あと3センチ、右手を伸ばそう
流々(るる)
1
放課後の第
机やいすを後ろの方へ移動させ、黒板前の広くなったスペースが僕たち
「だめだめ。そんなんじゃ
部長の
フローリングの床に座ったまま、どう演じればいいのか考える。
幼稚園からの幼馴染を僕は見上げた。
甘えた気持ちが見透かされているかのように、結衣はすっと視線をそらす。
場面を戻して練習は続いた。
練習を終え、机を元に戻したところでちょうど六時のチャイムが鳴った。
結衣が小走りに寄ってくる。
「ごめん、颯太。このあと佐伯先生と一緒に副校長と相談があるから先に帰って」
「何の話?」
「練習で体育館を使わせてもらおうかと思って。月一でもいいから舞台でやりたいよね」
「そうだな、その方が本番に慣れるためにもいいよね。待ってようか」
「いいよ、遅くなるかもしれないし」
「じゃあ気をつけて帰れよ。もう外は暗いんだし」
そう声を掛けると結衣は白い歯を見せた。
「もう子どもじゃないんだから。それじゃ、また明日ね」
右手を軽く挙げて階段へと歩いていく。彼女は戸締りをしている佐伯先生を待って、反対方向へ廊下を歩いて行った。
結衣の家はウチの四軒隣で、母親同士も仲が良い。
小学生の頃から一緒に帰るのが当たり前になっていた。彼女のお母さんは僕のことを、娘のボディガードくらいに思っているのかもしれない。
校舎を出るとすっかり陽は落ちていて、ぽっ、ぽっと外灯が足元を照らしている。
十一月ってこんなに早く暗くなるんだっけ、とあらためて思いながら校庭の角を曲がった。
大通りで信号を待っていると小さな男の子を連れたお母さんが隣りに立った。
三、四歳くらいだろうか。手に持ったスーパーボールを道路に落とし、高く弾むのを見て笑っている。
(そう言えば、結衣がスーパーボールをなくして大泣きしたことがあったっけ)
もう十年くらい経つのに、あの時のことはよく覚えている。
夏祭りの日だった。
母親たちと四人で神社へ行った。夜店でわたあめやかき氷を食べたあと、スーパーボールすくいを初めてやってみた。
結衣はポイを勢いよく水面へ突っ込んですぐに破いてしまう。
「もっと優しくしないと破けちゃうよ」
夜店のおじさんに教わりながら二枚目のポイをもらったのに、また水面にさっと手を突っ込んで破いてしまった。
うまく加減が出来ないというか、ちょっと
だからと言ってふてくされずに笑顔を見せるのが良い所だけれど。
僕はおじさんの言葉通り、優しく優しくそぉっと水に入れて……大きなボールを取ることができた。
早速、境内の石畳に落としてみる。
思っていた以上にボールが弾むのが面白くて、少し力を入れて落とすと僕の背よりも高く弾んだ。
「すごーい。わたしにもやらせて」
にこにこしている結衣に「はい」とスーパーボールを渡した。
すると見ていてわかるほど思いっきり石畳に投げつけて――投げた角度も悪かったのか、大きく弾んだボールは、あっという間に暗闇へ消えて行ってしまった。
言葉も出ずに立ちすくむ結衣。僕も呆然としてしまった。
母親たちはすぐに探してくれたけれど夜ということもあって見つからない。
「ごめんなさーい」
いきなり大声で結衣が泣き始めた。「ごめんなさい」を繰り返しながら泣いている。
たぶん、このとき初めて彼女が泣いているところを見た。
いつも笑顔の結衣が泣いているの見て、僕はボールがなくなったことよりもショックを受けて「だいじょうぶだよ。おこってないよ」と声を掛けたことを覚えている。
結衣には笑顔でいて欲しい。そう思ったのはこの時からかもしれない。
信号はまだ赤のまま。男の子もずっとスーパーボールで遊んでいる。
(あっ!)
落としたボールが自分の靴にぶつかって、車道へと弾んでいく。
それを追いかけようとする男の子。
「あぶない!」
思わず声を出して右手を伸ばした。
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