俺には三つ年下の妹がいる。


 両親が共働きのせいか、幼いころからしっかりしてあまり手のかからない子だったんだが、だからって放置しておくわけにもいかないから程々に構ってやっていた。


 小学生の時は俺と友達の遊びに入れてやっても困るだけだろうと、別に時間を割くのは時々面倒だったが、まあそれも可愛い妹のためだ。将来煙たがられて無視されるようになるなんて悲劇は真っ平御免だし、このまま良好な兄妹関係を続けていこうと思っていたわけだ。


 しかし俺が中学に上がると部活も始まり、小学生の妹とはさらに時間が合わなくなった。妹は一人で家でピアノを弾いたり本を読んだりと、一人遊びが全く苦にならない性格なようで気にしている素振りは見せなかったが、兄としてはお前は学校に友達がいないのかと心配である。

 まあ、聞いてみればそれなりに仲のいい友達はいるみたいだから、ひとまずは安心だった。


 中学には小学校が同じだった面子に加え、ほかの小学校からも入ってくるので知らない顔が多い。入学当初は同じ小学校出身で集まって、互いに様子を窺っているやつがほとんどだったな。


 俺はと言えば、特にどこの小学校出身とかは気にせずに適当に近くの席の奴と話をしていた。自分で言うのもなんだが、俺って割と顔が整っている方だし、妹がいるおかげで女子にも気を使える性格だから、男子はもちろん女子ともすぐに仲良くなれた。けどまあ当時の俺は若かったからな、女子の嫉妬なんてもんをよくわかってなかったんだ。


 女子の嫉妬が恐ろしいってことを知ったのは、俺の周りにいた子たち―――ではなく、隣のクラスのある一人の男子をめぐる女子たちの争いが学年全体で問題になったときだ。

 緊急で学年集会が開かれたほどで、こんなことで集会開くとかどんだけだよって思ったな。


 そしてその渦中にいた男子が、浅野達也だ。当時の達也はまだ幼さの残った美少年で、女子の扱いもわかってなかったからとりあえず無視しとけばいいかーなんて思って周囲の喧騒をまるっと無視していた、らしい。

 自分の周りの人間のせいで学年集会まで開かれたというのに、まったくの無関心だった達也に俺のほうが興味を持ち、話しかけに行ったのが始まりだ。


 お互いモテる人間同士ってことで、対処法を一緒に考えたりしたなあ。

 まあ達也が考えた対処法ってのがどれも相手の心を折るようなもんばっかりだったから、俺はそれを採用したことは一度も無いがな。あいつ自身が活用したかどうかについてはノーコメントで。


 恋愛関係についてはアレだが、達也は勉強も運動もできるやつだったし、その努力を傍で見ていたおかげか俺も自然と同じように努力してなかなか良いスペックを身につけたのは棚ぼたってやつか。友人としてはとてもいい奴だ。だからほぼ親友と言っていいくらい仲良くなったころ、暇ならうちに遊びに来いよ、なんて誘ってしまった。


「僕は嬉しいけど……いきなり行っても大丈夫なのかな」


「どうせ親は仕事だし。あ、けど妹が帰って来てるかも」


「妹?奏には妹がいるのか」


「おう。三つ下に一人な。まあ邪魔するような性格じゃないから、気にしなくていいって」


 やや強引に達也をうちまで連れて行き、とりあえず飲み物でも用意しようと部屋から出ると、ちょうどピアノの練習をしようと楽譜を抱えた妹と遭遇した。


 俺たちが帰って来たときは自分の部屋にいたからか、達也が来ていることに気付いていなかったようなので一応教えておくと、数回瞬きをした後でこてんと首を傾げた。

 うちのピアノは一応防音部屋にあるが、少しばかり音が漏れてしまうのでそれを気にしたらしい。別に気にしなくていいぞー、とぐりぐり頭を撫でてやれば、にこにこと笑いながら音楽室へと消えて行った。うむ、可愛い。


 妹に癒されてから台所でジュースを注いで部屋に持っていくと、さっき話してたのが妹?と尋ねられた。廊下での会話が聞こえていたらしい。それに頷きを返して、下にある音楽室でピアノを練習中らしいぞと加えると、へえ、と興味をひかれたのかわずかに身を乗り出した。


「妹ちゃんはピアノしてるのか。それにしても音楽室があるなんて、もしかして奏の家って音楽一家とか?」


「いや、そういうんじゃないけど。親の趣味だなあ。小さいころから何か楽器を習わされてんだよ。で、ちゃんと家でも練習しろよってことで練習用の部屋があるだけ」


「奏もピアノ?」


「んにゃ、俺はバイオリン」


「へえ」


 バイオリンを習ってるってことは学校では誰にも話してなかったので、ずいぶんと驚かせたらしい。まあ、当時から割と軽かったからな、俺は。イメージにそぐわないってのは否定しない。


 そしてバイオリンを直接見たことがないという達也の希望で、音楽室で実物に触ってみようということになった。まだ妹は練習中だったが、まあいいだろうと軽く考えたんだな。


 音楽室の扉を開けると、ピアノの音が大きくなった。その時練習してたのは、確かベートーベンのー…悲愴、だったような。……何楽章だったかは忘れた。

 で、気に入らないのか何度か同じ場所を弾いては首を傾げている後ろ姿に声をかければ、驚いたように肩を揺らして振り向いた。ぱっちりと目を見開いている。


 落ち着かなさそうに俺と達也とを交互に見ているので、こいつがさっき話した友達だと説明すると、ピアノの前の椅子から降りてこちらに近寄ってきた。


「えと、初めまして。御堂和音です」


「浅野達也です。よろしくね」


 珍しく柔らかな笑みを浮かべた達也に、妹も嬉しそうに笑顔を返す。……そう、この頃は妹もよく笑ってたんだよなあ。俺が暇そうにしてたら兄さん兄さんって寄ってきて、相手してやるとすごく嬉しそうにしてさあ。いやもうほんと、可愛かったんだ。


 それなのに。今じゃあもう……はあ。


 それから何度か家に達也を呼ぶと、そのたびに少しとはいえ妹と達也も会うわけで。妹も達也も嬉しそうだから別にそのこと自体は全然悪くないんだが、だんだん妹が俺より達也に懐いていくようになったのが、非常に面白くなかった。


 まあな、年下の女の子ってことで、達也の普段は鳴りを潜めてる優しさだとか寛容さだとかが大盤振る舞いだったからな。

 けどさすがに試験前に早く帰ったとき、出迎えてくれた妹が「今日は達也さんいないの?」と開口一番に尋ねてきた瞬間はかなり切なくなった。次の日に達也に当たったのは仕方のないことだろう。




 なんだかんだで達也とは同じ高校に進学し、それと同時に妹も中学生になった。


 妹の中学はセーラー服だ。高校生になっても変わらずうちにやって来る達也が帰って来たばかりの妹を見て固まっていたが、もしかしてこいつはそういう趣味でもあるのかと生ぬるい視線を向けると、はっとしたように表情を取り繕っていた。そして卒なく似合ってるねなんて言って妹を喜ばせていたんだが、それから何度か会ううちに、何やら妹に妙なことを吹き込み始めたのだ。


 そのことが発覚したのは、妹が鏡の前で難しい顔をして唸っているのを発見したある日のことである。どうしたのかと問いかけると、妹は妙な顔をしながら「どう?」と首を傾げた。何がしたいんだ、妹。俺が微妙な顔をしているのを見て取った妹は残念そうに肩を落とす。


「無表情でいるのって、難しいね…」


「はあ?いきなり何言ってんだ」


「だって、達也さんが」


 もごもごと言い難そうにする妹から聞き出してみると、どうやら達也は「そんなにいつも笑ってたら、変なおじさんとかに目を付けられて危ないよ」なんてことを妹に言ったらしい。


 そして初めて会った時からなぜか達也の言うことは素直に信じる妹は、笑わない=無表情とでも考えたのか、鏡の前で無表情の練習をしていたという。その頃まで妹は、むしろ笑顔がデフォルトだったからな。無表情がよくわからなかったんだろう。ははは。

 さて、ここでちょっと叫んでみてもいいだろうか。


 危ないのはお前だ―――!!!


 なに人の妹に変なこと吹きこんでんだよ!?第一もともと妹は人見知りだから初対面では満面の笑顔なんて浮かべないし、暗くなる前には家に帰ってるから不審者にも遭遇しにくいっつの!むしろ一番危険性が高いのはお前だ!


 ……と、翌日学校で思い切り達也の首を絞めながら叫んだわけだが、当の本人はしれっと「いやあ、危ないのは事実だろう。あの笑顔は可愛すぎるぞ」なんて言ってて話が通じない。


 なんでだ。ていうかお前、いつからうちの妹をそんな目で見てたんだ。


 ああしかも、純粋な妹はそんな風に見られてることも知らずに、にこにこ嬉しそうに懐いてるって……懐いてる相手が危険人物とか、どうしたらいいんだ……。


 がっくりと膝をついた俺に、横から箸を伸ばした達也がひょいと弁当の具を持って行った。

 あの頃の俺の昼食は妹お手製の弁当だった。昔から忙しい両親に変わって料理をしていた妹は、中学に上がって自分が弁当を持っていくようになると、ついでだからと俺の分も作ってくれていたのだ。


 そんなに凝った中身ではないが、兄さんはたくさん食べるんだよね、と言いながら毎回いろいろ考えて詰めてくれているのは知っている。うちの妹マジ天使。


 そしてそんな天使に邪な思いを抱いている悪魔な友人は、もぐもぐと咀嚼して「お、美味い」なんて言ってる。当り前だろう、妹の手作りなんだからな。


 しかしそれを口にするのは良くないという勘が働いたので、無言で残りの弁当を確保した。そんな俺の様子を見て、すっと目を細めた達也は唇の端を吊り上げた。これは何か思いついた顔だ。警戒心マックスで弁当を掻き込む俺の肩をがしっと掴むと、腹黒さを隠しきれていない笑顔で口を開いた。


「なあ奏。その弁当って和音の手作りだよな?」


「黙秘する。つーか人の妹を呼び捨てにすんな」


「今日にでも和音に僕にも弁当作ってほしいって頼みたいところなんだが、朝から三つも弁当を作るのは大変だろうしねえ」


「そうだな、今の二つってのがちょうどいいよな」


「だよなあ。だから奏、」


 お前、これから学食な。


 にっこりと笑ってそう言う達也に、もちろん反論はした。当然である。何が悲しくて俺の分の弁当を達也なんぞにくれてやらにゃならんのだ。しかしそんな俺の反論を達也は鼻で笑い飛ばした。


「奏の分をもらうんじゃなくて、僕の分を作ってもらうんだよ。朝から妹に負担を掛けたくない優しいお兄さんなら、その上さらに自分の分まで作ってもらおうなんて思わないよな?」


「確かに負担を掛けたくないとは思うが、だったらお前が遠慮しろ!第一、弁当作ってもらえなくなったら俺の昼食はどうなる」


「だから、学食があるだろ。なんだったら彼女にでも頼んで作って来てもらえば良いじゃないか」


「……あいつは料理が出来ないんだよ…」


 当時付き合っていた彼女は、食材を悪性新生物に変化させる才能を持っていたから、とてもじゃないが弁当を作って来て欲しいなんて言えなかった。むしろ言いたくなかった。俺はまだ死にたくない。


 しばらく食い下がって何とか妹の弁当を死守しようとしたが、結局は言い負かされて、翌日から俺は学食通いをする羽目になったのだった。うちの高校はバイト禁止だったから、妹が弁当作ってくれてたのは懐事情的にも大助かりだったのに、困ったもんだ。


 と思っていたら、一応気を使ってくれたのか時々達也が昼をおごってくれた。そして、料理の才能が壊滅的だった子と別れた後に付き合った子は料理が得意だというので、ダメもとで弁当作って欲しいって頼んだら二つ返事で了承してもらえた。その彼女とは結構長く続いたな、そう言えば。……言っておくが、別に弁当目当てだったわけじゃないぞ。


 ともかく。

 妹に弁当を作ってもらえるようになった達也は、毎朝家まで弁当を受け取りに来て、そのまま妹と一緒に登校していた。


 妹は駅の近くにある中学校で、俺たちは電車通学だったから、必然的に駅まで一緒だ。ちなみに俺と達也が通っていた秋津東高校は県下でも有数の進学校で、俺たちの家からは結構遠い。電車で一時間ちょいってところだ。そして授業の開始時間が早い。


 故に、家を出る時間も自然と早くなってしまうんだが、妹はその早い時間に合わせて弁当を作り、自分はもう少しゆっくりしていても良いにもかかわらず達也と一緒に登校していたのだ。


 我が妹ながら、なんて心が広いんだ。


 何度ももっとゆっくりしていて良いんだぞ、無理に弁当二つも作らなくていいんだぞと言ったのだが、元々早起きだし、弁当は一つ作るのも二つ作るのも大して変わらないと返されるばかりで、結局三年間、毎日妹は早起きして弁当を作っていた。

 将来悪い男に騙されないか、兄は心配である。あ、それ以前に現在進行形で悪魔に狙われてるんだった。………心配すぎる!


 ああそういえば、クリスマスなんていう悪夢のイベントもあったな。


 うちは両親が共働きなせいで、そういうイベントの日も妹と二人留守番してるって事が多かった。あの人らはワーカホリックな所があるからな、もうそこについては気にしないことにしてる。


 で、それまでも俺に彼女はいたが、せっかくのクリスマスだというのに家に妹を一人残していくなんてことは出来ないので、彼女には悪いが毎年家で妹とささやかながらケーキ食べたりしてたわけだ。

 大したことはしていなかったが、それでも十分楽しいクリスマスだった。だというのに、俺たちが高校一年の時のクリスマス二週間前、あの悪魔はとてもいい笑顔で「奏、クリスマスはデートだよな」とさもそれが当然であるかのごとく告げてきた。


「は?……あー、そうだな、妹とデートでもするかな!」


「何言ってるんだよ、奏には彼女がいるじゃないか。ダメだぞ、妹にばかりかまけて彼女を大切にしないのは、よくない」


「家族は大事だろうが。第一、クリスマスに一人で留守番させるなんて―――しまったっ」


 達也の狙いは分かっていたので、それを妨害すべく反論していたはずが、迂闊にも相手に付け入る隙を与えてしまった。案の定、にやりと口角を上げた達也がうんうんと頷いて、


「ああ、和音を一人で留守番させるわけにはいかないよな。だったら、僕が和音を誘って出かけるから、奏は何も心配しなくていいよ。デートを楽しんでくると良い」


「楽しめねーよ!心配すぎて欠片も楽しめねーよ!」


「ああ、デートに行く場所について悩んでるなら、この間知り合いから水族館のチケットもらったから奏にあげるよ。ちょうど二枚あるしな、彼女と一緒に行くと良い」


「ちょっと待て、その水族館って確か隣の県だよな。朝から出かけないといけないし、帰りも遅くなるじゃねーか」


「和音には僕がついてるから、奏は心配しなくていいって。あ、けど奏が遅くなるなら夕食は先に二人で食べとくよ。たしかこの水族館の近くに安くておいしい店があったはずだし、奏はそこで食事をして来ると良い」


「どこまでも俺を遠くにやりたいんだなお前……」


「だって邪魔だし」


 良い笑顔で言い切られてしまった。つらい。


 どう頑張っても達也に口で勝つことはできず、挙句の果てには俺は何も言ってないのに彼女のほうが達也に吹き込まれてデート行く気満々で、今更行かないとは言えない空気になってしまった。

 泣く泣く妹にクリスマスは彼女とデートなんだという話をしたら、次の日にはすでに妹と達也がデートするという展開になっていた。あいつは仕事が早すぎる。


 嬉しそうにしている妹に行くなとは言えず、苦し紛れに暗くなる前には帰っておけよと言い置いたものの、最初から夕食は家で妹が作るということになっていたらしい。

 そのことを知ったのは当日、ぐったりしながら家に帰ったらリビングで楽しそうに食事を囲んでいる二人を見たときである。泣きたくなった。……俺だって無駄に金を使って外食するより、妹の手料理が食べたかったさ…!


 しかも何が辛いって、それから毎年のようにクリスマスは達也に謀られてその時付き合ってた彼女とデートに行かされ、妹は達也とデートしてたのだ。着々と妹が囲われていくのを見ているしかできないとか辛すぎる。


 ………いやまあ、どんな手を使ってでも達也の妨害をしようと思えば、出来なくはなかっただろうな。それをしなかったのは、妹が嬉しそうだったから、それだけなんだ。

 俺としては達也が義弟になるなんて絶対嫌だし、付き合う相手としてもお勧めしないが、それでも妹が望むなら、頭ごなしに否定するわけにはいかないだろう。


 もちろん、少しでも妹が距離を置きたがっていたら、全力でそれに協力するけどな!今のところそんな様子は見られないのが残念だ。



 大学は達也とは別になった。

 俺は家から通える近場の国立、達也は県外の大学だ。


 だから達也は引っ越した……はずなんだが、何故か毎日のようにうちに顔を出している。妹を学校近くの駅まで迎えに行って、そのままうちまで来ているのだ。


 妹にはたまたまバイト先が近いから、なんて説明したらしいが、俺は知っている。達也は高校の最寄り駅に近い場所という条件でバイトを探していたのだ。偶然なんかではない。


 そしてわざわざ迎えに来てもらったお礼として夕食をふるまっているので、最近は俺、妹、達也でテーブルを囲んでいる。あ、別に俺だけ話に入れてもらえないなんてことはないぞ。達也は妹の前では優しい良い人だと思われたいのか、俺への傍若無人な態度が嘘のようにとても「良い友人」を演じている。お前は役者になれるぜ、といつも心の中でぼやいてる。


 なぜ口に出さないかと言えば、そんなことを言えば妹がいないところで達也に恐ろしい目に遭わされるのが簡単に想像できるからだ。

 昔、ちょっと口が滑った後、達也のストーカーを俺に押し付けられたのは苦い思い出だ。あれは大変だった。妹にも被害が及びそうになったら達也も慌てたのか、直後にストーカーの姿が消えた。達也、お前は何をした。


 妹は高校生になってますます綺麗になった、とは達也の弁。

 見慣れている俺からしたらそうか?と首を捻るが、まあ惚れた欲目もあるんだろうな。知らないうちに彼氏ができたらどうしようなんて心配している達也だが、こいつ、意外と鈍感なんだろうかと思わずじと目で見てしまった。


 いやだってさ。

 いつからなんてもう忘れたが、妹は明らかに実の兄である俺よりも達也のほうを慕ってるし、クリスマスとかイベント時でなくても、達也からデートに誘われたら断らず、むしろ嬉しそうだし(無表情がデフォルトになってからも、その瞬間だけは嬉しそうにはにかむのだ)、達也がいる時の夕食は少し豪華だ。なんて露骨。


 それなのに、あの二人はいまだじれじれとした関係を続けているのだ。そんな微妙に甘さの漂う空気の中にいる俺の気持ちを誰か分かってくれないだろうか。


 いや、あの二人が本当に付き合うようになったら、俺の居場所がなくなりそうだから今のままのほうが良いのかもしれないな。


 と、思っていたのだが。


 秋が過ぎて少し寒さが増して来た頃、えらく達也の機嫌が悪くなった。どうしたのかと尋ねれば、なんと妹が高校の同級生から告白されたという。ほう、まあ高校生にもなればそういうイベントがあってもおかしくはないな。


 中学までは女子校だったからそういう心配はなかったが、高校は共学に通ってるからなあ、告白くらいされるだろう。


 どうせ妹は断ったんだろうし、何も心配することなんてないだろう、と俺は楽観視していたわけだが、妹のことになると目が曇る達也はこのままでは自分の知らないところで妹に彼氏ができてしまうかもしれないと焦ったようだ。

 妹自身から告白されたという話を聞いたわけではないというのが、さらに拍車をかけたのかもしれない。


 それまでは一応俺に配慮してかあからさまに妹を口説くようなことはしていなかったんだが、もう、全力で落としにかかっていた。見てるこっちが恥ずかしくて居た堪れなくなったな。


 妹もさすがに恥ずかしくなったのか、それまで何とか平静を保っていたのが崩れて照れたり顔を赤くしたりするようになり、ああ、なんだか終わりが見えてきたなあ、と遠い目をしてしまう今日この頃だ。


 そして今年も問答無用で外出させられたクリスマス、重たい体を引きずるようにして家に帰ったら、そこには今まで以上に甘ったるい空気をまき散らしている二人がいた。


 おいやめてくれ。そこはリビングであって個人の部屋じゃない。いちゃつくなら余所でやれ!


 ……なんて、言えたらどれだけよかっただろう。ドアを開けた瞬間に達也と目が合ったせいで、思わずそのまま回れ右してしまった俺には、何も口に出すことなんてできやしなかったさ。だってあいつ、目で語ってたし。「邪魔すんな」って思いっきり殺気が込められてたぞ。


 今リビングに戻ったらまずいんだろうなあ、と、寒空の下近くのコンビニまで足を向けた俺、彼女いるはずなのにたぶん、独り身の人より寂しいクリスマスだったと思う。



 妹と達也が付き合い始めてからは、二人の空間に俺が存在するのが居た堪れなくなった。


 そんな俺に気を使ったのか、達也は妹を家まで送って来ても食事は摂らずにそのまま帰り、二人きりで会うのは休日だけに決めたらしい。今までより会ってる時間が少なくなってないかと聞けば、休日に一日中一緒にいられるなら問題ないと平然と返された。

 そうか、付き合うようになって余裕が生まれたんだな、それは良かった。妹も毎日楽しそうにしているし、これまでと比べたら笑顔も増えたから俺としても嬉しい限りだ。


 ……ただ、「兄さんって不誠実ですよね」と言われたことだけは納得がいかない。

 俺は不誠実なんじゃなくて、今まではある程度時間が経ったら達也に邪魔されてただけなんだ。なんて、そんなことは妹には言えないけどな。


 まあそれはともかくとして、妹には幸せになってもらいたいものである。あの悪魔と付き合っていて幸せなのかと言われると俺としては全力で否定するしかないし、あの悪魔が義弟になるなんて耐えられないので、そのうち別れさせようとは思ってるけどな!

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