第31話 そして、夏が終わる

 その次の日から、2学期が始まった。

 部活動の代替わりで、僕たちは4人しかいない2年生に全てを引き継いで、高校での芝居作りを終えた。

 それからは、新たな模擬試験や進路指導の行事が次々に襲いかかってくる。

 最後の自主公演は顧問がビデオに撮っていたが、それをじっくり確認しているヒマなど、僕たち3年生にはもうなかった。

 むしろ、自宅で動画サイトを検索したほうが早いくらいだった。

 僕と夕子が顔を合わせたのは、さらに1カ月が過ぎた頃だ。

「すごいね、建義」

 昼休みの廊下でいきなり声をかけて駆け寄ってきたのは、夕子のほうだった。

 もちろん僕は、ソーシャルディスタンスを取って返事をする。

「やっと分かった?」

 もちろん、話題は自主公演への反応だ。

 顧問によれば、保護者の評判もすこぶるよかったらしい。

 もちろん、それは嬉しい結果だったが、心のどこかに「そんなの当然」という自負があった。

 むしろ、僕たちにとって意外だったのは、動画配信の反応だった。

「あれからすごい人気だっていうし」

 再生回数は、10,000回を超していた。

 常楽寺への問い合わせも急増して、ご住職も大変らしい。

 それを、僕は茶化してこう言った。

「坊主丸儲けっていうけどね」

 世話になっておいてバチ辺りな発言と言えばそうだが、常楽寺も充分に元は取ったと思う。

 ただ、気になったのは夕子の態度だった。

「一徳くんなんだけど」

 この期に及んで、まだその名前を出してくる。

 そうなると、篠井のことをどう思っているのか、やっぱり気になって仕方がなかった。

 もっとも、そんなことはおくびにも出せない。

「何か連絡あった?」

 尋ねるとしても、せいぜいそのくらいだ。

 夕子は、ちょっと首を傾げてから答えた。

「俺の負けだって……何かあったの?」

「別に」

 とぼけはしたが、察しはついた。

 篠井も随分と大きな態度であれこれ世話を焼いてくれたものだが、動画配信を見て、ようやくわかったらいい。

 舞台で最後にものをいうのは、照明や音響の機材の持つ性能ではないということだ。 

 だが、そこでちょっと高くなった鼻を、夕子は見事にへし折ってくれた。

「模試の結果は?」

 それは聞いてほしくなかった。

 もちろん、これから追い上げるつもりだ。

「相変わらず……部活は?」

 きまり悪いので話をそらしたが、夕子はそこにツッコむことはなかった。

「みんな、ちゃんとやってる」

 どうやら、ごねていた2年生も、やめようという気はなくなったらしい。

 すると、心配はひとつだけだ。

「来年、上演できそう?」

 4人では、照明と音響効果を除くと、残り2人しかいない。

 ふたり芝居をやるか、演出・舞台監督兼任で、ひとり芝居をやるかという選択になる。

 だが、夕子は満面の笑顔で報告した。

「1年生、3人入った……これで安心して東京行ける」

 敢えて聞かなかったことを、最後に教えてもらえた。

 たぶん、大学に行くのだろう。それから俳優修業をするのかもしれないが、詮索しないことにした。

「部活、見に行こうか」

 話をそらして向かった先は、体育館のステージだ。

 先輩風を吹かすのが嫌なので、ちょっと覗くだけにする。

 何やら気の強そうな女子の前で、男子部員がひとり、へいこらしている。

 その傍らでは、顔だちはいいが小生意気そうな男子部員がひとり、黙々とミキサーを操作していた。

 それぞれが、どこかの誰かによく似ている気がした。

 ステージから離れると、あとは各々の進路対策に向かうだけだ。

 そこで僕は、肝心なことを夕子から聞いていなかったことを思い出した。

「帰ってくる?」

 それは来年の夏でもいいし、将来でもいい。

 僕はこの土地から離れるつもりはない。

 夕子は少し考えてから、ひと言だけ答えた。

「ウィルス次第ね」

 マスクの上の目は、思わせぶりに笑っていた。 

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静まり返った夏の終わりに 兵藤晴佳 @hyoudo

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