第4話 最初のお客さんだぞ!
ピーラが指差した男はくたびれたスーツを着ていた。年のころは四、五十くらいでお腹がなんとも豊かだ。
「あの……」
黒縁メガネをズリ下げながら男が一歩近づく。
「あ、はい。何かご用でしょうか?」
うちらのチラシを持っているところを見ると、仕事を探してるのだろう。
「あの、向こうには仕事があるんですか?」
「まあ、現世界のようなお仕事ではないですけれど、ありますよ」
あらためて姿勢を正してこの男をみる。
『第一印象は大切ですの』愛馬キャロールのセリフだ。彼女に言わせれば、この男は速攻失格だわ……。
「あ、あのくわしく話を聞きたいです」
自信なさそうにぼそぼそと話すこの男。何を異世界に期待しているんだろう? 新天地で一攫千金を夢見てるのか、それともハーレム? 現実は厳しいんだよ。つい、この男に説教したくなる。
しかし、今、俺にとって必要なのは『お金』だ。ピーラを食わせなきゃならん。
「ここではなんですから、場所を変えましょう。事務所もすぐそこなんで」
「……はい」
初めてのお客だ。面談のテクニックを持ってるわけじゃないが、そこは異世界経験者。言葉も通じない連中を相手にしてきたんだ。なんとかなるぜ。そうだ! ピーラにも慣れてほしいから同席してもらおう。
「ピーラ、一緒にこの方の話を聞いてみないか?」
「え〜! ぼくが?」
意外そうにほっぺを膨らませる。
「二人しか職員いないんだから、お互いに仕事できるようにならないと。ね?」
ちょっと困ったように小首を傾げて固まっているピーラをさておき、俺は男に席をすすめた。
「あの……実際のところ、私なんかでも仕事はあるんでしょうか? 年齢が年齢なので……」
「まずお名前をお教えください」
「あ、失敬しました。私は酒井、
と、丁寧に頭を下げる。まじめなサラリーマンって感じだ。
「ありますよ、ピーラ。向こうの仕事事情を話してみて」
「え? ぼくが話すの?」
「現地出身のピーラのほうが説得力あるだろ?」
「あー、そういうことね。納得」
うんうん、と頷くとピーラ。
「えっとね、どこから知りたい?」
「どんな職業があるんです? こちらとは違いますか?」
どこか言い方に棘があるな。ピーラは気づいていないようだけど。
「そうだね、こっちと違うかな。魔法があるのは知ってる?」
「ええ、まあ。話だけは」
「話だけ? 見たことはないの?」
「うちの職場じゃ、魔法使える人はいなかったし」
イラッとしたのか、口調が荒くなる。JCかJKのようなピーラに指摘されたからだろうな。
実際、現世界で魔法をみかけるようになったのは、『融合』以降だからなあ。
「そっかあ〜。あなたは魔法使えるの?」
「……いや。まったく」
「う〜んと、じゃあ剣はできる?」
こらこら、ピーラ。彼の気持ちを知ってか知らずか、どんどん客を追い詰めているぞ。
そう感じた俺は彼女とバトンタッチすることにした。
「酒井さん、魔法ができなくっても仕事はありますよ。この子が言いたいのはヨミでは魔法や剣が日常ですから驚かないでください、との注意ですよ」
われながら苦しい言い訳だ。けれどここでお客さんを逃すわけにはいかん。不服そうにぷぅと頬を膨らませる彼女と席を替わった。
異世界で営業なんかしたことないけど、まったく知らない種族と話をするようなもんでいいいかな? 種族が違えば習慣も言葉も違うもんな。ここは丁重に丁重に……。
背中に流れる汗を感じながら、俺は冷静に言葉を選ぶ。
「失礼しました、酒井さん。どういうお仕事がよろしいでしょうか?」
「……」
ずり落ちたメガネを無言で直すお客さん。沈黙がキツい。
「体力を使うお仕事と頭を使うお仕事、どちらがいい……よろしいですか?」
実際問題、
上流のアンノウンたちにつてはあるけど……あんまり頼りたくない気分。
「私は営業一筋だったので、似たような仕事があれば……」
「営業ですか。ないってわけじゃないですけれど個人でやってるところが多いですね」
こうして俺が話をしている間、ピーラはというと、おっかなびっくりで端末にデータを入力していた。
「ねえ、シン! これでいいかなあ?」
「ちょっと待ってて。今、お話中だからさ」
「ええっ、ピーラ、困ってるんだけどお。入力が終わったら、このキーを押していいの?」
……しかたない。ヨミに電子端末なんてないし、デスクワークもしたことがないものな。
「酒井様、ちょっと席をはずしますね」
ひとことお客さんに断ってから、キーボード入力に四苦八苦している彼女のようすを見る。
「どれ、ピーラ。お、それでいいぞ。えらいえらい」
ちゃんと覚えていたので頭をなでてやる。さらさらとしてて量があるので触り心地がいい。
気持ちよさそうに目を閉じてご満悦なピーラとは正反対に、酒井さん————お客さんが白い目でこっちを睨んでる。
まずい……。不信感を与えたかもしれない。冷や汗をかきながら、俺は席に戻る。
冷たい視線を送ってくる酒井さんに俺は、
「すみません。不慣れなもので」
と、待たせてしまったおわびを言った。
彼はメガネを拭きながら、ぼそりとつぶやいた。
「……ハロワに行っても仕事ないから、ワラをつかむ思いで来たのに」
ここで取りつくろってもしかたないな。
どうしたら酒井さんは満足してくれるんだろう。ヨミの仕事を紹介すること? いやいや、この人は異世界での自分の実力がわかってない。こっちとヨミじゃ、まるで違うっていうのに。
異世界に行って、ギルドに最初の仕事もらった時のことを思い出せすんだ、俺! あの時のギルド職員のお姉さんは、『初めてなら体験してみるのが一番です☆』って言ってた。
よし!
「ヨミには現世界より仕事はあります。ただ
あのギルド職員お姉さんのマネをして言ってみた。
正直いって賭けだ。
ヨミをあんな状況にしてしまったのは俺の責任だ。大半のアンノウンには嫌われている。職場体験の件をヨミの知人に話しても、断られるかもしれない。
でも……困ってる人を放ってはおけない。
もし酒井さんが『体験してみたい』というなら、頭を地面にめり込ませてでも、鞭打ちされようとも実現してやる。
思わぬ提案だったのか、酒井さんはうむむ、と唸って顔を伏せた。しばらくすると彼は意を決したように、
「そうですね。経験してみたいと思います」
と、まっすぐに俺の目を見て告げた。
それを聞いたピーラは何を思ったのか、突然、羽ばたいて酒井さんの隣に降り立った。当然、酒井さんは驚いてしまっている。
「ピーラ! どうした? 突然飛んだら、お客さんが驚くだろ」
そんな俺の声を無視して、彼女は酒井さんの手をとる。
しっかり握った手をブンブン振り回しながら、ピーラは、
「ぼくも頑張るから、一緒に頑張ろうね♡ ……って何を経験するの??」
と、瞳をキラキラさせているけどさ……。職場体験だってことをわかってないだろ、ピーラ。酒井さんは、え、え? って感じでどうしたらいいか困ってるじゃないか。目で「どうしましょ」って感じで俺の方をチラチラ見られてもね。しかたないので、とりあえず笑ってごまかす。
でも嫌がってる感じではないから、そのままでいっか。ピーラも彼の決心を感じ取ったから、彼女なりに励ましてるんだろうし。
問題は職場体験先だなあ。
事務仕事や営業的な仕事があるところで、俺が知ってるって言ったら、キャロルのところか……。困った。
テンションが上がっているピーラと、それにつき合わされている酒井さんの様子を見ながら、別のことで胃が痛くなってきた。
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