きみのいる場所

壱乗寺かるた

第1話

 本当に何気なく、ただ、

「その目、どうしたの?」

 って聞いただけなのに、兄はなんだかもったいぶった雰囲気でひとつ息を吐いてから、

「まあ、お前は忘れてるんだろうけど――」

 ちょっと馬鹿にしたような調子で話し始める。

 しかもすぐ後に、

「俺の小さい頃、ビックリマンチョコってのが流行っててさ、」

 なんて続けるから、

 そんなの忘れてるんじゃなくて興味無いだけだし、

 だいたいあたしが訊いたこととぜんぜん関係ないし、

 と言いたくなるけれど、こっちの不満なんてまるで気にする様子も無く兄の言葉は続いていく。




 ちなみに流行ってたのはチョコじゃなくてシールな。

 ビックリマンチョコの話。

 チョコのオマケについてたシール。それが流行ってた。

 なんであんなの欲しかったんだろ、なんて今になっては思うけどさ、あんときは夢中だった。ま、オマケのほうが流行るなんてよくある話だけどな。

 30円の菓子買うのに予約とかあったんだぜ? 買うのも一人何個までとか。まあ、そんだけ流行ってたってこった。

 んで、シールにもレアなやつがあるわけ。買っても買ってもなかなか出ないやつ。またそのシールがキラキラしててさ、みんなそいつが欲しかった。

 ただ、中に何が入ってるかなんて普通分からない。買って開けるまで分からない。

 いろいろ噂はあったけどな。箱に並んでる場合、端っこにキラキラシールが入ってるだとか、印刷に微妙なズレがあるやつが狙い目だとか。

 ま、こんなのはいわゆる都市伝説みたいなもんで、結局のところ中に何が入ってるか普通は分からない――ってのはさっき言ったとおり。普通はな。


 それが分かるやつが居た。

 同じクラスのアキラってやつ。

 声が小さくて暗そうなやつだったから、みんな相手にしてなかったんだけどさ、なんかの拍子で一緒に遊びに行ったわけ。

 きっかけ? 

 先生に何か言われて、とかそんなとこだったと思う。

 子供ってやつは単純だからな。

 単純なんだよ。良くも悪くも。

 んで、不意にアキラが言うわけだ。店の中でな。

「これ何?」

 ってさ。

 ビックリマンだよお前知らねえの? 

 ほら俺のシール見せてやるし今から買うとこだからお前もひとつ買えよ30円くらい持ってるだろ?

「……ある、けど、でも」

 ならいいだろああもう早く選べよ予約せずに買えるのってもうここぐらいなんだよなんなら俺が選んでも――ってなときにさ、

「これにする」

 はっきりした口調でアキラが言う訳だ。

 なんか嬉しかったな。

 仲間になったって気がした。

 もちろん、先生に怒られなくて済む、なんてことも思ってただろうけど、まあ嬉しかったのはホントのところ。

 もちろん、店を出たらさっそく開けるわけだ。

 俺のは悪魔シール。

 しかも持ってるやつ。最悪だった。

 んで、アキラを見たらヘッドが出てるのな。キラキラしたやつ。悔しかった。俺がそっち買えば良かった! って思った。

 でもさ、

「すげー!」「これ9弾?」「すげーな!」

 とかみんなが騒いでるのに当のアキラはきょとんとしてる。

 何も分かってない。

 そう思った。キラキラしたやつがどんだけ価値があるかとかそれ持ってたらクラスの男連中にどんだけ羨ましがられるかとかそういうことが。

 だからきょとんとしてるんだと思った。

 ま、結局のところ、意味が分かってなかったのはこっちのほうだったんだけど。

 

 なんとなく見える。

 アキラはそんなふうに言ってた。

 キラキラシールがどこに入ってるか分かる。そういうことらしかった。

 ただ、これでアキラがクラスの人気者に――とはいかなかった。

 小学校高学年。そういう年代ってさ、宇宙人だとか未来人だとか超能力者だとかに憧れながらもそういうのが居ないって気付き始めたころでさ、「どれにキラキラシールが入ってるか分かる」なんて言い出しても、ハイハイわかったわかったってな感じだった。

 クラスメイトに居なかったか? 友達の友達が芸能人だとか親戚にプロ野球選手が居るとか東京に行ったときスカウトされたとかそういうことを自慢げに話すやつ。

 ま、そういうのと同じように扱われた。

 だいたい『なんとなく見える』ってのも曲者だった。

 調子のいい日と悪い日がある。そんなこと言いだしたらもう嘘くさいだろ?

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