第2話

 でも俺は信じた。

 透視。千里眼。超能力探偵。

 そういうやつを信じたかった。そういうやつが居て欲しかった。

 ボロボロの藁にだってすがりたかったし特売のイワシにだって土下座したかった。

「居なくなった妹を探して欲しい」

 俺がそう言ったときのアキラの顔はまだ憶えてる。

 嬉しそうだったよ。本当に嬉しそうだった。

 いつも俯いてたアキラが、珍しく顔をまっすぐに上げてくれた。

 アキラの目をまともに見たのは、そのときが初めてだったかもしれない。

 左目がガイジンみたいに青かった。透明な青は水槽みたいだった。

 なんかかっこいいな、ってそんときは思ったけど、アキラは気にしてたんだろうな。前髪を伸ばして、いつも俯いてた理由。いじめられることもあったのかもしれない。

 ちなみに妹が行方不明になってたのはそんときから二年くらい前。

 事件だとか事故だとか拉致だとか神隠しだとかいろいろ言われてたけど、結局妹は見つかってなかった。

 今だったら死んでるとか殺されてるとかそういうことを考えるんだろうけど、そんときは生きてると信じて疑わなかった。

 信じてるってのとはちょっと違うな。

 当然生きてるもんだと思ってた。

 テレビでやってる殺人事件とかそういうのは東京とか大阪とかいわゆる都会で起こるもんで、俺の住んでるようなのんきな田舎とは関係ない。

 そんなふうに思ってた。

 初めはさ、妹なんて見つかっても見つからなくてもどうでもいいと思ってた。別に仲が良かったわけでもないし一緒に遊ぶこともあんま無かったし、とにかくやたら生意気な妹だったから、居ないぐらいがちょうどいいと思ってた。

 ところが居なくなって初めてそのありがたみや家族の大切さが――なんて言うほうがいいんだろうけど、実際のところはちょっと違う。

 親がさ。鬱陶しいんだよ。とにかく。

 妹が居なくなってから。オヤジやオフクロだったら当然死んでるとか殺されてるとかそういうことを考えてたんだろうし、暗くなるってのは分かる。

 単に暗くなってるだけなら俺だって我慢できたかもしれない。

 でもさ、『一緒に○○サマにお祈りしましょうね日頃の行いを反省しましょうね、もうどうして言うこと聞かないのおとなしくできないの、何が気に入らないのアナタがそんなだから――』ってのはどう考えても違うだろ? 

 あのころは最悪だったな。

 最悪だった。

 そういや、オヤジとオフクロ、いまどうしてんだろ。ま、会ってどうなるってことでもないし、別に会いたいとも思わないし、からどうでもいいけどな。

 ま、そんなわけでさ。アキラと俺。それからケンジ。三人で妹を探すことになった。

 あ、ケンジのことは憶えてんのか。

 そうそう、俺の二つ下。

 チョロチョロくっついて回る弟みたいなやつだった。

 アキラともすぐ打ち解けてたな。ひと懐っこいやつだったから。

 ケンジのことは今でも弟みたいに思ってるよ。お前には分からないんだろうけど。

 夏休みまであと一週間。そんなころだった。

 放課後、集合場所はいつも体育館の裏。

 それまでも三人で探してたけど、その日はいつもと違ってた。

 アキラは照れくさそうにランドセルを開けて、ビックリマンチョコ10個を出してきた。

「昨日、買ってみた」

 アキラはそれだけ言って、何か促すようにビックリマンチョコを渡してきた。

 未開封だった。

 開けてみて。

 きっとそういうことなんだろう。

 目が合ったアキラは小さく頷いて、それから真剣な表情になった。

 透明な青。

 アキラの左目。

 不思議な感じだった。

 目の前に居るのは誰なのか。鼻の奥あたりがツンと痛んだ。

 魔法にかけられた。そんな時間だった。

 全部が全部、10個が10個ともキラキラシール。

 ケンジはやたらに興奮して、キラキラシールを覗き込んでは声をあげてた。「今日、見つかると思う」

 呟くようなアキラの声。

 心臓が跳ねる。指先の震えが止まらない。何か生温かいものが自分の中に入ってくる感覚。

 ――

 自分の声じゃないみたいだった。

 そのときに分かった。

 妹はとっくに死んでいて土の中に埋められている。

 そのことを突然に理解した。

 哀しくないのが不思議だった。

 奇妙な感覚だった。

 妹は死んでいる。妹の体は死んでいる。動かない。

 妹の体は土の中で眠っていてもう動かない。

 それなら妹はどこに居るのか。

 どこに行ったのか。

 いまはどこに居るのか。

 そんなことを考えた。

 見れば分かる。行けば分かる。そんな言葉が繰り返し繰り返し頭の中をぐるぐる回って不意になんだか気持ち悪くなって目を閉じて大きく息を吐いてそれから目を開けたらどういうわけかすぐそこに居るのが自分で――

「大丈夫?」

 アキラの声は直接脳の中からじわりと染み出してくるようだった。

 大丈夫。大丈夫。

 自分に言い聞かせるみたいに何度も何度も。繰り返し、繰り返し。

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