清楚なあの子の裏の顔

午後のミズ

清楚なあの子の裏の顔

 二年生の春。これから新しいクラスでどんなことができるのか俺は胸を膨らませていた。そして好きな坂下さんとまた今年も同じクラスになれたのだから今年こそ仲良くなって告白しようと思っていたのに……。

 

「どうしてこうなったーーー?」

 

 俺は今、誰もいない教室で坂下さんに抱きつかれている。好きな人に抱きつかれているのは嬉しいことなのだが、その経緯に納得がいかない。

 

 

 遡ること1時間程前。

 俺は放課後の誰もいない教室で読書をし終えて、帰る準備をしていた。ふと、坂下さんの席を見ると机の上に坂下さんのお気に入りのシャーペン(ピンク色でハートのシールが貼ってある)が置いてあった。そしてここで悪魔の囁きを聞いてしまったのだ。

 今なら誰もいない。好きな人のシャーペンを盗める。

 俺は教室中を見回し、廊下の方に人影がないことを確認すると、坂下さんのシャーペンをポケットに入れて盗んでしまった。そして、帰ろうと誰もいない放課後の廊下を歩いていると、部室棟と繋がる廊下から坂下さんが来たのだ。

 

 えっ! まだ帰ってなかったの!? 

 内心では驚いたが、俺は何食わぬ顔で通り過ぎようとした。

 しかし、坂下さんは俺に気づいたらしく話しかけてきた。

 

虹先にじさきくん、今時間大丈夫かな? ちょっと手伝ってほしいんだけど」

 

 まさかこのタイミングで話しかけられるとは、変に断ってもおかしい。それに、困った様子で好きな女子に頼まれたら断れない……。ここは手伝って、かっこいいところを見せるチャンスだ!

 それにしてもどうして坂下さんは俺のことを知っているんだ? 去年同じクラスだったけど、今まで話したことすらないはずなのに。俺は不思議に思いながらも、このチャンスをモノにするために返答した。

 

「特に用事もないからいいよ。どうしたの?」

 

「よかった。探し物をしてるんだけど、私のお気に入りのピンクのシャーペンがなくて」

 

 ギクッ! もしかしてそれって俺のポケットの中に入っているシャーペンのことでは?

 どうしようか……、そうだ! 探すふりをしてどこかに落ちていたということにすればいいんだ。そうすれば俺が盗んだこともバレないし、喜んでもらえるはずだ。俺って冴えてるー。

 

「わかった、手伝うよ。どこを探せばいいかな?」

 

 俺は焦ったことが表情に出ないように素知らぬ顔で答える。

 

「今から図書館に行くから付いてきて」

 

 俺と坂下さんは図書館へと向かった。途中、新学期の事、また今年も同じクラスになったよね、などと話をした。やっぱり坂下さんは俺の思っていたような性格の子だ。明るくて清楚で人当たりがいい。

 そして、こんな俺の事でも一年の時も同じクラスだったと覚えていてくれたようだ。

 

 図書館に着いて窓辺の席へと向かう。放課後の為、生徒もまばらで校庭からは運動部の掛け声が聞こえる。

 

「ここの席で昼に勉強してたんだけど」

 

 そう言って窓辺の席を指差す。

 二人で一緒に探し始めるが、坂下さんが隣にいるからポケットから出して見つけたフリができない。

 坂下さんは机の下や、周りの席、図書館の忘れ物入れまで入念に探している。余程あのシャーペンがお気に入りなのだろう。なんだか罪悪感を感じてしまう。

 でも、俺が盗んだなんて言おうものなら、仲良くなるどころかクラスのみんなに知れ渡って地獄の高校生活を過ごす羽目になるのだ。

 もしかしたら、逮捕なんてことに……。

 

「ここにはないみたいだね……」

 

 坂下さんは明らかにしょんぼりと落ち込んだ様子だ。

 段々と罪悪感を感じ始めてしまった。このままではダメだ。場所を変えよう。

 

「他には心当たりのある場所ないの? 教室とか」

 

「うーん、教室に落としたのかなー」

 

 ここは強引にでも押した方がいいかな。

 

「きっとそうだよ! ここにないんだったら他の所にあるんだよ」

 

 そう言って教室へと場所を移すことに成功した。あとは適当に落ちてるのを見つけたフリをすればいいだけだ。

 二人で教室へ行き、坂下さんは後方の自分の机の中を確認し始める。俺は作戦を実行するために教室前方へと離れる。その瞬間、

 

「あっ、あった!  あったよー!」

 

 坂下さんは机の中から嬉しそうにピンクのシャーペンを取り出した。

 

 えっ! そんなはずはない! だって今も俺のポケットの中にあるのだから。

 

 俺は自分のポケットの中に仕舞った坂下さんのシャーペンをポケットの上から確認した。確かにある。

 では、あの坂下さんが持っているシャーペンはなんなんだ。偶然同じものが落ちていたのか? 絶対にないとは言い切れないがタイミングが良すぎる。それに机の中までは確認していないが、俺が坂下さんの机から盗んだ時には一本しか置いてなかったはずだ。

 同じものを複数持っていたのか? 俺は考えうる限りのことを考えていて、坂下さんが俺に近づいてきたことに気付けなかった。

 坂下さんは俺に近づくと制服のポケットから盗んだピンク色のシャーペンを取り出した。

 

「やっぱり、虹先くんが持ってた。ふふふっ」

 

 坂下さんは両手にピンク色のシャーペンを持って邪悪な微笑を浮かべた。夕日が教室の窓から入り、坂下さんの顔を照らす。

 突然坂下さんの雰囲気が変わったことに俺は驚きを隠せないでいた。

 

「急にどうしたの? 坂下さん?」

 

「慌てたってダメだから、虹先くんが私のシャーペンを盗んだところ見てたんだから」

 

「どういうことだよ? 俺が盗んだこと知ってたのか?」

 

「ごめんね、全部私が仕向けたことなんだよ。君が私のシャーペンを盗むようにわざと机の上に忘れたの。独りのところを狙ってね。でも、私のペンを盗んだことは君がやったことだから、その罪は償ってもらわないといけないな……」

 

 両手のピンクのシャーペンは同じところに同じハートのシールが貼ってある同じものだ。それを両手でもてあそびながら言った。

 

「つまりどういうことだよ?」

 

 坂下さんの目的はなんなんだ? 無意識に睨んでしまう。

 

「まだ分からないの? つまり、私のペンを盗んだことを広められたくなければ、。虹先くんが私の事好きなのも知ってるんだよ」

 

 坂下さんの浮かべた笑みは清楚なのに、どこかこの状況とは合っていない。

 どうすればいいんだ? 坂下さんと付き合えるのは確かに嬉しいが、今の坂下さんは俺の知っている、俺の好きな坂下さんではないような気がした。でも、もう俺には何の選択肢もない。

 俺には坂下さんに従う選択肢しかないのだ。

 

「わかったよ、俺には選択肢なんて残されてないんだろ? 盗んだことも、好きなのも事実だよ。だから、付き合うよ」

 

 俺は嬉しくもあり、恥ずかしくもあり、悔しくもあり、この状況を飲み込めないこともあって、俯いたまま答えた。

 

「やったー! ありがとう! 去年からずっと好きだったんだよ? 一目惚れなの。好きな食べ物も誕生日もなんだって知ってるんだから」

 

 いや、怖いよ。

 俺は早くも後悔し始めたのだった。それでも坂下さんは笑って無邪気な声を上げて俺に抱きついてきた。

 そうして俺は坂下さんに抱きつかれたのである。

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清楚なあの子の裏の顔 午後のミズ @yuki_white

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