魔王の願い事◆勇者の願い事◇

コトリノことり(旧こやま ことり)

魔王と勇者の物語


 それはとても昔からある物語。

 御伽噺のころから続いている物語。

 この世界なら誰もが知っている物語。


 魔王と勇者の物語。


◇◆◇


「みんな、大丈夫だ。俺が魔王を倒す。だから待っていてくれ」


 平和な世界に、突如その世界を闇に染めんと魔王が現れる。

 そして魔王を倒さんと、女神に選ばれし勇者が立ち上がる。


「勇者よ、我が手でお前を屠る時を待ちわびたぞ」


 かくして魔王は勇者に倒され、世界に平和が舞い戻る。

 人々が平和に喜び、享受し、忘却した頃に、再び魔王は現れる。

 勇者もまた、立ち上がる。


「勇者の名に懸けて、魔王は僕が倒すから、安心して」


 幾百年、幾千年以上続く、この世界の物語。

 御伽話でも、この世界では本当の物語。

 魔王を、勇者が倒す物語。


「憎き勇者を屠り、世界を完全な闇としよう。余が魔王なり」


 世界の始まりから繰り返されてきた戦い。

 闇をもたらす魔王を光の勇者が倒す戦い。

 幾度も、幾度も、幾度も、繰り返す戦い。


 だからこのお話も、何度も繰り返されてきた、いつものお話。





 人々が暮らす大陸よりも北、海の向こうに魔大陸はある。

 大陸の北の大地は、魔大陸から生まれる瘴気の影響で、まともな植物も生き物も少なくなっていった。

 その大陸の最北端の村で、勇者は村人たちから歓待を受けていた。


「ああ、勇者様。あの恐ろしき魔物を倒してくださりありがとうございます」

「村のみんなが無事でよかった。大丈夫さ、明日、魔大陸へ渡って俺が魔王を倒すから。この土地もすぐ元通りになる」

「さすが勇者様」

「勇者様なら魔王も倒せるに違いない」

「魔王がいなくなれば、世界は平和になるんだ」


 村人たちは勇者を囲み、明るい声で囃し立てる。

 勇者がくるまで、この村の人々はふさぎ込んでいた。周りの魔物が村人の手に負えないほど強くなり、そして食べるものも少なくなってきたからだ。

 けれど、村人の手に負えない大きな魔物を倒した者がいる。それが勇者だった。

 勇者は彼らの希望そのもの。勇者の訪れとは、すなわち魔王がもうすぐ倒されるということ。

 だから、誰もが、あともう少し耐えれば、きっと勇者が救済してくれると、その希望にすがり、勝利を願う。

 たった一人の肩にのる、世界の命運。


「勇者様のお戻りをお待ちしています」

「魔王を倒して平和になったら、またきてください。その時にはきっと畑も元に戻っている。もっと勇者様にふさわしい宴を開きましょう」

「でも勇者様のお帰りは、お城で王女様が待ってるらしいからなあ。こんな辺鄙なところにはもうこれないだろ」

「その気持ちだけで嬉しいさ。みんなが平穏に暮らしてくれたら一番だ。俺のことなんて待たないで、みんな自分の村を大切にしてくれ」


 けれど、ただの村人たちに、いや王であろうと、その命運を分かち合えないことは仕方ない。瘴気の濃い魔大陸に行けるのも、何より魔王を倒せるのは女神の加護を受けた勇者だけだと決まっているのだから。

 魔王を倒せるのは勇者しかいないのだと、ずっと昔から御伽噺で語り続けられてきた。

 だから人々は勇者に未来を託す。

 そしていつの御伽噺の時でも、勇者はその願いに背くことはなく。





 早朝。

 まだ朝もやが残る中、北の崖に立つのは勇者。荒れ狂う海を、その先の瘴気に包まれた魔大陸を見つめる。

 そこに、まだ寝静まっている村から抜け出した一人の少女が近寄ってくる。少女は村一番の器量良しで、魔物に襲われそうになっていたところを丁度そこに居合わせた勇者が助けたのだった。


「勇者様……ご出立させるのですか」

「ああ。あんまり待たせても悪いしね」

「確かに、私たちは……勇者様が魔王を倒すことを望んでいます。ですが、ですが……! すべてをあなた様おひとりにお任せするしかないなんて……!」

「心配してくれてるの? 大丈夫さ、あいつは……魔王は僕が倒すから」

「お帰りを……お待ちしても、よろしいでしょうか?」


 うるんだ瞳に涙をためて、真摯に少女は勇者を見上げる。

 美しく、愛らしい少女の懇願に、勇者は首を振って笑った。


「いや、それは待たないほうがいい。君はこの世界が平和になるところを見ていてくれ。僕のことを待つやつなんて、一人で十分さ」


 朝焼けが空と海を橙色に染め上げる中、勇者は手を空に挙げてなにごとかを唱える。すると、雲を割き、巨大な鳥のようなものが黄金の光を放ちながら現れる。大きな翼をはばたかせた聖獣―—女神の使いである神鳥が勇者のもとへと空から降りてくる。


「それじゃあ、村のみんなと元気にすごしてね。さあ、ヴィゾフニル。僕をあそこへ―—魔大陸まで運んでくれ」

 

 勇者は神鳥に乗り、少女に別れを告げると空へと旅立っていった。

 瘴気漂う魔大陸すら、今この時は黄金色の朝靄に隠れている。海の水面は白く輝き、昇りゆく太陽の光を浴びながら聖なる鳥とともに旅立つ勇者の姿は。

 まさに御伽噺の一つの絵のようだった。



◇◆



 空は常に暗雲が立ち込め、生を奪い取る瘴気がすべて包み、決して命が育つことのなき荒れ果てた土地、魔大陸。

 常人ならば一歩立ち入れば精神が狂い肉体が滅びるであろう。

 勇者は一人そこに降り立ち、黒くよどんだ霧から遠く見える禍々しい城を垣間見て、怯むことなくまっすぐそこへ足を延ばした。

 進めば襲い掛かってくる、異形にになり果てた魔物を斬って掃いて捨て、毒の沼を超えて。

 おぞましい毒紫色をした砂漠の砂嵐に耐えて、怪物のような魔物に食われそうになりながら、氷点下の氷の森を抜けて。

 ようやく辿り着いたそここそが、魔王城。

 ただ人ならばもう幾度も死を迎えているであろう試練を超えて、仰ぐのは禍々しい城。朽ち果てた廃墟のように、生者の侵入を拒んでいるような、忌まわしき魔王城。

 そこに魔王はいる。

 

「ようく着いたぜ、魔王。さあ今から行くから、首も爪も洗って待ってろよ」


 傷だらけになりながら、ひとり勇者は歩を進める。

 現れるのはこれまでとは違った屈強な魔物達。ただの異形や怪物とは違う、どこか知性を以て勇者を、魔王城の侵入者を屠ろうと襲い掛かる。

 しかし勇者はこれまでと同じく、ただ、斬って、斬って、斬った。


「ここまで来たんだ、今更邪魔なんかするんじゃねえよ」


 眼はひたすら前を、上を見ていた。

 ただまっすぐ、魔王のいる場所を。

 玉座の間を。


「魔王のところへ行かなきゃいけないんだ。道を……開けろぉぉぉぉ」


 まるで塵芥かのように魔物達を斬って、掃いて、捨てた。

 ボロボロの鎧に、ここまで来ても輝きを失わない聖剣だけを携えて。

 そして、ついに辿り着く。


「―—よくぞここまで来たな、勇者よ。待っておったぞ」


 血のような深紅の絨毯。闇で造られたような黒の石段。その上の豪奢な玉座。

 そこに座すものこそ、魔王。


「待たせたなあ魔王。でもおかげで遺言状を書く時間はたっぷありあっただろ?」

「ふん。生意気な。自分の勝利を疑いもせぬか。小童がよく吠える」


 瘴気の元を生み出す魔王は、闇そのものを纏っているように、その体は黒く染まっている。

 ただ玉座にいるだけで、その存在は人に恐怖を、畏怖を、絶望を呼び起こす。

 しかし勇者は対峙して尚、不敵な笑いを崩さない。


「さあ、早く始めようぜ魔王。お互い待ちくたびれただろ」

「落ち着きのない奴め。これが勇者とは嘆かわしい。しかし、遊戯に付き合うのも一興」


 二人はふっと唇をあげ、そして向き合う。


「行くぞ、魔王」


「来い、勇者よ」



◆◇◆



 そして、またお伽話の戦いが生まれる。

 光と闇。

 白と黒。

 相反するものが衝突し、世界を揺らす。

 魔王の闇の魔法を勇者が光の聖剣で薙ぎ払い、勇者の白い刺突を魔王が黒の霧で躱す。

 魔王の魔法が魔王城の天井と壁を崩壊し、城の頭上に現れた空を勇者の剣が瘴気ごと雲を切り裂く。

 二人の武器が交わり、二人の魔法が相殺しあう。

 それはまるで決められた組手のような、演武のような、舞踊のような。

 大気を揺らし。

 海上を揺らし。

 地面を揺らし。

 世界を賭けた戦い。

 だからこそ、それは御伽噺の戦い。

 御伽話の戦いに参加できるのは、戦いを繰り広げているこの二人だけ。

 昔から繰り広げられてきた戦い。

 永劫続くかと思われる戦い。

 けれど、それでも、物語の終わりは訪れる。


「これで終わりだ、魔王っ…!」


 勇者の聖剣が、魔王の身体を貫く。

 勇者も魔王も、体力も魔力も底を尽きかけていた。

 それでも、最後の一撃をはなったのは勇者だった。


「……終わり、か」


 魔王の身体は聖剣ごと崩れ落ち、瘴気が生まれていた身体から闇の力が抜け落ちていく。

 勇者も聖剣を手放し、気力がなくなり床に崩れ行く。

 けれど、戦いの勝利者は勇者。

 幾度も、幾度も、繰り返されたきた御伽話の物語の通りに。

 勇者が魔王を倒したのだ。


 戦いの舞台であった崩壊した玉座の間に、瘴気が晴れた青空から光が差し込む。

 きらきらと輝く光は、まっすぐ勇者と魔王に向かい、二人を包み込む。

 その光に包まれた魔王の身体は、瘴気によって黒く染まっていた身体が淡く白く光り。

 そして、勇者は。

 勇者の身体は―――先ほどの魔王が纏っていた闇のように、指が、足が、黒く染まっていく。


 それは一つの物語の終わりの証。

 次の物語までの、空白の時間。


「これで千飛んで俺が十一勝目だな、『元魔王殿』」


 身体が何かに急速に書き換えられていく感覚を受けながら、”勇者だった”ものが笑う。


「十一勝目の後に続く十敗を入れ忘れるな。まあ、次はこっちが勝って同じにするからな、『元勇者』様」


 身体から何かが抜けていく感覚を受けながら、”魔王だった”ものが笑う。


「ふざけんな。次も俺が勝って、初の勝ち越し決めてやるからな」

「そんなのさせるか。勝ち越しは我……僕が絶対やる」


 白が黒に。

 闇が光に。

 反転していく。


「ああ、そうだ。城と魔大陸の引継ぎ資料、前回のとき、お前が北の塔をぶっ壊したから、東の地下室の書庫に移動してあるからな、『次期魔王』殿」


 身体を聖剣に刺され、身のうちから白い光を放ちながら”魔王だった”ものがつぶやく。


「そりゃどーも。つーか北の塔壊したの俺のせいじゃなくねえ? てめえも大体悪くねえ? 『次期勇者』様よ」


 身体を床に投げ出して、身の内に黒い闇が入り込んでいく”勇者だった”ものがこたえる。


「はあ? お前はいつも見境なくぶっ壊しすぎなんだよ。この脳筋が」


「てめえみたいな毒だの呪いだのやり方はてめえの性格の悪さじゃねえか。つーか魔王城の前の氷の森なに? あれちょー寒かったんだけど。あそこは俺が作ったゴーレム軍団用の砦だったじゃねえか」


「我……僕はそういう力押し嫌いなんだって。呪いの魔法陣敷き詰めたほうが効率いいじゃないか。それよりもさあ、王女様とか引っ掛けるのやめてくれない? 勇者の伝承残ってる土地もあるんだから、次の僕が困るんだけど」


「てめえがモテねえのをひがんじゃねえよ。つーかアレは王様が勝手にくっつけようとあれこれしてくるだけだっての。あとゴーレム軍団砦にぜってぇ戻すからな」


「そういう面倒そうなのはちゃんとかわせっていってるんだよ。まあいいよ、次は脳筋魔王になった君を知性で勝る勇者の僕が完膚なきまでに叩きのめすし」


「は? そりゃこっちのセリフだ。余にそんな簡単に勝てると思ってんのか? あん?」


「はっ。お前なんか聖剣なしでも勝てるね」


「てめえ言ったな? 次、お前が聖剣持ってきたらすんげえ馬鹿にしてやるからな?」


 黒が白に。白が黒に。

 変わっていく、変質していく、受け継がれていく。

 その時、空から一つの光が舞い降りた。


『―—此度も、よくぞ戦いました。勇者、魔王』


 その光が形作るのは柔和な、そして悲しげな女神の姿。

 女神の降臨を見て、二人は笑う。


「よお、女神様。よかったな、今回も勇者の勝利だ」


 身体の半分以上が闇に飲まれて、すでに人間ですらなくなった”勇者だった”ものが笑う。

 女神は慈愛と哀愁を帯びた声で返す。


『……あなたたちには、とても苦しい業を背負わせてしまいました。それに報いることもできず、何が女神でしょうか』


 それはとても昔から続く物語。

 いや、昔から続いているこの世界の『仕組み』。

 人が生きれば、産まれれば、居るだけで人から生まれる負の感情。人が無意識のうちに生み出す『闇』。

 闇は最初は小さくとも、その濁りは放置すればそのまま人へと返っていき、闇は拡散され、混沌となって世界を襲う。

 それを防ぐために、人から生まれる闇を集約し、漏れ出ないようにしなくてはいけない。

 その装置こそが『魔王』。

 魔王こそが、本来の世界の均衡を守るための存在。

 そして、魔王の身体にすら納められないほど闇が瘴気となって、世界を脅かそうとするときに。

 凝縮された闇を放出させ浄化させるのが、勇者の役目。

 けれど、一度の戦いでは終わらない。人が生きている限り、闇は生まれるのだから。

 だからこそ、次の魔王の『器』が必要になる。

 世代が変わり、勇者と魔王がいた時代を知る人間がいなくなるほどの長い時間、闇を抱えていた魔王の器は疲れ果ててしまう。そのため器は休息しなくてはいけない。けれども代わりの器は必要で。

 それを担うことができるのは、魔王と同等の器たる勇者しかいないのだ。

 魔王を倒した後に、勇者は次の『器』として魔王という存在となる。

 次も、その次も。何度も行われる交代劇。

 世界が知らない、物語の裏側。

 勇者が魔王に。魔王は次の魔王になるために勇者に。

 魔王と勇者は同等であるからこそ、互いの役割を交代しあえる。

 ずっとずっと、たった二人で繰り返されてきた、この世界を守るための仕組み。

 どちらが先の『器』だったか、いまとなってはもうわからないほど。


『前も申しました通り、魔王と勇者の定めは世界を守るために必要なことです。そして、その役目を負える魂を持つものは、この世界ではあなたたちだけ。創生のころより、あなたたち二人しか器に耐えうる魂を持っていなかった。ですが、別の世界から……勇者の役を担える魂を召喚することは可能です。せめて、戦い続けることのないように、勇者としての役目を負う者を異世界より呼ぶことはできるのです』


 それは、世界の理から反しているかもしれない。女神がいうべきでことではないかもしれない。

 けれど、この二人が、ずっとずっと、気が遠くなるほど長い時間の中で世界の平和を担ってきた。

 ただ、この二人だけが。


「は? いらねえよそんなん」

「ああ、まったくもっていらないね」


 女神の提案を、二人同時に否定する。


「異世界の勇者がやってきて弱っちいこいつ倒しちゃったらどうすんだよ。俺が倒す機会なくなっちまうじゃねえか。あ、そのあとの魔王は俺だろうから、俺が異世界の勇者を返り討ちにして無理やりこいつを起こせばいいのか」

「何寝ぼけたこと言ってるのさ。僕が異世界の勇者に負けるわけがないだろ? 異世界から何人の勇者がこようと全員ぶちのめす」

「つーか世界の平和とかどうでもいいんだよ、俺が勝ち越す。そのために戦ってんだよ」

「それはこっちの台詞だね。勝つのは僕だ。まあ、魔王が勝っちゃったら世界の均衡がまずくなるのはわかってるけど。でも、勇者として勝って、魔王としても勝つ。これは絶対に譲れない」


 魔王が現れて、勇者が倒す。

 勇者が魔王になって、魔王だった勇者が倒す。

 何度も何度も、ずっと繰り返してきた戦い。

 まるで茶番のような交代劇。

 それでも、いつの物語の時でも二人は手を抜いたことなどない。

 本気で相手を倒そうと。

 唯一世界で同等である相手だからこそ。

 二人の戦いに完璧な勝敗をつけようと、命を懸けて戦う。

 その時、自分が勇者なのか魔王のどちらだったかなんてことも忘れて。


「こいつを倒すのは」


 ただ、二人だけで。

 ずっとずっと、繰り返してきた。

 二人は世界の平和なんてことは知らない。願うことはただ一つ。



「俺だ」


「僕だ」



 女神は目を伏せ、『わかりました』と一言告げる。

 魔王だったもの―—いや、すでに勇者になるものの身体は淡く白く光り、空へと、天界へと還ろうとする。

 勇者だったものは闇を纏い、魔王として玉座へと腰掛ける。


「それじゃあ、ちゃんと引き継ぎ資料読んで、魔大陸の運営しといてくれよ。百年以上経つと大陸の地理も変わるんだから」

「わーってるわーってる。全部ゴーレムに任せれば平気だろ」

「……はあ、心配になってきた。勇者になったらさっさと倒しにこないと……また魔大陸が魔改造される……」

「ふはははは。余の時代降臨! オリハルコンゴーレム造っちゃうぞー」

「資源の無駄遣いをするな! 何のための引き継ぎ資料だ!」

「ははは、百年もあればいろいろできるからなあ。何なら三百年くらい余が魔王やってるから、お前は天界で惰眠をむさぼっておけ」

「ふん。そんなに時間があいたらお前もボケるかもしれないだろ? だから急いできてやるから、安心しろよ」

「はっ。急いでやってきて寝ぼけてましたーっていう負けた時の言い訳か? 大丈夫だ、そんな言い訳用意しなくても余裕で俺が勝つから」


 魔王の器だったものを休息のために女神が天界へと導く。

 これから魔王の器になるものは、長い年月をかけて世界中の闇を集める。

 勇者と世界からもてはやされたのに、次は人類の敵になる。

 たった一人、闇を纏いながら。

 ただ、魔王城で待つ。

 その孤独を、世界の希望が絶望の象徴へと代わる理不尽を、いつだってどちらも「平気だ」と笑う。もう一人がやってくるのを待つだけだから、と。

 何度も繰り返してきた、いつもと同じ光景。


『それでは……次の勇者よ、しばしの休息を。そして次の魔王よ、世界の均衡を頼みます。仮初の平和の時代が……少しでも……短く、続きますように』

「女神が短くって言っちゃったら駄目じゃない?」

「女神はいっつも考えすぎなんだっつうの。俺らは喧嘩したいだけなんだからさ」


 二人の笑い声が、青空と崩れた魔王城に響く。

 女神はこの光景を見るたびに、願う。


「まあ、それじゃあ次の時まで」


 ああどうか、二人の願いが、叶うことはありませんように。

 叶ってしまえば、魔王と勇者の物語が終わってしまったら。


「待ってろよ」

「待ってるぞ」


 二人ぼっちだった世界で、ただのひとりになってしまうのだから。



◇◆◇



 これは終わらない御伽話の、いつものお話。

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魔王の願い事◆勇者の願い事◇ コトリノことり(旧こやま ことり) @cottori

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