クリフォトの賢者


 クリフォトの賢者。


 この存在は、クリフォトの悪魔たちから崇高な賢者と呼ばれ、崇拝されている。


 アスタロトは念願達成の瞬間に立ち会い、喜びに満ちていた。


「とうとう来たか、この時が」


 アスタロトだけでない。


 クリフォトの悪魔10人、全員が一つの部屋に揃っていた。


 サタンは、クリフォトの賢者の姿を見て、平服する。


「我らの運命を導く者」


 ベルゼバブ、ナヘマー、バール、リリス、ルキフグス、ベルフェゴール


 それぞれの反応は様々だ。


 十人の選ばれし悪魔が陣を描き呼び出したるアークデーモン。


 クリフォト。


「……」


 クリフォトは静かに見回す。


「お待ちしてました、クリフォト様。何なりとお申し付け下さい」


 アスモデウスがクリフォトに話しかける。


「やぁ、私の使者達。先ずは私を蘇らせてくれてありがとう」


 クリフォトはフランクに答える。


 大悪魔たちを付き従える王にしては、あまりにも振る舞いにギャップがあった。


「それと、私が蘇ってしまったという事は、やはり世界は変わりませんでしたか……」


「はい。天使達は未だに武を捨てず、地獄へ度々進軍しています。」


「それはいけないねぇ。まるで変わっちゃいないねぇ」


「どうやら天使達は、サタンを狙っていた様です」


「そうか、私の弟子を狙うか。だが、ここで焦ってはいけない。焦ればあちらの思う壷だ……だからと言って手をこまねいていては何も始まらない」


 アスモデウスの報告を聞くクリフォト。


 その姿を見て、いろいろと考える者が一人いた。


(こいつがこの悪魔共の親玉か)


 その名は旦那。


 クリフォトの悪魔の一人、貪欲<ケムダー>のアドラメレクだ。


(全く、リョコウバトを人質に取られて、連れてこられたのがこんな場所なんてな)


 旦那はシェルターにて、リョコウバトを乗っ取った色欲<ツァーカム>のバールに連れられて召喚の儀式に立ち会うことになった。


(というかまさか、アスタロトさんまでいるなんて)


 地獄で別れたきりだったアスタロト。


 しかし、儀式を担うクリフォトとして、同じ部屋にいた。


(アスモデウスから色々説明は聞いていたが、これはさすがに聞いてない)


 儀式の直前、旦那はアスモデウスと悪魔について説明を受けた。


 悪魔の目的は、バラバラの意識を一つにすること。


 悲しいことも辛いことも無い、幸せな夢を見るだけの世界の実現である。


 そしてそれをするのが、このクリフォトの賢者とのことだ。


(色々手伝ったけど、正直興味ない。俺には俺の目的がある)


「なぁ、どうすんだよ?」


 クリフォトの悪魔たちは一斉に旦那を睨む。


「はっはっはっはっ! これは随分元気な子だなぁ!」


「貴様、なんてことを」


 怒るサタンに、クリフォトは言う。


「私はその程度で怒ったりはしないよ」


「は……」


 下がるサタン。


 旦那はクリフォトに願いを伝えた。


「俺の奥さんどうにかしてくれ! 誘惑されまくって困ってんだ」


 そう言ってバール(ツァーカム)を指さす。


「えぇぇぇ!? そんなバカな!?」


 突然宣告され、目を丸くするバール。


「そうかそうか。これは迷惑をかけてしまったね……バール、その体を主に返してあげなさい」


「は、はいッ!」


 すると身体が分離して、リョコウバトが解放された。


「ほかに何かあるかい? アドラメレク」


「あともう一つ、この能力の事だ」


「ん?」


「俺にこの能力は要らない。返すぜ」


 旦那はきっぱりと、悪魔の力を返すことを願う。


「それはまたどうして? 君にとっても害は無いはずだが?」


「俺が使うと能力が腐る」


「ほう?」


 ハシュマルとの激戦ですら、旦那は己の無力さを痛感していた。


 力を使いこなせてないというのは、旦那の自己評価である。


「なんてのは小さな理由の一つに過ぎない。一番の理由をはっきり言うと、俺は別の世界から来た。だから、能力貰ったまま帰っちまうと永遠に返せなくなるからな」


「そうか。だがそれは無理な相談の様だ」


「何でだ?」


「君の能力と生命は直に、密接に繋がりあっている。つまり、君から能力を奪えば、君は消滅してしまうんだ。だから、そんな事は出来ない」


「ほかに方法とか無いのか?」


「さて、じゃあどうしようかな……なんなら今からでも送り返す事も出来なくは無い筈だが……な? そうだろう?」


 クリフォトは別の方向へ視線を向けた。


「気安く私を呼ぶな」


 クリフォトの視線の先に、突如姿を現す者がいた。


 旦那はそのものを知っていた。


「うわ!! いつの間にケモナーが!?」


 ハシュマルとバルバトスを引き連れてテレポートしたケモナーだった。


「まぁそうだな……一つ、助言をするのであれば、、君は生き返ってもこの世界に居る事になる可能性が高い」


「どういう事だ?」


「現在、この世界は非常に不安定で何時崩れるか分からない。この状態こそ奇跡と呼ぶに相応しいな。では、この状態で君を帰還させた場合どうなると思う?」


「やべー事になる……多分」


「その通り。だから君はしばらく…と言っても、1~3ヶ月程ここに居なければならないのだよ」


「リョコウバトはどうなる? 一緒に帰れるのか?」


「それは私の管轄外だ。」


「は?責任逃れか?」


「担当が違うのでな。詳しくは睦月に聞いてくれ」


「睦月って誰だ? 年月か?」


「黒くて君の体位大きい鎌を持っている少年だ。匂いで直ぐ分かるだろう?」


「鎌使うのか!? それと匂いって?」


「血腥い匂いがする。」


「……なるほどね」


「あと一つ忠告しておくが、睦月が食事中の時は絶対に話しかけるなよ? 死ぬぞ」


「えげつねーな……」


 これまでいろんな危険な奴らがいたが、中々慣れなかった。


「あと、颯真と共に天国へ行け」


「天国に行けるのか」


 地獄に堕ちてから様々な旅や激闘を乗り越え、ようやく天国への道が開かれた。


 喜びに近い感慨が押し寄せてくる。


「なら、我も同行させて欲しい」


 その言葉を言ったのは、サタンだった。


 旦那は内心驚くが、クリフォトとケモナーはその意見に同意したようだった。


「そうか。では、これにて私はお暇させて貰おう」


 ケモナーは旦那たちに背を向ける。


「いつもご苦労さまだね」


 クリフォトは労いの言葉をかける。


「常勤と言うだけだ」


 そう言ってケモナーはテレポートした。


「はえ〜今更ながらすげえな」


「じゃあサタン。私達は地獄に居るから、後で報告お願いね。あっそうそう。君に忘れ物を」


「?」


ドサッ!


 転移して出てきたのはボロボロになった姿の颯真だった。


「「颯真……!」」


 アスタロトと、旦那の声が重なる。


「随分と……」


 サタンも驚きを隠せなかった。


「彼も仲間、なんでしょ?」


 クリフォトの目に闇が宿る。


「有り難き気遣い、感謝致します」


 サタンはそう言って颯真を背負った。


「私も行きたいが仕方あるまい……それと少年よ、君に一つ聞き忘れた事がある」


「その呼び方やめてくれ。俺には旦那って言う名前があるんでな」


「そうか。では旦那、一つ聞きたい事がある。」


「?」


「君は何故戦う?」


「何故って、そりゃ愛する人を——リョコウバトを守る為だ。」


「質問が少々悪かったな。ならこう聞こう。君は何がしたい?」


「何がしたいかってそりゃ……生き返ってハト丸やハト音に会いたい。会って、ただいまって言ってやりたい」


「……そうか。君はとても家族想いなんだな」


「他人に関心される義理はねぇよ」


 旦那はツンとした態度をとった。


「また会ったらその時は、君の思い出話を聞かせてくれないか?」


「かなり先になると思うけどな……まあ、悪くねぇか」


 そう言って旦那はリョコウバトを背負った。


 旦那とサタン、双方の準備は完了した。


「では、ここからは我、いや、、私が案内しよう。天国の頂天、至高天まで!」


 サタンは先導し、天国へ向かう。


 新たな旅が始まった。


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地獄に堕ちたリョコウバト ~リョコウバトのお嫁さん異聞録~ シャナルア @syanarua

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