28

「ネイ……ナ」


 レイトの声がした。


「レイト!」


 ネイナが体を離してみるとレイトは目を覚ましていた。


「レイト。よかった……」


 ネイナは更に涙を流す。


「ありがとう……俺をとめてくれて」


 レイトは手を伸ばしてネイナの頬に触れる。


「ネイナはすごいや……やっぱり小さい頃から、ずっと俺のヒーローだ」


「……ばか」


 そうして二人は抱きしめあう。


***


 レイトとネイナは大樹の心臓まで来ていた。


 ゴフェルは大笑いしていた。


「キスで解決するなんてまるでお伽話のようじゃないか!」


「いやあ、激しいキスだったよ」


 レイトがそんなことを言う。ネイナの顔は真っ赤だった。


「ゴフェル! そんなことより大樹の塔はどうなるの!」


 ネイナは話を変えようとそう言った。


「大樹の塔は終わりだよ」


 ゴフェルはあっけらかんと言った。


「君に左の力をすべて授けた時点で、僕の魂は消滅を開始した。そりゃそうだろう。僕は左の力でつくられたんだ。その左の力を失ったら僕には何も残らない。こうして君たちと話ができているのが不思議なくらいだ」


「なら左の力を取り戻せば」


「いったろ? 僕の魂は消滅を始めたって。それはもうかなり深い段階まできている。いま力をもらったところでどうしようもないだろうね。失った魂は取り戻せない」


「そんな……じゃあ私たちはやっぱり滅びるしかないの?」


「そうだよ――といいたいところだけどまだ手はある」


 ゴフェルはニヤリと笑った。


「新しく創り出せばいい。大樹の塔を創りだした創世の女性のようにね。君はそれだけの力を有している。しかし、それでは繰り返すだけだ。また犠牲は必要になるだろう」


 やはりそれ以外の方法はないのかと二人は気を落とす。しかし、ゴフェルは続けた。


「君はレイトを救うことを選び、それを勝ち取った。結果、悪魔の魂だけを浄化することに成功した。レイトに悪魔の力を残したままね」


 確かにレイトには悪魔の力が残っていた。そしてそれを扱うことができた。


「君たちの力を合わせればいい。君たちは天使と悪魔そのモノの力を持っている。天使と悪魔の力はいわば表と裏だ。その力が掛け合わさった時に何が起こるかは僕にはわからない。それは未知数だ。だからこそたどり着けるかも知れない。犠牲の必要がない世界に。まだそれはわからないけどね」


 レイトとネイナは互いの顔を見やる。その表情には希望があった。


「さあ。いくがいい。僕はもうここまでだ。――君たちに神のご加護があらんことを」


 そう言うとゴフェルは姿を消した。


 レイトはルシカの体に話しかけた。


「母さん。いままでありがとう。もう休んでいいんだよ」


 レイトはルシカのそばまでいって額を合わせる。


「ごめんね。助けてあげられなくて……おやすみ」


***


 二人は大樹の塔の頂上にまで来ていた。二人はその端までいって、広大な海を見下ろした。


「どうなるんだろうね。この景色も変わるのかな」


 ネイナが風にたなびく髪を押さえながら言った。


「なら見納めかもしれないのかな」


 レイトは感慨深そうに言う。


 大樹の塔。そこで育んだ愛しい思い出たち。そして、辛いこともあった。――ルシカ。救えなかった命。


 レイトは思った。全部忘れずに、全て抱えて持って行こう。新しい世界へ。


 ネイナがレイトの手を握った。二人は笑顔で顔を見やった。そしてけして離れないように指を絡めた。


「いこう! 一緒に!」


 レイトとネイナは力を開放する。二人の背中に白と黒の翼が現れる。二つの力は共鳴し合いどこまでも増幅していく。そして二人の周りに輝きが満ちていく。やがてそれは一対の大きな翼へと姿を変えた。白と黒。その大きな翼は大きく揺れて羽ばたかんとした。


 ――ここから新しい物語が始まる。飛べ。その先へと。


 二人を、すべてを光が包み込んだ。




 それからしばらく。広がった世界で新たな可能性が生まれた。


 そして、それを喜ぶ父と母がいた。


 その赤子の物語は――また別のお話。

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カタハネと大樹の塔 雨乃彼方 @amenokanata

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