと悲しみだった。反するような感情が混ざり合って、頭の中がごちゃごちゃする。結果、後者の悲しみが大きく残ることになった。


 なんて御門違いの感情だ。

 僕は継続して鯨の頭部に乗せられている現状に、取り敢えず気の迷いであった彼女を窺う。勿論、伊織さんのことだ。

 軍艦は夥しい数の敵に群がられており、彼女は仲間に庇われている状態でいた。きっと、叫ぶような状況にはなっていたが、僕が心配する必要などなかった。最前線を任されている僕にとっては杞憂で、もっと集中しろと後で怒られそうだな。


 だが、それは後のこと。僕は副団長を見遣ると殺れ、と目で伝えてくる。

 拳銃は濡れ、使えない。そもそも狙いがでたらめでも当たるとはいえ、この巨体には致命傷にはならない。元々標的以外への護身用だった。僕は決して放さないでいた剣を身構える。


「悲しいとは思うけど、哀れみはしないよ。だから、僕の勝手な個人の理由込みで討とうとすることに、どう思ってくれたってかまわない」


 非難の鳴き声はなかった。ただ静かに最期を待っている。


 僕は自身の力がこの巨体な鯨に通じる、通じないということは考えていなかった。苦しませず、楽にしてあげたいことに意識は傾いている。


「―――ごめんね」


 一撃に全力を注ぎ込み、罪悪感の言葉を残す。

 真下に振り下ろされた剣は鯨を裂き、絶命させていた。

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