第二話 いつもの食事
陽が和らぎ、いくらか涼しくなってきたころ。
ようやく家に着いたふたりは、納屋で短い休息をとっていた。
「今日は疲れたなあ。張り切って結構森の奥まで行っちゃったもんなぁ」
カーポは木でできた薪割り台に腰掛け、ぱたぱたと羽をばたつかせた。
「ほんと、こんな重いものをここまで運んだ私に感謝してよ、ね!」
レイラは、クマを納屋の前にどさっと置き、腰を大きく伸ばした。
「かなり量はあるし、今日食べない分は納屋に干しておこっか。あ、カーポ、そこの薪、何本か持ってきといてよ」
「俺が運ぶのかよぉ。レイラが持って行ったが早くねーか?」
「私はここまで獲物を運んで疲れてるの。それとも、カーポはお腹がすいてないのかしら?」
レイラが分かりきったことを確認するように、わざとらしい笑みを浮かべる。
料理を作るのはレイラの仕事であった。
今日の夕餉(ゆうげ)が、作りたてのあたたかい料理になるか、それとも干し肉になるかは、まさに彼女次第、機嫌次第なのであった。
「ちぇ、分かったよ。働きますよう」
しぶしぶと承諾すると、カーポは家の裏にある薪木置き場へと向かった。
畑の野菜が盗まれてからのここ数日、食卓に並ぶのは保存食ばかりであった。
カーポとしては、そろそろ手の込んだ料理が食べたいと思っていたころだったのだ。
カーポの体は小さいほうで、手の平サイズ、というほどではないがレイラの肩に安々と乗れるほど、使い魔の中では小さな体だった。
事実、非力なカーポが運ぶよりは力のあるレイラが運んだ方がいくらか効率は良いのだが……、レイラにいつも助けられているという思いが、そういうことを言いにくくしていた。
納屋に着いたカーポは、そこであるものを見つけた。
本だ。見慣れない分厚い本を、カーポは手に取った。
「魔女についての……、生態? なんだこりゃ。あいつこんなの読んでたっけ?」
カーポはぱらぱらとページをめくり、流し読んだ。
「うーん、この上なく怪しいけど……、よくわかんねえや」
カーポはそう言って、元あった場所に本を戻した。
「そんなことよりも、仕事があるもんな……」
カーポは高く積み上げられた薪木を見据えた。
運ぶのはこれらのうち何本かなのだが、いかにもずっしりと中身が詰まった薪木は、見るだけでその重さを感じさせた。
「やれやれ……、いっちょ、気合を入れますか!」
*
少し経ってレイラが一通り調理の準備を終えた頃、ふらふらとよろめきながら、カーポが薪を持って現れた。
「レイラ……。 も、持ってきたぜ」
「うん、ありがと。そこに置いといて」
「はいよっと……、だあ!」
カーポは自分よりもサイズの大きい薪を、どさっとおいた。
「重てぇ! お前、こんなぶっとい薪を割るなんて、やっぱすげー怪力だよなぁ。かよわいオイラの体じゃあ、運ぶのも一苦労だぜ」
「なによ、レディに対して失礼ね」
レイラは頬をぷくっと膨らませて言った。
「今日のー、飯はー、なんだろなっと」
「さぁ、なんでしょうか。当ててみて?」
カーポが、匂いを嗅ぎながら鍋の周りとぐるぐる回る。
「うーん、クマ肉を使った汁物か?」
「残念、ただの汁物じゃありません」
レイラは振り向いて、得意げに、大きなコズの葉を見せた。コズは、夏になると大きな甘い実をつける。このあたりでは珍しい木だった。
「こんなものどうしたんだ?」
「さっき、島に行商人が来てたでしょ? そのとき味噌と……、これを買っておいたの」
レイラはコズの葉で、クマ肉二つを、それぞれ包んだ。そして、ゴトゴトと煮立つ鍋の中へ肉を沈めた。
「クマの肉は臭みが強いから。……さて、これで後はしばらく煮込んだら完成」
しばらく煮立てていると、味噌の良い香りが辺りに漂った。
レイラは、先ほど沈めたコズの葉で包んだ肉を、ドロドロとした汁ごと掬って、皿に盛りつけた。
「仕上げに……」
レイラはナイフでスーっと葉に切れ目を入れた。すると、中からよく火の通ったクマ肉が現れた。むわっとした熱気が、味噌の良い香りとともに顔を出した。
「ほわああ、いい匂い! 早く食べようぜ!」
「ふふん、美味しそうでしょ? さ、食べよっか」
カーポはドロドロになるまで煮込まれた肉を爪の先で器用につかみ、口の中に放り込んだ。
「うめぇ! なんだこれ!」
口の中でホロホロと崩れ、中から肉と味噌のうまみが染みだしてくる。しかもほんのりとコズの甘い香りが口の中に広がって、まったく臭みがなかった。
カーポがこれまで食べたものの中でも、最上級に美味い、まさにごちそうだった。
「かぁー、うめぇ! うますぎるぜ!」
「いい食べっぷりね。さて、私も……」
バクバクと食べるカーポを尻目に、レイラは肉を小さく切り分けた。そして切り分けた肉を煮汁によく浸してから、その小さく、形の良い口へと運んだ。
「……ほんと、おいしいわね。コズの葉、また売ってたら今度は大量に買っちゃおうかしら」
レイラは、頬をさすりながら、満足そうに言った。
*
食事の片づけが終わり、昼下がりになったころ。
レイラは二人掛けの椅子に深く腰かけ、本を読んでいた。
カーポはレイラの横で、気持ちよさそうに寝息を立てていた。
レイラが本を読んでいると、戸を叩く音が聞こえた。
「あら、誰かしら?」
レイラは読みかけていた本のページに、綺麗に乾燥させたキリヤの葉 (このあたりに生える熱帯植物の一種)を挟むと、閉じて、机に置いた。
そのまま立ち上がり、レイラは玄関に向かい、戸を開けた。
と、そこに立っていたのは良く見知った顔だった。
ノウキン魔女とオクビョウ使い魔 キリン🐘 @okurase-kopa
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