もう足跡を踏むことはできない

ちびまるフォイ

足跡はその人のもの

『今! M119惑星に! 偉大なる足跡がつけられました!』


テレビでは初めて到着した惑星に宇宙飛行士が足跡をつける映像が繰り返し放送されていた。


「足跡がなんだってんだよ。惑星に土足であがるのがそんなに偉いのかねぇ」


毒づきながら部屋の外に用意されていた食事を運び込む。

もうずっと自分の部屋から外へ出ていない。

カーテンは締め切りっぱなしなので昼か夜かもよくわからない。


「……たまには換気しておくか」


窓を開けると風に吹かれてカーテンがめくれた。

夏の日差しが部屋を明るくすると、床に自分の足跡を見つけた。


自分の歩みの履歴のように残った足跡は

部屋の床一面に広がっていた。


「なんか汚いな。拭き取ろう」


近くのぞうきんで何度こすっても足跡は残っていた。

もう拭き取るのを諦めてぞうきんを元の場所に戻そうとしたとき。

なぜか一歩を踏み出せない。


「あ、あれ? 進めないぞ……?」


まるで空中にバリアでもあるように足が着地できない。

ちょうど床に自分の足跡が残っている箇所だった。


「間違いない……この足跡の上は歩けない……のか」


床の足跡のない部分は歩くことができる。

足跡がついている場所には足を運べない。


すでに部屋にはびっしりと自分の足跡が刻まれている。


こんなときに限ってトイレに行きたくなってくる。


「ああ、もうどうしよう……」


もじもじしながら、普段歩かないような壁伝いに足跡を残しながら部屋の外へ出た。

廊下にも自分の足跡はびっしりついていて、このぶんじゃトイレも同様だろう。

たどり着けたところで足を置く場所がない。


急かすようにお腹の痛みは強くなっていく。


「ダメだ! 我慢できない!」


たまらず近くのコンビニへ猛ダッシュ。

ひきこもっていただけあってコンビニへ向かう最短ルートは足跡で汚されていなかった。


「危なかった……ギリギリだった……」


なんとかことなきを得て、自分の足跡を避けながらトイレを出た。

家に戻ろうと思ったが自分の部屋に戻ることはもう出来ないだろう。


床に刻まれた数々の足跡がバリアとなって部屋への帰還を阻止している。


「もしもし? お母さん?」


『たかしちゃん!? どうしたの!?』


「俺……旅に出るよ」


『旅!? 昨日までひきこもりだったのに旅!?

 たかしちゃん、行動の振り幅が大きすぎない!?』


「いつまでも同じ場所で足踏みしてられないと思ったんだ」


『たかしちゃん……!』


「だから……旅に出るためのお金をくれ」


単に足の踏み場もない部屋に戻れなくなっただけだが、

名目上は自分探しの旅ということでまだ自分が足跡をつけていない場所を

さながら渡り鳥のように移動することを決めた。


それでも毎日ずっと移動しっぱなしは疲れるため、

良さそうな町に数日滞在してはまた次の新天地を目指すようになった。


なにせ数日もすればトイレ近辺に足跡が残って、トイレが使えなくなってしまう。

とどまり続けることは出来ない。


自分の車ではアクセルやブレーキペダルに足跡が残って使えなくなるので、

バスや電車を利用しながら、ときおりヒッチハイクで新しい街へやってきた。


「はぁ、疲れた。どこかでちょっと休もうかな」


近くの公園に入ろうとしたとき、足が踏み出せなくなった。

目線を下げるとすでに見慣れない足跡が刻まれている。

その足跡を上から踏んづけることが出来ない。


「この足跡、俺のじゃない……」


自分以外にも超えられない足跡をつける人間がいると思わなかった。

公園の入り口に足跡がびっしりあるため入れない。


「ど、どうしよう……」


しだいに町にはたくさんの足跡が残りはじめた。

足跡を見る限り、足跡が残る人そのものが増えている。


大通りは足跡でほぼ歩けない。

歩道だって足跡でびっしり。


わざわざ人が通らない道を選ばないと進む場所がない。


足跡に囲まれて身動き取れなくなり、

道の中央で救助を待っている人すら出てくる。


電車やバスの床にも足跡が残されてもう使えない。


「足跡がどんどん増えている……! どうしよう……」


足跡をつける総人口が増えるほど、足の踏み場はなくなっていく。

地面に残された足跡により人はどんどん端へと追い立てられる。


「おい! 崖から誰か落ちたぞ!?」

「無理だ! 助けにいっても足跡が残ると同じ道を戻れない!」

「それじゃ放っておくのか!」

「この場所にはもう歩ける場所もないんだよ!」


足跡で行き場を失った人たちはお互いに争うようになった。

こうなったらお互いに殺し合いがはじまりかねない。


怖くなった俺は人が寄り付かないほど険しい山に向かった。


「よかった。ここには足跡がないぞ!!」


手つかずならぬ足つかずの大地は貴重だった。

足跡がなければ険しい山であっても舗装された道より歩きやすい。


「はぁ……はぁ……空気が薄い……。

 ここで暮らすしか道はない……うわっ!?」


足跡のない山道を進んでいたとき、

足をすべらせて斜面を真っ逆さまに転げ落ちた。


ちょうど下の斜面を歩いていた人がそれに気づいた。


「大丈夫ですか!」


とっさに掴まれてなんとか滑落死は免れた。


「ありがとうございます……助かりました」


「山をなめちゃいけませんよ。ふとした瞬間に命を落としかねません」


「そ、そうですね……」


「スニーカーで山に登ってたんですか?

 それじゃ滑るに決まってますよ」


登山家とおぼしき男は靴を指差して言った。


「私に替えの登山靴があります。

 サイズも近そうですし、使ってください」


「あ、いえそんな」


登山家は俺の足をもって靴を履き替えさせようとする。

遠慮して足を動かしたとき、登山家の頭に足の裏がヒットした。


「すっ、すみません! わざとじゃないんです!?」


登山家はしばらく黙っていたが、次の瞬間には目がとろけていた。


「〇〇様……! 私はあなたのものです」


「はい!? どうしたんですか!?」


「足跡をつけてくださったじゃないですか」


登山家の顔には俺の足跡がスタンプのようにつけられていた。


「なんでも命じてください。私はあなたのものです」


「そのセリフはヒゲモジャの山男に言われたくないっ!」


「そんな、ひどい……」


今まで地面につけていた足跡を人につけたことはなかった。

足跡にこんな効果があると思わなかった。


「もしかしたら……あんなことやこんなことができるんじゃ……!」


色んな人に自分の足跡を押し付ければ、たくさん奴隷にできる。

あらゆる自分の歪んだ欲望も叶えられるんじゃないか。


「こうしちゃいられない! 早く町へ戻ろう!

 もっと人が多い場所へいかなくては!!」


辺境の山道を下りて舞い戻った。

おあつらえ向きに自分好みの素敵な女性が道を歩いている。


女性の進行方向と、道に残された足跡を見て、自分の足を置くルートを決める。


「よし完璧だ! 足跡を押し付けて、俺のものにしてやる!!」


作戦開始。

飛び石のように足を起きながら女性を踏める距離まで近づいていく。


「そこのきれいなお姉さーーん!」


その声に振り向いた女性はこっちを見て叫んだ。


「危ない! うしろ!!」

「え?」


振り返ったときには車が迫っていた。

避けようにも周りは足跡だらけで移動できない。


「うあああああーーー!!!」





その後、しばらくしてから警察が事故現場にやってきた。

女性に事情聴取を進めていた。


「あなたは事故を見ていたんですね?」


「はい……」


「車が走ってきて、男をはねたんですか?

 それで男はあんなありさまに?」


「いいえ、車ははねませんでした。

 とっさにハンドルを切ったんです」


「なるほど。それでコンビニに車が突っ込んだんですね」


警察官はメモを取りながら話を聞いていた。


「車にひかれなかったってことは外傷はナシ。

 なのに、どうしてあの男はあんな状態になってるんですか」


「私にもわかりません……」


「なにか心当たりはないんですか。

 事故直前……いえ、事故後でもいいんです」


「事故後……。そういえば、車が男の人を避けた後

 男の人の足の上を三輪車のタイヤが踏みつけていきました」


「三輪車のタイヤ痕をつけられたってことですか?」

「はい……」


警察官と事故を目撃した女性の視線は、

幼児の乗る三輪車を付け回す成人男性へと注がれた。



「ああ、三輪車さま……!

 あなたに跡をつけられたからには、私はあなたのものです……!」

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