第6話 勇者様、この娘もついてきちゃいましたの
俺とピーラが向かっているのは旧新宿御苑だ。
あの台風の目のような穴。
それが融合の際にできてしまった次元の穴<ホライズンゼロ>だ。ここを通して、異世界ヨミと繋がっている。雷光らしきものが走り、黒く渦巻いているせいか禍々しくみる。
まあ、俺にとっては悪夢のような存在だが……。
この境界は門のようなものだが、開く時間が定まっている。
満月の日の正午にはヨミから現世界へ、新月の深夜零時には現世界からヨミへ門が開く。実際の移動に何の魔法もいらない。穴の中央付近に時刻どおりにいれば、自ずと移動できる。
まもなく正午だ。
「ねえ、シン。キャロル、ちゃんと来るかな?」
不安そうに上空を見上げているピーラの頭をなで、俺も上をみる。
かすかに馬身のような影が渦の中に浮かんできた。
「来たみたいだぞ、ピーラ。あんまり真ん中に寄ると邪魔になっちゃうから、あの辺で待っていよう」
指をくわえて上をみてる彼女の手を取り、できるだけ端の方へ寄る。徐々に上空からの風が強くなるにつれ、砂ぼこりが舞いはじめた。そろそろヨミとの扉が開くはず。
「風強いねえ。シンと来た時みたい」
「……そうだったな。もう少しのしんぼうだぞ、ピーラ」
「うん」
ピーラは覚えていないかもしれないな。俺は自分の意思で<ホライズンゼロ>を通ってきたわけじゃない。まだできたてで、どこへ繋がっているのかもわからない次元の穴に放り込まれたんだ。ひと言でいえば流罪だ。
傍で泣いていたピーラを残すのが忍びなくって、一緒に連れてきた。
「あ、来たよ! おーい。こっちだよー」
はしゃぐピーラの声で過去から現実に戻された。
※ ※ ※
激しく舞っていた砂ぼこりが落ち着くと、上半身は人の姿でありながら下半身は馬の姿をした女性がみてきた。
キャロルだ。
しばらくきょろきょろとしていたが、俺たちの姿を見つけると、蜂蜜色の見事な長い金髪をなびかせて走ってきた。
「シン様ぁ————! おひさしゅうございます————」
ちぎれるんじゃないかと思うくらい手を振りながら、全力疾走で俺に迫ってくる。可愛いじゃないか。久しぶりなので手を振り返すと、ますますスピードがあがった。
彼女が近づいてくるにつれ、小脇に何か携えているのがみた。ん? あれは剣? まさかな。イヤな予感がする。
「お待たせいたしましたわ! キャロル=エクエス、ただいま馳せ参じましたっ!」
小脇に抱えていた剣を抜刀すると、俺の前で片膝をついて剣を掲げた。どうみてもエベ=サクレじゃないか! 確かエクエス家に預けたので、宝物殿にあるはずだ。
「よく来たね、キャロル。……で、その聖剣はどうしたんだ?」
労をねぎらいつつ、俺は聖剣を持参してきたことを暗に責めた。
「はあ……、申し訳ございません。そ、その、本人がシン様に会いたいと申すものですから」
と、頭をかきながら答えた。わたくしはイヤだといったのに、と小さな声で呟いたのが聞こえた。キャロル本人の意思で持ち出したわけじゃなさそうだ。
「魔物と戦うわけじゃないんだ。現世界はいたって平和なんだから、剣なんかいらないよね?」
ジト目で睨みながら、俺は剣にいった。聖剣にイヤミをいったつもりだが、これでもしらを切るつもりだろうか。
剣に視線を這わすと、それは一本の松明のように紫色に燃え上がった。炎は地面につくと幼い女の子の姿となり、炎がゆっくり消えていく。
キャロルの前に立っていたのは聖剣エベ=サクレ。ヨミで俺が使っていた剣だ。
「よう、久しぶりじゃの。男」
「……どうしてキャロルに着いてきたんだ。大人しく宝物殿で寝てればいいのに」
と、華奢な肩をつかんで叱った。だいたい
そんな俺の心配なんて気にしてないように、あっさりと、
「わしが貴様に会いたかったからじゃ。悪いか、男」
両手を腰に当てると、小首を傾げてウインクしてみせる。
う……。見た目は幼女だが騙されちゃいけない。相手は聖剣だぞ、と俺は自分に言い聞かせる。
「……ダメかの」
そんな上目遣いで瞳をうるうるさせたって……。そんなに腰をくねらせてしなを作るなよ。だいたい三人も養えるかな? 俺。
困っているところにキャロルとピーラが口を挟む。
「エベちゃんもこんなに頼んでるんだから、一緒に暮らそうよ」と、ピーラ。キャロルはというと、「共に戦った戦友ですよ。シン様」などと好き勝手にいってる。
「わかった、わかったよ。もう……。来ちゃったんだからしかたない。ほら、エベも来い。いっておくけど、勝手に戦うなよ?」
「安心せい、わしだって分別はあるぞい。では案内せい」
とかいいながら、生まれたまんまの姿で歩き出す聖剣様。分別なんかな〰〰い。慌てた俺は自分の上着を彼女にかけてやる。
「おう、なんじゃこれは。面倒くさい」
「ちゃんと着てくれ! こっちじゃ裸で出歩くと捕まるんだぞ」
「まったく……ありのままの姿でいて何が悪い。のう、ウマ娘よ、お主もその大きな胸を男にみせつけたいじゃろ?」
「わ、わたくしは……このようなものをシン様に見せるなど……」
頬を染めて両腕で胸を隠そうとするが、逆に谷間が強調されて……。はっ! 俺は何をみてるんだ。
エベは意味ありげににやりとすると、
「くくくっ。まあいい。ここの決まりとやらに従うとするか。ほれ、案内せい! 男」
と、盛大に俺の尻を叩いた。
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