どこかの話

にゃおん

好きになってはいけない

あれはいつだっただろう。

あの人を一目見て、その姿その雰囲気その声…全てが私を魅了した。なにも魅力のない世界、モノクロな世界…残酷で無秩序、そして空白な世界

そんな世界に嫌気が指していた私は、この世界で唯一色をもった一本の樹が好きだった。その樹に来ると、彼もやがて現れる。

「やぁ、また来たんだね。僕と同じでここが好きなのかな?」

私は、その彼の声を聞き幸せな気持ちになってしまった。そう、この声だ。私はこの声が好き、いや声だけじゃない。なんて言う感情なのだろう、声を聞く度にまた聞きたい、話をしたいと貪欲な感情が出てきてしまう。この樹から離れると、その感情と気持ちは一気に無くなる。本当だったらずっと、ここにいたい。

「うん?今日はご機嫌斜めかな?」

話掛けられているのを忘れていた。

「そ、そ、そんな事ないです!また来ちゃいました。ダメでしたか?」

やっぱり緊張してしまう、気を付けようと思っているのに…

「全然、ダメじゃないよ。ここに来てくれるのは君だけだし、僕も会いたかった。」

「本当ですか?私も、ここに来れば会えると思ったんです!」

彼も会いたかったなんて言葉、私にはもったいない。でも、素直に嬉しい。

そんな喜んでいた時だった。

「こんにちは、イブさんだよね?」

「えっ、そ、そうですけど」

声をかけてきた人物は、背は私よりもかなり高い180cmぐらい、服装は上下の黒のスウェットで頭にはフードを被っている。明らかに怪しい、なぜ私の名前を?少し警戒した方がいいかもしれない、だいたい人と会う事態が稀な事だから

「私、あなたに会った事ありました?すみません、あまり記憶力がないもので」

「会っているかもしれないし、会ってないかもしれない。名前は知っている程度さ」

やっぱり怪しい、怪し過ぎる。名前を知っている?そんなはずがない、この世界で名前なんて意味のないものだし、私は誰にも言った事はない。

「おっ?後ろにいるのはアダムスじゃないか!ちょうど良かった。聞きたい事があったんだよ。」

うん?あの人ってアダムスって言うんだ。というかこの怪しい人は知り合いなのか?それとも、また訳のわからない事を言うのか?

「お前は誰だ?なぜ僕の名前を知っている?聞きたいとはなんだ!」

「おやおや、初対面なのにずいぶんと嫌われたものですね、私はルシフェル。アダムスは、果実の樹はどこにあるのか知っているかい?」

やっぱりアダムスも知らないんだ、一体この人は何者なんだろう。どうして二人の名前を知っているの?それに果実の樹?なんだろう、見たことないけど

少しお腹は空いていたけど、美味しいのかな?

「果実の樹?どの果実だ!?内容によっては教えられない、なぜ果実の事を知っている?知っているのは僕と神だけのはずだ」

「まぁ、そんなに怒るなよ。興味があって一度見てみたいと思っていたからさ」

アダムスがなぜ、そんな剣幕で話してるのかは私には分からなかった。あと気になるのは、神という言葉…誰かの名前?他に人がいるの?その神って言う人はアダムスとって、どんな存在なの?

そんな事を考えていると続けてルシフェルが話を続けた。

「知りたい果実はね、生命の果実と知恵の果実……あとは…」

「善悪の果実」

「な、なんだって!善悪の果実だと!それだけはダメだ、神の意思に背く事になる。」

まただ、神という人…一体どんな人なの?意思?もうよくわからないや

「大丈夫だって、取ったり食べたりしないからさ!見てみたいだけだから。なぁイブも見たいだろ?」

「えっ私?うーん、見てはみたいかもしれないかな」

「おい、イブまで、何を言っているんだ。まぁイブが見たいと言うならしょうがないが…まったく」

急に話を振られて困ったけど、アダムスは私のお願いは聞いてくれるんだね。ちょっと嬉しいかも

他にも樹があるなんて知らなかったし、興味はあるかな

三人は果実がある丘へ移動していった。

「ここが生命と知恵の果実で、その奥にある細い樹になっている果実が…善悪の果実だ」

「ほぉ、これが噂に聞く善悪の果実!意外と樹はショボいんだな、まぁとりあえずお腹空いたし果実でも食べるか?」

確かにお世辞にも、立派な樹木とは言えない善悪の樹だけど…何でそんな名前なんだろ?善悪の果実以外なら食べていいのかな?

「おい!ルシフェル絶対に善悪の果実は食べるなよ!それ以外なら大丈夫だからな」

「わかってるって、まったく心配性な奴だな。俺は食べないって、約束したからな」

そうしてルシフェルは生命の果実を取り一口かぶり付いた。声にならないほど美味しいらしい。私も食べようかなっと、手を伸ばした。

「あ、あれ?届かない!意外と高い位置に果実があったんだ。どうしよう」

背伸びをしても、ジャンプをしても届かない。

「しょうがない奴だなイブは俺様が取ってあげるよ!っよっと」

ルシフェルは、信じられないほどに高く飛び生命の果実を取った。ジャンプというより、空中に浮いてたような…それに背中が一瞬だけ翼があったような

気のせいかな…

「ありがとう!ルシフェル、おいしくいただくね」

生命の果実を一口かぶり付いた…な、なんて美味しいのだろう。こんなの初めて食べた、この世界でこんな食べ物があるなんて!

「美味しいだろ?アダムスもたべるか?」

「僕は大丈夫だ、生命の果実は好きじゃない。二人で食べればいいさ、僕は読書でもしているよ。」

アダムス…こんな美味しい果実を好きじゃないなんて、意外と味覚が変わっているのかな

アダムスは生命の樹木に腰をかけて読書を始めた。

「じゃあ、次は知恵の果実でも食べるかい?イブ」

「知恵の果実も美味しいの?楽しみ」

「美味しいぜ、知恵の果実はかなり高い所にあるからちょっと待っててくれ。」

知恵の果実も楽しみだな、でも確かに知恵の果実は全然ここからじゃ見る事が出来ない。上を見上げても、雲が邪魔しているけど、まさか雲の上にあるの?

そんな風に、知恵の果実の木を見上げていたときにふとアダムスに目をやると、顔には先ほどまで読書していた本が乗っていた。寝ているようだ…

善悪の果実って、そんなに食べてはいけないものなのかな?すごい剣幕でアダムスは怒ってたけど

それよりも、私は気になっている事がある。

寝顔…彼の寝顔のことだ

どんな寝顔してるんだろ?私は本を顔から引き離したい衝動に駈られていた。見たい!観たい?…なんだろう?この感情は

そんな衝動という名の、自問自答を楽しんでいたところに彼が戻ってきた。

「おーい、イブ!採ってきたぞ!これが知恵の果実だ。食べるか?美味しいぞ!」

「わぁ、これが知恵の果実?真っ赤で、綺麗な果実だね!見るからに美味しそう。」

私が果実の姿を見た感動のあまり大きな声を言ってしまったせいでアダムスが起きてしまった!

「う、うーーーん?」

あー残念♪私の?寝顔が…

まぁ、しょうがないか次回ってことで

「じゃあとりあえず、ひとくち~」

ッパク、ムシャムシャ…ゴクン

「お、お、お、おいしい~!なにこれ?ずごいよ!アダムスも、どうぞ?」

「うん?あっ、うん…」アダムスは寝ぼけているようだった。でも、食べてくれるようだ

ッパクパク、ムシャムシャ…ゴクン、ゴホゴホ!

うん?むせてる?寝起きだから?

「イブ!これは?これは何の果実だ!どこでこれを!」

「えっ!こ、これは知恵の果実だって、ルシフェルが…知恵の果実は高い所にあるから採ってきてくれるって、ねぇルシフェル?」

「……」あれ?ルシフェルがいない

アダムスは、なんで怒ってるの?これは、知恵の果実だよね…先に食べてしまったから怒ってるの?

「なんて事だ…イブ、これは知恵の果実なんかじゃない!いまの時期は、知恵の果実がまだ出来ていない。」

「えっ?じ、じゃあこれは?」

私は、直感というのは鈍いが…今の状況とアダムスの焦りを感じるところ…この果実の正体は

「これは、善悪の果実だ…まずい事になった!」

「えっ?これを食べるとどうなるの?うぅ、私たち死んじゃうの!?」私は涙を堪えながら、アダムスにすがった。

「わからない、神から善悪の果実は食べるなとしか言われていない…この先、何が起こるかは」

その時だった、二人の体に変化が起こり始まった!

ドクン、ドクン…な、なに?これ

目を開けていられないほど苦しい、やがて二人は倒れ込んでしまった!

数分後…

「イ、イブ、大丈夫か?怪我は?」

「だいじょうぶ、何だったんだろう。アダムスも大丈夫?」

二人は立ち上がり、お互いの姿に変化がないかを見渡した。

「えっ?キャー!なにこの姿、嫌だ!恥ずかしい。こっち見ないでアダムス!」

「うわぁ、ご、ごめん!とりあえず、後ろ向いてるから何かで隠せ!」

二人はなんと全裸だったのだ!なんで?いや、待って…全裸は始めからだったような

なんでこんなに恥ずかしいの?しかも、別の感情がある…心の中に、好きという言葉が溢れてくる。

私はなんとか、善悪の果実についていた葉っぱを体に付け恥ずかしい部分を隠した。

「アダムス、お待たせ。ごめんね、大声あげて…」

「いや、僕の方こそ…」

お互いに、恥ずかしい部分を葉っぱで隠し平常心を取り戻した。

しばらくすると、雲の切れ目から一筋の光が差し…彼が現れた!それは彼というには軽々しく…偉大過ぎた姿に二人は、目線を奪われていた。

『アダムスよ、約束を破ったな!善悪の果実を食べるなと言ったはずだ!何のためにお前を作ったと思っている!』

その声を聞いた途端に、アダムスの表情がどんどん強張り…そして顔色が一気に真っ青になった。


『いや、ち、違うんだ!聞いてくれてゼウス…俺たちは騙されたんだ。ルシフェルという男に』 

アダムスは必死に神と思われる者に説明をした。

『ルシフェル?だと、あいつは神界から追い出したはずだ。まさか下界にきたのか…』

『しかし、騙されたとしても掟は掟だ!お前たちには罰を与え、罪を背負ってもらう!』

罰?罪なんて…私たちはそんなに酷い事をしてしまったの?騙されただけなのに

『ゼウスさん!騙されたのは私です。アダムスは悪くないです!罰と罪は私だけにしてください。』  

『イブ!ダメだ、そんな事は許されない。僕がちゃんと警戒しなかったから…僕が悪いんだ』

ゼウスは目を瞑り、眉間にしわを寄せ…悩んだ表情をした。そして…

『わかった。それでは…』

ゼウスさんに、二人の思いが伝わったらしい!これでアダムスも私も罰を受ける事なく、罪を背負う事なく生きていける。

『イブよ、お前は子を産み育てるという罰を!アダムスは、イブとその子を守り抜くという罰を!そして、神の恩恵を受けられない一生続く罪を背負うがいい!』

『そ、そんな…』二人はゼウスの言葉に愕然とした。結局、罪と罰を受ける事になるなんて


大きな光の柱が空から降り注ぎ、ゼウスは居なくなった。

『イブ、ごめんな…』

『大丈夫だよ、アダムスと一緒なら!』

″一緒に!罪と罰を背負って生きて行こう!″


これが人類の始まりだったのか…

人類は未だに罪と罰を背負っている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

どこかの話 にゃおん @TADAZO

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ