新薬を試したら、えーっ!?

かつのり

第1話 

 今朝は、早くから激しい雪が降り出していた。

 通学のため、絵理が乗っていた路線バスは、雪で、前方の視界がふさがれたような状態だったが、スピードを緩めることなく交差点に進入した。

 そのときだった、ドカーンという大きな爆音がしたと思うと、バスは、大きく左に傾き、信号をなぎ倒して、歩道の上で、横転した。

 フロント部分が大破した大型トレーラーが、横転しているバスの脇で、停車している。

 ほぼ満員だったバスの乗客たちは、一斉に、なぎ倒され、横転したバスの車内で、投網から放たれた魚のように、重なり合って、うごめいていた。

 バスの右側の窓は、ガラスが、すべて、粉々になり、破片は、乗客たちの上から、雪とともに、降り注いで、キラキラと光を反射させた。

 絵理は、バスの手すりに、頭部を打ちつけ、目の前が真っ暗になった。

 さらに、倒れこんできた乗客たちの中に挟まれ、身動きできないまま、意識が遠のいていった。

 

 目が覚めたのは、事故から3日たった、朝のことだった。

 ゆっくりとまぶたを開けた絵理は、見慣れない部屋の風景にとまどった。

 「ここは、どこ?」

 ベッドで横たわって、左腕には、注射針が刺さり、それに続くチューブからは、透明の液体が流れ込んでいる。

 ベッドのまわりは、浅木色のカーテンがぐるりと囲んでいた。

 絵理は、起き上がろうと、頭をあげようとしたが、その瞬間、首筋から背中にかけて、強烈な痛みが走った。

 「痛い・・・だめだ、身体を動かせない」

 痛みは、絵理の記憶を呼び戻した。

 「そうか、私、バスで、事故に遭ったんだ」

 となると、ここは、病院の病室。おそらく、大部屋で、だからカーテンで仕切られているのか。まわりも、事故で、担ぎ込まれた人たちなのだろう。」

 ナースコールは?

 「あった!」

 しかし、痛みで、手が動かせず、ボタンに届かない。

 涙が出てきた。すると、どんどん悲しくなって、嗚咽した。

 気が付くと、わんわんと、大声を張り上げて、泣いていた。

 しばらくすると、看護師がやってきて、絵理の隣のベッドのカーテンを開け、「どうしました?」と声をかけた。

 「いや、隣の患者さんが、悲しそうに泣いていたので・・・」という男の声がした。

 どうやら、絵理の悲しそうな声を聞いて、隣の患者がナースコールを押したのだった。

 絵理は、我に返り、嗚咽するのを懸命に抑えながら、聞き耳を立てた。

 そのあと、何か、ボソボソというささやき声が聞こえたかと思うと、絵理のベッドのカーテンが開き、看護師が顔をのぞかせた。

 「あら、大変、目がさめたのね!」

 看護師は、院内専用の携帯電話で、医師を呼び出した。

 医師は、息を切らしてとんできた。

 「大変だったねえ。大きな事故にまきこまれて。大勢のケガ人が運び込まれていたのだけれど、3日間も、意識がなかったのは、キミだけだったので、心配していたんだよ」

 「先生、痛くて、身体が動かせません」

 「そうだろうね。かなり、打撲が激しいようだったから。ただ、レントゲンやCTで見ると、骨折はないようだよ」

 3日間、眠っている間に、いろいろ検査があったようだ。

 点滴では、栄養剤と抗生物質が投与されていた。抗生物質は、擦り傷があったため、感染症を防ぐのが目的だった。

 お昼過ぎ、母親が、仕事を抜け出して、絵理のもとへかけつけてきた。

 母親は、絵理の顔を見るや、わあわあと泣き出した。

 今度は、絵理のほうが恥ずかしくなった。

 「お母さん、まわりにも患者さんがいるから、もうちょっと、静かにしてよ」

 「だって、絵理、もうずっと目が覚めないのかと思っていたのよ」

 母子家庭で、ひとりっ子、だからもし、絵理がいなくなったらと思うと、母親の胸は張り裂けそうだったのだ。

 「ねえ、お母さん、私・・・身体じゅうが痛くて、起き上がれないよ」

 絵理は、顔をゆがめながら、つぶやくように言った。

 「そりゃあ、あんた、とんでもない事故に巻き込まれたんだから、テレビでもニュースでたくさん流れてたんだよ」

 「そうなんだ。私、何かで頭を打ちつけて、そのあと、目の前が真っ暗になって、気が付いたら、ベッドの上」

 「でも、ほんとに、命があってよかったよ」

 母が、また、泣きそうな顔になったので、絵理はあわてて、

 「あ、お母さん、私、お腹すいたかも」と言った。

 母は、看護師に、食事の許可を取り、病院内の売店で、絵理の好物のカレーパンとミニパックの牛乳を買って、もってきてくれた。

 「お母さん、私、手が思うように動かないの。食べさせてくれる?」

 母は、え?というような不安げな表情になったが、すぐに、牛乳パックにストローを刺し、絵理の口元に差し出した。

 「寝たまんまだと、ちょっと飲みづらいかな」

 「じゃあ、身体を起こしてあげるね」

 母が、絵理の身体を起こそうとしているところへ、看護師が入ってきた。

 「ああ、お母さん、まだ、無理をさせないでくださいね。急に姿勢を変えると症状が悪化するかも知れないので」

 そう言うと看護師は、ベッドの脇から、コードの付いたスイッチを取り出し、ボタンを押した。

 すると、絵理の寝ているベッドは、上半身部分がゆっくりとあがり、絵理は、座位をとることができた。

 「起き上がりたいときは、このボタンを押してくださいね。上の二つのボタンが、上半身を上下させるもので、下のボタンは、下半身用ですから」

 絵理は、少し、牛乳を飲んだあと、母親に、カレーパンの袋を開けてもらい、食べさせてもらった。

 パクパクと食べたので、カレーパンは、あっという間になくなった。

「口だけは、相変わらず、よく動くんだねえ」

 母がからかうように言うと、絵理は、引きつったように、えへへと笑った。

 翌日の昼過ぎには、同じ高校に通う親友の春菜が見舞いにきてくれた。

 「もう、ほんとに、びっくりだったよ~。バスが転覆したってのに、よく生きてたよね~。ほんと、奇跡だよ」

 「生きてたのは、運が良かったのかもしれないけど、事故に遭ったのは、運は良くなかったかな」

 「ちょうど、今、2学期の学年末テストでしょ。今日、受けた、数学なんか、中間テストより、はるかに難しかったんだから。きっと、平均点は、グンと下がるだろうな。みんなもできなかったって言ってたし」

 「へえ。そうなんだ。私、数学、苦手なんだけど、中間テストでは、90点もあったんだった」

 「私も、中間は、92点。みんな、そんな感じだったから、期末を難しくして、平均点のつじつまを合わせようとしたんだと思う。今回、私、たぶん、40点。だって、ほとんど、書けなかったんだから」

 「そんなに、難しかったんだ。でも、私は、受けれなかったんだから、0点なんだろうな」

 「ああ、そのことだけど、今日、先生に聞いてみたんだ。絵理のテストは、どうなるんですかって」

 「やっぱり、0点でしょ」

 「それが、違うんだな。驚きだよ。けがや病気で、仕方なく、試験が受けられなかった場合。中間テストの7掛け、つまり、中間テストの得点の70%を期末テストの点数に換算してくれるの!」

 「へえ!そうなんだ」

 「そうそう、だから絵理の場合、90点の7割だから、期末テストの得点は、63点になるというわけ。めっちゃ、いいよねえ。ひょっとしたら、この得点は、クラスでもトップだったりして」

 「うーん。ほんとに、そんなにうまくいくのかな?平均点は下がってるんだから、それに合わせられちゃうんじゃないのかな」

 「そこんとこも、先生に聞いてみたんだけど。内規に、そう書かれているんだって。もうずいぶん昔から、そういうきまりになっているんだって。試験を受けれなかった生徒は、今回、めっちゃ勉強を頑張ってたかも知れないし、そうでないかも知れない。その判断ができないから、一律、7掛けになったんだって」

 「そうなんだ。じゃあ、私、ラッキーだったかも。今回、ハマってるゲームがあって、ほとんど勉強してなかったから」

 「何、それ。いいなあ!」

 「あははは」

 絵理に、笑顔が戻った。まだ、少し、引きつった感はあったけど。


 入院して、2週間後、リハビリの甲斐もあって、松葉づえで歩けるようになると

退院の許可がおりた。

  

 


  



 

 

 

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新薬を試したら、えーっ!? かつのり @makoto_isasaka

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