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「そんなんじゃ
(僕の気持ちを伝えるにはどうしたらいいんだろう)
*
小さい頃から、結衣は自分の意見をはっきりと相手の目を見て言う子だった。
それは小学校に入っても変わらず、相手が先生でも同じ。
しかもにこにこしながら言うものだから、たとえそれが不平や不満であっても喧嘩にならない。
そんな彼女のことをすごいなぁと感心しながら見ていた。僕には出来ないことだから。
四年生のとき、学校の帰り道で突然、お芝居がやりたいと目を輝かせて結衣は言った。もちろん僕の目をまっすぐに見て。
どうやらテレビで偶然、劇場の中継を見たらしい。
それからは週末に劇場中継を見た翌週の月曜日には、決まって帰り道で彼女の熱い思いを聞かされた。
演技のことはもちろん、舞台のセットや照明についても興味があるようだった。
「わたしは女優さんになりたいんじゃなくって、演劇がしたいの」
ぼんやりと毎日を過ごしていた僕にはその違いがわからなかったけれど、応援しようと心に決めた。
それが彼女の夢なら。
中学に入ってすぐに演劇部へ入部した結衣の笑顔を見ながら、僕は
それまでは彼女と一緒に同じことをするのが当たり前のように感じていたけれど、中学生になって廻りの視線を意識するようになっていた。
結局、僕はテニス部に入り、結衣と一緒に帰ることも少なくなった。
雨で部活が中止になったある日、玄関ホールで結衣と一緒になった。
「もう帰るの?」
「うん。部活が中止になったから」
「じゃ、久しぶりに一緒に帰ろう」
傘をさして並んで歩く。
同じくらいだった身長が、いつの間にか頭一つ僕の方が高くなっていた。
「部活、楽しそうだね」
「テニス部は楽しくないの?」
「そんなことはないけれど、結衣を見ているととっても楽しそうだから」
「じゃぁ、演劇部に入れば?」
「えっ!」
いつも彼女は突然、びっくりするようなことを言う。
しかもにこにこと僕の目を見て。
「テニス部と兼部すればいいのよ。顧問の先生が了解すれば出来るんだって」
心のどこかで結衣から誘ってもらうのを待っていたのかもしれない。
半年遅れて兼部として入ってきた僕に、彼女は発声練習などの基礎から教えてくれた。
最上級生となった今年、文化祭には部長の結衣が書いた脚本で挑んだ。それが好評で区の代表校に選ばれ、年が明けた一月には都大会が待っている。
自然と練習にも熱が入る部員たちを、先頭で引っ張っているのはもちろん彼女だ。
ときどき、僕は結衣に置いていかれた気持ちになることがある。
自分のやりたいこと、思っていることに胸を張って真っすぐと前を見つめている結衣は、
その後姿を僕は見ているだけだけれど。
放課後の第
なぜか誰もいない。
都大会に向けて練習しなくちゃいけないのに。これは夢の中なのか。
「きゃっ」
急に聞こえてきた声の方へ顔を向けると、段差も何もないところで結衣が転んでいる。
そういう
フローリングの床にぺたんとお尻をつけている彼女に、思わず微笑んでしまう。
もう、結衣の泣いている顔は見たくないんだ。
伝わらなくたっていい。僕の夢は――。
照れくさそうに笑いながら座ったままの彼女へ、右手を伸ばした。
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