第2話 勇者、廃ビルを買う

「シン! おかえりぃ。ぼく、寂しかったよっ〜」


 玄関を開けるなり、いきなり飛びついてきたのはピーラだ。彼女はハーピー族のアンノウンだ。ルビーのような赤い瞳がチャームポイントだ。羽毛と膝から下以外は、ほぼ人に近い種族で、彼女は虹色の羽を持っている。まあ、翼を折りたたんだ状態なら、一見、現世界の女性だって言ってもわからんだろう。

 異世界ヨミで何人かの娘と知りあったが、彼女だけ身寄りがなかった。さすがにそのまま向こうに置いてけぼりしていくわけにはいかないじゃないか。そこでこっちに連れてきたってわけさ。


「おっとっと、ただいま。いい子にしてたかな?」

「むぅ。ちゃんとおとなしくしてたもん。くんくん、女のドラコニアの匂いがするよ。また浮気?」

「ドラコニア? ああ、それハロワの職員さんだと思うぞ」

「ふ〜ん。信じてあげる」


 やたらとすり寄ってくるのは甘えたい証拠。なでて、と言わんばかりに頭を下げてきたので、いつものようになでてやる。


「うふん、えへへへ♡ 幸せ……」


 ようございました。今日は散々だったな。仕事はなかったし、窓口の姉さんにはよくわからんこと言われたし。最悪だったのは元・敵に会ってしまったことだ。ハロワにいるんだから、街に行けば俺に恨みがある連中なんてたくさんいるだろう。安心して街も歩けないな。


 などと、ピーラの頭をなでながら思っていると、何気なく彼女はテレビをつけた。


「あ、ニュースの時間だよ」

「そうだな。もう夕飯の時間……げっ!」

「どうしたの? シン」


 どうしたもこうしたも……。ホログラムテレビに映し出されていたのは、ハローワークの光景だ。しかもインタビューを受けてる奴が、さっき会ったばかりの受付窓口のイシダさんだ。


『やはり再就職は難しいですかね?』

『そうですね、現世界の求職者は魔法も使えませんし、並みはずれた体力があるわけでもないですからね。現世界から異世界ヨミへの就職は困難でしょう。かと言って、現世界でもアンノウンたちが重宝されますので、現世界の人たちの再就職はきびしいですね。職のある方は辞めないほうが懸命です』


どうやら現世界人向けの特集らしい。


『異世界と現世界とで条約が結ばれて三年になります。それでもなお異世界へ就職は困難なのですね』

『……はい』

 

 イシダさん、困ってるぞ。このインタビューア、条約の内容をちゃんと知らんだろう。要は『仲良くしましょう。ケンカはダメです。アンノウンも現世界人も平等です』って、言ってるだけだぞ。相互の就職についてのもんじゃない。



「あのさ、シン」

「どうした? ピーラ」

「ぼく、思うんだけどさ。シンってあそこに毎日通ってるよね?」


 そうだな。毎日通ってる。ここ二年ほどな。


「いっそのこと、シンが仕事を紹介すればいいじゃないのかなあ」

「……へっ、どうして?」

「だってシンは向こうに十年以上いたじゃん。知り合いだっていっぱいいるし、事情もよくわかってるじゃんか。それに元はこっちの人なんでしょ? だったら両方のことよくわかってるんだから、やればいいと思う」


 あ〜。なるほど。そういうことか。他にやることないし、やってみるかな。


「よし! ありがとう、ピーラ」

「うふん、ほめてほめて」


 さっそく頭を下げてそばに寄ってくる。

 彼女の頭をなでながら、計画を練ってみることにした。


 ※  ※  ※


 次の日、さっそく物件を探しに街に出た。

 六畳一間じゃ、どう考えても仕事なんかできない。客商売だし、ちゃんと対面で相談にのれるようにしたい。顧客データの管理も必要だ。と、なると事務の道具も必要だろう。

 

探しものにはピーラはかかせない娘だ。

なんて言っても彼女は飛べるので上空から探せる。向こうでの索敵のように、地上は俺、空からはピーラの二刀流だ。


「ねえ、シン。あそこのビルなんてどうかな」


 上空からピーラの声がする。彼女が指さしているのは雑居ビルだ。場所としては新宿駅近くだから、オフィスとしては好条件。問題は『融合』のグランドゼロのすぐそばだってことだ。つまり、異世界との出入り口のそばだってことだ。


「ありがとう、ピーラ。とりあえず中の様子を見てみようか。下に降りておいで」


 と、声かけすと虹色の翼を羽ばたかせ、目の前に降りてきた。

 

「えへへ、ほめてほめて」と、いつものように頭をなでてやる。乳は大きくなっても、やっぱり子どもだ。

 

 一緒に雑居ビルに入ると、案の定汚い。内壁は崩れかかっているし、机や椅子が乱雑に放置されていた。夜逃げでもしたかのような光景。ありていにいえば廃墟だ。


「わああ、汚いね。ここ」

「しかたないよ。むしろ汚いから安くなるかもね」

「お買い得じゃんか」

「実際に不動産屋に聞いてみないとわからんけどね。多分安いはずだよ」


 下調べがすんだ俺たちは、アパートに戻って連絡をしてみた。


  ※  ※  ※


「で、お前さんがた……ここを買いたいんだって?」


 普通の契約だと思っていたから、社会勉強を兼ねて、ピーラに練習をさせようと思っていた。

 昨日連絡した時は普通の応対だったのに、現地ではすっかりヤクザじゃねえか!

 相手は三人。どいつも顔にキズがあるし、小指がない奴が二人ほど。


「は、はい。買いたいです。事務所にしたいと思っています」


 しまった! 『練習だから頑張れ』って昨夜話したから、すっかりその気だ。だいぶ朝からはりきってたからな。


「ふうん、可愛いね。君。名前は?」

「こ、こら。得体の知れない奴に教えちゃダメだぞ」


 頬にキズがある男に名前を聞かれて、答えようとしていたピーラに小声で注意する。


「え、いいじゃん。ぼく、ピーラ」


 あちゃあ……。マズい、マズすぎる。


「ふうん、ピーラね……。脇に生えているのは羽根かな?」

「うん、そうだけど。だってぼくハーピー族じゃん」

「ふうん、そうかいそうかい。どう? おじさんたちと遊ぶだけで、ここの家賃をタダにしてあげるけどなあ」


「ピーラ、帰ろう。他をあたった方が……」

「え〜。もうちょっとだよ? ここであきらめたらもったいないじゃん?」

「もったいないも何もないぞ、ピーラ。こいつらヤクザだ」

「ヤクザってなに?」


 きょとん、とするピーの両腕を男がつかんできた。


「おい、そこのお兄さん。前金としてこの娘をカタにもらっていくぜ。いいだろ?」


 そう言いながら背後からピーを羽交い締めしようとする。


「やめろっ!」


 ヨミむこうとは違って、自分の身体だけで勝負してやる。弓や剣、魔法がなくても、こっちとら十年以上も勇者してきたんだ。

 ぐっ、と拳に力を入れる。そこだ! 一瞬でピーの背後と両脇にいるヤクザ連中の後ろに回り込む。


「な、なにぃ」


 彼らが後ろを向こうとするスキに蹴りと拳をそれぞれ食らわせた。時間にして一秒もかかっていない。


「ぐはっ!」 一人目。

「うぐっ!」 二人目。

「うっ……」 三人目。全員、床に転がった。


 目をパチクリさせているピーを手元に引き寄せ、安全を確保する。

 ぐっ、と抱きしめると嬉しそうな顔で、俺を見上げて目を細めた。


「ありがと、助かった。やっぱり向こうにいたときと同じくらい強いじゃん」


 正直、現世界こっちに来てから不安だったんだぜ? 得意の弓も剣もねえ、力を試すわけにもいかねえし、勇者だってバレないようにつつましやかに生活してきたからな。

 俺自身がどれだけまだ力が残ってるかって、わからなかった。


 ピーラが動じなかったのは、きっと俺の力が残ってるって感じてたからかもな。


「大丈夫だったか? ピーラ」

「うん! 信じてたもん。あの時みたいだった――――」


 そういえこいつに出会った時も、暴漢に襲われそうになっていたんだっけ。助けたのはいいが村は全滅してしまっていた。

 一人ぼっちにさせたくなかった。

 だからこっちへ戻ってきたときに連れてきたんだ。


「よかった……。腕が落ちたかと思ってたよ」

「ううん、大丈夫! さすが勇者じゃん!」


「へ? 勇者……こいつが?」


ヤクザどもの中でも、一番に立ちあがった年配のやつが俺を睨みつける。


「そうよ! シンは異世界ヨミを統一し、平和をもたらした真の勇者じゃん! そんなことも知らなかったの?」


 みるみるうちに連中の顔が青ざめていく。特に年配のやつ、真剣な顔つきになったぞ。他のヤクザどもを立たせると、俺たちの前で

急に膝をついた。


「お許しくだせえ、シン様、ピーラ様。勇者様ご一行だとは知らずにとんだご無礼をっ……」


 年配のやつが土下座すると、続けて他の二人も頭を下げた。どうやら『勇者』というパワーワードは、ヤクザな世界では有効だったらしい。他じゃクソ扱いで忌み嫌われてるんだけどな。



「……そうだな、このビル丸ごと買い取りたいんだけど、安くしてくれないかな?」


 どうせ廃ビルだ。今の俺の貯金でなんとかなるだろ。

 彼らは顔を見合わせ、なにやら相談すると年配のやつが応えた。


「シン様、ここのビルはただでお貸しします」

「おおっ、本当か!」 夢じゃないんだろうか。こっちに来て勇者であったことが、こんなに嬉しいことだなんて。

「はい、ただっ……」


 年配者はグッと深く頭を下げてくる。


「ただつきましてはこの二人を勇者様のもとで働かせてやっておくなまし。若いのに仕事がなくって、この廃墟に居座るほかないんでさ」

「待てよ、お前はどうするんだ?」


 見ればこいつも五十くらい。このご時世じゃロクに仕事ないぞ?


「わしはこいつらの親代わりでさ。こいつらが一人立ちできればいいんで」


 頭をかきながらそう言う彼。んー。なんだか胸が熱くなるね。


「わかったよ、あんた名前は?」

「わしは出井誠。土井と呼び捨ててくだせえ。それでこっちがヨウ、あっちがトシでさ」


 どうやらこの連中、昔がたきのヤクザらしい。そのへんの暴力野郎とはわけが違う。ある意味信頼できるな。そう考えた俺はこの人達とビルの賃貸契約を結ぶことにした。


 これでなんとか会社設立への第一歩を踏み出せた。のか?

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