第32話 消失、そして……。

 季節は冬の始まりでクリスマスも近づく日常の事であった。朝、登校すると、さおりんの席が空いていた。携帯でメッセージを送ると『ゴメン』とだけ返ってきた。


 その後はメッセージは返ってこなくなった。さおりんの居ない生活は厳しいものであった。それは学校の窓ガラスを割って歩きたい気分である。深く自制して授業を終えて家に帰るのであった。家に着くとさおりんの携帯に電話をかける。


『電波の届かない場所か……』


 お決まりのメッセージが流れる。それはさおりんの消滅であった。そう言えばさおりんの細かい家の場所を知らない。わたしは気休めに携帯ゲームをする。本当に気休めで終わった。


もう一度、携帯に電話をかけてみる事にした。


『……電源が入っていません』


 結局、最後までメッセージを聞いて電話を切る。わたしは図書館に向かいさおりんの手がかりを探す事にした。さおりんがいつも座っている席はおっさんが本を読んでいる。


 コンビニのカウンターか?


 そのまま、コンビニに向かう。


 臨時休業!


 田舎のコンビニなので時々あるが今日は臨時休業らしい。わたしは自動ドアの奥にあるカウンターをみるが誰もいない。


 トボトボと肩を落として帰路に着く。自室に着くと一枚だけ撮ったさおりんの画像をみる。肉まんを頬張る横顔であった。


『また、失うよ』


 さおりんの画像を見ていると。そんな言葉がよぎる。わたしは住所だけ知っている、さおりんのもとに手紙を書くことにした。


 内容は年賀状であった。生きていることさえ確認できれば問題ない。祈る気持ちでハガキをポストに入れるのであった。


 その後、知った事であるが年賀状は早く出しても元日に届くらしい。


 さおりんが消えて一週間が経った。担任の角田先生に聞いても首を傾げるだけであった。もはや、窓ガラスを割る気力もない。だいたい、今時に窓ガラスを割るなんて馬鹿馬鹿しい。


 昼休みに、わたしは屋上でクリームパンを食べるか味がしない。ただ、食べ物を詰め込んで生きているだけの気分だ。そう言えば、最後の返事はメッセージアプリの『ゴメン』だった。


 一度に大量のメッセージを送っては迷惑かと思い一日一回程度でメッセージを送ってみる。


———……。


 返事は来ない……。


 さおりんの家は住宅が複雑に建っている場所なので、案内無しでたどり着くのは不可能である。わたしはこの世界が終わってさおりんのいる世界が始まらないか考えていた。SFならここで時間の巻き戻しも考えられる。しかし、この世界はニュートン力学で支配された世界である。簡単に言えばSF的な事柄は起きないのである。


 さおりんに会いたい……。


 転校してきてどれだけの時間が流れたのであろう。それは大した時間ではない。でも、さおりんとの思い出はかけがえのないモノであった。わたしは昼休みが終わる前にもう一つパンを食べる。


 えらく、塩辛い焼きそばパンだ。塩味は認知できるらしい。


 小さな町でもクリスマス本番である。風が冷たい。冬か……。


 焼きそばパンを詰め込むと高いフェイスのある屋上を去るのであった。わたしは学校から帰ると、フラフラしながら、自室にこもる。


 さおりんが居なくなって10日……。わたしの疲労はピークになっていた。


 少し仮眠を取ると高校を留年する夢をみた。しかし、このままではそうなるのであろう。


 うん?携帯が鳴っている。


 さおりんである。わたしは飛びつき、さおりんと話す。


『あー今、東京』

『何故、連絡をくれなかった?』

『あん?携帯の繋がらない、小笠原諸島に居た』


 さおりんの話だと、船で小笠原から今東京に着いたとのことである。わたしは小笠原などに行ったのか聞いてみる事にした。


『ネットの抽選で当たった』


 そうではない。何故、黙って行ったのかである。


『お前に関係あるのか?』


 それを言われるとキツイな……。こんなにも、好きなのに、わたしはこの期に及んで素直になれないでいた。素直に好きと言えば良いのに。


『なんだ、そんなにわたしの事が好きなのか?』


 あれ?通じた……。ここで深く考えたら負けである。さおりんとコミュニケーションを取るとはそういうことである。


『そうだ、わたしはさおりんの事が好きだ』

『なに!冗談のつもりだったのに……』

し、しまった。


 しかし、後の祭りである。


『そうか、好きだったのか』

『あぁ、わたしはさおりんのことが好きだ』


 さおりんと話せたとは言え、極度の体調不良の為に、それからは、何を話したか記憶が曖昧であった。


  ***


 わたしはさおりんと明日に結婚することになった。近況としては、県立高校で数学教師として三年が過ぎ、さおりんは看護師の資格だけとりニートではなく、家事手伝いに勤しんでいた。


「結婚したら働く」


 普通は逆だと思うがさおりんの言うことである。式が決まったらハローワークに通い始めた。


 ホントにさおりんらしい。わたし達は近所にアパートを借り来週にも入居であった。さおりんと付き合いだしたのは高校二年生の冬であった。そう考えると長い付き合いである。


独身最後の晩はクドーさんと陽美々と呑んだ後で、独りで星空を眺めていた。クドーさんは高校を卒業した後に結婚して幸せな家庭を築いている。


 陽美々は文学部の大学院に行きすっかり、学者の卵だ。慣れない呑み会の余韻に浸かりながら夜道を散歩である。昔を思い出していると、わたしはさおりんの消えた十日間で素直になれた。あの騒動が無ければ今でも友達だったかもしれない。ゆっくりと歩く片隅に紫陽花が咲いている。


 何故、ジューンブライドなのであろう?それはさおりんの強い希望であった。


 さて、酔いも覚めてきた。わたしは自室に戻る事にした。あー引っ越しの整理がまだ途中だ。そう言えば、プロポーズは何時したっけっか?


 確か……家事手伝いに飽きたから共働きをしたいとさおりんに言われて……。


「良し、六月に結婚だ!」などであった。


 でも、その前にわたしから言った記憶がある。


……。


 思い出せない……。


 わたしが斜めに首を傾げると。そうそう、さおりんが消滅して帰ってきた日だ。精魂が尽きたあの日にプロポーズをしたのだ。大人になって結婚が現実味を帯びてからは……。


 ま、相手がさおりんだ。問題なかろう。


 わたしは家の灯に近づき独身最後の晩を終えるのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

義足のボーイ・ミーツ・ガール 霜花 桔梗 @myosotis2

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ