第5話 ぐずぐずしてないで早く彼女の実家に連絡したら?
「シン、さっきからウンウンうなっているけど大丈夫?」
のんきそうにアイスを食べながら、ピーラは俺の顔をのぞき込んだ。
「ん? ちょっとな。考え事……」
そう言って俺はピーラの頭をくしゃくしゃになでると、
「ふああ」と、とろけたような表情をする。幸せそうだ。
そんな彼女を見ながら、俺は職場実習先のことを考えていた。
職場体験先として第一候補に考えていたのが愛馬の実家だ。
愛馬キャロルはケンタウロス族の名門、エクエス家の長女だ。エクエス家は代々、異世界ヨミで諸国の軍事や運送業を司ってきた由緒正しい家柄。酒井さんが希望しているような仕事もきっとあるはず。
正直、あんまり連絡したくないな。モンスター相手や魔族を相手にしていたほうが、よっぽど気楽だ。
俺の膝を枕にすっかりリラックスしているピーラを見ていると、さすがに逃げてばかりもいられないな。
ピーラをなでながら尋ねる。
「ピーラ、魔法石、まだあったっけ?」
「んぁ? まだ十個くらいあるよぉ。どうしたの? ヨミの誰かに連絡?」
魔法石――。
次元の違う異世界ヨミとの連絡に使える魔具だ。面倒な事に一つにつき一度しか使えない高価な代物だ。
「ああ、キャロルんとこにな」
「ええっ! やだあ。あのウマ娘でしょ? せっかくシンと二人っきりなのにさあ」
さっきまでくつろいでいたくせに、急に飛び起きて文句を言いはじめた。
「ピーラ、酒井さんと約束しただろ?」
「ん? したっけ?」
そう言いつつもお祈りするかのように手を組んで、うるうるした瞳で俺を見つめてくる。そんなにキャロルに連絡するのが嫌なのか? 仲が悪いわけじゃあるまいし。少なくとも二人がケンカしているところを見たことはないな。どうしてだ?
「ねえ、シン……。ぼくと二人っきりじゃイヤ?」
今度は俺の瞳を見つめて体をすりつけてくる。
ん?
「わっ! お、おまえ。なんで、は、裸なんだ?」
Tシャツがいつの間にかはだけ、胸があらわになっていた。決してたわわとはいえないけれど、むにゅっとしたマシュマロのような感触が伝わってくる。
「だってさ、せっかく二人っきりだっていうのに、ちっともアプローチしてくれないんだもん」
「い、いや。だってまだ子どもじゃないか。大人になったら……な」
「ぼく、子どもじゃないもん。もうレディだよ?」
彼女の熱い吐息が感じられるくらいほど、接近してきてる。心なしか頬も赤く染まってるぞ……。
あ、まずいっ。柔らかな彼女の太ももが俺を刺激してくる。まるで大人のいけないお店で接待されてるような気分だ。
ピリーン、ピリーンっ!
妙な気分になってきたタイミングで魔法石が鳴った。よく見るとオレンジ色に輝いている。異世界ヨミからの着信だ。誰だろう?
「ピーラ、ヨミから連絡が来たから……」
「え〜これからなのにぃ」
助かった。内心、ホッとした。JCかJKに迫られてる中年のおっさんの気持ちだったぜ。モンスターや魔族を相手にしていたほうがよっぽど楽だ。
魔法石を取ると、聞き慣れた声が聞こえてきた。
「わたくし、キャロル=エクエスと申します。ヨミの勇者シン様でしょうか?」
妙に丁寧で礼儀正しい口調の声の持ち主は、さっきまで連絡しようかと考えていたエクエス家の長女だ。
「やあ、久しぶりだね。キャロル」
なんとなく他人行儀になってしまう自分がいる。
「何だかよそよそしいですわね。失礼なことを言いましたか?」
ともに戦場を駆け抜けた愛馬キャロル。
彼女は戦友だからな。忘れられるわけがない。
事情を知らなかったとは言え、家出した彼女を連れ回したあげく、『融合』の片棒を担がせてしまった。当然、ご両親からはさんざん文句を言われた。
キャロルには立派なエクエス家の跡継ぎとしてやっていってほしい、そう思ってヨミに置いてきた。俺と一緒にいたいという彼女の気持ちを無視したんだ。今さらキャロルやご両親に職場体験をお願いできるんだろうか? 厚かましいだろ?
「……いや、何でもない。それよりどうしたんだ? そっちから連絡だなんて珍しい」
「ええ、母や父のお許しもいただきましたし、ぜひ、シン様のところへまいりたいと思いまして、ご連絡させていただきました」
は? あの古風な考え方をするご両親が?
「おいおい、あのキロン様とヒュロノメ様が?」
キャロルの母親であるヒュロノメ様はまだわかる。一番の障壁はキロン様だ。どうやって説得したって言うんだろ?
「ママはすぐに賛成してくれましたよ? ママが『キャロルの嫁入りを邪魔するなら私は家から出て行きます』って、パパを説得してくれましたわ」
今、妙なことを言ったような……。嫁入りがどうのこうのって。
ま、今はいいや。俺としては切羽詰まった問題があるんだ。それが解決できるなら、彼女が来るのは問題ない。話をしてみよう。
「じゃあお願いがあるんだけどいいかな? キャロル」
「ええ、シン様のおっしゃることなら何だっていたしますわ」
「一つは俺の会社の社員になること」
「あら? 会社を作りましたの? さすがシン様」
「ピーラだけではちょっと人手が足りなくってな。事務をお願いしたいんだけどいいかな?」
「……ピーラ? ああ、あのトリ娘ですの。さすがに事務は苦手でしょうから、かまいませんわ」
なんだろ? とげのある口調だな。一緒に戦ってきたんだから、一人にしておけないことを知ってるだろうに。
「もう一つは
「なるほど。シン様の仕事として、お願いしたいってことですわね」
「そうだ」
「わかりました。わたくし、説得してみますわ。条件はその二つだけですか?」
今のところは他にないな。敵と戦うわけじゃあるまいし。エクエス家に預けた
「ああ。その二つだ。職場体験の件が決まったら、いつ来てもいいよ」
「本当ですか? 嬉しいですわ! ではまたご連絡しますわ」
オレンジ色の点滅が徐々に消えると、魔法石は砕け散った。
これでヨミとの連絡もあと九回。いや、キャロルから連絡が来るから実質八回か。
かつての仲間たちと連絡がとれなくなるのか……。
異世界ヨミから縁遠くなってしまうな。あの大地で剣を振るった日々が懐かしく感じる。
※ ※ ※
数日後、再びキャロルから連絡が来た。
「では本日、そちらへ参りますわ」
「わかった。では気をつけて」
淡い光とともに魔法石が消費されると、待ちかまえていたように、
「キャロルが来るの?」
耳をそばだてていたピーラが文句を言った。
「そうだ。久しぶりだろ?」
「え————なんかやだな」
アホ毛をツンツンさせて、ふくれっ面をする。
「仕事の関係だよ。ほら、酒井さんに職場体験しましょうって約束しただろ? キャロルが体験先の確保をしてくれるんだ」
「へえ、キャロルといいことしたいからじゃないんだね?」
疑り深そうにジト目で睨んでくる。
「違うって。住む場所も一緒だからな〜んにもできないって」
ん? と小首を傾げて考えると、ポンっと手を叩いた。
「そっか。じゃあ、しょうがないな。シンがそこまで言うんなら……」
ふう、やっと落ち着いてくれた。
そろそろ時間だ。キャロルが迷子にならないよう、<ホライズンゼロ>へ行くか。
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