最低最悪の出会い方


「私とゲームしようよ」


この場に似つかわしくないそのセリフに私は自分の耳の方を疑った。…なんでいきなりゲーム?


「どうしてゲーム?みたいな顔してるね」


心を読まれた…!


「理由が必要なら作るけど…そうだな、暇だからじゃダメ?」


暇だから、それだけの理由に私は付き合わされるのか…なんて項垂れてる隙は私にはない。

今、私と柊さんの間に流れているのは"取引"なのだから。

弱味を握られた私の高校生活は柊さんの手中でいとも簡単に転がされる。

中学時代の事は…死んでも葬りさりたい。


「い、いいよそれで…!ゲームだよね、こう見えて大得意なのよ私」


ふふふ、甘いな柊さん。

友達がいない分、家で私が出来ることなんて本を読むかテレビゲーム。

多くのゲームをやり込み、ネットでは一時期少しだけ話題になったこともあるんだから。


「へー、期待しとくね」


無表情で言われても…


「じゃあ今日は」


「ち、ちょっと待って!今日もするの!?」


当たり前じゃん、というように首をコテっと傾げる柊さん。

拒否権を行使したい。

というかそろそろ本当に教室に戻らないと次の授業が始まってしまう。

早々、嫌な目立ち方はしたくなかった。


「別に毎日じゃなくてもいいけど…それだと私の口が滑っちゃいそう」


「毎日やらせてください」


私の人権は保証されないのか!

でもまあ、ただのゲームだしそこまで気にする必要もないのかな。

柊さんにとってはただの暇つぶしみたいなものなのだから。


「普通にゲームするだけじゃつまんないし…そうだ、罰ゲームを付けるのなんてどう?」


「な、内容にもよるけど…」


「負けた方が何でも言う事を聞く」


合コンでありそうな罰ゲーム内容!

何でも…お金を巻取られたり、パシリに使われたりするのかな。

嫌だなそんな高校生活…

中学の頃がバレるのとヤンキーに高校三年間使役されるのってどっちがマシなんだろう。

頭の中で天秤を思い浮かべた。


「安心して。別にとって食おうだなんて考えてないから。…私そんなに悪い人に見えるの?」


少なくともか弱い私を脅してる時点で悪い人ではあるよ。

私の防衛本能が反応しまくってるよ。


「ヤンキーとかじゃないんだけどなぁ。不良だし」


「変わんないけど!?」


そんなやり取りをしている内に以前の柊さんを思い出す。

常に一人で行動していたが、私とは何かが違っていて。

一匹狼というか、一言で表すのなら──孤高。

孤独とは少し違うような気がした。

私はそんな彼女に一種の憧れを抱いてたのかもしれない。

けれど星に手を伸ばしたって掴めないのと同じで、最初から上を見上げることすらしなかった。

彼女に話しかける勇気も持ち合わせていなかったから。

その分を今ここで取り返してやろうと運命が騒いでいるのだったら黙っていて欲しい。

少なくともこんな出会い方は嫌だった。

こんなんじゃなければ私は柊さんと仲良くなりたかったのだろうか?

腕を組んで楽しそうにお花畑を駆ける私たちを想像してはすぐに消した。


「それでゲームなんだけど」


ゴクリと奥の方にある生唾を飲み込む。──緊張、しているのだろう。

まず家族以外とここまで話す機会なんてなかったのだから当然。

これからもこのような機会があるのだとするなら、私は自分の唾液で溺れてしまいそうだ。


「息止めなんてどう?」


「息止め?」


それは私が想像していたよりも簡単なものだった。

しかし、唸る。

柊さんはそんなことをして楽しいのだろうか。

私としては愉快ではない。

もっとゲームって二人で盛り上がったりするものじゃないの?

必然的に無言になってしまうこの遊びではどうも退屈をしのげたりはしなさそうだけど。

それにどうやって息を止めていると判断するのだろう。

こんなのいくらでもイカサマできるでしょ。

そんな疑問を投げかけようと口を開こうとしたがもう遅い。


「先に息した方が負けね。よーい」


ドンッって聞こえた気がするがそんなものは気にならなかった。

気にも出来なかったというのが正しいか。

詳しいルールを聞くことも出来ずにそのまま柊さんの顔がグッと近づく。

旧校舎の壁に沿って座っていた私はどこにも逃げられなかった。

逃げる隙なんて最初から用意されていない。

これじゃ袋のネズミだ。


口を、優しく塞がれる。

柊さんとの距離は1ミリも開いていなくて。

閉じられたままの透き通った瞼が目の前にあるのが不思議でしょうがなかった。

あっ…まつ毛長い。

唇にふわふわとした柔い感触が伝わってくるのがなんとも言えなくて息が詰まる。

確かにこれなら息止めになるだろう。

そうやって息苦しくなるまで、流れる時間に身を委ねた。


…わけないでしょ!


大事に十五年間取っておいた訳では無いけれど、こんな形で私のファーストキスを奪われるなんて。

人生初めてのそんなキスは特別な意味なんて含んでいない。

…含んでいないはずなのにどうして私の心臓はバクバクと主張をやめてくれないのだろう。

気持ちよさも感じてしまうほど柔らかな感触に酔ってしまう前に柊さんの肩を押し退ける。

息が、上手く吐けない。

解放されたはずの口から零れるのは吐息ではなく嗚咽にも似た空気。


「…はっ、あ、うっ」


余裕の表情をした柊さんは手を伸ばして、私の頬に触れる。

体温が昂って熱が籠っている私の手とは違い、彼女の手は少し冷たくて心地がいい。


「山内さんの負けだね」


「こんなのっ…ずるい…!」


「でも、満更でもなさそうな顔してるし」


「…っ!してなっ…!」


指摘されてふと我に返る。

一体、どんな顔をしていたのかと動転して目が回った。

鏡を持ち合わせていないので確認することも出来ない。

だけどしっかりと感じる頬の熱に理由があることを私はまだ理解することが出来ないみたいで。


「…柊さ──っ!?」


頭の中を真っ白に漂白されたみたいだ。

何かを考える気力も残ってないのに、さっきまで頬に添えられていた彼女の手が私の腰あたりを掴む。

一度突き放した距離はいとも簡単に縮まってしまった。

必然的に密着する彼女の身体を、私は振り解けない。


「罰ゲームは…」


彼女の体温を感じているうちにまた端正な顔が近づく。

キスされる、と思った私は強く目を閉じることしかできないのか。

身体の強ばりを前面に押し出して、嫌だと主張して。

しかし待てども先程のような感触は訪れない。

その代わり、引っ込めた首に柊さんの吐息がかかる。


「一緒に帰ろ」


耳元で小さく囁かれた事に思わず身体が反応する。

左耳がこれでもかってくらい熱い。

きっと私が水分で出来ていたらとっくに蒸発してしまっていただろう。

それほどまでに私の身体は火照っていた。

しかしそんな私を置いて、予想していた罰ゲームとは程遠い事に呆気を取られる。


「…ふぇ?」


「じゃあね。山内さんも早く教室に戻らないと先生に怒られちゃうよ」


そのまま交わす言葉も見つからずに放置される。

駆け足で校舎の方に向かう背中を見つめるだけだった。

その途中でくるりと翻った彼女はこちらに向かって手を上げる。


「あー山内さーん、私の名字"川中"だから。もう柊じゃないからねー」


そう大声で叫ぶ柊…川中さん。

…今言うことですか?


ゲームの時点でハイレベルな物を求められていたから罰ゲームもきっと私には考えられないようなことをさせられるのだろうと思っていた。

しかし蓋を開けると一緒に帰るだけ?

いやでも、油断ならないし…


川中さんの事だけが頭をぐるぐると掻き回す。

唇に残った温もりに手を添えながら。

耳鳴りに似た音に苛まれその場に立ちつくしては呆然とする。

しかしすぐにそれは耳鳴りではないことに気がついては慌てて足を動かすのだ。


「やっばい!もう授業のチャイム鳴ってんじゃん!」


こうやって私の高校デビューは、はっきり言って最悪な幕の開け方をしたのだった。

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バレたら終わりの百合ゲーム!? @misakanon02

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