カナコは店へ行った


 「感謝でござる」

 彼女は頭を下げた。



 当局の航空部隊をまいて、その後は高度8000でランデブー。

 近くで見るともっとなんか筋肉ゴリゴリなのかなと思ったけどそうでもなかった。

 なんなんだあの拳。

 あとよく考えると喋り方がやばい。



 「カナコ殿に着いてきてもらえねば、墓前に供えるためにあの場にいた幹部全員のそっ首持ち帰らねばならぬところでござった」

 「それは大変だったねえ」



 頭おかしい人なんだなぁ。



 「じゃあ復讐とかしたいの?」

 「いやそういうわけではござらん。拙者、くにを滅ぼされて学んだのだ。人間、集まるから諍いが起こる。無駄な血も流れる。あろうことかその血を啜って糧とするものもいる」

 「うんうん」

 「拙者は阿呆でござる。ござるが、とりあえずそういった諍いを糧とするものどもを全てブッ潰せば少しは良くなるのではないかと」

 「頭おかしい人なんだなぁ」



 聞くところによれば、彼女の故郷は魔法少女が介入した戦争によって滅びたらしかった。命からがら生き残った彼女は、絶大な権勢を誇る当局が抱える爆弾に目をつけた。


 「家業のちょっとした伝手がござって、カナコ殿の名声聞きしに及んでいたのでござる」

 「どっちかっていうと悪名じゃないかなあ……」



 私の所在を知っている。並外れた戦闘力。

 彼女の家の仕事って普通ではなかったんじゃなかろうか。


 いわく。

 妊婦の腹を裂いたり、木から人落っことして遊んだり、戦争の火種になったり。

 そういうのを全て私がやった。

 そういうことになっている。



 「違うのでござるか」

 「そういうことはしてない」



 彼女は不思議そうにしている。



 「当局とか国とか機関とかそういう人達にとって、私には何をしてでも隠しておきたい理由がある」


 「何を」


 「目をつぶって」



 素直に目をつぶった。そうするとぐっと幼く見えた。少なくとも拳で殴り込んできた女には見えない──彼女の目に手をかざす。遠い塔をイメージする。この世の全てを観測する純白のうてな。まがいものを取り払い、少しの間本当のことを見せてくれるように。

 ふわふわと黄色や青や赤の鱗粉が舞う。

 私も目を閉じる。

 会っておくべきだ。あのこに。


 りん、と鈴が鳴る。



 「目を開けて」

 「カナコ殿、これは」



 いきなり顔を掴まれた彼女は困惑している。



 「深呼吸して。すー、はー……うん。いいよ、下を見て」



 隣で小さく息を呑む音が聞こえる。

 そりゃそうだ。



 ──この国は、巨大な女の体の上にある。

胴体ら平地。腕や足は山脈。隆起する体の線に沿って街並みがある。

 顔は。

 殴り込んできた彼女によく似ている顔は。

 世界の涯を茫洋と見つめている。


 これこそが私の罪。

 誰もがこぞって私を封印したがる理由。

 最悪の魔女の遺産。数多の魔法少女の母胎。循環する魔力システムの要。



 「君は、とりあえず当局をブッ潰す。似たような組織も壊滅させる。そう言ったね」



 今や全人類に名前を忘れ去られた女。

 私の友達だった人。

 大いなる苗床。



 「私は、何も親切心で君についてきたわけじゃない。当局の爆弾をほじくり返そうっていうのが、君みたいなのは前にもいた。単身乗り込んできたのは君だけだったけど」



 私のミーナ。



 「私は、この女を、殺す。それが私のたった一つの望み」



 魔力が心臓にまで根差している魔法少女を全員殺すことになる祈り。

 当局が放っておくはずがない。

 電力のように普及した魔力の源を断つ蛮行。

 人間が許すわけがない。



 だから私は忘れていた。

 出来るかどうか自信がなかった。

 かと言ってあの子を踏みしめる決心もない。

 当局も忘れさせたがった。

 超最高機密を知る厄介者。魔法少女としての根源に触れているため、力だけは強い“ 最高傑クソッタレ作”。


 それでも私は外に出てしまったから。

 絶対にこの女を殺さなければいけない。



 「……どうやって?」

 「え?」

 「こんなデカブツ拙者も殺ったことないでござる」

 「それは……まあ、君に付き合う内においおい……」

 「行き当たりばったりでござるなあ! それにしてもよく見たらこの御仁と拙者めっちゃ似てござらんか?」

 「なんか……」

 「ん?」

 「なんかもっとこう、取り乱したりとかしないの?」

 「えっ? いや、でっかいなあとは……はっ! もしかしてこれを知ってしまった拙者も地獄に道連れでござるか!?」

 「さっき当局に喧嘩売ったんだしもしかしなくても道連れだよ」



 え〜と彼女が眉を下げる。

 その顔がなんだかおかしくて私は笑ってしまった。

 大地のあの子は見えなくなって、いつもの見飽きた土地に変わった。

 お腹がすいた。



 「これからどうするでござるか?」

 「タコヤキが食べたい」

 「えっ?」

 「タコヤキ」



 魔法少女は一歩踏み出した。

 同胞の死体で敷かれる道を。








 「……そういえば、君、名前なんて言うんだっけ」

 「今更でござるか?」

 「タコ田ヤキ子?」

 「カナコ殿って空腹だとやばいんでござるな。あと拙者にはカガエ・オンキリという立派な名前があるでござるよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

魔法少女“クソッタレ”カナコの絶望と希望 小川草閉 @callitnight

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ