流れ星の観測者
一粒の角砂糖
Love Shootingstar
「今日こそ流れ星を見に行こう。助手君。」
ホームルーム終わりの教室。
騒がしい中で一人の博士気取りの女子生徒が男子生徒を指さした。
「ええ……何回目ですか……まぁ予定ないんでいいですよ。」
今日の用具をカバンにしまいながら彼は少し嫌そうに返事を返す。口元は笑っている。
「わーい!助手君助手君!ジュース買って早く行こうじゃないか!ちなみに今までの回数は52回目だ。今日で53回目だな。」
「聞かなきゃ良かった。」
2人は笑いながら下駄箱を出て、自販機に足を進めた。
__________________
という出来事が放課後にあってから3時間後。
すっかり夜になってしまった空の下で制服姿の少年と、制服の上からブカブカの白衣を羽織った少女がいる。
彼らの通う高等学校のすぐ近くの山の山頂で、地面に足を伸ばして空を見上げる。空一面に広がる煌びやかな星々が2人を月明かりよりも強く照らす。
「今日も流れてこなーい!おかしがたべられないじゃないか!!」
しかし少女はそんな所で声を荒らげて年齢にも似合わない願いを叫ぶ。
「まだ言ってるの?」
彼は眉を寄せて呆れたように言う。
「助手君……言っておくがタダで食うお菓子は美味いぞ。あ、ジュース持ってきて!」
「いつも僕食べさせてあげてますよね……。」
愚痴を吐きながら少年は立ち上がって、望遠鏡の横にそのまま置かれている350mlの1本の缶ジュースをだらしなく座っている少女に投げ渡す。渡す時に2人の服に水滴が飛び散る。
「君のお金で買ったものではなくて流れ星からプレゼントされたらの話だよ。いただきま……うわっ!」
投げ渡した影響か蓋を開けるとそこから炭酸が吹きでてきた。慌てて彼女はジュースの飲み口に唇を添える。見るだけでもわかるふっくらとした赤みがかった優しい感触が飲み口に触れる様子が彼の心をざわめかせる。
「……一口ください。」
そんな光景を見ていた制服の少年は下心交じりに小声で恥ずかしそうに言う。
「ん?君も飲みたいのか。いいぞ。ほら、飲みたまえ。」
現代高校生には似つかわしくない真っ直ぐの水色のロングヘア、そこには幼稚な流れ星の髪飾りが付いている。そんな少し童顔の彼女は第1ボタンしか閉まってない白衣の袖を垂らしながら口をつけた缶ジュースを差し出す。なんとも思ってないらしい。
「えっ、いや。その。……ありがとう。博士。」
まさか了承して貰えると思っていなかったのか、動揺しながら顔を赤色に染めて手を前に出す。明るかったはずの星が雲に隠れたのか暗くなったせいで、赤色に光る彼の頬を彼女は見れなかった。
「気にするな。私なりのいつものお礼だ。」と言ってニコリと笑う。いいことを言っているつもりになっているのだろうか、口角は下がらない。
「まぁ……それならもっと貰わないと対価としては低いと思いますけどね。」
そう悪態を彼が突いてみせると「なっ!」と声を上げた。
しかしそんな彼女も彼が口にジュースの飲み口を運ぶと、あわあわとわかり易く慌てている。ところが、それにすら気づかないほど彼自身も慌てていた。胸の高まりが心臓を破裂させるほどに感じていることだろう。彼はジュースを持っていない方の汗でベトベトになっている手で制服の胸ポケットの所の心臓を抑える。2人を冷やかすかのように雲が晴れて優しい風が吹いた。
「や、やっぱり……喉乾いてない。」
押しつぶされそうな鼓動に耐えられなかった彼は、一層赤く染めた顔を彼女に向けぬようにと左を向かずに右を向く。尚、左手には水滴と手汗が混ざった缶ジュースをが少し凹んでいる状態で握られている。
「あ、あぁ。そうか……。ま、まぁ後で降りた時に喉が渇いてたら言ってくれ。君の大好きな栄養ドリンクでもご馳走しよう。……これくらいしか私からできることは無いが。それでもいいかな……?……怒ってる?」
ジュースを同じように手汗で濡らした右手で受け取る彼女は少し凹んだ缶ジュースじっと見て残念にそう言った。その眼差しにはどこか不安を感じる。しかしその顔は少年が見ることは無いだろう。
「……怒ってねーし。俺はそっちでいい。」
恥ずかしさを隠すためか少年は突っぱねた様子で声を張る。普段は声を張らない彼が声を張ることに少女は動揺していた。何故か緊迫した雰囲気で彼女はジュースを地べたに置いた。
「怒ってるの……?助手君……。……炭酸は嫌いだった?栄養ドリンク……?それとも……私?」
すると彼女は口調を変えて、そっぽを向いていた彼の出しっぱなしだった左手を思いっきり両手で握る。彼の手には自分の手汗と彼女のジュースの水滴。手汗。柔らかいふっくらとした手の感触が合わさって包まれる。
そっぽを向いてた顔をぐるりと慌てて彼女に向けると、星と月明かりに照らされた彼女の泣きそうになった目と先程まで恥ずかしさで赤く染っていた頬が見える。「あ、あ、……。」と声を出せずにいた少年は驚いて思わず手を振り払ってしまう。まだ小さく揺れる草木の当たる音や山の葉音が彼らの静かさを際立たせる。緊張のボルテージは彼の限界を優に超えている。
「……ご、ごめんね。私、調子に乗って。……嫌い……だよね。」
鼻声になりかけの震えた小さな声がカサカサという静かな音にかき消されそうになりながら聞こえてくる。気づけば、彼女の着ている白衣の袖には、ぽたぽたと斑点が出来ていた。涙を拭うように強風が吹くと流れ星の髪留めが空を舞って地に落ちる。乱れた髪の毛が細かに揺れ続ける。
微かに彼女の体が震えているのを彼は見た。
「ごめん……別に博士が嫌いになったからそっぽ向いたり、手を払っちゃったんじゃなくて。緊張しちゃって……。」
放心してそのままになっていた振り払われた彼女の両手を重ねてその上から彼が握る。
すると彼女はダムが決壊したのかのように泣き始める。頬を下る涙1粒1粒が夜空に光る星のように光の粒を中に宿らせているかのように輝く。
「ごめんね……。私……助手君を……。」
真っ直ぐだった髪の毛もふっくらとした唇も、少し幼い顔もぐしゃぐしゃにしながら泣いていた。白衣はボタンが外れて既に脱げかけている。そこから彼と同じ校章のついた制服の胸ポケットが大きく上下に揺れるのが見える。酷く荒れた息が彼の心を罪悪感で埋め尽くす。
「……博士は悪くない。自分が悪かったからそんなに泣かないでくれ。」
立ち上がって彼は彼女を抱きしめる。
白衣の上からでは分からなかったが、膨れ上がった胸が彼にあたる。ふっくらとした感触が彼に当たると同時に、優しい花の匂いが破裂したようにして鼻をくすぐる。
「ありがとう……。」
彼は強く抱き返された。立ち上がった彼の目の下から彼女の頭が彼の制服に涙をつけているのが見えた。
「さ、早く流れ星見て帰ろう。今日は疲れたからね。」
彼女の頭を撫でながら呟いた。
それはそれはとても小さな物だったが、もう草木は揺れていなかった。
「うん。」
小さく頷く。
2人は手を解いてまた同じ場所に座る。
何故か世界が変わって見えた。例えるなら少し明るく見えるような。そんな気がしている。
「なんで流れ星を博士は見たいの?お菓子食べたいから?」
ふと頭に思っていた疑問を彼は彼女に渡す。
「君といたいから。」
落ちていた髪飾りを頭に着けながら何も躊躇わずに言った。少し驚いた彼は顔を彼女の方に向けると、もう既に白衣を羽織り、髪は綺麗に整っていた。彼がそんな姿をしばらく見ていると彼女は少年と顔を合わせる。
「私は君が……その。好きだ。」
「え?……博士?」
驚いて彼は放心する。口をあの字に大きく開けて、その口が塞がらない。
「……君といたいから私はこの夜空を見上げているんだ。『流れ星よ降らないでくれ。』と何度も何度も心の中で唱えながら。それこそ、流れ星が流れてる間に3回唱えられてしまうような勢いでね。」
立ち上がった彼女は望遠鏡に手を触れる。
「私はこの魅力的な星達が好きだ。小さな頃にこれを手に持ってからというもの、晴れた日の夜はこれを覗いて毎晩夜空を見上げてた。だが、君という存在が私の隣にいる時にこれを覗くことは何故かできなかった。」
彼女は空を見上げる。遠くを見つめるようにしてしばらく黙っていた。
「この星たちより魅力的な。観測するべきものを見つけたからだよ。助手君……改めて言おう。私は君が好きだよ。とてもが着くほどさ。だから私は君とこの夜空を見上げる……。53回目の今日。こうして伝えれることを嬉しく思うよ。」
見上げていた空からくるりと体の向きを変えて少年へ視線を向ける。その眼差しは星を眺めていた彼女の眼差しに似ていた気がした。
「俺は……。いや……俺も……博士が……。」
また高まる彼の鼓動。緊張以外の何物でもない。だけれど彼は伝えることがある。
「好きだ。」
立ち上がって今までよりも大きな声で伝える。しかしそれに彼女は不安や悲しみを感じることは無い。彼から衝撃波が出たように彼を中心にして風が吹く。白衣と髪の毛と彼女の心が揺れた時、この2人のような檸檬色の酸っぱい恋の流れ星が流れる。彼女の願いは届かなかった。だがその流れ星は確実に、彼女の本当の願いを叶えただろう。2人は深く優しく、抱き合った。54回目の観測で彼女はきっと望遠鏡を覗き込めるだろう。
彼女は博士をやめて
「助手君……いや。脇田くん……。私と付き合ってく……付き合って欲しい……いや。付き合ってください。」
「喜んで。」
流れ星の観測者 一粒の角砂糖 @kasyuluta
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
恋の方程式/一粒の角砂糖
★3 エッセイ・ノンフィクション 完結済 1話
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます