変化

 数日後、校内全体はわずかながらだが、異質な雰囲気を作り出していた。

もちろんそれは、正生が放った悪魔を模した異形のモノの仕業だったが、誰ともなくそれに気付きながら、原因がわからないまま、時が過ぎていくことに身を任せているようだった。

というより、それ以外何の対処が出来ただろう・・・。


 北村裕昌はここ数日で、すっかり目に見えない何かにおびえるようになっていた。

ただでさえ醜悪な顔は、頬がこけ、唇は渇き、目だけがギラギラと周囲を見回している。

ともすれば、何かに取り憑かれたかのようにも見える。

事実、数日前の現実とも夢とも取りかねない光景や、それを目の前でやってのけた悪魔が頭から離れなかったのである。

いや、その悪魔は事ある毎に裕昌の周囲に現れては、同じ文句を繰り返しているのだった。


「次はお前だ・・・」


そのたびに、裕昌は発狂したかのように、校内を叫びまわっていた。

そのような状態だったが、周囲の人間は一切手を貸そうとはしなかった。

元々、裕昌は同僚からもあまり良い印象を持っていなかったため、関わりたくないという心理の方が強かったのかも知れないが、生徒に影響を及ぼす前に、しばらく自宅で休養させようと話を持ち掛けた。

が、裕昌はかたくなにそれを受け入れなかった。

これにはさすがの同僚も閉口せざるを得なかった。

止むを得ず、旧棟奥に今は使われなくなった倉庫に隔離することにした。

そうすれば、少なくとも生徒に影響は出ないし、自分たちも気にせずに済むと考えたのである。

普通の状況では考えられない意見がすんなりと通ると、早速行動に移された。

泣き喚く裕昌をよそに何人かの講師が逃げられないように押さえつけ、倉庫まで連れていった。

裕昌は同僚たちの目に、あの悪魔の目が見えた時、突然暴れだした。


「何故、俺が殺されなきゃならないんだ・・・」


不意の反撃に、つかんでいた一人が突き飛ばされた。


「北村先生、いい加減にしてくださいよ。どうしたって言うんですか?」

「お、俺は騙されないぞ、お前達が俺を殺そうとしているのは判ってるんだ。」


同僚たちの表情が凍り付くのにさほど時間はいらなかった。


 正生は一部始終を、何の感慨もなく見ていた。

ターゲットである人間を追いつめることは、一種のゲームに過ぎない。

むしろ追いつめるために、駒となる人間をうまく動くようにコントロールすることは、知的な遊びをしているような錯覚さえ感じはじめている。

ただし、遊びが過ぎると意外なところで詰めに失敗する可能性があることを無意識に感じていた。

もう後戻りは出来ない・・・。

そんな考えがあったのもついさっきのように思われる。

どちらにしても、前を向いて進んでいくしかなかった。


「後3人の候補は、もう少し簡単に例の場所まで移した方がいいだろうね。」


苦笑混じりに、自分の分身たちに聞いた。


「御意、あなた様の思うように・・・」


分身の一人が、身じろぎもせずに静かに応えた。


「効率良く・・・今はそれが一番必要な考え方だな」


もう一人の分身が、感心をしながら応えた。

憎悪、人はいとも簡単に人を憎むことが出きる。

昨日、愛し合っていた者たちでさえ、一歩間違えば憎み合う関係になってしまうのだ。

それらを利用することが出来れば、何の違和感もなく目的を達成することは可能になるだろう。


「差し当たって、あとの3人をどうするかだね。」


独り言のようにつぶやいたが、分身たちは答えなかった。

正生自身が答えを必要としていないからだ。

答えはまだ見つからないでいる、無差別に選ぶのは正生の好むところではない。

むしろ、自分に何らかの形で害を及ぼしたもののみという制限を自らに課した。

いつか考えが変わるかもしれないが、今はそれで良かった。


「「井の中の蛙」ということわざがあるが、この続きをそうだな、泉言ってみろ。」


そう、今は授業中なのだ、しかし考えにふけっている正生はそれに気付かなかった。


「・・・泉、どうした。判らないなら「判りません」でもいいんだぞ。」


若干意地悪を含んだ言い方で教師は追い討ちをかけるが、正生はまだ反応しない。


「・・・君、泉君ってば。」


小気味良い女生徒の声で、正生は現実世界に引き戻された。


「うん? どうしたの?」

「どうしたのじゃないでしょ。先生にさされてるわよ。」


やはり、声の主は伊藤美香だった。

周りを見ると、クラスの視線が自分に集まっている。


「あ、すいません、そのことわざの続きは「大海を知らず」です。」


気付いた正生は、苦笑いを浮かべながら解答を教師に示した。


「よろしい、しかし、さされたらすぐに答えるように。」


教師はニヤリと笑うと、授業を再開した。


「ごめん、ありがとう。何とか助かったよ。」

「いいえ、どう致しまして。」


正生が小声で礼を言った時、美香は微笑を浮かべたが、その頭上に茜色の光が浮かんでいた。


旧棟奥の倉庫で、裕昌は虫の息だった。

怒り狂った教師たちが、裕昌に対して暴行を加えたからである。

思ってもいない事を言われて、逆上してしまったようだった。


「本当に殺されなかっただけ、ましだと思う事ですね。」


やや、冷静さを取り戻した教師の一人がそう言うと、教師たちは一人、また一人と部屋から出て行った。

やがて、外から鍵をかける音とともに足音も遠ざかっていった。

しばらく何も起きる気がしなかった裕昌の耳に、何やら奇妙な笑い声が聞こえ始めた。

例の化け物の声ではなく、もっと若い人間の声だ。

しかし、この部屋は外から鍵がかけられているため、扉が開かないと当然入ってこられる訳がないのだが、その声はこの部屋の中でしているらしかった。

裕昌は、既にそんな事はどうでもいいという風に考えはじめている。

確認をする気力も起きない。

ただ気になるのは、この声をどこかで聞いたことがあるということだった。


「・・・くくくく・・・。」


だんだん近づいてくるようだ。

やっとのことで、声のする方に目を向ける。

ぼんやりと人影らしき者が見えるのだが、はっきり見えない。


「・・・くくくく・・・・」


やがて人影は立ち止まると、裕昌に話し掛けてきた。


「見る影もないですね、先生。どうですか、今の気持ちは・・・。」

「・・・だ、誰だ・・・。」

「心配しなくても大丈夫ですよ、僕は以前先生にお世話になった者です。ですからそのお礼に苦しみを癒して差し上げようと思って、忍び込みました。」


すぐ近くにいるはずなのに、ぼやけて相手が誰かはっきりしないが、言われていることは理解出来た。

その瞬間、まるで擬似餌に食いつく魚のように、誘惑に乗ってしまった。


「い、今の言葉は本当なんだろうな。それなら早くここから出してくれ。」

「ええ、すぐに身体もよくなり、ここからすぐに出られますよ。」


そう相手が答えた時に、一瞬身体が軽くなったような気がした。

が、急に全身が締め付けられるような感覚に襲われた。


「ぐわぁぁぁーっ!!」

「どうかしましたか? 今楽になるというのに・・・。」


その声と同時に、尻の方に痛みが走りはじめた、何かが入り込もうとしているようだった。


「いぃぃぃぃぃっ!!」


痛みは上に移動しつつある、あたかもネジが食い込んでいくような感じだった。

既に肛門は広がり過ぎて、排泄物だけでなく真っ赤な血を辺りに撒き散らしていた。

痛みに耐え兼ねて、言葉にならない悲鳴が上がった。


「どうですか、自分が犯される気分は。あなたはこうやってたくさんの人を犯してきたんです。」


そうだ、この声は前に俺が・・・。

消えていく意識の中でそう思った時、入り込もうとしていたものが一気に頭まで突き抜けた。

裕昌はしばらくビクビクと痙攣をしていたが、その動きも止まった。

異臭が部屋全体を覆っていた。排泄物と血が混ざり普通の人間であればそれなりの反応を示しただろう、しかしそれを見続ける人物は微動だにしない。

そこから異変がはじまった。

裕昌の全身の穴という穴から血がにじみ出していき、異臭を放ちながら表皮を溶かしはじめた。

やがてそれが収まると、まだ桃色と白色の筋肉があらわになり不気味な姿と化した。


「そう、これでいい・・・。」


一連の流れを見ていた人物がそう言うと、床に溜まっていたおびただしい量の血と排泄物がブスブスと音を立てながら煙を上げはじめた。

と同時にその中心にあった筋肉むき出しの裕昌の身体が沈みはじめた。


「魔人皇のために・・・。」


そう人物が告げると、その気配は消えていった。


 昼休み、正生は3人めを決め兼ねていたが、ふと購買部から見える焼却炉を見て、ある人物が頭に浮かび上がった。


「そういえば、あの人・・・。」


そう言った正生の顔は、新しい玩具を貰った子どものように笑っていた。

その姿を見守っていた川島雄一は、満足そうな笑みを浮かべると何処となく歩み去っていった。


「どうしたの、そんな所で・・・。」


後ろから、急に話し掛けられて正生は、声の主のいる方向に向き直った。

不思議そうな顔をした美香が、微笑みを浮かべながら立っている。

右手には、弁当の包みを持っている。


「ううん、別に何でもないよ。ちょっと昨日見たビデオを思い出していただけ。」


正生は照れながら、美香に対して言い訳をしていた。


「ふぅん・・・。」


意味ありげな視線とは裏腹に、やや顔を赤らめながら次の言葉を発した。


「そ、それじゃ、一緒にご飯を食べようよ。その面白そうな話も聞きたいし・・・。」

「あ、うん、それは構わないよ。でも、その前にパンを買わないとね。」


苦笑を浮かべながら、正生は緊張している自分に気付いた。

今まで、こんな感覚にみまわれたことはなかったが、やけに心地よかった。


「そう・・・よね。そこで待ってるから早くね。」

「うん、すぐに行くよ。」


そう答えた時に丁度順番が来たらしく、正生は購買部の喧騒の中へ入っていった。


放課後、清掃も終わり、いつも通りに焼却炉の後片付けに来た用務員の大山克己は、ふと焼却炉の前で立ちすくんでしまった。

普段どおりに焼却炉から煙が上がっているが、若干黄色掛かっている上、鼻をつんざくような嫌な匂いもともなっている。


「何を燃やしてるんだ・・・?」


少しためらっていると、焼却炉の中からうめき声のような音が聞こえてきた。


「・・・ううう・・・た・・・たす・・・」


どうやら、中で人が燃やされているらしい。

克己は急いで焼却炉の蓋をあけて助けだそうとした。

いつも確認する時と同じように、慣れた手つきで蓋を開けようと試みる。

が、いつも通りに行かなかった。

焼却炉の側にいるので、当然熱気が押し寄せてくるが、熱さよりも焦りの方が上回っていた。

人命が掛かっているのである、逆に冷や汗が出るくらいだった。

ギギィーーーーッ!!

やっとのことで蓋を開けると、中から大きな固まりが勢いよく飛び出してきた。


「わっ!!」


不意に出てきた固まりに驚いた克己は、慌て過ぎてしまい尻餅を搗いてしまった。

飛び出してきたものは、やはり人間だったのである。

しかも教師の北村裕昌だった。

何者かに縛られた後、ご丁寧に猿轡をすると焼却炉の中に放り込まれたようだった。

その姿は見るに堪えないくらい焼け爛れている上、異臭を放っていた。

なんとなく、焼け足りない肉を連想させたが、そんなことを考える余裕は克己にはなかった。

かろうじて顔には火傷を負っていなかったので判別できたが、そうでなければ誰かすら判らなかっであろう。

用務員である彼は、裕昌が旧棟の倉庫に隔離されていたことは知らされていなかった。


「ぐぅぅぅぅっ!!」

「き、北村先生、大丈夫ですか。誰がこんなことを・・・。」


裕昌の悲痛のうめきに我に帰った克己は、すぐに介抱に掛かった。

焼却炉から遠ざけると、猿轡、次に体を縛っている紐を急いで外した。

そして、安静に横にすると応援と呼ぼうと考えた。


「北村先生、今、人を呼んできますからここで休んでいてください。すぐに戻ります。」


そう言うと、校舎の方へ走っていった。

克己の姿を見送る裕昌は、邪悪な笑みを浮かべていた。


 大山克己が去った後、北村裕昌は何事もなかったように起き上がった。

あれほど負っていた火傷は、いつのまにかすっかり治っている。

そして、周りに人が居ないことを気配で感じると、不意に校舎の壁を見つめた。

そこには羽をはやした人の形をした影だけがうつっている。


「それでいい、全ては魔人皇のために・・・。」


影はそう言うと、一瞬のうちに消えてしまった。

裕昌は、その言葉に邪悪な笑みを浮かべながら満足げに頷くと、全身に力を込めはじめた。

服が破けんばかりに筋肉が盛り上がったが、まるでゴムのように服も広がっていく。

どうやら、着ている服も表皮の一部らしかった。

そうしているうちに、プツップツッと音を発しながら、表皮が破れはじめる。

心地よさそうな笑みを浮かべながら更に力を入れていくと、まるで爬虫類が脱皮をするかのようにきれいに皮だけが剥がれ落ちた。


「我が命(めい)に従い、虚ろなる形を成さん事を。」


呪文めいた言葉を発すると、剥がれ落ちた皮が変化をしはじめ、火傷を負っていたた裕昌と瓜二つのようになった。


「ぐっぐっぐっ・・・。あとは待つだけだ。」


そう告げると、裕昌は壁の中に吸い込まれるようにして消えていった。


ほどなくして、克己が数人の教師たちを引き連れて戻ってきた。


「ここです、北村先生が焼却炉の中に閉じ込められていたらしくて。」


息を切らせつつ、手早く説明をする。

だが、教師たちはあまり感心がないように見えた。

中には、不気味に微笑んでいるかのように見える教師もいる。


「どうしたんですか、北村先生の命が危ないかも知れないんですよ。」


焦りを隠せず、口調も荒々しくなってしまう。


「それで、北村先生はどこにいるのかね。」


不意の反撃に克己は呆気に取られた。

説明に夢中ですっかり後ろを向きながら話をしていた、克己は慌てて振り返った。

そこにはいるべきはずの、裕昌はどこにもいなかった。

ただ、縛っていたであろう縄だけが、残されている。


「あれ、確かにここに横たわっていたのに。」

「君、まさか私たちをからかっているんじゃないだろうね。」


怒気をはらんだ声が克己に攻撃を仕掛ける。


「確かに私はここで。」


一所懸命に説明するが、肝心の裕昌がいないのでは話にならない。


「もういい、彼はどこかへ行ったのだろう。それなら問題は無いわけだ。」


勝手に話を切り上げると、教師連中は職員室へと戻っていく。


「そんな、先生方・・・。」


克己の声に、誰も耳を貸さなかった。

一人取り残された克己は、仕方が無くロープを焼却炉にほうり込むと後片付けを始めた。

すると奇妙な音が聞こえてくる。

ズルッ、ズルッ。

何かを引きずるような音だが、どこで音がしているのかはわからない。

ズルッ、ズルッ。

しかし、近くで鳴っているのは確かなようだ。

ズルッ、ズルッ。

だんだん近づいてきているようにも聞こえる。

すると、急に耳元でその音は鳴った。

バタッ!!

という音とともに何かが克己の背中に覆い被さったのだ。


「わぁ~~~~~~~~~っ!!」


突然の出来事にビックリした克己は、腕を目茶苦茶に振り回すと背中に覆い被さった何かが

ドサッ!!

という音を立てて横へ落ちた。

恐る恐る見ると、それは火傷をした裕昌本人だった。

どうやら、意識を取り戻して歩き回っていたらしい。


「北村先生、脅かさないでくださいよ。寿命が縮むかと思いましたよ。」


やや落ち着きを取り戻した克己は、冗談交じりに裕昌に話し掛けた。

しかし裕昌は無反応だった。

かっと目が開いたままで、口も大きく開けたままだ。


「北村先生、どうしたんですか。北村先生、返事をしてくださいよ。」


体を揺さ振って起こそうとしたが、何の反応も示さなかった。


「まさか、こんな所で死んだ訳じゃないですよね。」


無駄だと知りつつも、話し掛けずにはいられない。


「なんてことだ・・・。まさかこんなことになるなんて・・・。」


手の平で顔を覆うようにして、克己は自分の不運を嘆いた。


「仕方が無い、この事を教師たちに報告しよう。」


そう決意して、裕昌の亡骸を端の方に寄せようと思った。


「あれ?」


裕昌の死体は跡形も無く、その場所から無くなっていた。

周りを見てみるが、息を吹き返して動いたような形跡はない。

しかも見ていなかった時間は、10秒と掛かっていない。

まるで狐に化かされたかのようだった。

だんだん怖くなってくる。

その時、強い風が吹き、克己の頬を撫でた。


「わーーーーーーーーーっ!!」


と叫びながら、その場から逃げるようにして走り去っていった。

その姿を影のように壁に張り付いた裕昌が、不気味な笑みを浮かべながら見送っていた。


「今日のアレは何だったんだよ!!」


自分にあてがわれた用務員室に戻った途端、毒づいた。

ポケットから何本ものフィルムを取り出し、無造作に机の上に並べていく。

それにしても、北村の野郎は何処へ行ったんだろうか?

ふと、そんな考えが頭を過ぎる。

確かに奴は死んだ、もしかすると俺のせいで・・・?

どうしても悪い方向に考えが行ってしまう。

それに教師たちの態度。

関わりたくないとはいえ、普通では考えられないことだ。

ややもすると、初めから知っていたような素振りとも考えられる。

かなり後味の悪さを感じたが、過ぎたことをいっても仕方の無いことだ。


「そもそも奴を見つけたことが災難だったんだよ。いい迷惑だよな。・・・」


北村に、教師たちに対して罵詈雑言を口走ると、落ち着いたのかノートPCの電源を入れた。

用務員室という場所にはそぐわない機械だが、克己は慣れた手つきで立ち上げているようだ。

そしてもう一つ。

部屋の角には、真っ黒なカーテンで仕切られた部分があった。


「さてと・・・。今日はお宝が撮れているかな。」


机の上に並べたフィルムをもつと、カーテンの仕切の中へ入っていった。

どうやら簡易的な暗室だったらしい。


大山克己は、局部マニアだった。

用務員という立場を利用し、教師用、生徒用問わず、女子用トイレに複数の小型カメラを設置していた。

そして撮った写真を裏ルートや、インターネット地下ルートで売っていたのだった。

克己のもう一つの顔。

この学校の中で誰も知らない秘密だった。

小型カメラにより撮影を行っているが、実に巧妙に仕掛けていた。

トイレの開閉によって、タイマー撮影をするようにしているのだ。

しかし、人によって動作や速さが違うため、必ずしも上手く写るとは限らないのが欠点だった。

しかも、ここ数週間まともに撮れておらず、そろそろ新しいネタが欲しいと思う今日このごろだった。


何枚か現像したが、これといったものがなく、とうとう最後の一枚になってしまった。

これで駄目なら、また1週間待たなければならない。

半ば落胆しながら最後の一枚を現像し、出来上がった写真を見た時、克己は歓喜の声を上げた。


「おおぉっ、こりゃすごいっ!!」


その写真は、久しぶりにお宝と呼べるような、性器から丁度尿が出始める瞬間を捉えたものだった。

しかも、その性器には陰毛が生えておらず、全ての部分がその姿をさらしているのだ。

そのせいか、余計に淫猥な感覚を思わせた。

ややもすると、小学生高学年とも思わせるような美しい性器だった。

克己はいつになく興奮している。目もギラギラと血走っている。息も荒くなっている。

特にロリータ趣味という訳ではないが、その写真はそれすらも凌駕するものを感じさせるのだ。

いつのまにか、ズボンのチャックを下ろし、自分のモノをしごいていた。

数十秒後、あっけなく白い液体を放出しながら、満足げな笑みを浮かべる。


【暗室の中でさえこんなに興奮するんだから、明るいところだったらもっとすごいに違いない。】


そう勝手に思い込むと、手早く片づけを始め、数分後には写真とネガを手に暗室を出た。


「おっと、忘れてた。」


PCが起動途中だったのだ。

備え付けの電話線を抜くと、ノートPCのモデムに接続する。

ピッピッピ・・・・、ピピピピピ・・・・。

ネットワークに接続されたことを確認すると、メールソフトを立ち上げた。

ピッ。


『メールが6通届いています』


というメッセージが出力される。

そのうちの1通のサブジェクトを見ると


『稼いでいるそうですね』


となっている。

サブジェクトをおかしく思いつつ、送り主を見てギョッっとなった。

<katsumi@xxxx.ac.jp>

個人的に頼んで割り当ててもらった自分用のメールアドレスなのである。

自分でこんなメールを送った覚えも無い。

本来なら無視してもよかったのが、何か気まずい気配に圧倒され、やむなく内容を読み始めた。


『今日は「お宝」が撮れたそうですね。

 それで一体いくら稼げるのでしょうか?

 聞くところによると、学校内にカメラを設置して盗撮しているそうですが、

 私はそういう行為が許せません。

 もし、その「今日のお宝」を使ってお金を稼ごうとするのであれば、

 大いなる災いが降りかかるでしょう。

 それが嫌なのであれば、今までのものも含めて全てを処分し、罪を悔い改めなさい。』


悪い冗談を聞いた時のような、ばつの悪さが克己を襲った。

しかし、このメールが届いたことよりも、内容の方が問題だった。

自問自答してみる。誰かに見られていたのだろうか。

いや、そんなはずはない。周りには常に気を配りながら行動しているのだから。

だったら何故?

至極当たり前のことだが、そんな考えが頭をよぎる。

それに、このメールアドレスを知っているものは、ただ1人しかいない。

でも、彼は克己のことをそこまで知っているはずがないのだ。

どうしても理由が見当たらない。


「待てよ?」


と克己は考え直してみた。

たかが脅しのメールが1通来たからといって、自分の行動を制約する必要はどこにもないのではないか。

逆にこのメールの送り主を見つけてつぶした方が早いのではないか。

だから今日のこのメールは、自分にとって全く問題にならない。

そう、これは質の悪い悪戯なのだ。

楽観的に物事を考える克己は、あっさりと慎重論を脳裏から消した。

そのような考えにいたった時、風も無いのにお宝写真が音も無く床に落ちた。

そして、写っている局部が口のようにに変わり、不気味に微笑んだが克己は全く気付かなかった。


暗い空間の中で一人の少年が眼を閉じたまま、豪華な椅子に座っている。


「ふふふ、まんまと餌に食らい付いたようだね、彼は。」

「御意。」


少年を補佐するかのように両脇に立つ2人のうち、天使長ミカエルが厳かに答えた。

そう、ここは正生の心の空間。

まだ、何も無いが以前と違い、2点の光が頭上に輝いている。

そして淡い光が、3角形を作るかのように生まれつつあるようだ。


「きっと彼は、今日のメールは些細なこととして片づけるんだろうね。それが全ての始まりだとは知らずにね。だって解らないのが当たり前なんだもの。」


微笑みを浮かべながら言葉を紡いだ。


「では、彼奴にはこのままサキュバスをあてよう。」


右側に立つルシファーがやや笑みを浮かべながら、正生に対して提案をする。

正生は言葉を受けて、静かに頷いた。


「吉報を待つがよい。」


尊大に告げるとルシファーは瞬時にこの空間から消えた。


「正生、ご飯だよ。」


母親に呼ばれ、閉じていた眼を開いた。

右の瞳が黄金色に、左の瞳が藍色に輝いている。


「はーい、今行くよ。」


そう答えた時には、何事もなかったように、瞳の色は元に戻っていた。

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魔人皇誕生 あすら @Tenma-Asura

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