見ざる・聞かざる・言わざる、助けざる町

ちびまるフォイ

みんなが住みたい町ナンバーワン

「この見言聞町みいきちょうに新しくきた人ですよね?

 では、この3つを付けてください」


「コンタクトにイヤホン、それに……マスク?」


「このコンタクトをつけると

 あらゆる不快なものが視界から消えるんですよ。

 犬のふんや、害虫の死骸、酔っ払って路上に寝てるおっさん。

 そんなお目汚しから解放されるコンタクトです」


「イヤホンは?」


「イヤホンも、口のマスクも同じようなものです。

 イヤホンは不快な音や誹謗中傷をキャンセル。

 マスクはあなたの失言をマイルド変換してくれます」


「す、すごい!」


「この町に来たからには他人により不快にされることはなくなりますよ」


見言聞町に越してきて本当によかった。


前に住んでいた場所では隣人同士のトラブルが相次ぎ、

それをSNSで相談したら自分が悪者扱いされた。


悪者認定された人間にはどんなことをしてもいいと思われ、

SNSはもちろん、現実でも悪口や嫌がらせが続いた。


でもこの町ではあらゆる人間の汚点をカバーしてくれる。


「よぉーー。お前もこの町に来ていたのか」


「ああ、お前が見言聞町のこと教えてくれたからな。

 いやホント友達にここまで感謝したのははじめてだよ」


マスクの内側で言ったやや失礼な俺の言葉も、マスクがいい感じに変換してくれる。


「だろ。ちょっと遊びに行こうぜ」


見言聞町のことを教えてくれた友達と遊びにいくことに。

その途中、駅で大掛かりな工事をしていた。


「ここ工事していたんだなぁ、気づかなかった」


「毎日通っているんだろ?」


「そうだけど、イヤホンが騒音をキャンセルしてくれるからな。

 意識的にこの場所を見ないと気づかないんだよ」


「そんなものかな?」


「そんなものだよ。この世界には知らなくても見なくてもいいことなんて山ほどあるだろ。

 わざわざ知ったところでなんの役にも立たないなら、知ろうとしたぶんだけ損だよ」


「自分の尺度で役に立つかどうかを決めてしまったら、

 思いがけないところで役立つものも取りこぼしそうだけどな」


自分の言葉はマスクでいい感じに変換してくれて、

「そうかもしれないな」と友達に同意する形の言葉を返した。


その日は遅くまで友達と騒いで遊びまくった。


普通なら夜遅くに騒ぐことで怒られるものだが、

イヤホンがノイズを消してくれるので誰も迷惑にならない。


「ああ、楽しかったぁ。お前が町へ来てくれてよかった」


「俺もだよ。ほんとこの町って最高だな」


「また明日も遊ぼうぜ」

「ああ、もちろん」


友達と別れて家に帰った。

その翌日から友達と連絡が取れなくなった。


『おかけになった番号は現在使われていないか電源が切られています……』


「……またか。なにやってんだあいつ」


電話がつながらないのがずっと続いていた。

家に行ってみても、鍵はかかっていて誰も出てこない。


「大家さん。200号室の人って見ました?」


「いいえ、てっきり家にいると思ったけど……」


「あいつ電話に出ないんですよ。

 家に帰ってたらインターホンに気づくはずでしょう」


「イヤホンしているから聞こえないのかしら」


「あっ……そういうことか」


インターホンの呼び出し音をイヤホン側が騒音と処理されれば耳に届かない。


「あなたお友達? なら鍵あるわよ」


「ありがとうございます。ちょっと様子見たら帰りますから」


3日続けて友達の家に寄ったことで大家さんの信頼を勝ち得た。

合鍵を使って友達の家に入ったが、誰もいなかった。


「……帰ってないのか?」


「でもあなた、3日前に遊ぶ約束したんでしょう?

 なにか……事件に巻き込まれているんじゃないかしら」


「そんな……まさか……ね」


口ではそういったものの心配になったので警察に捜索願を出した。

しばらくして警察から連絡が戻ってきた。


『ご友人が見つかりました。いらしてください』

「本当ですか! 心配させやがって!」


指定された場所は病院だった。

薄暗い部屋に友達はただ寝かされていた。


「え……」


「死後3日以上経過しています。

 何者かに刺されたのでしょう……」


「何者って……一体誰が!?」


「警察も捜索中です」


「こんな傷で……人は死ねるんですか……!?」


「死因は出血多量でした。刺された後もがいた後があります」


「どこで……どこで死んだんですか?」

「自宅のアパート前まで這っていったようです」


「アパートの前!?」


死後3日以上も経過していて、自宅の前で死んでいた。

俺は友達と別れた翌日からアパート前を何度も寄っていた。


「それじゃ……俺は友達の死体の横を

 気づかずに何度も通り過ぎていたんですか!?」


「死体なんてショッキングなものを見れないでしょう。

 コンタクトで遮断されていたのだから無理ないです」


「でも……!」


そこから先は言葉が続かなかった。

即死ではなかった友達は通りすぎる人に助けを求めただろう。


でもうめき声はノイズとして消されて気づかれず、

血を流した友達は不快なものとして視界からも消されていた。


誰にも助けられないまま放置されて死んでしまった。


そのことに気づくと急に怖くなってきた。


「……俺が気づかないだけで

 この町にはもっと同じような人がいるんじゃないか……」


自分が知らないことが何よりも怖い。


玄関開けたら死体が転がっているのに、

それを気づかずに過ごしていたらどうしよう。

ふとした瞬間に気づいてしまったときの恐怖が大きすぎる。


「こ、怖い……! このまま生きていけるわけがない!」


恐怖で頭がおかしくなりそうだった。


イヤホンを耳から外し、コンタクトを目から落とし、マスクを取り払った。

世界を遮るものから解放されありのままの世界を見た。


「なんだよこれ……!」


見言聞町は想像していた以上に地獄だった。


道には倒れた人や汚物とゴミだらけ。

死体の山が一箇所に固められてハエがたかっている。

いたるところでうめき声や悲鳴が聞こえてくる。


なのに、誰も気づかずにそのすぐ横を平然と通り過ぎていた。


「俺は……俺はこんな場所で何食わぬ顔で過ごしていたのか……?」


もしも、この町に住んでいる人がこの現状に気づいてたら。

今のような惨状まで悪化していなかっただろう。


死体の横を通り過ぎようとする人に声をかけた。


「おいあんた! コンタクトを外せ!

 この町の惨状を見るんだ!」


俺の訴えは相手のイヤホンで自動的に変換される。

変換後には「こんにちは。コンタクトずれてませんか」になった。


「あっ……どうも」


通行人は軽く会釈をして去ろうとする。

俺の訴えがまるで届いていない。


「現実はとんでもないことになってるんだ!

 みんなが気づけば助けられる! 変われるんだ!」


「……宗教の勧誘かなにかですか?」


「ちがう! 俺は……!!」


この町の惨状を伝えようとしたとき、ドンと背中を押された気がした。

とたんに足腰が立たなくなって地面に崩れ落ちた。


「痛っ……た……」


地面に広がる自分の血を見て、背中を刺されたことに気がついた。

さっきまで話していた通行人には血を流した俺は不快物として処理され目に届かなくなる。


「あれ? 消えた?」


それでも触覚は残っている。

足元をなにかに掴まれればきっと気づくはず。

最後の力を振り絞って通行人の足をつかもうと手を伸ばす。


伸ばした手は靴の裏でふみにじられた。


「あ、お騒がせしました。なんでもありません。

 お時間取らせてすみませんでした。もう行ってください」


手の甲を踏みながらそいつは通行人へ答えた。

その手には血のついた刃物が握られている。


そんな目に毒すぎる物は通行人の目に届かない。


「不快な物を見せようとする害悪人間はこの町にいらないんだよ。

 みんなの平和な幸せを乱すんじゃない」


刺した男は冷たい目を向けて言った。

その顔は俺そっくりだった。


「安心しろよ。俺はお前の代わりをやってやる。

 誰にも迷惑かけない人間だけがこの町に居ていいんだ。

 それじゃ、安らかにな。偽物」

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