他校の男子生徒・3
適当な場所で彼女と待ち合わせをして、二人並んで駅前の本屋に向かう。
もう少しで日が暮れるというこの時間、すれ違う制服姿の学生たちを何となく目で追ってしまうのは自分がもう着ないことに対して少しばかり寂しさがあるからかもしれない。
それは隣を歩く彼女も同じなのか、僕と同じように制服を着た高校生を目で追っていた。
先週、僕らの高校では卒業式が行われた。式自体は恙無く終わったのだけど、合格発表はまだだったから何となく解放された気分にはなっていなくて(もし落ちてたら後期試験があるからね)、卒業前と変わらず勉強漬けの日々だった。しかし昨日、ついに合格発表が行われ、めでたく第一志望に合格していた僕と彼女は、その報告も兼ねて駅前の本屋で待つ他校の後輩に会いに行っているところである。
僕は本屋でしか御堂さんと会ったことがなくて、連絡先も知らないから合格したんだよと伝えることもできず、いや、その報告は別にしなくても良いんだけど、でも少し話したい……というか聞きたいことがあったから、御堂さんに会いたいなと彼女にこぼしてみたんだ。
そしたら彼女も御堂さんと会って話したいことがあったらしく、それじゃあ連絡しておくから明日にでも会いに行こう、ということになって、今本屋に向かっているのだ。
彼女と御堂さんは受験シーズン真っただ中でも少しは連絡を取り合っていたようで、例の告白して来た同級生とのその後や、浅野先輩とどうなったかについて簡単には聞いていた。
しかし、それらの話はメッセージで教えてもらったものなので、どうしても情報量が少ない。あまり筆まめな子じゃないらしいしね。だからその話を詳しく聞きたいのだ。
本屋に着くと、いつもの場所に御堂さんはいた。見た目は数か月前と何も変わらない。彼女が声を掛けるとすぐに振り向いて、お久しぶりですと会釈してくるのにこちらも久しぶりーと返し、とりあえずまずは僕らの受験の報告をさっさと済ませることにした。
「先輩方は合格したんですよね。おめでとうございます」
「ふふ、ありがと。もうこれで受験勉強しなくていいって思うと、開放感がね、もうね、最高だわ」
「大学が始まるまでは根をつめて勉強しなくていいっていうのは嬉しいなあ。引越しの準備もあるから、そんなにのんびりは出来ないけど」
「お二人は県外の大学でしたっけ」
引っ越しという単語からそのことを思い出したらしく、そう尋ねてくる御堂さんに頷いて、そういえば具体的にどこを受験したかまでは教えてなかったなと今更気付き、大学名を答える。
浅野先輩が通っている大学ほどではないが、まあよく知られた大学なので少し驚いたようだ。そりゃね、年末ぎりぎりにもここに来て御堂さんと話してたくらいだからね、恐ろしく難しい所じゃないと思われてたのかもしれない。
一応ここに来て息抜きする以外はずっと勉強漬けだったんだよ、と苦笑すれば慌てたように謝罪して来た。別に気にしてないんだけどね。
僕も彼女も一人暮らしをする予定なので、夏休みにでも遊びに来たらいいよと誘うとどことなく嬉しそうになった。県外とは言っても遠過ぎるわけではないし、御堂さんが一言行きたいと言えば先輩が連れて来そうな気がする。
……そうか、御堂さんを誘うともれなく浅野先輩がついて来るのか……。いや、別に嫌だという訳ではないんだけど。ないけどちょっと、うん。御堂さんがもし来るなら、少し心構えしておかないといけないかもしれないと思っただけで。
と、内心勝手に先輩にビビっている僕を余所に、彼女は嬉々としてこれから住むことになる部屋のレイアウトなどを相談している。学生が住むワンルームマンションだし、さして広くないから余計な物が置けないので、この所彼女はずっと何を持って行くか悩んでいるのだ。
箪笥やら本棚やら、大きいものは家にあるのを運ぶより新しく買った方が安上がりになるから、今度マンションの下見に行ったときについでに探してくるつもりらしい。
僕としては、持って行く本をどうするかが悩みどころだ。今まで読んだ本を持って行きたいのは山々だけど、全部となると結構な量になる。さすがに部屋を本だけで埋めるわけにはいかないから、取捨選択しないといけないんだけど……どれも大事なんだよなあ。
一度目を通した本の内容は大体覚えてるけど、たまに「あ、あれ読みたい」ってなるし、その時手元にないと悶々としそうだし。
「それは悩みますね……でも、いっそのこと一冊も持って行かずに、大学生になってから新たに買い集めるっていうのも楽しいと思います。何も入ってない本棚を少しずつ埋めていくのも良いんじゃないですか?」
「突発的に読みたくなったら?」
「近くの本屋さんとか、古本屋さんで立ち読みしたり、ですかね。大学の図書館にも色々な本があるようですから、探せば見つかるかもしれません」
「なるほどね。そう言われると、一冊も持って行かないっていうのもありだなあ」
「そして四年後は部屋中が本で埋まってるのよね。やだ、足の踏み場がないほど散らかさないでよ」
「いや、本は床に置かない主義だから」
「それなら、部屋の壁全部が本棚になってそうですね」
それは否定できない。
なんか、自分でも毎年本棚を買足しているのが簡単に想像できるし。あははと笑って誤魔化した僕に彼女の呆れたような視線が突き刺さるけど、まだ未来は分からないから責めないでほしい。一応そうならないように気をつけるよ、うん。一応。
彼女の視線から逃げるように、そういえばさ、とやや強引ではあるけど御堂さんから聞きたかった本題に入ることにした。
「例の、御堂さんに告白した子。たしか神代くんだっけ?彼とは今どうなってるのかな」
そう、僕が聞きたかったのは彼のことだ。
もちろん浅野先輩と付き合い始めたと聞いたからそちらも気になりはするんだけど、それ以上に、あのイケメン君がどうなったのかが気になっていたのである。
御堂さんが先輩と付き合い始めた以上、神代くんは振られてしまったんだろうけれど、御堂さんのことだから今でも普通に神代くんと会話をしていそうなんだよね。
いや、それは全然悪いことじゃないし、むしろ良いことなんだけど。
でも最後に会った頃は随分と彼のことを鬱陶しがっていたし、もしかして手ひどく振ったのではないかと少し心配もしてる。
神代くんのことは良く知らないけど、振られると相手に対してネガティブなイメージを抱いてしまう人もいるし、それで御堂さんに悪い印象を持って別れてしまうのはもったいないと思うんだ。だってほら、御堂さんって良い子だし。友達としてなら、きっと長く付き合えると思うんだよね。
そう思って問いかけると、御堂さんは僅かに眉を寄せて難しい顔をした。
「特にどうというのは……たまにノート貸したりとか、それくらいです。本人とは別に、仲が良いという訳ではありませんが別に険悪ってわけでもありません」
ただ、と少し眉間の皺が深くなる。本人に問題はなくとも、その周りに何かあるのかもしれない。
「周りの友達が何か言ってるとか?」
「え?……ああ、いえ。友人は何も言ってませんよ。ただ、…うーん」
しばらく唸って言葉を探していた御堂さんだったが、良い言葉が出てこなかったのか諦めたように首を振って「別のクラスの子なんですけど、」と口を開いた。
「前々から神代くんのことが好きだと言い続けてはいたんです。以前告白もしたそうですし。それでこの間またあらためて告白して……また断られたそうで。それ以来、なぜか私が敵視されているようです。ちょっと意味が分からないです」
私関係ないですよね?と首を傾げる姿を見て、ああやっぱり御堂さんは変わらないなあとちょっと安心してしまった。隣で彼女も苦笑いをしているから、同じことを考えたのだろう。
今の話だけでは状況がはっきりしないけど、おそらく二回も告白した彼女は、今回の騒動で一回目の告白で断られたのは神代くんが御堂さんを好きだったからだと知り、神代くんが振られた今ならチャンスがあるかもしれないと思ってもう一度告白した。
にもかかわらず、またも振られてしまって、きっとまだ御堂さんのことが好きだからなんだとか考えたんじゃないかな。それで八つ当たりで御堂さんを敵視していると。
ふむ。完全に外野の適当な考察だけど、もし当たっているとしたらその彼女、ちょっと打つ手を間違えてるよなあ。好きな人が仲良くしてる人を敵視したら、万が一付き合うことが出来るようになったあと長く続かないのが目に見えてるのに。
まあ恋は盲目だから、いろんなものを見えなくさせるもんだけど。
そんなことを僕と彼女とで簡単に説明する。御堂さんは興味ないかもしれないけど、こういう人の感情の機微についても少しずつ知っていった方が良いよねって最近思うようになったんだ。人の気持ちが分からないというのが、僕が知る限りにおいて御堂さんの唯一の欠点だから。
そのうちそれが原因で何か起きたら、あの時ちゃんと対応してあげてたらなあって後悔してしまうような気がするんだよね。御堂さんは鈍感だけど、頭が悪いわけじゃないから事例を知ればそれを他の例にも適用することは出来るだろう。
「それで彼とは仲は悪くないけど、まだ少し問題が残ってると。まあでも、その問題の子についてはアキちゃんが動くと余計面倒なことになりそうだし、放置で良いと思うわよ。そのうち大人しくなるでしょ」
肩を竦めてそう言った彼女を驚いたように見つめてから、御堂さんは「友人と同じこと言ってます」と苦笑した。おお、先輩の前以外で笑ってるとこ初めて見た。苦笑だけど。
珍しいものを見たなあと思いながら、ついでだし聞いておこうと質問をする。
「御堂さん自身は神代くんのことどう思ってるのかな」
「え?……そうですね、今くらいの距離感なら、親しくなれそうだなとは思います」
「お、意外と好感触。やっぱりアプローチされて、実は少し気になってた?」
「この人は私のどこが良いんだろうと疑問ではありましたけど、同時に少しほっとしたのはありましたね」
「ほっとした?」
あの頃の御堂さんを見ていて、ほっとしている要素が皆無だった気がするんだけど。たしかに先輩といるときはリラックスしてたようではあった……かも。でもなんで神代くんの行動でほっとしたんだろ。
首を傾げる僕と彼女に、御堂さんは言い辛そうに視線を彷徨わせる。若干頬に赤みが差しているように見えるのは目の錯覚だろうか。
僕と彼女が返事をじっと待っているのに気付き、思わずといった風に唇の端が引き攣っているのが少し面白い。何だか御堂さんに表情が増えている気がして嬉しいぞ。
「えっと……私でも、人に好かれることは可能なんだなあって、ちょっと、その。ほっとしたんです」
「…………………………」
「…………………………」
思わず彼女と二人、顔を見合わせてしまった。
なんだろう。今、とある考えが浮上したんだけど。これって聞いていいのかな。いや、ここは男の僕からじゃなくて、同性の彼女から尋ねるべきだろう。というそんなことを彼女とアイコンタクトして、お互い頷きを交わしてから彼女が問いかけた。
「ねえアキちゃん、一つ聞きたいんだけど、アキちゃんっていつから浅野先輩のこと好きだったの?」
ど直球な質問に、今度ははっきりと顔を赤く染めた御堂さんは意味も無く口を開閉している。どうやら混乱しているようだ。しかしまさか御堂さんが赤面している所を見ることが出来る日が来るとは……人生何があるか分からないもんだね。
楽しげに御堂さんを追及している彼女を止めるでもなく微笑ましく眺めていたら、僕からの助けは期待できないと思ったのか諦めたように小さく溜息を吐いた。
「……中学生になる直前くらいです」
「ちなみにきっかけは?」
「そ、それも聞くんですか?」
「だって気になるんだもの」
「…………小学校の卒業式の一週間後位に、達也さんが家に遊びに来て。もちろん兄さんに会いに来たんですけど、ついでにって卒業祝いをくれたんです。そんなのくれたの、達也さんだけだったから嬉しくて。もともと好きではあったんですけど、こう、とどめになったというか」
普段の明瞭なものとは程遠い、ぼそぼそとした話し方に御堂さんの恥ずかしさがうかがえて微笑ましい。そして意外と長い片思いだったんだなとびっくりだ。
しかしそうなると、少しばかり気になることが浮上してくるわけで。
確か以前御堂さんに浅野先輩のことをどう思っているのか聞いたとき、兄の友人だとしか答えなかったと思うんだけど、それはどういう訳なんだろう。いやまあ、本屋で会うだけの知り合いに好きな人なんですなんて答えないだろうけどさ、でもなんかこう……さ!
御堂さんが軽々しく恋愛話に興じるような性格じゃないのは分かってるけど、僕だって気を使ってそれなりに親しくなれたよねって頃に聞いたのに、誤魔化されてたのかと思うと少しばかりショックだ。
そう思って微妙な顔になっていた僕に彼女がどうしたのかと尋ねてきたので、せっかくの機会だしと思って考えていたことを零すと、御堂さんは申し訳なさそうに眉を下げて謝ってきた。
「すみません。でも先輩、達也さんと連絡を取り合っていたでしょう?私と話した内容を伝えたりしてたんじゃありませんか?」
「なんで知ってるの!?」
「達也さんに話した記憶のないことを聞かれたりしたら、誰かから聞いたんだろうと予想はできます。同じ学校の人かなとも思いましたけど、私と親しく話すような人ってそんなにいませんし、何より先輩にしか話さなかった内容もありましたから」
「おおう…」
普通に気づかれていたようです。というか、浅野先輩は僕から情報を聞きだすだけじゃなくて御堂さん本人にも話してたのか。そりゃバレる。
つまり御堂さんは僕に話したらそのまま先輩に伝わると思っていたから、先輩のことをどう思っているのか聞いても素直に答えてくれなかったのか。……いくら僕でも、そういう内容を勝手には伝えないんだけどね。
ううむ、と唸る僕をからかうように見ていた彼女が、それで、と御堂さんに向き直る。そういえば彼女も御堂さんに聞きたいことがあると言っていたか。たぶん浅野先輩とどうなったのか、とかそのあたりのことだろう。僕も気になりはするから、とりあえず不満は置いておいて話に耳を傾けることにした。
「確かクリスマスから付き合い始めたんだっけ?先輩から告白されたの?」
「う……先輩、それ前も聞きませんでした…?」
「だってアキちゃんの口から聞きたいんだもの。それに詳しく、ね!」
御堂さんはたじたじである。
しかしテンションの高い彼女に押されて、答えないという選択肢を排除されてしまったので仕方なさそうに答えた。
「どちらから、というのは曖昧です。達也さんのお友達と話していたときに、私が達也さんを好きだと見抜かれて暴露されて、そのままなし崩しですから」
「あれ?でも先輩からも言われたって言ってなかったっけ」
「暴露された後に言われたんです」
「何て?」
「…………………………。……それは、私の口からはちょっと」
「えー」
「あ」
不満げに口を尖らせる彼女は気づいていないのだろうか。僕の視線の先、並んで立っている御堂さんと彼女の向こう、本棚の陰から姿を現した話題の人物は、話の内容に気付いたのか楽しそうな笑みを浮かべて、背後からぽんと御堂さんの肩に手を置いた。
「僕も和音のことずっと好きだったよ、付き合ってくれる?……って、言ったんだよね」
「!?!?」
「あら、意外と普通」
直前で気がついたらしい彼女は目を見開いて驚いていたが、先輩の台詞に答える程度の余裕はあるようだ。一方で突然肩に手を置かれて、告白の台詞を、しかも耳元で囁くように言われた御堂さんは顔を真っ赤にして硬直してしまった。
そしてゆっくりと目だけを動かして手と繋がっている顔を確かめると、がばっと顔を両手で覆ってしまった。恥ずかしさに耐えきれなくなったらしい。……なんか可愛い。
そんな御堂さんをこれでもかってくらい愛しげに見つめている先輩は、特に恥じらっている様子はない。いや、先輩が恥じらってたらそれはちょっと怖いか。
ともかく、「可愛いなあもう」なんて声が聞こえてきそうなくらい蕩けた顔をした先輩は僕の方を見ると表情を元に戻して、やあ久し振りと声を掛けてくれた。
そういえば先輩と直接会うのはものすごく久しぶりだ。僕が受験に集中していたころはあまりやり取りしていなかったしね。そもそも御堂さんと会っていなかったから、報告することも無かったし。だから言葉を交わすのも久しぶりだ。
「二人とも合格したんだってね、おめでとう」
「ありがとうございます」
「ありがとうございます。あ。浅野先輩、アキちゃんにも言ったんですけど、ぜひ夏休みにでも遊びに来てくださいね」
「ああ、行かせてもらうよ。もしかしたら余計なのがついていくかもしれないけど」
笑顔で答えてくれる先輩だけど、……余計なのって何だ?
僕らが揃って首を傾げているのを見て取った先輩はぽんぽんと御堂さんの頭を撫でながら、「和音の兄のこと」と言った。御堂さんのお兄さん、というと……御堂先輩か!
御堂先輩は浅野先輩とはまた別系統のイケメンだ。兄妹だからやっぱり御堂さんと似た、クール系のイケメン。だけど、東校での御堂先輩の評価は残念なイケメンである。本人の妹である御堂さんの前ではとてもじゃないけど言えない評価だ。
顔はとても良いのだ。
頭も良い。
運動もできる。
性格も良い。
空気も読める。
なのに、なぜか残念なイケメンと言われている。
僕は詳しくは理由を知らないけど、御堂先輩と付き合った人は必ず最後には「もうついていけない」と言って別れを切りだすと言われている。そう、あの人はイケメンなのに、いつも振られる側なのである。それ故に、東校の男子から「男は顔じゃない」の代名詞としてその名を用いられるほどに有名なのである。ちなみに、毎回必ず振られるくせに、ひっきりなしに告白されて彼女がいない時期がとても短いことも有名だ。
御堂先輩の情報を頭の中で再生していた僕に、学年が違うとあまり知られてないのかな、と呟いた先輩。僕と彼女が見上げれば、疑問に答えるように一つ頷いて、
「あいつ、シスコンなんだよ」
と言った。
シスコン。
思わず御堂さんの方を見てしまった。
いつの間にか復活していたらしい御堂さんと目が合って、それから浅野先輩の方に目を動かす。
「和音は小さい頃は今より表情も豊かだったし、奏はそんな和音をこれでもかってくらい可愛がってて、まあ仲の良い兄妹だったんだよ。両親が忙しい人であいつは面倒見がいい性格だから、それも必然かもしれないけどね。で、そのままあいつは普通の兄からシスコンな兄へと進化を遂げたわけだ」
「退化です」
仏頂面で呟いた御堂さん的には、兄のシスコン化はあまり歓迎されるものではないらしい。そもそも兄の話題自体を歓迎していない様子に、首を傾げてしまう。
前まではそんなに嫌がってなかった気がするんだけど。あんまりお兄さんの話したことないけど、それでもああ仲の良い兄妹だなって思える程度ではあったと思う。一体何があったんだか。
まあ、おそらくはシスコンな御堂先輩が浅野先輩との付き合いをよく思っていなくて、最近小言がうるさいとでも思っているんだろうなあ。こういう場合、兄は煙たがられるものなんだ、たぶん。
妹が成長しても、その恋愛ごとには口を挟まないようにしようと心に決めた。
浅野先輩は御堂さんから僕達と会うことを聞いていたらしく、いつもより迎えに来るのを早くして僕たちとも少し話をしようと思っていたらしい。
「今まで和音の相手をしてくれてありがとう」と頭を下げられたのには焦った。確かに最初は戸惑ったけど、御堂さんと話すこと自体は途中からは全然苦になってなかったから、感謝されるようなことはないんだよね。報告はちょっと面倒だったけど。
彼女も、可愛い後輩だと思ってますからと笑顔で答えていた。御堂さんが嬉しそうだった。絶対夏休みに会いに行きますねと少し声が弾んでいたように思う。
「アキちゃんは今年二年生かあ。受験までまだあるけど、やっぱり先輩と同じ大学受けるの?」
「え。いえ、さすがにそれはちょっと……難しいですよ」
「でも実際受かった人が身近にいるわけだし、勉強教えてもらえば良いんじゃない?」
「和音が望むならいくらでも教えてあげるよ。でもそうだね、和音がうちの大学を受けるというなら、それに合わせて引っ越そうかなあ」
「え、何でですか?……はっ、まさか先輩、同棲するつもりですか!?」
「女の子だし、防犯設備がしっかりした所の方が良いだろう?でもやっぱりそういう所は高いからね、ルームシェアして家賃を折半したらいいんじゃないかと思って。ね、和音」
「なるほど、ルームシェアですか……良いですね。それに達也さんの大学ならそんなに遠くありませんし、週末にピアノ弾きに帰って来るくらいは簡単かも…」
「あれ?意外と乗り気になってる!?」
「同棲ってところが頭から抜けてるよアキちゃん!」
「一年と四年じゃスケジュールが合わないことも多いけど、一緒に住めば必ず会えるしね。……あ、考えれば考えるほど良い案な気がしてきた。和音、うちの大学受けなよ」
「……達也さん、勉強見てくれますか?」
「もちろん、和音が望むならいくらでも」
「じゃあ頑張ります。受かったらお礼に毎日頑張ってご飯作りますね」
「そんなに頑張らなくても、和音の料理はいつも美味しいよ。でもまあ、楽しみにしておこうかな」
「………………………」
「………………………」
目の前にいる僕らの存在を忘れたかのように、二人で楽しげに将来の話をしている御堂さん達。とても見せつけられてる気がするんだけど、でもまあ、二人とも幸せそうだから良いか。
そっと顔を見合せた僕と彼女は、示し合わせたように同時に苦笑を零した。
「それじゃあ先輩、御堂さん、僕達はこれで」
「いつでも連絡してね、アキちゃん」
ばいばい、と手を振って二人に背を向けて歩き出した。隣を歩く彼女と、どちらからともなく手を繋ぐ。
たまたま話すようになった先輩と、他校の女の子。彼らとの繋がりは太くはないけど、この縁は細く長く続いていくんじゃないかな。
そんな予感を胸に抱いて、僕は彼女と二人帰路についた。
彼と彼女に関する10の話 汀 @migiwa_y
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