パーティーの後に

本日は閉店でございます。またいつか、お目にかかれますように

 2020年8月9日 0:30

 片づけがだいたい終わった店内で、勇貴が頭を下げる。

「皆さん、おつかれさまでした」

 おつかれさまでした、と他の人も労い合う。

「ハプニングもありましたが、無事に乗り切ることができました。むっちゃんにも、無理言ってデザートをつくってもらって、ごめん」

 睦里は、なんの、と首を横に振る。

「腕を磨いておくから、今後とも、よろしく頼む」

 サングラスを外さないせいで表情はわからないが、声は弾んでいた。この男は、本当に、製菓が好きなのだ。

「じゃあ、お先に。ガンちゃんの様子も見てくるよ」

 帰り支度をする真美に、睦里がケーキの箱を差し出す。疲れていた真美の表情が、ぱっと明るくなった。

「睦里さん、ありがとう。ガンちゃんに渡してくるね」

 軽い足取りで帰ってゆく真美を見送り、勇貴は睦里の肩を叩いた。

「ガンちゃんて、あの子の彼氏な」

 睦里は黙ってサングラスの位置を正す。表情は伺えないが、ジャケットの袖で目元を拭い、鼻をすする様から、感情が伺えなくもない。



 バイクに乗って去ってゆく睦里を見送り、勇貴は小さくこぶしを握った。

「楓ちゃん、お腹空いてない?」

「何を仰せに……!」

 くう、と楓の腹の虫が鳴く。楓は恥ずかしくなり、こめかみの少々上を手で押さえた。それでは何の解決にもなっていないことを思い出し、帯の上から腹を押さえる。

 勇貴は後ろから楓を抱きしめ、楓もまた、勇貴に背中を預けた。



 綺麗に拭いたばかりのテーブルに並べられたのは、生野菜のサラダ、テリーヌ、カプレーゼ、かぼちゃの冷製ポタージュ、チキンフリカッセ。シャインマスカットのボンブもある。

「少し多めにつくっておいたんだ。楓ちゃんにも振る舞いたくて」

「そのような……だって、里芋のコロッケも頂きましたのに」

 言葉では遠慮しても、視線は美味しそうな料理に釘付けになってしまう。駄目押しとばかりに追加されたのは、サングリアのデカンタとグラスだ。いつの間にか仕込んでいたらしい。

「一緒に食べようか」

 働き通しの勇貴に申し訳なくて、せめてもと、楓はグラスにサングリアを注いだ。

「本日のお客様は、面白き方々でございましたね」

「そうだね。興味深いお話が、厨房こちらにも聞こえていたよ。また来てほしいな。また違う料理を出してみたい」

「楽しみでございます」

 あのお客様は二次会も行うと仰っていた。どのようなお話をされるのだろう。

 フルーツとミントの香り、お酒のふわふわした酔いに包まれ、料理に舌鼓を打ち、「創作ダイニング 椛」の夜は更けてゆく。



 【『創作ダイニング 椛 ~第3回カクヨム・ぱーてぃー!【本編】~』完】

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創作ダイニング 椛 ~第3回カクヨム・ぱーてぃ!【本編】~ 紺藤 香純 @21109123

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