ある大学生・2

 大学生、特に一年なんて高校生と何が変わるってわけでもない。

 制服を着ていないくらいで、特別大人ってわけでもない。


 ま、実際まだ十代の奴がほとんどだし、未成年って意味では子供だわな。けどまあ進学したってそれだけでなんか成長した気になるのもまた事実。大学デビューなんてやっちまうのもそういう心理が働いてんのかもしれない。


 それでなくても新しい環境に見知らぬ他人だらけってなると、落ち着きがなくなるもんだろう。んでもってそれなりに気の合うやつを探してつるむようになるのは、場所がどこになっても変わらない流れなんじゃないかと思う。


 俺の場合、地元から離れた大学に進学したせいで知り合いは皆無。否が応でも新しい人間関係を築かにゃならん。


 つーわけで積極的にいろんな奴に話しかけたし、サークルも入った。何って?天文サークル。イメージと違うってよく言われっけど、昔から星とか見るの好きだったし、星座の由来になってる神話を調べるのも楽しかったから、似合うとか似合わないとかじゃなくて好みで選んだわけ。まああんまし真剣にやってるやつ少ないけどな。


 んで、家庭教師のバイトもしてる。何で家庭教師かって?あわよくば可愛い女子高生と知り合いになりたいからに決まってんじゃねーか言わせんな。まぁ、実際に受け持ってんのは男だけど。現実は厳しい。


 そんな風に俺は交友関係を広めつつ大学生活を楽しんでるわけだが、一方であんまし積極的に交友関係を広めてないやつもいる。そのうちの一人が浅野だ。



 浅野とは学部も違うし、同じ授業を取ったこともなかったから話すことがなかったんだが、同じサークルでちょっと良いなと思ってた子が浅野に告白して振られたって聞いてから、ちょっと気になって見てたんだ。

 いや、だって結構可愛い子だったし。


 浅野とはなかなか遭遇できないけど、唯一昼だけは食堂に現れることが分かってるから、時間が合えば食堂に足を向けてみた。顔も知らなかったから例の同じサークルの子に聞いて、んで初めてそいつを認識したわけだが。


 なんつーのかな、少女漫画で言う副会長系?いや、イメージだけど、なんか生徒会とかに入ってそうな外見。イケメンってよりは男前?もしくは美男子って言葉が似合う。食事の姿勢も所作も綺麗で、なんか浅野の周りだけ空気が違って見える。やべ、目がイカレたか。


 一人で食事をしていても何ら不思議はなさそうに見えるが、一応周りには友人らしき人影がちらほらと見える。男女比は……男のほうが多いな。女も何人かいるけど、主に会話してるのは男ばかり。


 女から話しかけられても愛想良く返事をしてるように見えるものの、女の視線が外れた瞬間に面倒くさそうにため息を吐いたのを俺は見逃さなかった。まさかそっち系?って疑うも、サークルの子曰くすでに好きな子がいるんだと。ほう?つまり、好きな子はいてもまだ付き合っていないというわけだな!ふ、やはり男は顔じゃないのだよ、顔じゃあ!


 そんな感じでサークルの子を口説きつつ浅野のことは視界に入ればちらっと見るくらいだったんだが、ある日、今日の授業は終わったしバイト行くかーと全学の建物のロビーまで出たところで、突然授業が休講になったという浅野と遭遇した。


 いつもなら周りに何人か友人らしき人物がいるんだが、その時は珍しく浅野一人だったんだよな。で、つい「あ、浅野だ」なんて呟いちまって、お互い面識はないはずなのにいきなり名前を呼ばれたせいで訝しげな顔をした浅野に声をかけられたってのが俺と浅野の友人関係の始まりだった。


 当然最初の話題は何で俺が浅野のことを知ってんのかってこと。

 隠すようなことでもないからサークルの子に聞いたってことと、その子は浅野に告白したんだぜって言うと、少し考えた後に「ああ、あのさっぱりした子か」と思い出したらしい。


 どうやら彼女は告白して断られても、しつこく追いすがったり泣き出したりせずに「そっかー、残念。じゃあ浅野君にも迷惑だろうし、吹っ切れるまでは近寄らないようにするね。時間取らせてごめんねー」と言って去って行ったのだという。確かにさっぱりしてんな。だがそこがいい。


 俺がその子のことを口説いてるって言ったらへえって笑い、上手くいくと良いなと応援してくれた。まあ応援してくれただけで、後押しなんかはしてくれないんだが。浅野のことをまだ吹っ切れてないって可能性がゼロじゃないから、それも仕方ないことかもしんねえけどさ。

 そういや浅野自身、そういうアドバイスって苦手だって言ってたな。もてる男にはわからん悩みだったか。けっ。


 そうしてたまに遭遇したらちょいちょい話をするような関係になり、まあ友人と言ってもいいレベルになったと思う。あ、ちなみに彼女は口説き落とせた。んで、時々浅野も交えて話をしてる。彼女は本当に浅野を吹っ切るまで近寄らなかったらしく、第一声が「やあ久しぶりー!」だった。


 それはともかく。


 それなりに個人的な話もできるような関係になってしばらくして、浅野が告白を断り続けてる理由について尋ねてみた。

 そう、浅野は俺の彼女だけじゃなくていろんな子に告白されては、いつも同じように断ってんだ。好きな子がいるとまでは言わず、興味ないの一言でバッサリ。彼女が告白した時に好きな子の話をしたのは、潔さに好感が持てたからなんだってさ。そちらがそんなにあっさり引き下がってくれるなら、理由を話してもいいかなと思えたんだと。


 そんなわけで彼女から浅野に好きな子がいるってのは聞いてたけど、今どうなってるのか気になったから、聞いてみた。


「特に進展はないが……ああ、だが今年中には決着をつけるつもりではある」


「決着って、お前はその子と何か戦いでもしてんのか」


「戦い…まあある意味そうかもな。こっちは本気で口説いてるのに、気付いてないのかスルーされるんだ。昔から鈍感な子だとは思ってたが、ここまで鈍いと対処に困る」


 いっそ既成事実でも作ってしまおうかと思うくらいだ、と苦笑する浅野に目を瞬く。そんなに鈍感な子なのか。


「ていうか昔からってことは幼馴染かなんかだったりすんのか?」


「初めて会ったのは確か中一のときだな。あの子の兄と同じクラスになって、それでまあ色々あって知り合ったんだ」


「お?なに、彼女って年下?」


「三つ下」


 三つ、ってことはー、いま高一か。へえ。


「なるほど、女子高生か」


「………………絶対お前には会わせないからな」


 ものすごく冷たい目を向けられてしまった。誤解だ。俺は彼女一筋だ。


 けど実際、浅野のアプローチをスルーしまくってるっていう彼女には会ってみたい。興味ある。

 あんまし話したがらない浅野にしつこく聞きまくってみたところ、見た目はすっげー真面目そうな優等生タイプらしいが、笑うとめちゃくちゃ可愛いんだと。あまりにも可愛いから、昔あんまり笑わないようにって言ったら本当に笑わなくなって、最近では無表情がデフォルトだとか。性格も真面目だけど、鈍感で天然。他人の感情に疎い。


 何ソレ。ますます会ってみたくなったんだが。付き合うようになってからでいいから会わせてくんないかなあ。



 さて、んなわけで浅野はその彼女さんに夢中な訳なんだが、自分がもてるってのは自覚してるらしくて、学校外で大学の知り合いと遭遇しないように気をつけてるんだと。


 あんだけ告白されてんのにモテないと思ってたとしたら、ちょっと頭が正常に働いてっか心配になるところだけどな。


 あ、そうそう、浅野が授業のあとはさっさと帰ってしまうのは知っていたが、何をしているのかと言えばバイトに行き、学校帰りの彼女を迎えに行ってそのまま家に帰っているらしい。

 何で学校帰りに迎えに行ってんのか聞いたら、学校が家から遠いからだとか。


 ……過保護すぎねえ?


 まあそれはいいや。で、まあ俺の彼女みたいに潔く諦めてくれるような相手に告白されるなら問題ないんだが、中には断ってもしつこく付きまとってきたり、告白せずにむしろ告白されるのを待ってるようなのもいたりするんだな。ストーカーもいたらしいけど、それはすぐに対処したから住んでいる場所はもちろん、彼女のことも知られていないとのこと。さすが。


 で、いい加減鬱陶しいな、という俺から見たら贅沢な、けど浅野にとっては当然?の感情を抱くにいたり、対処を考えたわけだが……正直言って、浅野の性格の悪さにビビったわ。


 作戦としてはこうだ。


 まず、周りに付き纏ってる女の中からそこそこ友達が多くて、気が強すぎなさそうなのを一人選ぶ。そしてその子に対してだけ、他よりほんの少し優しくする。それだけで勘違いしてくれたらチョロ過ぎだが、まあ面倒がない。勘違いしなさそうならその女の友達を煽って勘違いするよう仕向ける。


 そうやって、あたかも浅野はその女を好きであるかのように周りに思い込ませて、学校外での浅野の人間関係に注意を向けさせないようにする、と。


 愛しの彼女に害が及ばないようにするためって理由もあるらしいが、一番は自分の精神安定だろうと思うと、巻き込まれる子が可哀想になるわあ。ま、俺には関係ないから良いんだけど。


 で、浅野が選んだのは、まあなんつーか、大学デビューしてちょっとおしゃれしてみたって雰囲気の、そこそこ可愛いけど世間知らずっぽい子。俺から見たら胡散臭いだけの浅野の笑顔にころっと騙されるチョロインだ。


 最初の頃こそ、俺も俺の彼女も可哀想になあって思ってたんだが、だんだん、な、その………思い込みが激しくて痛々しくなってきたっての?「私が話しかけてるんだから、浅野くんは私しか見てないの!」みたいなそんな空気を一人で出してて、正直失笑もの。


 一人で二人の世界に入ってる、ただし自分以外のもう一人はあくまで妄想、って感じ。秋頃に「選択ミスったかな…」とぼやいた浅野を友人たちみんなで笑ったのは良い思い出だ。それでもストーカーになるようなタイプではないあたり、そこまで選択ミスというわけではないと思う。


 あ、なんでこの作戦を俺たち友人一同が知ってるかっていうと、誤解がないようにと浅野が公言したからだ。


 何でも、高校のときも似たようなことをしていたら、本人はおろか周りのほとんどが信じ切ってしまって、かえって面倒くさかったから、今回は最初からフリですよと友人達に周知させておくようにしたらしい。

 確かに、言われていたら誤解はしないな。言われてても誤解しそうなくらいな態度だったし、何も知らされてなかったら勘違いしてしまうのも頷けるレベルの演技力だった。


 そして友人には周知してるくせに、ターゲットの子とその周りには一切察せられないようにする手腕には感心を通り越して呆れた。能力の使いどころ間違ってんじゃねえのかと。


 いっそアレだよな、普段着をもっとダサくて冴えない感じにして、髪型とかももっさりして、眼鏡も似合わないやつに変えたら絶対モテないと思うんだが。けどそれ言ったら、ものっそい馬鹿にしたような目を向けられて、


「そんなことしたら和音にまで倦厭されるだろうが」


 って言われた。そうかあ?彼女の前でだけはきちっとしたらいいんじゃね?てか彼女、アキネっていうのか。思わぬところから情報入手。


 そんな副産物は置いといて、結局外見については特に変更もせず(まあ今更変えたって意味ないわな)、適度に周りを誤解させつつ順調に彼女を口説いていたらしい浅野だったが、結構肌寒くなってきた冬のある日から、何やら全身に不機嫌オーラを纏い始めた。何があった。


 あまりに機嫌が悪そうだから、下手に突いたらとんだとばっちりを食らいそうでみんな遠巻きにしてたんだが、いつまでもそんなおっかない雰囲気でいられるのも何なので、適当な友人たち数名でじゃんけんをして生贄を選出。

 見事犠牲者となるのを免れた俺が高みの見物をしていたら、予想外なことに不機嫌そうにしながらも八つ当たりをしたりはせず、ただ少し愚痴っぽく理由を教えてくれた。


 なんでも、件の彼女に告白したヤローが現れたらしい。そいつは彼女と同じクラスの男子ってことしか分かっておらず、彼女自身が興味ないせいで相手の情報が全くないのが腹立たしいと。


 ……いや、それ、彼女が興味ないって言ってんなら心配なくね?


 と、俺なんかはそう思うわけだが、押しの強い相手だったら流されて付き合うなんてことになりかねないと、かなり心配している。


 ……そうかあ?


 流れで付き合うような性格の子に、浅野が惚れるかって疑問。

 ついでに、浅野の口説き文句もスルーできるような子に、いくら押しが強いといっても一介の男子高生が心ときめかせるようなセリフを言えるかって疑問。


 無理じゃね?


 けど浅野は心配らしく、それからは今まで以上に過干渉気味だ。おかげで、なのか、ようやく彼女も最近は少しこちらを気にするそぶりを見せているんだと。ほお、ついに報われる日が来るのか?


 そんなこんなで浅野を冷かしているうちに、やってきましたクリスマス。っても、当日はうちの大学も、例の彼女が通ってる高校も普通に授業があるから、デートはその前の週末らしい。


 そう、デート。


 あいつ、なんとデートの約束してんだって。彼女が中学生になったときから毎年デートしてるらしいが、今まではあまりデートだと思われていなかったらしい。理由としては、最初のときに両親が仕事で、兄も彼女とのデートで出かけるせいで一人になる彼女が寂しいだろうって理由つきで誘ったせいらしい。その頃はまだ浅野も初々しさの残る少年だったからな!……あんまし初々しい浅野が想像できないのは置いとこ。で、そのせいで彼女としては毎年暇な自分の相手をしてくれてるだけだと思っているらしく、いくらデートスポットに誘おうとも、綺麗にスルーされているんだと。


 若干浅野が哀れだが、それでも今年は改めて告白するつもりらしい。彼女も高校生になったから、そろそろいいだろうとのこと。高校で余計な虫がついたことに焦りを覚えたってのが一番の理由だと思うけどな。



 浅野と彼女のデート当日。どこに出掛けるのかは聞きだしておいたので、興味津々な彼女を伴って向かってみた。もちろん人出も多いし、そううまく遭遇できるとは思ってない。あ、ちなみに俺たちは当日にちゃんとまたデートする予定なんで。今日はまあ浅野に遭遇できたらいいなーってのがメインだし。


 出かける先は隣県のショッピングモールなんだと。今年は彼女の希望でカラオケに行き、そのあとぶらぶら歩いてから家に帰って夕食という、それでいいのかと思わなくもない予定だそうだ。


 まあ彼女が高校生だもんな。健全でよろしい、うむ。ああ、けどその夕食ってのが彼女の手料理らしいし、その点は嬉しいのかもしれん。


 しっかし、カラオケねえ。浅野が歌ってるとこ想像できねえわ。カラオケに行くって聞いた瞬間思わず「カラオケ!?」って叫んじまったが、そんな反応をしたのは俺だけじゃなかった。それくらい、浅野がカラオケにいるっていう状況が不自然に感じるってことだな。どんなの歌うのかは教えてくれなかった。ちっ。


 このショッピングモールに来たのは初めてだが、活気があって栄えてるってのはよくわかった。彼女曰く、有名どころの店も多くて学生からお年寄りまで楽しめる、らしい。ふーん。あんまし買い物って興味ないからなあ。ま、彼女が楽しんでくれてるならオッケーだ。


 そうしてある程度時間を潰し、少し歩き疲れたから適当な店で休むかって話をしていた時、数メートル先に浅野の姿を見つけた。ほんとに来てたのか。適当なウソを教えられたんだと思ってたぜ。


 後ろ姿しか見えないからどんな顔なのかはわからないが、隣にいる少し小柄な子が例の彼女なんだろう。ベージュのコートに長い黒髪がよく映えている。あ、ちらっと見えたけど、あいつら恋人繋ぎしてんじゃん。ええー、それでお互い付き合ってるつもりじゃないとか、ないわー。


「うわあ、綺麗な子だねえ」


 隣で感嘆の声を上げた彼女には例の子の顔が見えたらしい。くそ、浅野に呆れを込めた目を向けてる場合じゃなかったか。


 後悔しつつも二人から目を離さず、ついでに近寄って声でもかけてからかってやろうかと二人のほうに向かっていると、俺たちより先にふらふらと力ない足取りで浅野たちの前に姿を現した人物がいた。


「あ、あの子って」


「修羅場だな」


「んん、どうだろうね?浅野君が可愛い彼女の前で修羅場になんてするかなあ?」


 言われてみれば確かにそうか。


 彼女の予想通り、何を話していたのかは知らないが、特に声を荒げたりしている様子もなく、いたって穏便に会話は終了した様子。去り際にものすごく暗い目をしてたのが気になりはしたものの、まああれについては浅野がそのうち何とかするだろうと放置することにした。いや、だって俺関係ねえもん。


 そうして厄介なのがいなくなったところで、彼女と二人で浅野たちに駆け寄った。


「よ、奇遇だな!」


 わざとらしい、と笑う彼女と一緒にへらへら笑いながら声をかけると、面倒なのが来たとでも言いたげに顔を顰める浅野。そしてその隣で、ぱちぱちと目を瞬いている女の子。


 ふむ、なるほど、綺麗な子だ。長い黒髪に縁どられた顔は小さく、それぞれのパーツは大きすぎず小さすぎず、バランスよく収まっている。美少女って感じではないが、綺麗な子だ。


 戸惑っているところに捲し立てるように二人で自己紹介をし、彼女の名前も聞きだす。


「アキネちゃんっていうんだ。ねえ、アキネちゃんって浅野君の彼女?」


「え……えっと、」


 困ったように彼女と浅野の顔を交互に見る様子に、もしかしてまだ告白してないのではなかろうかと思い当たる。浅野的にはカラオケで告白するのは嫌で、けど街中をぶらついてる時に言うのも違う気がして、いまだ言えずにいるってとこか。ふうん。


 正面から向けられる「お前どっか行けよ」って視線は無視して、せっかくだからお茶でもどう?と誘ってみた。いや、俺だって二人の邪魔をするつもりはないけどさ、告白するチャンスを作ってやろうっていう、ね?別に浅野がどんな告白すんのか気になってるとかじゃねーよ?


 嫌そうな浅野はとりあえず放置でゴリ押しし、四人連れだって近くの喫茶店に入った。適当に飲み物だけ注文して、大学での浅野の様子なんかを語って聞かせる。特に浅野がどんだけモテてんのかってあたりを。アキネちゃんがどんな反応するかなーって思ってたんだが、意外と冷静だった。そっか、高校ん時からモテてたんだったら、そりゃ当然って思うか。


 しばらく楽しく会話をしていたが、正面に座った浅野から向けられる殺気まじりの視線にいい加減冷や汗が止まらないので、そろそろ話を切り上げようかと思う。だって怖えもん。もともとちょっとからかってやろうってくらいだったしな。すぐに立ち去る予定だったとも。言い訳じゃないぞ?彼女もそれに同意してくれたので、最後に一言だけ告げて席を立った。


 店を出て、しばらくは無言で歩く。振り返っても店が見えないくらいになってから、思わずといった感じで噴出した彼女につられて、俺も笑いをこぼしてしまった。


「やだもう、あの子可愛いすぎるわ」


「ぽんって音が聞こえたよな」


「浅野君のあの嬉しそうな顔!今度会ったらからかっていいかしら」


「むしろ全力で惚気られる覚悟がいる気もする」


「たしかに」






「アキネちゃん、浅野のこと大好きだろ?」


 去り際、俺が告げた言葉にアキネちゃんは一瞬固まり、ついで顔を真っ赤に染めて恥ずかしそうに俯いた。


 それは浅野にとっては予想外の反応だったらしく、そんなアキネちゃんを目を見開いて見おろし、こちらもまた固まっていた。そしてゆるゆると表情を緩めたかと思うと、見ているこっちが恥ずかしくなるくらい、蕩けに蕩けまくった笑顔を浮かべたのだ。まあ、そこまで見てから俺たちは店を出たから、その先どうなったのかは知らんけども、たぶん、上手いこと纏まったんじゃなかろうかと思う。


 うむ、いい仕事したな、俺。

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