第27話 陽だまり③

 土曜日。

 バンド用の衣装を買いに、イケメン店員さんのいるあの服屋に足を運ぶ。


「いらっしゃいませ~。あ、いつぞやのお客さん」

「こんにちは」

「こんにちは~。今日は何をお探しですか?」

「実は、軽音楽部に入ることになって。ライブ衣装を買いに来たんです」

「かしこまりました。バンドは何系ですか?」

「普通のロックバンドだと思います」

「他のメンバーさんの衣装とか分かります?」

「写真あります」


 六道のライブ時の写真を見せる。


「あぁ~オルタナティブロック系の服装ですね。似たような系統で探してみます。と、その前に」


 イケメン店員さんが急に耳元に顔を寄せてきた。


「えっ、と、何ですか!?」

「君、広隆くんでしょ。妹助けてくれてありがとね」


 驚いて距離を取る。いきなり下の名前で呼ばれた。妹? 何のことだ?

 明るい茶髪。端正な顔立ち。いつも笑顔だから気付かなかった、キリリとしたツリ目。


「ええ!? もしかして、愛野さんのお兄さん!?」


 愛野さんの大好きな、イケメンでコミュ力あってオシャレなお兄さん!

 まじまじと見てしまう。これがあのお兄さん。俺が勝手に目標にしてた。


「シーッ! 声は小さ目で。あんまりお客さんと雑談してると店長に怒られちゃう」


 口に人差し指を当ててウインクする様は俳優のよう。ちゃんと観察すれば愛野さんと似てることが分かるんだけど愛野さんと表情の作り方や仕草が違い過ぎるせいで兄妹感が薄い。


「あ、すみません」

「ごめんね。そしてご明察。姫乃のお兄ちゃんでした~。いつも妹が世話になってるね。一言お礼が言いたくて声かけちゃった」

「世話なんてそんな。俺が助けられてるだけです」


 ってかこのお兄さん、俺と愛野さんの関係どこまで知ってるんだ。そして愛野さんは俺のことをどういう風に話してるんだ。


「そっかそっか。広隆くんはそんな風に思ってるんだね。妹の話だとむしろ逆なんだけどなぁ」

「へ」

「おっとこれ以上は言わないよ。妹から怒られちゃう。いやぁ来てくれて良かった。話せて良かった。最近、妹が本当楽しそうでね。君のおかげだろ?」

「違いますよ。愛野さんは元々強い人です。俺がそれに引っ張られてるだけです」

「妹が聞いたら喜ぶだろうなぁ」

「言わないでくださいよ!」

「さぁ。どうだろうね」


 いたずらっぽく舌を出してみせる。本気で睨んだらすぐ冗談冗談と手を左右に振る。


「からかいたくて声かけたんですか」

「違う違う。最初に言った通りお礼が言いたかっただけ。ありがとう」

「お兄さんにお礼を言われるのは何か違う気がしますけど、どういたしまして」

「line交換しない?」

「唐突ですね」


 この突拍子の無さは愛野さんと似てるかもしれない。断る理由が無かったため手早く連絡先を交換する。せっかくだし服のこととか聞いちゃおうかな。


「君とは長い付き合いになるかもしれないからね。これでも妹ラブの兄貴なんだ」

「どういう意味ですか」

「さぁね。さーてそろそろ仕事に戻ろうかな。お兄さんの雑談に付き合ってくれてありがとねーん」

「いえいえ」

「今度ぜひ妹も交えて三人で話したいな。妹と君が話すところを見てみたい」

「何でですか」

「君に興味があるからだよ。妹がこの店に君を連れてくるより前から言ってたからね。気になる男子がいる。あたしと全く似てないのに妙なシンパシー感じてムカつくって」

「愛野さんらしい理不尽さですね」


 ムカつくって。俺とこのお店に来る前って多分俺と愛野さんに全く接点無かった頃だよな。その頃から目付けられてただなんて。


「珍しいよ。妹って他人に興味無い方だから、クラスメートの、しかも男子の名前が出てきて驚いちゃった。余計に印象に残ったんだ。それに段々君の話をする頻度が増えてきてね。お兄さん複雑な気持ちだったよ」

「どうせ俺の悪口ばっかり言ってたんでしょ。情けないとか意気地なしだとか」

「はは。最初はそんな感じのことも言ってたけど、今は違うよ」

「もっとひどくなってるとか」

「逆だよ逆。悪口どころかむしろ」

「むしろ?」

「じゃあ服探してきますね~」

「このタイミングで仕事戻るのは卑怯ですよ!」


 掌の上で転がされてるような気分だ。愛野さんとは別の意味で厄介なタイプ。

 持ってきてもらった服を試着している間、カーテン越しにお兄さんが再びオフモードで話しかけてきた。


「どうだい少年。キョロ充から脱することはできたかい?」

「あの、どこまで愛野さんに聞いてるんですか」

「さっきも言ったけど、詳しくは聞いてないよ。ただ、昔自分もキョロ充であることに悩んだ時期があったから、姫乃から断片的に聞く君の情報から何となくこれまでの軌跡を想像することができた」


 完璧超人に見えるお兄さんが昔キョロ充だった? にわかには信じがたい。

 愛野さんが俺を気にかけてくれた理由が分かった気がする。きっと昔のお兄さんと俺が重なる部分があったからだ。


「自分は魅力的に見えるように目立ってる人をモデリングした。容姿、オシャレ、コミュニケーション能力、勉強、運動、それらを磨いて今の自分に辿り着いた。この結果に満足してるし、君もそうなるのかなと途中までは思ってたんだけど、どうやら違う答えを導き出したようだね」


 そっか。お兄さんは、いわば俺がそのまま足掻き続け、成功を掴んだ場合の未来だったのか。

 似たような歩みだったけど、答えは別方向だった。

 確かにお兄さんは俺の目から見てこの上なく魅力的だ。きっと誰の目から見ても。

 憧れはする。けど、こうなりたかったな、という後悔は無い。

 俺とお兄さんは欲しいものが違った。手に入れ方が違った。

 最初にこのお店に来たときは、鳴神たちの一員として恥じぬよう服装を整えるためだった。

 今日は、六道たちとライブをするための衣装を買いに来ている。


「そうですね。しかも愛野さんと同じような場所に行きついてしまいました。立ってる場所は違いますけど」

「似た者同士だね。そういえば姫乃も『最近の広隆はますます兄貴に似てきた。好きなことに一生懸命なところとか色々』って言ってたから実質愛野兄妹と君の三人全員似てるってことになるね。もう家族になっちゃう? おお我が弟よ」

「冗談はよしてください色んな意味で」


 愛野兄妹と家族になるには、その、愛野さんと俺が結婚しなきゃいけなくて。俺がお兄さんと似てるわけがなくて。愛野さんが俺を下の名前で呼ぶことなんてあり得なくて。


「冗談じゃないんだけどなぁ。まあこれからも妹、姫乃のことよろしくね」

「無理ですよ。俺と愛野さんの関係はもう終わったので。これからは別々の道を歩いていきますよ」

「ひょっとしたらそう思ってるのは君だけなんじゃないかな?」


 発言の真意を聞き出そうとしてカーテンを開ける。


「よくお似合いですよ、お客様」


 店員モード全開のお兄さんを見て、諦めた。

 愛野さんだって俺と同じ気持ちのはずだ。はずなんだ。

 

 ◇◇◇◇◇◇


 頭を振って気の迷いを払う。

 ドアの外側にいる愛野さんが、何やら興奮した様子で手招きしている。外で何かあったのだろうか。

 興奮しながら楽しそうに笑っている愛野さんを見たら、ゆっくりとだけど、動き出すことができた。

 これでいい。終わらせるんだ。終止符を打つんだ。俺と愛野さんの関係に。

 ドアを開け、大きく一歩踏み出し、外へ。

 いつの間にか、雨が上がっていた。


「何もたもたしてんのよ見なさい! こんなでっかいの見たことない!」


 興奮してるせいか愛野さんは俺の手をつかんで引っ張り、自身の横に立たせる。

 目の前に、大きな、それはもう大きな虹がかかっていた。

 虹なんていつぶりに見ただろう。久しぶりだから、余計に見入ってしまう。

 何分手をつなぎながら立っていたのか。

 愛野さんが手を離し、虹を見上げたままポツリと呟く。


「来週は終業式で学校終わるから、今のうちに次会う予定立てときましょうか」

「うん、分かった、って、え? 次?」

「次は次よ。今は上手くいってるかもしれないけど、またすぐ人間関係の悩みにぶつかるかもしれないし。まあ、そうね、セカンドシーズン開幕ってとこかしら」

「は、はは。そうだな。悩みが完全に無くなることなんてないし」

「そういうこと! 駅まで歩きながら話しましょうか。広隆もこれからライブとかそういうので忙しくなるでしょうしあたしもあたしで色々あるから予定合わせるの大変になるわよ~。上手く捻出しなさいよね。あんたにはまだ季節ごとのコーディネートとか叩き込まなきゃだし。あ、それと。さっきのペアチケット、あんたとあたしの二人で取ったんだから二人で行きましょ。どうせあんたデゼニー行ったことなくて振る舞い方とか分かんないだろうからあたしが教えてあげる」


 先に歩き出す。なぜか早足で。

 何かサラッと下の名前で呼び捨てしてなかった?

 本人に確認するのも野暮なので、代わりに。


「おい、なんでそんな早足なんだよ。ペース落とせ姫乃」

「あんたが歩くのおっそいだけでしょ!」

「いやもう早足どころか競歩並に早くなってるからね!?」


 すぐに追いかけようとしたけど、不意に名残惜しくなってカフェを振り返る。

 陽だまりの中に、カフェの店名が浮かび上がっていた。名前、今まで気にもしなかったな。

 これまでの出来事が走馬灯のようによみがえる。

 土砂降りの中、この世の終わりみたいな顔で出会った。

 傷を見せ合った。互いに幸せになれるようあがいた。報われないことも多かった。

 その道筋あってこそ、今、こうして陽の光に照らされて歩き出すことができる。


 ノーレイン・ノーレインボー。


 雨なくして虹なし。

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ノーレイン・ノーレインボー 深田風介 @Fusuke

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