白咲さんは何度振られても立ち直る、まるでゾンビだ。

SS 【関西弁ver.】白咲さんの場合 水泳の授業編

クッッソあっつい風が頬をかすめよる。

うっさい蝉の声が遠くから聞こえるこのしょーもない街は、クソ緑に囲まれためっちゃ普通の田舎街。

その田舎の高いとこに位置するこの高校の、体育館横に設置された渡り廊下にわたしはおった。

さんさんと降り注ぐ真夏の日差しによって、首筋に汗がじっとりまとわりつく。

「うーん、慶崎くん、どこにおんねん…」

私が体育の授業中にもかかわらず探しているのは、今絶賛夢中になっている黒髪の男の子。慶崎くん。ちなみに慶崎くんというのは私の運命の人であり、未来の旦那さんである。まったくもって認められてへんねんけどな。

コンパクトな双眼鏡を片手に、水泳の授業をしているプールの方面を観察する。

流石にこの離れた距離で、しかも水泳中となると、目当ての慶崎くんはなかなか見つけられへん。パシャパシャとした涼しげな水音と、忙しないホイッスルの音と共にプールへ駆け込む群衆をただ眺める。

すぐ隣の体育館からは、明るい女子たちのバトミントンの掛け声と体育館シューズの擦れる甲高い音が響いてた。

「そりゃあ、好きな人の水着姿は誰でも見たいよな？わたしは間違ってへん。うんうん」

分厚い雲が覆う夏空の下。不審者丸出しの独り言を呟きながら、私は体操服姿でふたたび双眼鏡の中を覗き込んだ。

「………白咲。なにやってんねん」

すると体育館から抜け出してきたらしい黒髪のクラスメイトの女子が、いかにもうっとおしそうに私に声をかけてきよった。

「なにって、水着姿の慶崎くんを探してるんよ。それがなかなかわかりづらいねんけど、あかりちゃんも手伝ってーや」

「…絶対嫌やわ。なにが楽しくて男子の水着姿見んとあかんねん。アホちゃう」

見る限り、クラスメイトのあかりちゃんはえらい不機嫌。どうやら私がコート交代時間の間際になってもなかなか帰ってこんかったのが気に食わんかったらしい。あと単純に私が男子のプール授業の覗きをしているのを心底軽蔑しているだけやな。

「ごめんごめん。もうすぐ交代やんな。あと1分だけ待ってや……あ！！！！！！」

「うっっさ」

私の今日一番でかい声と共に、プールサイドをだるそうに歩いている慶崎くんを見つけた。

無気力な表情とは反対に、太陽光に反射した黒髪がキラキラと輝いている。

プールサイドを歩いているだけやと言うのに、慶崎くんは私にはまるで少女漫画から飛び出してきたのかのような男の子に見えるんや。

私の大好きな切れ長の瞳、白く太陽光を反射させた腕、すらりとハーフパンツから伸びた足。なんで菓子ばっか食っててそんな細いねん。

そんな慶崎くんの全部を網膜に焼き付けるために、私は必死になって双眼鏡で慶崎くんを追う。

ん？ハーフパンツ？

「慶崎くん水着、着へんやん！！！なんでこのクソ暑い中体操服着とんねん！！？」

「ああ…そういえば今朝水着忘れたって騒いどったなあいつ」

「そんな…！！！！ありえへん、今日という日を楽しみに生きてきたのに…慶崎くんのアホ…！！！」

がっくりとうなだれる私をまたもや軽蔑の眼差しで見遣るあかりちゃん。

「慶崎くん、アホでよかったな。白咲を興奮させんですむしな」

「アホいうな！！」

私の騒いだ気配に本能的に気がついたのか、慶崎くんは形の良い眉を釣り上げ、私たちのいる渡り廊下を睨んでいる。

思いっきり中指を立てて。

「待って！！ファンサもらってんけど！！あかりちゃん！！」

「いやどう見てもめっちゃ嫌われてんでな」

慶崎くんに気づいてもらえた喜びからあかりちゃんに思わずぎゅっと抱きつく。

反対にあかりちゃんは鬱陶しそうに私をひっぺがそうとする。その時、鈍い音と共に頭に衝撃が走った。

「あんたら何してねん！覗きは犯罪いうてるやろ！戻れアホ！」

振り返ると腰に手をあて、呆れた。とでもいうように、ショートカットの活発そうな体育教師が立ってる。グーで頭を殴るのはこのご時世普通に体罰やけど、この田舎にそう言ったものは通じへんらしい。

「先生！私は覗きしてないです！」

「ええから早く戻れアホ」

あかりちゃんの悲痛な訴えを横目に先生も体育館へ戻っていく。

「白咲のせいで私まで覗きしてたって思われてんけど！」

「大丈夫やって。どう見ても私の方が頭おかしいって先生も知ってはるから、それはないわ」

「あんた、それでええんか…」

先生には後ほど自白と、あかりちゃんの無実を証明しておくとするわ。

今日もわたしの大好きな慶崎くんは、体操服でだってキラキラと輝いとる。

それに、慶崎くんはこんな遠い場所からの私の視線に気づいてくれた。

その事実だけで今日一日、めっちゃ幸せやねん。