3
「結衣ちゃん、いつもお見舞いに来てくれてありがとうね」
「そんな気にしないでくださいよ」
言葉を交わす二人の前にはベッドで静かに眠っている少年の姿があった。
「まだ颯太の意識は戻らないんですか?」
「もう十日になるのにね。昨日の検査でも大きな問題はないらしいの。事故のときに頭を強く打った影響で脳がダメージを受けているみたい」
「こうしていると寝てるようにしか見えないのに」
結衣は勧められた丸椅子に腰を下ろし、颯太の顔に目をやる。
擦り傷が所どころにあり、頭に巻かれた包帯も痛々しい。
呼吸に合わせて、酸素吸入のマスクがぼんやりと曇る。
ふと枕元に置かれた折りたたまれた白い紙に彼女の目が留まった。
「それね、助けた男の子が書いてくれた手紙。今日、お母さんと一緒に届けてくれたのよ」
結衣の視線に気づいた母親が紙を手に取り、広げて手渡した。
そこには颯太と男の子だろうか、背の高い人と小さな子がクレヨンで描かれ、拙い字で「はやくげんきになってね」と書いてある。
「お母さんの方が恐縮しちゃって何度も頭を下げてね。男の子はよく分かっていないみたいだけれど」
そう言って笑う母親に釣られるように結衣も笑顔になる。
「事故のことを聞いたとき、すごく驚いたけれど颯太らしいなって思っちゃったんです」
「そうね。ほんとこの子らしいわ」
二人の視線が目を閉じている颯太に注がれた。
彼女たちの声は彼の耳に届いているのか。
「演劇部にも迷惑を掛けちゃって、ごめんなさいね。もうすぐ都大会でしょ?」
「それなんですけど……。まだみんなには相談していないけれど、颯太の代役を立てるよりも辞退しようかなって」
「だめよ、それは。代表に選ばれたこと、この子もすごく喜んでいたのよ。結衣ちゃんがとっても張り切ってるって。自分も頑張らなきゃって。だから……」
次第に小さな涙声になっていくのを聞いて、結衣も言葉を継げなかった。
彼女の目も潤んでいる。
点滴スタンドの乾いたキャスター音が廊下から聞こえていた。
「あっ!」
結衣が小さな声を上げた。
「どうしたの?」
「今、颯太が笑った気がしたんだけれど……」
曇ったマスクでよく分からない。
「この子ったら夢でも見てるのかしらね。それならさっさと目を覚ましてくれたら――」
「おばさん!」
大きな声を出した結衣の視線の先には、何かをつかもうとするかのような颯太の右手があった。
母親は慌ててナースコールに手を掛ける。
『はい、どうしました?』
「息子の意識が戻りそうなんです!」
『すぐ行きます』
スピーカー越しの看護師とのやり取りが病室内に響く。
颯太が伸ばした右手を、結衣は両手でしっかりと握っていた。
― 了 ―
あと3センチ、右手を伸ばそう 流々(るる) @ballgag
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