【短編】隣に住む清楚なお姉さんが俺を男として見てくれないので、男だと意識させたい

篠宮夕

隣に住む清楚なお姉さんが俺を男として見てくれないので、男だと意識させたい


 突然だが、俺──清水明也には、密かに夢見ている理想の異性との付き合い方がある。


 もちろん、相当イタいことを言っている自覚はある。

 なにせ、俺の見た目はお世辞にも格好良いとは言えない。

 自分で言うのも何だが、クラスの端っこでいつも静かに読書をしているような地味な眼鏡男子。それが俺だ。イケメンが言うならまだしも、俺みたいな地味な眼鏡男子が滔々とそんなことを語っていたら鳥肌ものだろう。


 それは、当然わかっている。

 それでも──いや、だからこそ、俺は異性との付き合ったときのことを何度も脳内でシミュレーションしてしまう。


 たとえば、彼女とデートに行った時。

 彼女が待ち合わせ場所でそわそわと待っているのを、俺は遠くから眺めてみたり。それから、颯爽と時間通りに待ち合わせ場所に現れると彼女の手を握り、華麗にそのままエスコートをしたり。それから、彼女が恥ずかしがるのを見ながらあーんしてみたり。


 一言でいうならば、俺は彼女とのデートのときには主導権を握りたいのだ。

 考え方が古臭いかもしれないが、やっぱり男としては彼女をリードしたい。

 男としては、彼女には格好良い姿だけ見せていたい。


 逆に言えば、主導権を握られるのは絶対にごめんだ。


 更に言うなら、彼女には自分の格好悪い姿は死んでも見せたくない。

 常に余裕を持って、男らしく振る舞う。

 それが、俺が密かに抱いている理想だ。

 と、まあ、長々語ったが、要するに何が言いたいかっていうと。


 ──現在、俺は死んでしまいたいと思っている、ということだ。


   ◇ ◇ ◇


「どうしたの、明也くん。もしかしてさっきの雨のせいでまだ寒い?」

「い、いえ、そういうわけじゃないんですけど……」

「じゃ、もしかして私が渡した服のサイズが合ってなかった?」

「い、いえ、そういうわけでもないんですけど……」

「なら、ホットミルクの味が気に入らなかった? あっ、もしかして、明也くんってホットミルクには蜂蜜を入れない派?」

「い、いえ、そういうわけでもなく……」


 それに、それは入れない方が多いんじゃないんだろうか。


「むー、じゃあ、さっきからなんで明也くんはこっちを見てくれないの?」

「そ、それは……」


 視界の端っこで、彼女が可愛らしく頬を膨らませている。

 だけれど、俺は彼女を真正面から見返すことはできなかった。


 彼女──柚月花奈さんは、俺が住むマンションで隣同士のお姉さんだ。


 現在、俺は姉貴とマンションに二人暮らしをしている。

 この春、その隣に引っ越してきたのがこの柚月さんだった。

 柚月さんは、ここから徒歩十五分ぐらい先にある大学に通う大学二年生らしい。

 なんでも、大学一年生の頃は遠くから通っていたがそれが辛くなったとか。


 見た目は、THE・清楚なお姉さんって感じだ。

 腰まで伸ばされた艶やかな黒髪。

 びっくりするぐらい小さい顔に、完璧に整っている目鼻立ち。

 それから、服を山のように押し上げる膨らみ。それはもう凄い。なにせ、今だって必死に視線をやらないように細心の注意を払ってるぐらいだ。


 だが、見た目は完全に大人の女性だが、雰囲気は完全に子供のそれだ。

 柚月さん、頻繁にしょうもない悪戯とかしてくるし。

 それが、隣に住む柚月花奈という女性だった。


 そして、現在。

 俺は柚月さんの部屋でシャワーを浴び、彼女の服を着て、ホットミルクを飲んでいた。

 で、俺はずっと柚月さんの方を見れないでいるのだが、それも仕方ないと思う。

 何故なら、


「ほら、ほら、明也くんってばなんでこっち見ないの?」


 反応しない俺に焦れてか、柚月さんが俺の頬をぷにぷに突いてくる。

 だけれど、そんなことされても視線なんて向けられるわけがない。


 だ、だって、今の柚月さんの格好──すげー薄いタンクトップなんだぞ!


 柚月さんの自室のスタイルなのかもしれないが胸元が大胆に開かれて、彼女を真正面に見つめ返せば柔らかそうな肌が見えそうだ。

 と。

 そんな俺の葛藤に気づいたのか、柚月さんは「あっ、もしかして」と呟いた後ににまーっと小悪魔のような笑みをつくり。


「もしかして、明也くんってば私のこの格好にドキドキしてるの?」

「違います。そんなわけがないでしょう」

「でも、君、さっきからこっちをチラチラ見てるよ?」

「っ」

「そっかそっか、そうだったのかー。明也くんも男の子だなー。それなら、別に見てもいいのに。減るもんじゃないし」


 ほれほれと、柚月さんがタンクトップの胸元を伸ばしている……ような気がする。

 悲しいかな。違うと否定したにもかかわらず、俺は無意識のうちにそっちの方を見やって──


 ぷにっ。

 柚月さんの指が俺の頬に突き刺さった。


 それは、つまり、俺がほいほいと餌に釣られて向くことを予想していたということで。

 柚月さんは悪戯っ子の笑みとともに言う。


「明也くんのえっち」

「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ」


 今日一日ずっとロクなことがない。

 家に辿り着く直前でゲリラ豪雨に遭い、慌ててマンションに駆け込んだはいいが、実は鍵を忘れており家の中には入れなかった。挙げ句の果てには管理人さんも急用で出かけており、雨に濡れて寒い中、姉貴が帰ってくるのを待つしかなかった。

 そんなときに、柚月さんが帰ってきて俺を家に招き入れたのだ。

 俺も風邪を引いてしまいそうだったので仕方なく入ったのだが……そこからは、さっきみたいに、柚月さんに揶揄われっぱなしだった。


 そして、付け加えるなら揶揄われるのは別に今日だけってわけじゃない。


 何が面白いのか、柚月さんは事あるごとにこうやって俺を揶揄ってくるのだ。今日なんかはシャワー浴びてる間に勝手に入ってこようとするし、さっきみたいに無防備な姿を晒したりする。


 これも、柚月さんが俺を男だと全く意識してないせいだ。

 さっきは、俺のことを男の子と言っていたが、本気でそう思っているならこんな揶揄い方なんて出来るはずもない。

 こんな主導権を取られっぱなしで無様な姿を晒すことなんて、絶対にごめんなのに。

 今の状況を変えるために、俺は取り敢えず話題を変える。


「そういえば、この服って柚月さんの物にしては随分大きいですね」


 シャワー上がりに、柚月さんから貸してもらった服。

 柚月さんの身長にしては随分サイズが大きい気がする。そもそも男物だ。

 それなら、わざわざ自分用で買ったとも考えにくい。

 と、なると……誰のために買ったかはなんとなくわかった気がした。


「そ。君が思ってる通りかな」


 俺の考えを察したように、柚月さんは言った。


「それは、私の彼氏のやつ。彼氏がお泊まりしていった時に来てもらうやつかな」


 ……やっぱりそっか。

 柚月さんはこんな性格だが、見た目は滅茶苦茶美人だ。彼氏がいたとしても、おかしくない。

 それは、心のどこかで予想していた。

 それなのに……こんなにも胸の奥がチクッとする──


「ぷっ……ははは、あははははははっ」


 と、そこで。

 柚月さんが何故か堪えきれないように笑い始めた。

 ど、どうしたんだ? 今、なんか笑うような要素なんてあったか?

 俺が困惑していると、柚月さんは目尻に溜まった涙を指で拭いながら。


「あはは、あはははは! もう、なんて顔をしてるの明也くんは! そんな露骨ながっかりな顔をして! そんなに私に彼氏がいるのがショックだったの?」

「なっ!」

「冗談、冗談だって。私に彼氏はいないから。その服は、女性の一人暮らしだと思われないように買っておいたの。洗濯ものに混ぜて干しておけば、同棲中とかって思われるでしょ?」

「お、俺はそんな! べ、別にがっかりしてなんかは──」


「──だから、安心して。私はまだ誰のものでもないから」


 そっ、と。

 柚月さんは俺の耳元で魅惑的な甘い声で囁いた。

 かぁぁぁぁぁと、身体中の血液が沸騰するような感覚が襲う。

 柚月さんの顔は見えないが、きっとあの悪魔みたいな笑顔を浮かべてくるに違いなかった。


「ふふ、明也くんってば耳が真っ赤だよ? そんなに、私がフリーだとわかって嬉しかったの?」


「ち、違います! そ、そういうわけじゃなくて……と、とにかく帰りますから! 服、ありがとうございました!」


 俺は借りた服を脱ぐと、干してもらっていたカッターシャツを身に纏って慌てて玄関に向かう。カッターシャツはまだ湿っていたが、そんなの気にしている余裕もなかった。

 俺には密かに夢見ている理想の異性との付き合い方がある。

 それは、彼女の主導権を握りたいということ。

 彼女には格好良い姿だけを見せていたいということ。


 ──それはそうでもしなければ、年齢差がある彼女とは絶対に対等になれないからで。


「くっそ!」


 俺は玄関で乱暴に靴を履くと、外へと一気に駆け出した。

 この胸に宿る感情に名前をつけるなら、きっとそれは「恋」なのだろう。

 でも、俺はこの感情にその名前をつけたくない。

 名前をつけてしまったら、それは憧れのままで終わってしまうような気がするから。

 だから、彼女と対等になるためにその名前をつけることは封印しておく。

 そして、彼女と対等となるために、俺がやることは決まっていた。


 ──くそっ、いつか絶対に俺が男だと意識させてやる!


    ◆ ◆ ◆


「あーあ……ちょっと、やりすぎちゃったかな?」


 明也くんが駆け出したのを見送って、私は思わずそう呟いた。

 まあ、それも仕方ないかもしれない。その……私もやり過ぎた自覚あるし。

 それにしても、


「……明也くんの身体、ちゃんと男の子だったな」


 明也くんが貸した服を脱いで行くときに、チラッと見えたが……その、予想以上にごつごつしていてドキドキもさせられてしまった。

 本当は、私がドキドキさせなきゃいけないはずだったのに。

 でも、


「私に彼氏がいるってことにショックを受けてくれたってことは……脈があるってことでいいのかな?」


 さ、流石に、今日のおっぱい作戦はやり過ぎた感があるけれど。

 でも、ああいう反応を示してくれるってことは、好意を持たれてる……ってことで良いんだと思う。


「明也くんはちょっとやそっとのことじゃ、冷静に対処しちゃうからなぁ」


 だから、今回はあそこまで大胆なことをしてしまったんだけど。

 だけど、最初にこういうことを始めたとき、わざと「可愛いでしょ」ってちょっと短いスカートを履いていたら「風邪引きますよ」とブランケットをかけられてしまった。

 それもこれも、明也くんが私のことを女として見ていないからだと思う。

 とあるきっかけで、私は明也くんのことが好きになってしまった。

 だけど、彼は高校一年生。対して、私は大学二年生。となれば、私は彼からすればおばさんの部類に入ってしまっていてもおかしくない。

 であれば、私はまずは彼に恋愛対象と思ってもらわなければならない。

 全てはそれからだ。

 そのためには──本当は恥ずかしくて恥ずかしくて堪らないけれど──やることは決まっていた。


 ──いつか、彼に私が女だと意識させる。


 私の戦いは、まだ始まったばかりだ。

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【短編】隣に住む清楚なお姉さんが俺を男として見てくれないので、男だと意識させたい 篠宮夕 @ninomiya_asa

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