第3話
廃墟になったロープウェイ乗り場に自転車を停めて
――そう、
暑かったよ。すげー暑かった。
夏休み前ってことを差し引いても暑かった。
自分の血がどくどく流れてるのが分かった。
ここに居る。
ここに居る。
それはアキラの声なのか自分の声なのか。
夕暮れでもセミはうるさく鳴き続けて、なんだか急かされてるように思えてくる。
はやくはやく。
はやくはやく。
その声は山に入るとますますひどくなった。
草を掻き分けながら枝を折りながら。獣道を進むアキラは無言だった。
ついて来い、なんて雰囲気でも無かった。
行くべき場所が確かにあって、ただそこに引き寄せられるような感覚。
暑さとセミの声だけが鬱陶しかった。
ここに居る。
ここに居る。
はやくはやく。
はやくはやく。
ケンジだけがひとり、やたらとはしゃいでた。
キラキラシールを一気に10枚も貰ったのが嬉しかったんだろうな。子供ってやつは単純だから。
持たせてるスコップも別に苦じゃないみたいだった。
今になって思えば、ケンジにスコップを持たせたのは失敗だったかもしれない。
もちろん、何が正しくて何が間違ってるなんてことは曖昧でふわふわしてよく分からないし、今更考えたって何がどうなるって事でもないけれど。
湿った土は赤黒かった。
腐った葉が地面に溶けているのが分かる。
ここだ。
ここ。
ここに居る。
先に立ち止まったのはアキラだったかもしれないし俺のほうだったかもしれない。
「帰ろう。帰りたい」
不意にケンジがそんなことを言い出した。
辺りは夕暮れの赤に染まって、もうすぐここも真っ暗になりそうだった。
ケンジは単純に不安だったんだろう。
暗くなるのが怖かったんだろう。
「どうする?」
アキラは心配そうだった。
アキラは優しいやつだった。
だからクラスでも地味だったんだろう。
優しいやつほど自分の想いを通すことが怖くなる。
誰かを傷付けるのが怖くなる。
「掘ろう」
言ったのは間違いなく俺だった。
ただ自分のために。
確かめるために。
妹はどこに居るのか。どこに行ったのか。
確かめたってどうにもならないのに。
優しかったオヤジやオフクロが帰ってくるわけでもないのに。
ケンジは俯いたままで何も言わなかった。
スコップに体を預けて下を向いてた。疲れたのかもしれない。そのときはそう思った。
セミはまだうるさいくらいに鳴き続けて、辺りは夕暮れの暗い赤。
体からじわりと染み出してくるのは汗じゃなくて血みたいにも思えた。
湿った空気は肌にまとわりついて、自分の体が重くなっていくみたいだった。
「……それなら」
アキラは遠慮がちに頷く。
何か後悔してるように見えたのは、こっちの想いが伝わったからかもしれない。
そのときだった。
鉄の塊。スコップが不意に振り下ろされる。
力任せに。頭の上に。噴き出した血で視界が赤に染まる。
世界は夕暮れの赤と溶け合ってぼんやりと揺れている。
何が起こったのか分からない。
分からない。
むせかえるような血の匂いに吐き気がする。
割れた頭からは脳がこぼれて何か別の生き物みたいにうごめいている。
ぴちゃり。
腐った土に命のかけらが落ちる音。
スコップを手にしたケンジは笑ってた。
赤黒い世界の中でひとり、ただただ嬉しそうに。
血まみれで。
血だらけで。
ふふ。
ふふふふ。
ふふふふふふふふふふふふ。
笑い声は地の底から響いてくるみたいだった。
さて、お前に質問。
どうしてケンジはそんなことをしたんだと思う?
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