第6話 猫獣人ハルの最近
「ヤッホーい、ハル。元気?」
冒険者ギルドのカウンターで受付嬢と話していたら、後ろから声をかけられた。
振り向けば同じ猫獣人のナカルナが、にこやかに笑顔を向けてくる。
彼女とは、この王都で知り合って、新人の頃から切磋琢磨してきた仲だ。同じくSランクの冒険者であり、装備品はもちろん特級。
ハルが失った特級装備を、惜しげもなく晒している。
彼女は五大竜の一、黒曜のラークの血で染めた装備を愛用している。五大竜の強さは同列なので、その血で染めた装備に優劣はなく総じて特級が与えられる。
それを、ハルは失ってしまったのだが。
冒険者として苦節20年近く。
苦労ばかりしてきて、まさか洗濯という当たり前の生活行動でふいにするとは、全く予測していなかった。
恐るべしオトナリさんと遭遇してしまったものだ。
「元気なわけないじゃない」
「そのわりには、毛艶がいいじゃない? それになんかいい匂いがするわね」
赤毛猫のハルの毛を眺めて、ナカルナが不思議そうに首を傾げた。
だが、毛艶に関しては確かに認める。あと香りも。
ハルが遭遇したオトナリさんは、とにかく規格外の施設を運営している。あの施設はとにかくヤバイの一言につきる。
ゴミ一つない継ぎ目もないツルリとした壁と床。快適な温度に管理された部屋。自動で開く扉と、体や服を洗える設備。次々補充されてくる食料庫に、冷たいものが一瞬で温まる機械。
奥には調べるための研究室も併設されており、解析、分析が行われるらしい。よくわからないが、大変なことだということは理解した。
なにより、それを管理している主人が、一番ヤバイ。
彼は常日頃から、なぜか目に見えないものたちと戦っている。真剣に。
これが本気なのだから、ヤバさがわかるだろう。
菌が、と騒いでは殺菌消毒薬を撒きまくっている。それがあれば無敵だと彼は鼻息を荒くするが、そんなものではスライムすら倒せないだろうに。
彼はこれまでやってきたオトナリさんたちとは全く異なる行動ばかりしている。魔法にも剣にも興味がなく、モンスターや王侯貴族も歯牙にもかけない。彼らの持っている常在菌を考えるだけで恐ろしいとかぶつぶつ言われたくらいだ。
研究室に引きこもっては、菌と戦っているのだ。ずっと異世界の空気や土や水を調べては難しい顔をしている。
自慢の特級装備品を駄目にされた衝撃は凄まじかったが、施設に入り浸って彼と接していると段々と薄れてきた。
驚くことが多すぎて。
常識のない彼の当たり前が異常だ。
だからといってナカルナに嫉妬しないわけではないが、完全な八つ当たりだってことはわかっている。
だから、ハルは耳を伏せて、苦々しげに笑うだけだ。
「タカヨシは綺麗にしとかないと会ってくれないんだよね」
そんな彼は、最近では錬金術師の称号を与えられたらしい。
国王から直々に。
まぁ、それはハルの毛並みの美しさに目をつけた貴族と一悶着して、顔に傷のある王女と出会ったことに端を発しているのだが。
タカヨシは感謝するどころか、鬱陶しそうにするだけだ。相変わらず研究室にこもって出てこようとしない。
だから、ハルが会いに行くしかないのである。
潔癖錬金術師は異世界を殺菌したい マルコフ。 @markoh
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