第26話 陽だまり②
「と、そんな感じ」
「それであんたと六道、昼ご飯一緒に食べるようになったり二人してどっか消えたり教室内でギター弾きあったりするようになったわけね」
「そう。まだ話をするようになってから数日しか経ってないのに、なんでかずっと前から友達だったみたいな感じがするんだよ」
「鳴神たちに『合わない』って言ってたけど、六道は『合った』と」
「そういうことになるな」
正直、そういう相手と出会った喜びよりも驚きの方が大きい。不思議な感覚だ。人ってこんな短期間で仲良くなれるのか? バックボーンや性格が似てるとかなら分かるけど全く違うし。
エルガーデンを語っているときの、演奏しているときの六道の顔を思い出す。
いや、似たところ、あったわ。
「まさかあんたが軽音楽部、六道んとこに落ち着くなんて思いもしなかったわ」
「多分俺が一番驚いてると思う。周りの誰よりも」
六道みたいな人間とは一生関わらないと思ってた。
今は、一生の付き合いになる予感がある。
軽音楽部は不良の集まりで、入部したら白い目で見られるからと遠ざけていたけど。
何てことは無い。蓋を開けて見ればヤバい部員は退部になった一人だけで。
周囲からの視線なんて気にならないくらい、部活が楽しかった。
六道だけじゃなく全員が音楽バカで、話が合う。人と一緒に演奏する楽しさは一度のみならず何度も味わいたい。
自分みたいな人間が表舞台、目立つ場所、ライブとかそういうの似合わないと思ってたけど。
楽しくて楽しくて、やりたくてたまらなくて、他の全てがどうでもよくなってしまった。
「鳴神たちも内心驚いてるでしょうね。あんた、あんなに鳴神鳴神言ってたのにもう一切関わってないけど平気なの?」
「案外平気なもんだ。今はそれどころじゃない。コンクールに向けてもっと練習しないと」
自分が鳴神たちに抱いていた執着じみた想いから離れられるか不安だったけど、案外あっさりと捨ててしまえるものだ。離れてはじめて、俺が抱いていた想いはその程度だったんだと認識した。下は底なしだと思って必死にしがみついていたけど、いざ手放して身を放ると底なしなんてことはなくて、実はそこかしこにクッションがあった、みたいな気分。
「もはや別人ね」
「愛野さんもね。眼鏡と三つ編み、案外似合ってるじゃないか」
「は? バカにしてんの?」
「してません」
この罵倒は照れ隠し。気まずげに目を逸らしたことからそれが分かる。
「似合ってるって本気で思ってる?」
「思ってる思ってる」
「ま、まあ当然よね! あたしともなればどんな格好でも似合っちゃうのよね~これが!」
「髪型は細田さんと合わせたっていうのは分かるけど、眼鏡はなんで?」
「コンタクト、二週間用の使ってて手入れが面倒だったのよ。だからこれからは気分でコンタクトと眼鏡使い分けようと思って」
「へぇ。いいんじゃない」
「髪色もめっちゃ久しぶりに黒髪に戻そっかな~」
「俺は逆に茶髪に挑戦してみようかな」
「え、それはキモい」
「んでだよいいだろ別に!」
「あっはは! 冗談冗談。染めるんならおススメの美容院教えたげる。自分で染めるならカラー剤選びから上手く染められるコツまで伝授するわよ」
「それは助かる」
愛野さん、随分丸くなったな。心なしか表情も以前に比べて柔らかくなっている気がする。
いつだったか言ってたな。ナメられないように気を張っているって。もう気を張る必要が無い場所に愛野さんは立っているのかもしれない。
「じゃあ次はあたしが話す番ね。って言ってもあんたと似たような感じだから大して面白みがないだろうけど」
「聞かせてよ」
「ま、あんたが聞きたいなら話してあげるわ。感謝しなさいよ」
「うん感謝する。だから早く聞かせて」
「ちょ、調子狂うわね」
そりゃあ聞きたいだろ。行動や見た目が激変した理由。愛野さんが俺と似た感じって言ってた通り、ある程度察しはついてるけど。
◇◇◇◇◇◇
「教室出て行って、着替えて、帰ろうとしたとき、千歳っちに声かけられたの。『そのキーホルダー、素敵だね。ずっとそう言いたかった』って」
「あの猫型ビーズキーホルダーね。俺もあれ欲しいなって思ってた」
「あっそ。ふぅん。あれね、あたしの手作りなの」
恥ずかしそうに顔を赤らめながらもどこか嬉しそうに唇をもにょらせている。
「マジで。あのクオリティ、店売り超えかねないだろ」
「ふふん。でしょう? 高いビーズやテグス使ってる上にあたしの神技術が加わってるからねっ」
何でだろう。このドヤ顔はイラっとこない。素直に尊敬できてるせいかも。
「それで、細田さんとどうなったの」
「そうだったその話してたんだった。それで、あたしの猫キーホルダー、手作りだって見抜かれて動揺してる間に手芸部の入部届押し付けられて。咄嗟に返そうと思ったんだけど、『スマホケース作りの際はお世話になりました。また教えてください』って言われて思考停止しちゃってね」
「ええ!? 愛野さんの隣にいたあのゴスロリ姿の女子、細田さんだったの!?」
「あんたのその大げさなリアクション、分かるわ。あたしもそうなったもん。千歳っち、手芸全般好きだけど服作るのが特に好きらしくてね。色んなジャンルの服作って自分で着てるんだ~。あんた見たことないでしょ? 千歳っちの露出多めのガーリーファッション。メイク、ヘアメイクも作った服に合わせてるらしくてね」
「細田さんにそんな一面が」
「他も色々器用で面白い子よ。そうそう、それでね、あたしが動揺でフリーズしてる間に言いたいことだけ言っていなくなっちゃったのよ。仕方ないからその場で入部届書いて提出しに行ったわ」
「あっさり入部決めたんだな」
「確かにあっさりね。葛藤とか無かったかも。今まで手芸が趣味とかダサいって思ってて自分が作ったモノ、他人に見せたことなくてね。せいぜい手作りだってことを隠して自分でこっそり使うくらいだったんだけど、あたし自身の手作りだって見抜いて褒めてくれたの、あの子がはじめてだったのよ。それがね、すうぅぅぅぅっごく嬉しくて。自分でもこんなに嬉しいんだってビックリしちゃった。だからすんなり入部決められたの。一度他人と共有する体験しちゃうとダメね」
愛野さんは持ってきていた小さなポーチにを手に取り、付けてあった猫型ビーズキーホルダーを撫でた。
「他の部員とも上手くやれそう?」
「それはもう。皆一芸に秀でてて教え合ってるわよ。あたしも今度新しく編みぐるみに挑戦してみるつもり。ただまあ、最初は怖がられたわね」
「だろうな」
細田さんのような雰囲気の子が集まってる部活に愛野さんが紛れ込むとか場違い感がすごい。
「でも今まで作ったやつ見せたらすぐ打ち解けられたわよ」
「そういうのいいな。見た目とか性格とか関係なく、純粋に好きなもので分かり合えるの」
「あんたもそうでしょ。てかむしろあたしよりあんたのが顕著でしょ」
「いやいや愛野さんも相当だって。細田さん常に愛野さん恐れてたし愛野さんは細田さんのこと認知して無かったでしょぶっちゃけ名前覚えてなかったでしょ」
「あんただって六道にビビりまくってたし六道もあんたのこと毛嫌いしてたでしょ」
「人間関係ってどう変化するか分からないものだね」
「本当にね」
お互い一息吐き、コーヒー、紅茶をすする。
「ねぇ。ちょっとそのコーヒー飲ませてくんない? あたしのもあげるから」
俺のマグカップをボーっと眺めていた愛野さんが、出し抜けにそう言う。
「別にいいけど」
カップ交換して飲む。後で絶対ツッコまれるからもちろん間接キスは回避して。
「砂糖入っててもまだ苦み感じるわやっぱ無理」
「俺もこの香り無理だわ」
それぞれカップを突き返す。
「この香りの良さが分からないなんて人生損してるわ~」
「この苦みの良さが分からないなんて人生損してるな」
ほぼ同時にそう言う。これには流石に俺も愛野さんも笑い声を抑え切ることができなかった。
「あたしとあんたの関係性が一番謎かもね」
「それね。あの雨の日、あの状況で出会わなかったらこんな風になってなかった」
窓の外を眺める。入店したときより弱まってはいるが、あの日と同じく雨が降っていた。
「あたしらさ、カーストとか、キャラとか悩んできたけど、型に当てはめ過ぎたのかもね」
愛野さんを見やるとさっきまでの俺と同じく窓の外を見つめていたので、俺も慌てて視線を窓の外に戻す。
「だな。俺、愛野さん、六道、細田さん、名前の付けられない関係性が現にあるし」
「んね。もっと正直に行動して良かったのかも」
「まあでもやっぱ自分自身を見つめるのは大事だと思うけど。愛野さんにアドバイスもらわずあの日の俺のままだったら今こんなに上手くいってなかったかもしれない」
「言えてる」
俺たちの人間関係戦争は意外な形で終焉を迎えたけど、過程は無駄じゃなかった。人間的に成長できたと思う。
「何度も言うけど、まさか俺も愛野さんも部活人間に落ち着くなんてな」
「部活ってかそこにいる人間の群れに、ね」
「群れって。でも、そうだな。集まるべくして集まった集団に『~部』って名前が付けられてるだけなのかも」
「不思議ねぇ。あたし、千歳っちとは一生の付き合いになる気がする。藤堂たちとあのまま過ごしても多分、卒業後は合わなかったでしょうね」
「分かる。俺もそうだ」
しみじみとそう言う。おかしいよな。まだ一週間そこそこしか経ってないのに。運命、なんて言葉使いたくないけど、今はその言葉によりかかりたい気分だ。
席に深々と身を沈め、コーヒーを飲み干す。
同じく空になったカップを置いた愛野さんと目が合う。追加で注文しようと思ったけど、その目を見て、やめた。
「さて。今度こそ、終わりね」
「ああ。文句なしのゴールだ」
「あのさ、鳴神藤堂合同誕生日会、あたしら途中で抜けたじゃん? だから誕プレ渡せてなくてさ。結局あげる必要無くなったからあんたにあげる」
「奇遇だな。俺もだ」
それぞれ小さな紙袋を取り出し、相手に渡す。行き場を失ったプレゼントたちが報われた瞬間だった。
「ブレスレットね。ちょっと大きめだけど使えそうね」
「ネックレスか。見たところユニセックスデザインだし使えなくもないな」
着けてみようとする。が、これまでネックレスなんて着けたこと無かったから上手く着けられない。
「あたしが着けたげるわよ。慣れないと難しいし」
立ち上がり、俺の後ろに回って着けてくれる。
ふわりと香る柑橘系の匂い。着ける際にうなじに触れた冷たい指先。
認めよう。どうしたって、折に触れてドキドキしてしまう。異性として意識してしまう。
だから何だって言うんだ。これから俺と愛野さんはそれぞれの道を進む。交わることはこの先無い。そういう契約だったじゃないか。
「ありがと。一人でスムーズに着けられるよう練習してみる」
「ん。ネックレス、そこそこ似合うじゃない」
「愛野さんもそのブレスレット似合ってるよ」
「あたしは何着けても似合うから」
「はいはい」
しばらくネックレスを見下ろし、手に取って色んな角度から眺めた後、もう一つのプレゼントを取り出す。
「何それ?」
「有名店のクッキー。これもどうぞ」
「自分で食べればいいのに」
「それ言ったらアクセサリー類だって自分で着ければいいってことになるじゃないか。人にあげる予定のものだったからこれでいいんだよ」
「そ。ならもらっといてあげる」
愛野さんはクッキーを脇に置いた後、その流れでポーチからキーホルダーを取り出した。
「猫型ビーズキーホルダー、だけど形とか色がちょっと違うね。それも手作り?」
「そう。お返しにこれあげる」
「俺に?」
「別にあんたのために作ったんじゃないわよ。ほら、あるじゃない。別バージョン作りたくなる欲」
「いやその例えは分からないけど」
ツンデレキャラっぽいセリフだったが愛野さんは表情を変えてないしそもそも愛野さんはツンデレじゃないから本当に趣味で作りたくて作って余ったものだろう。
「分からなくていいから黙って受け取っときなさい」
「黙らんわお礼くらい言うわ。これ、綺麗で可愛くて欲しかったんだ。ありがとう」
「どういたしましてっ!」
全力で顔を背けてる。自分自身に対しては自信たっぷりなのに作品に対してはそうでもないのかも。
早速バッグに付けてみた。雲の切れ目から僅かに差した陽の光を受けてキラキラ輝いている。
上出来な終わり方だ。もう十分。
「じゃあ、そろそろ行くか」
「そうね。お金渡すからあんたがまとめて払っておいて」
「おっけ」
小銭を手渡される。あれ、百円多い。
「前来たとき、百円足りなかったから」
覚えてたんだ。忘れてるかと思った。というか俺自身が忘れてた。
俺は掌から百円をつまんで、愛野さんに押し付ける。
「いいよ。飾り付け、手伝ってくれたし」
「ちょ、それ、何で」
慌ててる慌ててる。毛先をいじって視線を左右にゆらりゆらり。
「細田さんが教えてくれたんだよ」
「何ですってぇ!? 見られてたんだ。なんでよりによって本人に教えちゃうのよ! 今度文句言ってやろ!」
プンスカ怒ってる愛野さんを連れて会計へ。
会計後に店員さんから一〇枚集めるとイベントに参加できるチケットをもらった。
「あ、それ」
愛野さんが財布から同じチケットを数枚出す。そういえば俺も持ってたな。
全部合わせるとちょうど一〇枚になった。
「参加、するか?」
「まあせっかくだし」
何となく気まずい雰囲気のままイベントに参加することに。
チケットにはイベントの詳細は記載されていない。だから知らなかった。
「まさかダーツイベントだなんて」
愛野さんが呆けながらそう呟く。
店内奥に即席ダーツコーナーが設置されている。壁掛けの簡素なやつ。
カップルイベントということで、二人連続で投げて同じ数字に当てられたら賞品ゲット。
「どっちからやる?」
「あんたのが上手いんだし普通に考えてあたしからでしょ」
愛野さんは特に気負う様子を見せず、ひょいっと軽く投げた。
ダーツは吸い込まれるように円のど真ん中に突き刺さる。
「ブルだ! すごいよ愛野さん!」
「ね、狙ったわけじゃないんだけど。偶然入っちゃった」
嬉しさよりも驚きの方が勝っているといった表情で的を眺めている。
カフェ内イベントだからか通常のダーツより距離が遠く、初心者だったら的に当てることすら難しい。
愛野さんが偶然にしろこの上ない結果を出した。次は俺の番だ。
バンドをするようになってからダーツ熱はおさまった。ハマってた頃に比べ腕は落ちてる。
それでもここは決めたい。
「ふぅ」
「何あんた緊張してんのよ。こんなの遊びなんだから肩の力抜きなさいって」
軽く肩を小突かれる。固まっていた身体がフッと緩んだ。
余計なことを考える前に緩んだ身体のまま投げる。
愛野さんのときと同じように真っ直ぐ飛んでいき、同じようにど真ん中へ。
「「やったぁ!」」
嘘だろ!? こんなに上手くいくなんて!
愛野さんは俺の肩に手を置いてぴょんぴょん飛び跳ねている。近い近い。
俺も一緒に飛んでみる。こういう直接的な喜び方楽しいかも。
盛大なベルの音。どうやら一番上の特賞を取ってしまったようだ。
そういえば賞品確認してなかった。何だろ。
「おめでとうございます! こちら特賞のデゼニーランド日帰りペアチケットになります」
デゼニーランドのペアチケット!? そんな豪華なものもらえるのか。
受け取ったはいいものの、愛野さんと顔を見合わせて固まる。
これさ、誰と行ったらいいんだ。このチケットの所有権はどっちにあるんだ。
「あんたの言いたいことは分かるわよ。とりあえず保留にしときましょ」
「そ、そうだな」
今日のところはとりあえず特賞取れたことに喜んでおこう。
俺たちの終わりに華を添えてくれたダーツに感謝。
最後にこのカフェでの良い思い出ができた。
カランコロン。
軽快な音と共に愛野さんが外へ出る。
その後に続くことが出来ず、ゆっくりと戻っていくドアをぼんやり眺めた。
本当にこれで終わってしまうんだ。
望んでたじゃないか。俺と愛野さん、二人とも幸せになって終わる瞬間を。今がそうだろ。
このドアを開ければその瞬間を迎える。なのになぜ俺の身体は動こうとしない。
不意に、昨日の出来事を思い出した。
◇◇◇◇◇◇
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