第4話
――お前には分からないだろうけどな。
兄はそんな口調で問いかけてくる。
つまらないくだらないどうでもいいことをこんなふうにもったいぶって自慢げに語って優越感に浸りたいのがいわゆる兄って存在なんだろう。
たいした質問でもないのに。クイズにもならない。
答なんて決まってる。
分からないやつが居るもんか。
分からないやつが居るならそれはよっぽどのお人好しで平和主義者で勘の鈍いやつなんだろう。
小学生だって人を殺せる。
低学年だって関係ない。
子供なんてものは単純だから本当に簡単に人を殺せるんだ。
「ケンジが犯人だから、でしょ?」
その妹を殺したのがケンジだから。
掘り返すと自分がやったことがばれると思ったから。
馬鹿みたいに単純でつまらくてくだらなくて――どうでもいい事件。
それなのに、待ってましたとばかりに、
「それは違うね」
と兄は小さく笑う。
まるであたしの答が分かってたみたいに。
何を言うのか知ってたみたいに。
やっぱりお前は忘れてるんだな、なんて言う兄はやっぱりあたしのことを馬鹿にしてるんだと思う。
それじゃ解答といこうか。
子供って単純なんだよ。
とにかく単純なんだ。
寂しかった。ただそれだけなんだ。
ただそれだけのことなんだ。
たったそれだけ。単純な話だ。
そのときの顔。俺をスコップで殴ったときのケンジの顔はな、確かに妹のそれだった。生意気で口ごたえばっかりでチョコレートが好きでグリンピースが食べられない妹の表情で間違いなかった。
あのときのケンジは妹だった。そういうことだ。
ここに居る。
ここに居る。
はやく。
はやく。
はやくはやくはやくはやく……。
ずっと聞こえてたあの声。
今になって思えばあれは妹の声だったのかもしれない。
湿った土の上に倒れながら思った。
どろっとした肉の塊に触れながら思った。
遅くなってゴメン。ダメな兄貴でゴメンって。
本当はもっとはやく気付いてやるべきだったんだろう。
家族なんだから。兄貴なんだから。
寒くてひとりで真っ暗で、誰にも想いは届かない。
妹はそれが寂しかったんだろう。
寂しくてたまらなかったんだろう。
誰か傍に居て欲しかったんだろう。
葬式でもしてればまた違ったんだろうけど、そうもいかなかった。
警察は何も出来なかったから。
見つけられなかったから。
線香のひとつでもあげてれば違ったんだろうけど、それすらしてなかった。
死んでるなんて思わなかったから。
死んでるなんて思いたくなかったから。
妹はずっと待ってたんだろうな。
ひとりで。
冷たい土の中で。
アキラには本当に感謝してる。
アキラが居なけりゃ、妹を見つけることなんて出来なかったんだから。
透視。千里眼。超能力探偵。
どう呼ぶのがアキラに相応しいのかはよく分からないけど、アキラの力は本物だった。助けてくれるのは警察なんかじゃなくてアキラだった。ヒーローだった。
誰が犯人かなんてつまらなくてくだらなくて本当にどうだっていいんだよ。
犯人なんてアキラは見つけるつもりは無かったし、俺だってそんなつもりはなかった。
いいんだよ。
妹には会えたんだから。
妹を見つけることは出来たんだから。
アキラは優しいやつだった。
アキラの優しさは本物だった。だから――
兄はそこで不意に言葉を止める。
その表情は寂しげで、なんだか自分の兄じゃないみたいに思えてくる。
そういえばここはどこだろう。
そんなことを今更に思う。
見たことの無い部屋。見慣れないベッド。知らない柄のカーテンに、興味が沸きそうも無い雑誌。兄の部屋はこんなだっただろうか。
そもそも、目の前に居るのは――
「……お兄ちゃん?」
現実にゆっくりと手を伸ばす。
触れれば壊れてしまうのかそうでないのか。
何も分からない小さな子供のように、ただ無邪気に。
――なんだよいまさら。
偉そうに腕を組む兄の仕草は確かに記憶の中にある。
めんどくさそうで、それでいて嬉しそうな笑みも確かに憶えている。
大丈夫。
大丈夫。
ひとつ息を吐いて視線を上げると、兄の左目はまるで別の生き物のようにぎょろりと動いて見える。
兄の左目。誰かの左目。水槽みたいな、透明な青。
きみのいる場所 壱乗寺かるた @ichikaruta
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