第十章 祭りの後


 紅倉は芙蓉の助けを借りて山を下りた。全然大した高さの山ではないのだが、それゆえ登山道が整備されているわけでなし、常にへっぴり腰で芙蓉にしがみつきながら地上に戻った紅倉は、腰がガクガクして、またへたり込んでしまった。

 そんな紅倉が自力で山に登るなど出来ようはずがなく、閉め切った拝殿の中からどうやって移動したのか?、町の人々は山を仰ぎ見てひたすら不思議がった。

 それに対して紅倉は、

「神様のお茶目ないたずらです。

 と言うわけで、神様のご機嫌はすっかり治ってますのでご安心ください」

 と説明し、町民たちをほっとさせ、喜ばせた。


 温泉旅館に戻ってきて一息つくと、紅倉は自分が経験した出来事を皆に話した。

 にわかに信じがたい話ではあったが、瞬間移動のイリュージョンを見せられているだけに信じるよりなく、そうとなれば、

 なんとか酔いから復帰した金森が、

「レストランの内装を「女神の庭」のイメージで作り直しますか?」

 と提案し、それはいい、と社長連中はまた大いに盛り上がった。


 病院に向かった酒田杜氏の奥さんから電話が来て、病院に運ばれた高校生たちは三人とも危ない状態は脱したと言うことだった。

 少年たちのろくでもない悪戯で大騒動になったが、改めて信奉する酒造りの神様の実在を確認できたし、レストラン開業に向けて話のネタにもなるし、大人たちの機嫌もすっかり良くなっていた。


 芙蓉は紅倉が会った「美人の女神」に興味津々だった。

「どんな人でした? やっぱりびっくりするような超美人でしたか?」

 浮き浮きして訊ねる芙蓉を、紅倉はじいっと見つめた。芙蓉は目をパチパチさせて、首をかしげて見つめ返した。

「どうしました?」

「べ〜つ〜にい〜〜。なんでもない」

「顔が赤いですね。山登り……登ってはいないですか、山道を下って、やっぱり疲れました? 後でマッサージしてあげますね」

「うん」

「で、どんなでした?」

「あー、うるさいうるさい。神様なんてね、直接見ると目がつぶれちゃうのよお? はいはい、とーっても、綺麗な方でした」

「うーん、どんなタイプです? 女優に例えると?」

「わたしが分かるわけないでしょうが」

 紅倉はプリプリ怒ってそっぽを向いた。芙蓉は紅倉は何を怒っているのだろう?と思った。神様の手のひらで遊ばれたのが気に喰わないのだろうか?

 実際はぜんぜん怒っているわけではなく、ただ単に恥ずかしいだけなのだった。



 夜の宴会には紅倉と芙蓉も加わった。

 紅倉は女神様が手ずから注いでくれた酒を飲んだことを自慢し、調子に乗って各蔵自慢の酒を利き酒した。ふだん味覚音痴のくせに、

「香りはこれが近い。味はこれ、口当たりはこれが近いかなあ」

 なんて偉そうに品評した。社長たちはフムフムうなずき、女神様の瓶酒が再現できないものか、真剣に検討した。

 一泊するので芙蓉も少しお酒を戴いた。

 みんな楽しそうで、

 ああ、来て良かったなあ、

 と思った。


 翌朝起きた紅倉は、案の定二日酔いで、

「酒なんか二度と飲むものか〜〜〜」

 と恨めしく額を押さえ、芙蓉は、

「出発前に酔いを流しましょう」

 と、朝の温泉に誘った。

「変なことしたら怒るわよ〜〜」

「まあ、なんのことでしょう? あ、でも、床が濡れて滑るかも知れませんね。先生が転んだら大変だわ!」

「はいはい、お世話かけます」

 調子悪そうにしながら素直な紅倉に芙蓉はニンマリし、紅倉はむっつりしながら、また頬を赤らめた。



 その後。

 中倉町の松尾神社では中津島姫命も大山咋神と同様に酒造りの神として奉る事にした。

 祭事には供物にケーキを加える事にし、傷みやすいので、紅倉の故事に倣い、神事の一部としてその場で神に体をお貸しする巫女役の少女に食べさせる事にした。


 飲酒をした高校生、三人と一人は、今度は三人で、飲んだ量が大量なので、うっかり間違えてと言った言い訳は通用するはずもなく、今度はしっかり警察と学校に報告された。

 警察の方は未成年と言うことで主に親に対する注意で済んだが、

 学校の方が問題だった。職員会議の結果、

 四人全員、野球部を除名処分となった。名目だけの処罰で、軽いとも思われたが、青春の全てを掛けてきた野球部での活動の全てを無かった事にされ、四人は少なからぬショックを受けた。自業自得だ。

 また自棄になってろくでもない事をしでかさないかと心配されたが、

 迷惑をかけられた酒造組合から罰が申し渡された。

 四人は高校卒業まで、毎朝、神社裏の山の頂上の大岩に、「おいしい水 2リットル」を二本、お供えする事が課せられた。

 紅倉が出現したのがその大岩の所で、松尾大社の由緒に倣い、この大岩もご神体として注連縄しめなわを張り、奉斎する事にしたのだ。

「水」ではなくお神酒をお供えするのが本来だろうが、男神様からの罰と言うことにしていただいた。

 もっとも、お神酒を持たせた所で、三人とももう懲り懲りで、手をつけようとは思わないだろう。

 飲酒の後、三日間、物が全く食べられず、七日間、頭痛に苦しめられ続けた。

 二度と酒なんか飲まねえ、

 と、今は思っているが、さて、二十歳になる頃にはどうなっている事やら。



 二日酔いを経験した紅倉だが、

 酒造組合からお土産にもらった「中倉町 大吟醸酒 飲み比べセット」で時々晩酌するようになった。

 お酒は程よく、じっくり味わって、

 を芙蓉に監督されながら。



 終わり

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霊能力者紅倉美姫28 紅倉美姫の神隠し 岳石祭人 @take-stone

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