クラスメイト・3

 冬休み明け、私は久しぶりに会う友達と挨拶を交わして雑談をしていたのですが、つい視線が教室のある一点に向いてしまいます。それは私だけではなくて、目の前にいる私の友人や、ほかにもたくさんの人が露骨にはならないように、ちらちらとそちらの様子を窺っているのです。


 誰を見ているのかというと、人懐っこくてかっこいいと評判の神代くんと、彼に告白されてすげなく断ったという御堂さんです。


 この二人は冬休みに入る前、二学期の後半あたりからすでに注目されていたんですけど、それは神代くんが教室内で告白をするという大事件を起こしたからです。


 大胆ですよね。


 御堂さんはその場で断ったのですが、その後も神代くんからの猛アタックは続き、今ではいつ御堂さんが陥落して付き合い始めるか賭けが生じているくらいなのです。


 大多数が今年度最後、三月くらいに賭けているみたいですね。来年はクラス替えがありますし、その前に決着がつくだろうと考えているのでしょう。なるほど。


 ちなみに私はバレンタインあたりだと予想しています。きっと御堂さんは照れながらチョコを神代くんに渡すと思うのです!そして甘酸っぱいお付き合いが始まると思うのですよ。普段無表情な御堂さんが、神代くんと話すときだけはにかむように笑って……いやん、可愛いです。


 素直になれない御堂さんにとって、バレンタインはとてもありがたいイベントではないでしょうか。だって直接言葉にしなくても気持ちが伝わるんですよ?良いですよね、バレンタイン。何て言って渡せばいいのかな、ああその前に、どんな顔して渡せばいいの…なーんて、ぐるぐる考えながら手作りして、ちょっと失敗して焦っちゃって……みたいな!素敵ですね!ぜひその一部始終を見たいところです!


 それはともかくとして、大多数の予想通り、去年のうちには決着はつかず、今もまだ神代くんと御堂さんは微妙な関係が続いています。冬休みに会ったりはしていないのでしょうか?私は見かけませんでしたけど、誰か一人くらい情報を持っていてもおかしくないような。ああでも、今日は新学期が始まったばかりですし、噂が広まるとしても数日後ですね、きっと。


 冬休み、会っていたんでしょうかねえ。

 神代くんから、今日会えないかな?なんてお誘いがあって、平然として見せて内心すごく慌てていたりしたら可愛いです。あ、逆に御堂さんから誘うっていうのもいいですね!たぶん一人では誘えないでしょうから、宮下さんや日暮さんと一緒に、友達同士で遊ぶってスタンスで神代くんも誘っちゃう、っていう!やだもう、御堂さんったら萌えポイント押さえてますね!




 御堂さんの席は窓側二列目の前から三番目、神代くんはその三列隣の一番前(つまりは教卓の正面です。これは籤引きの結果なので、神代くんが希望したわけではありません)。そんな二人を、窓側三列目一番後ろの私はよく観察しています。よく見えるのですよ。


 御堂さんはいつも真面目に授業を受けています。

 不自然に頭が揺れたり、逆にずっと俯いたままってこともないので、きっと寝ていないはずです。

 一方神代くんは、先生の正面だというのによく寝ています。

 寝た瞬間に叩き起こされていますけどね。そんな神代くんを、御堂さんはごくたまにちらりと見ています。


 いいですか、もう一度言いますよ。


 神代くんを、御堂さんが見ているのです!


 ほんと一瞬ですけどね、でも見ているのです。

 それに気づいた瞬間、もうどきどきしちゃいました。だってだって、冬休み前まではそんなこと一度もなかったのですよ。神代くんが寝ていようが注意を受けようが全くの無関心だった御堂さんが、少しとは言え神代くんを気にしているって、これはもう確実に冬休みに何かがあったはずです。まだ噂は何も耳にしていませんが、絶対何かあったに違いありません。


 当然のことではありますが、二人を観察しているのは私だけではありません。


 このクラスの人は皆、大なり小なり二人に関心を抱いているので、それとなく様子を窺っている人ばかりです。

 神代くんと親しい木立くんと伊織くんはそんなに興味がないのかあまり突っ込んだ話をしてくれないので、神代くんが今どう思っているのかはわかりません。


 そして御堂さんと親しい日暮さんも、御堂さんとの会話で神代くんの名を出すことがないので御堂さんの気持ちもわかりません。みんな気になっていても、直接問いただせるほど親しくないっていうのがネックになっているのです。


 ああいえ、神代くんは親しい人は多いのですけど、御堂さんの手前聞きづらいっていうのが大きいのですね。


 今でも変わらず朝から神代くんは御堂さんに話しかけています。

 いつも思いますが、よく毎日そんなに話題を見つけてくるなと感心します。初めの頃こそ面倒くさそうに対応していた御堂さんですが、だんだん慣れてきたのか程々に会話をするようになってきたのが二学期最後です。


 確かあの頃は神代くんが必死に放課後や休日にデートに誘っていたのですが、結局二人はデートをしたのでしょうか?すげなく断られてばかりだったようですが、もしかしたら……ああ!そうか、それで冬休みにデートをしたのですね!わかります!


 最近妙に御堂さんが上の空だと思っていたのですが、もしかしたらデートに行ったせいで今までどう接していたのかを忘れて戸惑っていたのかもしれません。


 時々何か言いたそうな目をしている(ように見えた)のは、きっとデートの時の話がしたかったのです。でも教室内でそれを口にしてみんなにからかわれるのが嫌だったのですね!くうっ、ドキドキが止まりません!


 わかりました、からかいませんからどうぞお好きに話してください!


「……あんた本当に、妄想激しいわよね」


 呆れ顔でそう言う友達に、そうでしょうかと首を傾げる。そんなつもりはないのですが、ああでも、楽しい想像を始めると止まらなくなるのは自覚しています。


「でもでも、とても有り得そうだと思うのです」


「ないわよ。賭けてもいいわ、絶対、有り得ないから」


「あたしも有り得ないって方に一票」


「右に同じくー」


「そんなことないです!皆さん気付いていないだけで、きっと御堂さんは神代くんを好きになっているはずなのですよ」


「そうかなあ?だって響くん、御堂さんにめっちゃうざがられてたじゃん」


 クリスマス前とか特に、というその言葉に、みんなが一斉に頷きます。そうでしたっけ?仲良くお話ししていたように見えましたけど。


「……あんたって悩みがなさそうに見えるわ」


「そんなことありません!いろいろ悩んでます」


「まあ悩みはあるかもしれないけど、なんか私たちとは悩むポイントがずれてそうではあるわね」


 そうでしょうか?


「けどまあ、最近御堂さんの雰囲気が変わったっていうのは確かだと思うわ」


「あ、それあたしも思った。なんかちょっと雰囲気柔らかくなったよね」


「まだ話しかけづらいのは変わらないけど」


「やっぱり神代くんとデートして……」


「それはないから。有り得ないって」


「そうそう。むしろ逆だと思うなあ」


 逆?逆とはなんでしょう。

 首を傾げる私に、友達は顔を見合わせてから「だから、」と指を一本立てた。


「そろそろ響くんに引導が渡されるんじゃないかってこと」


 引導が渡される……?つまり振られるということですか!?そんな!あんなに御堂さんのこと好きなのに、気持ちが届かず振られてしまうなんてかわいそうです。


 しかしそんな私の意見を聞いた友達は、何故か幼い子供を見るような目を向けてきました。よしよし、なんて頭を撫でられます。む、どうして子ども扱いされているのでしょう。


「そんなこと言ったら、響くんに振られた子たちだってみんな可哀想ってなるじゃない。いや、可哀想なのは可哀想かもしれないけど、全員が幸せになんてなれるはずがないのは当然でしょ」


 諭すように冷静な声で言われてしまうと、反論ができないです。感情的には受け入れられないのですけど、頭では納得してしまいます。


 黙り込んだ私をよそに、友達は神代くんたちの噂話を続けています。


「最近なんか物言いたげなのって、絶対あらためて振るタイミングを窺ってるんだよね」


「だろうね。でもあれ以来告白はされてないから、なんて言えばいいのか悩んでるってのもありそう」


「そう言えば神代くんって一回しか告白してないんだっけ。なんかその一回が印象的すぎて忘れられないんだけど」


「教室のど真ん中だったもんね……あれはないわあ」


「そうですか?素敵だと思いましたけど」


 思わず口を挟むと、一斉に気違いを見るような目を向けられました。ヒドイです。


 でも素敵じゃありません?みんなの前で思いの丈をぶつけてくれるなんて、相当覚悟がないとできないことだと思うのです。聞いているみんなが証人になるわけですから、本当に好きじゃないと言えませんよね。


 と、思うのですけど、どうやらみんなの考えは違うみたいです。


「ありえない。ただの羞恥プレイじゃない。もしくは罰ゲーム」


「そうそう。だってその場でオーケーしたら強制的に公認カップル、断ったら断ったであいつ振られたんだってーって噂されるし、振った方もそんな目で見られるのよ?ないわー」


「たとえ好きな人だったとしても、その時点で百年の恋も冷めるね」


 むう。確かにみんなの前で告白したせいで、神代くんたちのことは多くの人が知ることになりましたし、ずっと噂され続けていますけど……神代くんみたいに目立つ人のことだと、こっそり告白しても同じようになっていた気もします。


 まあ、長いこと噂になり続けている要因の一つには、神代くんがずっと御堂さんを諦めず話しかけ続けているからというものがあると思いますけど。


 そう、すげなく扱われてもあきらめずに話しかけ続ける。良いですよね、こういう一途な人って。うっとりしちゃいます。憧れます。


「御堂さんがそんな態度だから、響くんもそわそわしてるしね」


「どっちに転ぶか不安なんでしょ。まあ、振られるだろうけど」


「ほんの少しの希望に縋ってるんじゃない?」


 みんな冷たいです。

 御堂さんが神代くんの事を好きになるという可能性をどうして考えないのでしょう。別におかしな話ではないと思うのです。

 それまで興味がなかったけど、告白されたら意識しちゃう、なんて珍しい話ではないですよね。もちろん、それはほかに好きな人がいないからという前提が―――あ!


「もしかして、御堂さんにはほかに好きな人がいるのでしょうか!?」


「今更!?あんた今までそこに思い至らなかったの?」


「電波娘のくせに情報処理が遅いわね」


「混線してたんじゃない?」


「悪口ですか!?ヒドイですよっ」


 ごめんごめん、と謝ってくる友達に不満を表明すべく頬を膨らませて見せ、そんなことより!と思い至ったことについて話をすることにしました。


「きっと御堂さんにはすでに心に決めた人がいたのですね!だから神代くんの告白もバッサリ切り捨てたに違いありません!」


「あー……まあ、ねえ。ありそうな話ではあるけど。でも、じゃあ誰が好きなのってなると、全然見当もつかないっていうね」


「そんな話しないしねえ。そもそも学校外での様子を知らないし」


「塾とかでしょうか?」


「どうだろ。あ、でも一時期東校に彼氏がいるとか言われてなかったっけ?」


「ただの知り合いって話だったけど。響くん直々に確かめに行ったんでしょ」


「え、そうなの?それは知らなかったわ」


「らしいよ。ほら、終業式の何日か前に、無理やり御堂さんについて行ったことがあったじゃん。あの日に確かめたらしいよ。彼氏じゃないって」


 むむ、敵はなかなか手ごわいです。圧倒的に情報不足ですね。

 言われてみれば確かに、御堂さんについては学校外での様子が全く知られていません。出身中学もこのあたりではないですし、家も遠いらしいというくらいしかわかっていないのです。中学までの人間関係についての情報なんて皆無です。


 あ、中学時代に誰かと付き合ってて、その関係が今も続いているという可能性もありますね。これも本人に聞く以外確かめようがありませんが。


 やっぱり、詳しく事情を知りたければ御堂さんと直接話す必要がありそうです。同じことを考えたのか、最近御堂さんと仲良くなりつつある子がいるのですが、私も真似すべきでしょうか。しかし友達に相談すると、やめておいたほうが良いと言われてしまいました。何故でしょう?


「響くんのことをどう思ってるのかとか聞くためだけに近づいたりなんかしたら、宮下さんたちに敵認定受けるって」


「どうしてですか?」


「そりゃあ、不純な動機だからでしょ。なんかの間違いで仲良くなれて、響くんのことについて教えてもらったとして、それを噂にしちゃったりなんかしたらもう……学校に居場所がなくなると思わなきゃ」


 そ、そこまでですか。宮下さんはとても影響力のある人だとは知っていましたが、そこまでとは思っていませんでした。でもそしたら、最近御堂さんと仲良くしている子はどうなのでしょう?


 そのことについて尋ねると、どうやらその子は純粋に御堂さんと仲良くしたくて近づいたらしく、神代くんについては一切触れないんだとか。むう、そんな条件があったら私は近づくことすらできません。唯一の救いとしては、御堂さん本人は誰に話しかけられようが気にした様子がないということくらいですね。だからと言って気軽に話しかけられるわけではありませんが。


 しかし残念です。誰か二人について詳しい人が情報を流してくれないでしょうか。




 それは新学期が始まって二週目のことでした。

 土日の間に課題が終わったか、なんて話をしていた憂鬱な月曜日。そんな憂鬱な気分を吹き飛ばすようなニュースが広がったのです。


 曰く、ついに神代くんが引導を渡された、と。


 驚いた人、納得した人はそれぞれ半々くらいでしょうか。私はその中間です。驚いた、というよりがっかりしましたが、友達との会話を考えるとこういう結果になっても納得です。


 いろんな人が神代くんを慰めたり、御堂さんに理由を聞こうかどうしようかうずうずしたりしていましたが、当事者の二人は外野のことを気にした風も無く、それまでと比べると頻度は下がりましたが、ほどほどに親しくしているようです。


 気まずい空気にならなくてよかったですね。二人とも同じクラスですから、下手したら教室内の空気が大変なことになりかねないのではと、友達が割と心配していたのですよ。


 そしてそれ以上にみんなを驚愕させたニュース。それは、御堂さんにはお付き合いしている人がいるということでした。


 詳細は不明。

 出所は神代くんです。


 どうやら改めてお断りされたとき、誠意を見せないといけないですよねって事で御堂さんが教えてくれたそうです。神代くんは御堂さんの彼氏さんについても教えてもらったようですが、そこの所の情報は流してくれていないのです。だから詳細不明なのですよ。


 でも待ってください、詳細不明ってなんですか。詳しく教えてくださいよ!大事なところじゃないですかっ!不完全燃焼にもほどがあります。むう、気になって夜も眠れません。


 まだしばらく、御堂さんに熱い視線を投げかける日々は続きそうです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る