第3話 まずはコマーシャルだ! 宣伝だ!

「ところでシン様、こんなボロビル買って、何をなさるつもりで?」

「まだ話してなかったっけ?」

「そりゃあ、こんなチンケなビルで勇者様が新しく事を起こすってんですから、わしは気になります。なあ、ヨウ」

「へい、元はここは親方、いてっ! でなくって、出井社長の持ちものだったんでさ。それが例の融合のあたりから仕事減っちゃって。結局身を崩したんでさ」

「親方じゃない、バカもんが! シン様を心配させるようなことは言うな! ヨウ」


 コツン、と若いもんの頭を叩く土井さん。


「悪かったな、俺のせいで……」


 壁を修理しながら謝る。実際、ハロワに行くと世界が一つになったから仕事を失ったってヤツを多く見かける。そのたびに俺は胸が痛くなる。別に意図したわけじゃない。結果として皆の仕事を奪ったのだ。気が重い。


 ため息をつくと、ピーラが俺の頭をなでてきた。彼女なりの愛情表現のひとつだ。


「ん? ありがとう」

「なんか思い悩んでたから。いつものお礼じゃん」


 人の気持ちをくむことができるのは彼女の美点だ。

 ただし。


「わっ、こ、こら。もういいから」


 いつも愛情表現過多なんだ。


「おおっ! うらやましいっす、シンの旦那」

「ほんとにそう思う? もう五分はこうやってるんだけど」


 さっきから俺の頭をずっとナデナデしてる。一度、ナデナデをはじめると飽きるまでやる。種族の特性なんだが、今のように作業中はわりと困っちゃう。


「それでもうらやましいっす。ピーラお嬢に撫でられて、ハゲても悔いはないっす」

「やっぱりそう思うか? トシ君。俺、ハゲるんかな、やっぱし」


 ちらり、とピーラの方を見る。暗にこれ以上はやめれ、っていうサインだ。


「ええっ〜! シン、ハゲちゃうの? やだあ」


 そう言いつつパッと離れるピーラ。ちらちらと俺の頭を見るのはやめてくれないか。少し気になってるんだからさ!



「えっと恥ずかしながら俺、無職なんだ」

「勇者様とあろうお方がですかい」


現世界ここで俺ができることといったら、何もないんだ。平和になったから弓も剣もいらない。多少は異世界ヨミのことを他の連中より知っているくらいだ。で、ピーラと話をしたのが、職業紹介の仕事さ」

「職業……? 仕事の紹介ならハロワがやってるじゃないっすか?」


土井さんが怪訝そうに眉根をひそめる。


「俺がやりたいのは主に現世界から異世界の橋渡しさ。ハロワだと現世界での就職しか斡旋してないじゃないか」

「へえ、まあ確かに……。向こうの方だって、アンノウンたちがこっちに来たから、人材不足って聞いてます」

「俺のねらいはそこさ」


 意外だ。この出井という男、昔がたぎなだけじゃない。ちゃんと世の中の動きをつかんでいる。最初の仕事のパートナーとして信用できる感じたぜ。


「そういうことだったら、うちらも本気出しますぜ、シン様。おう、お前ら! 聞いたか?」

「へい、お頭。がってんです!」

「わしらも頑張りますぜ! シンの旦那」


 若い連中もすっかり乗り気だ。何だ、俺らより純粋かもしれん。『人の役に立つ』ことをするって知った途端、急に盛りあがったぞ。


「そいや、シン様」


 壁の補修も終わり、あたらまって土井さんが尋ねてくる。


「どうした?」

「いえね、屋号は決まったのかなと」

「屋号? ああ、社名か」

「はい、もう決められたのかなと」

「あ……いけね」


 すっかり忘れてた。まったく考えてなかったぞ。


「ねえねえ、シン。異世界でお仕事ってことで、わかりやすく『アンノウンワークス』ってしたらいいじゃん?」

「おっ、ピーラちゃんいいね」 


 

 若い二人が賛同した。短いし、いいかもしれん。


「う〜ん。他に思いつかないし、異世界でのお仕事って感じでいいかも」

「おう、決まりましたね。じゃあ屋号は『アンノウンワークス』ってことで。さっそく明日、一緒に行って登記してきやしょう」



 次の日、俺とピーラ、出井さんとで役所にでかけた。俺が異世界に行く前と変わらず、紙と印鑑の世界だった。とっくに時代は変わって、宇宙人ならぬ異世界人アンノウンたちが大挙してきているのに、変わらないのは驚異的だ。

 さっきから出井さんが鼻唄まじりなのは、彼にとって紙を使うやり方が楽だからだろうか。


 ※  ※  ※


 出井さんたちのおかげで、体裁だけでも会社のカタチが整った。

 六畳一間のアパートをひきはらい、ビルの方に引っ越しをした。戦闘現場の傍で待機するのは基本だろ? 


 廃ビルとはいえ五階建て。

 上の階のほうに居住スペースを確保し、下の方を仕事場にした。これまで通り出井さんたちも、このビルに住んでもらうことにしてもらった。


「じゃ、わしたちはこれで失礼します。ご用がありましたらいつでもお呼びください」


 出井さん一同、このビルのメンテナンスに専念するんだそうだ。本来の業務に戻るわけだ。何気にこのビルも大きいしね。


「ありがとうございます。これからもよろしく大家さん」

「お、大家さんだなんて。こっちこそ乱暴なことを」


と、照れながら頭を下げる土井さんやトシさんにヨウさん。

修繕したエレベーターで下がっていく姿を見送ると、俺はピーラと明日以降の作戦を立てることにした。


「どうするかなあ。今週には職業紹介の認可もらえるけど、それまで何もしないってわけにもいかないし」

「シン、それだったら広告出せばいいんじゃないかな?」

「広告ぅ? ホログラム映像作るだけのお金ないよ。広告出すのにもお金がいるんだ」


 土井さんに見積もってもらったら、三か月はピーラと食える金額だったのだ。最初から会社作るって決めてたわけじゃないから、それほど資金が

あるわけじゃない。とりあえず手っ取り早く宣伝する方法を考えなきゃ。



「お金、それほどかかんない方法あるじゃん!」

「え? あるの」

「ふふん、抱っこしてくれたら教えてあげる」

「やれやれ、しょうがないなぁ」


 二人っきりの時はときどきこうして抱き締めてやっている。これは最初に会ったときからだ。

 助けたときピーラは俺をとても怖れていた。狂ったように喚き、暴れ、泣きわめいた。当然のことだろう。年端も行かぬ娘が目の前で親兄弟を殺され、自分も殺されかかったのだから。

 異世界に来たばかりで、かける言葉を知らなかった俺はただ小さなピーラを抱いてやるしかできなかったんだっけ。


 やがて彼女からスースーと寝息が聞こえてくる。さっきはいいアイデアを教えてあげるって言ってたのに……。ま、今週はいろいろあったからな。

 ピーラを抱え、お姫様抱っこで寝室のベットに寝かしつけると、俺はアイデアの書き出しをはじめた。



 次の日の朝。


「ねえ、シン! あっちはもう撒いてきたよ――!」


 上空からピーラの声がする。彼女が空から配っているのはうちの会社のチラシだ。ホログラム広告が出せないなら、ご近所にチラシを配ろうって寸法さ。

 これはピーラのアイデア。自分から空から言いだしたことだったりする。今どきは宅配ものでもドローンを使ってチラシを人に手渡しするから無問題。


「よ〜し、そろそろいいんじゃないかな? ピーラ、降りておいで」

「はあい」


 元気よく降りてくるピーラ。ドン、という衝撃とともに俺の胸に直帰だ。


「いって!」

「着陸っ〜」

「……着陸じゃないだろ、まったく」


 ここぞとばかり女性らしくなった胸を押しつけてくる。胸の膨らみや脇が飛行直後だから汗ばんで透けてみえてしまっている。彼女にとっては親愛の情をしめす行いであっても、ここは現世界。それも朝の通勤ラッシュ時の新宿駅だ。


「こら、ほら、知らない人が集まってきてるって」

「ええ〜別にいいじゃない。働いたんだからご褒美、ご褒美♪」

「もうしょうがないな。ほらっ」


 脇をかすめていくOLたちに白い目で見られながら、俺はピーラを抱きしめてやる。しばらく俺の胸に顔をうずめていた彼女だったが、顔を上げて周りを見渡す。


「どうした、もう満足したの?」と、尋ねると。

「……やだ、ボク恥ずかしい。こんなに人がいたんだね」


 どうやら周りが目に入ってなかったらしい。いまさらながら耳先まで赤く染めて恥じらう。


「あ、いたいた。シン様」

「わっ! で、出井さん」


 唐突に背後から声をかけられたのでびっくりした。


「見てましたぜ」

「えっ? な、何を」やましい気持ちがなかったかというとウソになる。

「朝からピーラお嬢とチラシを撒いてたでしょ。素晴らしい」

「い、いや。早めに宣伝しておかないと、ってピーラの発案だよ、出井さん」


  ピーラといちゃついてたのを見られたかとドキッとした。

 出井さん、仕事に関してはまじめだもんな。『プライベートは分けてくだせえ』とか言われそうだ。


「そうでしたか、さっすがピーラお嬢だ」

「えへん」


 褒められて素直に喜ぶピーラだったが、急にまじめな顔つきになる。


「どうした? ピーラ」


 おそるおそる彼女が指差した方へ振り返る。

 そこには白髪交じりのおっさんがチラシを持ってつったっていたのだ。

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