第14話 発汗の種 発

*このお話は前回の続きとなります


「やあ、お待たせ」

 山下さんがお酒の一升瓶と金属のような高い音を奏でる紙袋を持って戻ってきた。

 机の上にそれらを置く。

「お酒と…これは何ですか?」

「器ですか…?」

 僕_高峰希空たかみねのあ一之屋咲いちのやさきが口々に。

「ご名答。ご覧の通りタネも仕掛けもないただのお猪口さ」

 山下さんは年季の入った青い花柄の磁器を一つ取り出してチーンと指で弾く。

 何でもないと彼はおっしゃるが、僕目線だと山下さんから出てくる道具全てに魔力が宿っているように見える。

「これが今回のお祓いの道具ですか」

「お祓い…??」

 まだ完全には自分の状況を把握しておらず、これから先に何が起こるか分からず不安そうな一之屋。

「山下さんが『馬の霊』って言ってただろ?そいつを今から除霊して一之屋の体から引き離すってこと。ただ…」

 お酒とお猪口を見て、僕は少し危惧の念を抱く。


 ちと仰々しいかな、と。


 いつものお祓いなら特定の箇所に砂を当てて終了なのだが、お酒を持ち出すところに過去の自分がフラッシュバックしそうになる。

 ヌッと出てきそうになった過去の記憶を密閉容器に閉じ込め、それをビニール袋の中に入れ、さらにガムテープでグルグル巻きにして一生出てこないようにしているつもりなんだけどな。それでもふとした瞬間に出てきそうになるのが嫌だ。皆がよく使う「黒歴史」とは訳が違う。本当に真っ黒な「黒歴史」だ。

 思い出したくないことだ。しかし向き合わなければならない。家族というしがらみがある以上はここを通らなければ先に進めないことは知ってる。今はまだ学生という属性に甘えている自分もいつかは変わる日がくることも。


 内心、葛藤する僕を激励する山下さんの視線に気づかず。

「お酒は万が一の時の防衛線だね。そこまで強大な霊じゃあない」

 山下さんはお猪口にお酒を注いでお盆の上に乗せていく。

「じゃあ希空くんこれを入り口と窓のあるところに置いてきて欲しい。大まかで大丈夫だから」

「わかりました」

 そう言われてお盆を持って指定された箇所に一つ一つと置いていく。

 そんな適当でいいものかと思ってしまうが、逆に言えば適当にしていても除霊できてしまうくらいのレベルだと思えば、不安のようなものは消え去る。

 ここ半年くらい直近で山下さんを見てきた僕の目を信用することのしよう。

 きっと何とかしてくれる、って。


 最後のお猪口を入り口付近に置いて二人のところへ戻る。

 山下さんは手際良く準備をしており、一之屋と談笑している。

 山下さんが信用にたる人物だと認識したのか、先ほどの不安は表情から消えて今は笑顔でおしゃべりに興じている一之屋。

「置いてきました」

「お、ありがとう。こっちも準備できたから始めようか。希空くんはその辺で見守っていて」

「はい」

 この場をセッティングしたのは僕だからもろみの蔵でこれから起こることの全てを見届ける責任がある。

 それに僕が見たことのない山下さんの新たな一面を見られると思うと気分が高揚してくる。新しい経験ってワクワクしないか?


「始める前にいくつか質問するよ、肩の力を抜いてリラックスして答えてね」

「はい…」

 一之屋の座っている姿を見ると同じ高校生ながらもアスリートの風格を感じる。

 ピンと背筋を伸ばして両手を膝に置き一点をジッと捉えて静かな静謐な様子はインタビューを受けるプロスポーツ選手を思わせる。


「馬に関して、ざっくりでいいからでっち上げてごらん」

「父方の祖父母が農場を経営しており、そこで飼われている馬とよく触れ合っています」

 普通に原因だよなこれ。

 けれども、山下さん曰く「真の原因は憑かれる方にもある」らしい。当然、霊が悪いこともあるみたい。見えない世界はまだまだ解析中。

 話はすごく変わるけど祖父母が農場を経営しているってどういう家系何だろうか?一之屋も僕と似たような境遇で、実はお嬢様だったりして。


「うん。分かった、ありがとう。じゃあ次の質問。最近見た夢で印象的だったものは?ぼんやりとでもいいから教えてくれると嬉しい。特になければ大丈夫」

「夢ですか…えっ…と、すごく馬に関連しているんですが、私、かは分からないんですが、人が競馬場にいて馬券を購入してレースを見ていたことですね」

 ピンポイントな夢だな。その夢から考えると競走馬が関係してくるのか?競馬にはあまり造詣がないから全く分からんけど。

「ふむふむ」

「それで勝敗が着いたところで目が覚めて非常に歯切れが悪かったですね」

「なるほど、ありがとう」


 僕には山下さんがどういう意図で質問しているかが理解できない。わかるのはせいぜい馬関連の質問だということくらいだ。

「ここ最近よく食べるものとかある?」

「茹でたキャベツと鶏のささみですね」

「パン派?ご飯派?」

「圧倒的ご飯派です」

 もう分からんなった。今度はテーマが「食」になったな。

 そんで一之屋もよう疑問も持たずに淡々と回答していくよな。僕ならきっといちいち聞き返してしまうだろう。理想的な回答者のお手本だ。


 僕の時ってこんな質問されたっけ?そもそも、その時の記憶がポッカリとドーナツの穴のように空いている。うーん。


「もう少し聞こうかな。学校生活で汗以外で苦労しているエピソードがあれば。プライベートなことなら返さなくて結構」

「プライベートなのでやめておきます」

「了解。ん、じゃあ…」

 山下さんは一拍置いて。


「君の名前は?」


 彼の低めの声に違和感を感じる。

 なぜここで名前を聞くのだろう。そんなの「一之屋咲」一択じゃないか。



 あれ。


 一之屋の様子が。


 おかしい。



 ガクッと一之屋の首が前に垂れて、魂のなくなった抜け殻のようになってしまった。

「…!」

 立っている僕の角度からギリギリ見えた彼女の目は虚ろで生気が感じられず、たじろいでしまう。

「…」

 そんな僕とは対照的に山下さんは落ち着いていて、目を細めて一之屋を捉える。次に起こる出来事が想定の範囲内である公算を大きくしているようで。同時に一之屋を見限って不可逆な状態にしてしまいかねない恐ろしさを孕んでいそうだ。


「わたし、わたわたわたわたワタワタワタワタワタワタワタワタワタワタワタ


 一之屋から発されたとは到底考えられない怪奇な言葉が、僕を縛りつけるようで口を動かすことも指を曲げることも歩き出すことも許してくれはしない。


 いつの間にかもろみの蔵が世界から隔絶されたみたいに異様な空気がこの場を支配していた。

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