第7話 役割分担しなきゃ、ね

 旧新宿御苑から事務所兼住宅までは徒歩五分程度。

 出迎えにきたときはすぐだったのに、帰りが長く感じられる。


 流れるような美しい金髪と、ツンと突き出た立派な胸、ギリシャ彫刻のような顔立ちをもつキャロル。

 宝石のような紺碧の髪に凜とした顔つき、小柄で凹凸はすごく控えめだが、はかない思春期の少女のような体つきのエベ。

 射貫くような紅い瞳に、背中から脇にかけてある輝くような虹色の翼をもち、きれいな曲線美と女優のような顔立ちのピーラ。

 三人とも美人だからか、道行く人たちが俺たちを見ている。


「のう、男。あとどのくらいじゃ」


 振り返ったエベを見て、ジロジロ見られている理由がわかった。

 こいつ、ワイシャツの前を止めてない! なだらかな胸やおへそ、大事な部分までまる見えだ!


「わ————っ!」


 どんな魔物を倒すよりも速く、俺はエベの前を閉めた。焦ったぜ〰〰。通報されてしまうところだった……。


「どうしてわしを拘束するのじゃ? もうお前のものじゃというのに」

「はーはー、拘束じゃない! 物騒なことを大声で言うな! 礼儀だ、れ・い・ぎ。ちゃんと服を着ろって言ったろ」


 直したシャツを軽くひっぱって、にやっと笑うのが小憎らしい。絶対分かってやってるだろ、エベめ……。


 今は正午すぎ。ちょうど昼休みで食事に出てきている連中が多い時間帯だ。そんな中、シャツをはだけさせた少女が歩いていれば目立つに決まってる。


 パトカーが来るかおびえながらようやく事務所に着くと、土井さんが正面入り口の照明を換えていた。俺たちの姿を見ると彼ははしごから下りて、あいさつをした。


「おお、おかえりなさいまし。ん? その二人は見ない顔ですな」

「こっちがケンタウロス族のキャロル。で、そっちの小さな子が聖剣エベ=サクレだ」


 俺が紹介するとキャロルは軽く頭を下げ、エベは土井さんを品定めするかのように見据えた。

 エベの視線を気にすることなく、土井さんはキャロルに話しかける。


「へえ、良い毛並みで……。触ってかまいませんかね?」

「どうぞ」と、珍しくキャロルから胴体を差し出した。


 ケンタウロスは人の機微に敏感だ。キャロルは気に食わないヤツには絶対触らせないし、話もしない。土井さんを認めたということなんだろう。


「ほんと素晴らしい毛並みだ。お嬢さん、よく手入れしてますな」

「ありがとうございます」

「それによく鍛えられておられる」

「あら? わかります?」

「ええ、筋肉の付き方が違う。走ると結構速いでしょう」

「だってわたくし、勇者様の愛馬ですもの」


 え? と土井さんがこちらを見た。


「土井さん、彼女の言うとおりです。キャロルは俺の愛馬です」

「へええ、ケンタウロスはプライドが高いって聞いておりやしたけど……」

「あはは、彼女は大丈夫だよ。突然触ったりすると蹴られてしまうかもな」

「いやいや、シン様の愛馬ならそんなことはしませんって。で、こちらの女子中学生が聖剣? ご冗談でしょ」


 やべ。土井さんをフォローしてやらなきゃ。と思う前に、エベは土井さんの懐に入って、下からナイフを突きつけていた。正確には左手を変化へんげさせたナイフだ。


「い、いや。お嬢ちゃん。冗談だ……」


 さすがの土井さんも青ざめている。俺にどうにかしてください、と視線をよこす。


「エベ! やめろ。そいつは敵じゃないだろ」


 と、後ろから彼女の肩を掴んだ。しかしエベは土井さんから離れようとしない。


「いや、わしと貴様を侮辱した。許さぬ」

「言うことを聞かないなら……。ドンエ・クワ・サクレ!」


 短く呪文を唱えるとエベは少女から剣の形に戻り、俺の手の中に収まった。ふぅ、とため息をついていると、土井さんが驚きの表情を俺に向けた。


「ど、どうなってるんで。小さな女の子が剣に化けた……」

「この子は聖剣ですよ。好きこのんで女の子の姿でいることが多いけど、これが元の彼女の姿なんです」


 右手に握っているエベ=サクレを土井さんに見せる。ときどき、ブルブル震えてるのは彼女なりの抗議だ。


「……どう見ても女の子だったのに。ヨミじゃあ、剣は女の子なんですかい?」

「どうだろ。さすがにエベだけかもしれないなあ」

「そうですかい……。世の中変わったものもあるんですなあ」


 珍獣でも見るような目つきの土井さん。

 ん〜。これはひと言言っておいた方がいいかも。


「ヨミってとこは、ここでの常識が通用しないんですよ、土井さん。この子エベ=サクレは聖剣だけあって誇りもあるんです。どうか彼女のプライドを傷つけないようにしてやってください」

「……へえ、わかりました。シンの旦那」


 たちまちしょぼんとする土井さんをみて、言い過ぎたかなと思った。でもこのくらい言っておかないと、大惨事になりかねないからなあ。


 後ろ頭をかきながら俺たちは事務所に上がった。

  

  ※  ※  ※


「……なんじゃこの貧相なところは」


 開口一番、それですか。エベ……。


「そ、そんなことないですわ。わたくしが動きやすいように広いですし」


 と、キャロルが事務所内を軽く駈けてみせる。フォローありがと、キャロル。涙ちょちょきれそうだ。机とソファー以外何もないからな……。

 

「ところで、シン!」

「どした、ピーラ」


 楽しそうにキャロルたちとお喋りしていたピーラが手を挙げた。


「えっとね、キャロルたちにもお仕事をしてもらった方がいいと思うんだ。どうだろ?」

「仕事じゃと? 魔物でもおるのか?」

「いや、そんなものはいないぞ。エベ。ピーラが言ってるのは、お客さんに仕事を紹介するってことだ」

「ちっ、つまらん」

「シン様、お仕事をあっせんするっていうのは……」


 しょぼんとソファーに沈むエベに代わって、キャロルが尋ねた。


「先日、魔法石で話した通りだよ、キャロル。現世界の人たちにヨミの仕事をあっせんするのさ。ヨミからたくさん人がなだれ込んで、現世界の人たちの仕事がなくなったからね」

「融合が原因か……。元はといえば貴様が原因じゃろ?」

「エベ、それを言うなら、エベも力を貸したじゃないか。あの時はこんなことになるとは思っていなかったんだ」


 もう手遅れだ。ただ目の前の敵を倒すことだけしか考えていなかった。この強敵を倒せば、異世界ヨミに平和がおとずれるって……。


「……ン! シンってば! 聞いてる?」

「あ、ああ……」


 ピーラの声で現実に戻された。過去にやらかしたことを悔やんでもしかたないや。


「もうっ! 明日のご飯のことを考えなきゃ。で、お仕事を分担しようよ。ぼくは宣伝ねっ」

「他に何のお仕事がありますの? わたくしができることでしたら、何だってやりますわ」


 ピーラは前回、事務をやって懲りちゃったようだ。空が飛べるから宣伝でもいいかな。明るいから電話番や受付でもいいかもしれない。


 キャロルは……そうだなあ、実家を手伝ってるって言ってたな。


「キャロルは事務をお願いできるかな。少し勝手は違うかもしれないけれど」

「はい! あと職場体験……でしたわね。そちらも担当しますわ」

「おお! ありがとう、キャロル。助かるよ」


 いやあ、マジでキャロルが優秀で助かる。なんせ実務経験者だからな。ホッと息をついていると、袖をひっぱってくるヤツがいた。


「なんだよ、エベか」

「わしは……?」


 うるうるした瞳で俺を見上げてくる。だ、だまされるもんか!


「エベにできる仕事はないぞ」

「なんでじゃ? 貴様が困ってると聞いたから来たやったのにぃ」


 と、イヤイヤする。


「エベにもお仕事を与えましょうよ、シン様。かわいそうですよ」

「そうそう、平等にね」


 まじまじとキャロルたちに見つめられると、うん、って言わなきゃ悪いみたいじゃないか。


「……わ、わかったよ、エベにも何かやってもらうよ」

「おお! やったぞ。わしも手伝ってやるからな」


 ぱあっと笑顔になるエベ。まあ、三人とも嬉しそうだからいいかな。

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追放された元勇者はわがままモン娘たちと転職サービスをはじめてみた! なあかん @h_mosa

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