賑やかしデカキャノン

青箱石鹸

賑やかしデカキャノン

 猛烈に暑い。

猛烈に暑い日に私は外にいる。馬鹿だから。

猛烈に暑い日に公園の屋根付きベンチに座っている。馬鹿だから。

 屋根付きベンチの他に、何も無いような公園にいる。それは、この町が廃れているから。

 私の横には最近仲良くなった女の子が座っている。私は、この女の子ともっと仲良くなりたい。

 だが、猛烈に暑い日にわざわざ外に出てこんな場所しか用意できないのは、やっぱり私は馬鹿だから。



「暑いねぇ」

 最近仲良くなった女の子、柚花さんが口を開いた。

 私は女の子と何を話していいのか分からなくて、さっきコンビニで買ってきたソルティライチを速攻で飲み干して、空になったペットボトルを持て余すして黙っていた。暑いだの、日差しが眩しいだのなんて話は、さっきコンビニ前で集合して飲み物とアイスを買って、今いる公園で一緒に歩きながらの時に終わったもんだと思っていた。もう一度、天気の話なんてしてよかったんだっけか?

「暑いねぇ」

「五万度はあるよねぇ」

「あッッッッッッッッッつ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!それならとっくに溶けてるッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 出てしまった、悪い癖。

私はどんなに軽いボケでも遥かに大きな熱量で返してしまう。こんな暑い日に熱量が異常なツッコミは相性が悪い。不快指数カンスト待ったなし、これは嫌われた。

 しまった…と焦ったが、柚花ちゃんはケラケラ笑っていた。

「デッキャノは面白いねぇ」

 よかった、ウケてた。

彼女の笑顔が見れただけで、このクソ暑い日に外に出たなんて事は余裕でお釣りが来る。なんなら得したぐらいだ。


 デッキャノは私のあだ名である「デカキャノン」の略称である。

 小学生の時に水鉄砲で打ち合うのが流行っていて、どうしても勝ちたかった私は肩で担ぐタイプの水鉄砲を持って行った事がある。

 その水鉄砲を見た連中は「デカすぎる」という理由だけで一斉に爆笑した。その日は打ち合いをせず、私の水鉄砲がデカすぎる事だけで全員がウケて解散になった。次の日、学校で教室に入るなり「おい、デカキャノン」と、あの日いた連中にも、そうじゃない連中にもそうやって呼ばれた。私は「誰かデカキャノンだッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」と大声でツッんだら、これがまたウケた。その日から、何にでも大声でツッコむ「デカキャノン」たる私が誕生してしまったのである。

 ただ、「デカキャノン」は普段呼びするには使い勝手が悪いのか、「デカノン」だの「デカ」だの略されて、その省略化の流れで生き残ったのが「デッキャノ」だった。何となく口馴染みよかったのだろう。知らんけど。(省略化とは別の流れで、『デカ』から派生して『刑事!』と呼ばれた時は参った。「違う!」としか言いようがなかったから)

 この話を大学で知り合った柚花さんに自己紹介がてらしてみたら、手を叩いて笑って、それから柚花さんも「デッキャノ」と呼んでいる。 今考えてみれば、自分の名前と顔を一致していないだろう人にするような話ではない。


 柚花さんは私が数年振りに出来た友達である。それも女の子。女の子と親しくなったのなんて小学生時代にもなかったから本当に初めてかもしれない。「女の子」というのは聡く実年齢より大人びていて、でっけー水鉄砲を持ち歩いて、「デカキャノン」なんて呼ばれている奴なんて視界にも入れたくないだろうから。

 柚花さんはたまたま取ってる授業が被ってる事が多くて、たまたま座る席が近い事が多くて、それで柚花さんから「いつも会うねぇ」と話しかけてくれた。まさか話しかけられてるのが自分とは思わなかったから最初はスルーしてしまった。そしたら、柚花さんが私の肩をトントンと叩いたからビクッとした。された事なかったんのである、そんな事は。

 それだけでも私にとっては充分すぎる人との触れ合いだったが、柚花さんは連絡交換しよ!と私なりの手順をいろいろすっ飛ばして「友達」になった。

 それで何度か話してみると、なんと私と柚花さんが住んでいる場所がそこそこ近いらしく、「今度会おうよ!」となり、こうして猛烈に暑い日に屋外で会う事になったのである。電車で行けばいくらでも遊べる街に行けるだろうに、失敗した。マジでなんでこんな場所選んだんだ…。面倒臭かったからか。

 

 柚花さんはさっきコンビニで買ってきたバニラバーを一生懸命舐めている。こんな暑さで溶けきらなかっただけ偉いが、それでもドロドロになっているソレを、柚花さんは急いで舐めだす。

 私は遠くのアゲハチョウを眺めていた。だって、珍しいから。モンシロチョウぐらいだったら見逃していたけど、アゲハチョウはあんまり見た事なかったから。本当に本当に。

 柚花さんもバニラバーを片付けなくてはいけないのに、遠くのアゲハチョウに気づいたようだ。

「チョウチョだ、絶滅したのにね」

「いやいやッッッッッッッ!余裕で生きてるよぉッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!」

 柚花さんのボケは唐突で何の前触れもないせいか、何の準備も出来ていない私のツッコミの声は余計に大きくなる。私と柚花さんの他に誰もいない公園に私の太くて分厚いツッコミが響き渡る。

 普通だったら怖いだろうに、柚花さんはケラケラと笑う。

「流石だねぇデッキャノ」

 何が流石なのか分からないが、柚花さんがウケたので良しとする。

 そうだ、柚花さんがどうして私と友達になってくれたのかは分からんが、私は彼女にウケる事を達成し続けるだけでいいだろう。これ以上、求めるのはバチが当たる。

 そんなこんなで、私は柚花さんの唐突かつ軽すぎるボケに全力でツッコミ続けた。何度か大きく空振りしたが、大方ウケていたので良しとする。そうじゃないと身が持たない。

 

 いつまでもいい年した大人が公園で駄弁って訳にはいかないので、帰る事にした。オレンジ色の空になって涼しい風も吹いてきて頃合いだった。

「またね、デッキャノ」

 柚花さんは手を振った。ここでこの日初めて顔をちゃんと見たが、やっぱり可愛い娘だ。顔が小さくて、黒目がちでまつ毛が長くて鼻筋通っていて唇は薄くて。体も細い。色素薄い系というか、守りたくなる系というか。私の大声ツッコミで倒れてしまいそうな。だから彼女といる時は気が気でないんだ、私は。

「じゃあね、柚花…」

 一番緊張する所だ。一番口にする場面であるというのに。

「ちゃん」

私は女の子を「ちゃん付け」するのが苦手だ。

ちなみに私も女である。

「十万年後に会おう」

「アッッ!?こりゃ会わねぇなぁッッッッ!?!?!?!?!?!?!?!?!?」

 柚花さんはケラケラ笑いながら帰っていった。

 ウケるのを目的にする事にしたけど、こんなんでいいのかなぁ?と空になったペットボトルを片手に家路に着く。空のペットボトルの重さは気持ち悪かった。



「柚花ちゃんに会った。やっぱり騙されてる気がしてならない」

 私はこの日、小学生時代から唯一続いていて、かつ唯一の友達であるブラックニンジャソードの家にいた。


 このあだ名は休み時間や下校時に度々行われる即興コントにおいて、毎回「ブゥン…これが俺の“ブラックニンジャソード”だ!!」と、謎の武器を召喚するのでこの名がついた。このノリに対して、私含めた連中は「架空の武器出してくんなよ」とツッコミを入れると、「マジである武器なんだけど」と、返されるまでが定番の流れであった。(ある時ちゃんと調べると「ブラックニンジャソード」はマジであるらしく、何も言えなくなってからは消えてしまったくだりである)。

 私の「デカキャノン」とは違い、ブラックニンジャソードは誰も略さない。ブラックもニンジャもソードもロマンがあるから。さすがに、ブラックニンジャソードは男だ。現在日本で輸入・所持が禁止されている刃物、「ブラックニンジャソード」を知っている女性はかなり勘弁でござい。


「お前騙して何になんの」

「さぁ、何もねぇなぁ」

「じゃあ騙してないんじゃね?」

 ブラックニンジャソードはスマホを横にしてYouTube見ながら私の話を聞いている。しかもイヤホンすら付けないで音垂れ流しで観ている。完全に舐められているが、コイツの他に柚花さんの話ができる奴がいない。

「あとお前が女の子にちゃん付けすんな、気持ち悪い」

 うるせー、けど何も言えねぇや…。やっぱり私が「ちゃん付け」するのは気持ち悪いか…。でも同級生に「さん付け」する奴も大概ヤベェだろ。気持ち悪さを自覚しながら、相手に気持ち悪がれてないか気にしながら「ちゃん付け」するしかない。うわキモい。キッッッッッッモい。死ねばいいのに。

「仕方ないだろ、練習だと思って聞いてくれ」

「普通そんな事に練習いらないんだよ」

私はいるんだ。

「柚花ちゃんってどういう娘だっけ」

ブラックニンジャソードは会った事もない柚花さんを平気でちゃん付けする。イラッとするが、コイツは平気でそういう事が出来る男だ。これが世間一般的にはどうなのかは分からん。死ぬほど糾弾されてくれないだろうか。

「私の大学の友達。最近できた」

「ふーん…」

 動画が終わったのか、うるっせぇ音声が止まった。


「可愛い?」

私は簡潔に答える。「女優」

「雑すぎんだろ」

女優は大体可愛いからいいだろ。だけど、内地からは未だに外国扱いされるような場所に住んでるだけで、東京なんか歩いたら一瞬でスカウトされるんじゃねぇか、というアホのサクセスストーリーが本気でありそうなぐらいには可愛い。


「この前なんか髪の色グレーだったぞ、あんなの美人しか似合わんだろ」

「髪の色は染めてんだよ」

「知ってるよ、髪の色を変えられるのはお前が実証してくれたろ?」

 ブラックニンジャソードは思いっきり私の肩を殴った。男相手でも出さないような力加減に、しばらくうずくまる。これだ、私はボディタッチを打撃以外でしか知らなかった。柚花さんの優しく肩トントンなんて異文化が過ぎたのだ。

 ブラックニンジャソードはかつて、金髪にした事がある。これが恐ろしいほど似合っていなかった。全員の第一声が「うわ、汚ねぇ」だった。普段イジられ役に回らないブラックニンジャソードは行く先々でイジり倒された。私は「何でだよ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!お前は、“ブラック”ニンジャソードだろ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!お前の“黒”に対するプライドはそんなに安かったのか!!!!!!!!!!!!!!!!!!!見損なったよ!!!!!!!!!!!!!!!

」と肩を掴んで大声で訴えたら、事件になるぐらいボコボコにされた。

 それ以来、コイツに金髪の話をするのはタブーになったが、私は事ある度にあの日を「ブラックニンジャソードが“黒”を捨てた日」と言ってはボコボコにされている。


「その子って彼氏いんの?」

 肩が癒えていない私に見向きもしないで、ブラックニンジャソードは話題を変える。っていうか、何で柚花さんに彼氏がいるかどうか聞いてんのコイツ?

「何でそんな事聞くんだ」

「単純に気になる。可愛いんならいるだろ」

そりゃ可愛いんならいるだろうけどさ。

「分からん。聞いてないし聞いてない」

私と柚花さんは女子大に通っている。だから尚更分からん。

「ふーん…」

「狙ってんのか」

 ブラックニンジャソードは頭が良い男で悪い奴じゃないけど、柚花さんとくっつくのはなんか嫌だった。人といる時に音垂れ流しで動画を見る奴が、柚花さんの横に並んで欲しくない。

「違ぇよ、俺いるし彼女」

いたのかよ、初めて知ったんだけど。待てよ、ブラックニンジャソードの彼女という事は…。

「ホワイトくのいちライフル…?」

「殺すぞ」

 キレた。で、すぐ普通のテンションに戻ってこう言い返された。

「ブラックくのいちソードでいいだろ」

似たような思考回路の人間だと会話が楽でいい。


「でも、アレだな。お前に友達出来てよかったな」

 急になんだよ、デカキャノンとブラックニンジャソードの距離感でその感じはないだろ、武器の名前で呼び合ってんだぞ。

「うん、私も出来るとは思わなかった」

 戸惑ったが、嬉しいと報告する。女の子の友達が出来たのがいかに嬉しいかを熱弁できる機会があるとするなら、コイツだけだから。

「その子とはどうすんの」 

 どうすんの、と言われても。お前とお前の彼女みたいになんて事はないし。

 そういや、うわーコイツ、女の子と「何かしら」をしたのか。いや、そうなるのが普通の年頃なんだけど。でも、図書館で「人体の仕組み」の図鑑を見つけては、女の裸の絵で「禁書!発禁!」と叫び合ってたんだが。そんな遠くもない昔の記憶の気がするんだが…。


 私は柚花さんとどうするのか、か。

元々の繋がるはずのない点と点が繋がってしまったという感じだしなぁ…。今後、その繋がった線を切れないように細心の注意を払い、今後とも友達として大事にしたいという意味で言うならば、

「まぁ、現状維持ッスね」

「ハァ?」

 マジで返答をミスった。いやいや、もっと仲良くしたいけど〜と誤魔化して、この前柚花さんに会った時に決意した事を言った。

「ウケたいとは思ってるよ」

 柚花さんは私を「面白い」と言っているのだし、私も笑ってくれるんなら嬉しいし、そうでなくても柚花さんの前ではずっとウケ続けなければならない。そうでなければ、話しかけるとかけられるとか、一緒に遊ぶなんてないだろうから。柚花さんと仲良くなるならウケ続ける事を覚悟しないといけない。

「あぁそう」

 ウケたいと言った私の覚悟を「あぁそう」という、辞書にも載っていないような言葉で返す。口ぶりから、次に言うセリフが私にとってよくない言葉だとなんとなく分かって、それが的中した。

「芸人気取りが」

 力一杯、肩を殴った。この言葉は自分が思っている以上に神経を逆撫でするので、反射的に手が出てしまう。私の打撃は柔らか過ぎて効かなかった。ブラックニンジャソードは微動だにしない。

 肩を手で払って、「殴られた」というポーズを一応取ったブラックニンジャソードが口を開いた。

「お前ってさ」

「あん?」

 この口ぶりはいつも聞くヤツだ。

「レズなの?」

「違ぇよ」

 コイツは毎回この質問をする。ずっと違うっつってんのに。



 その年の夏は長く続いた。9月までは夏でいる気だった。気温を下げる気は一切なさそうだ。日差しも相変わらず強い。

「暑いねぇ」

 久々に柚花さんと会った。前に会った時と同じ、屋根付きベンチの他に何もない公園にいる。バイトなりサークルなり入っているらしい柚花さんは忙しいらしく、会う機会はめっきり減った。

 私もバイトかサークルかをやろうと思ったが、入り方も始め方も分からないまま9月に入ってしまった。何をする気でもなく時間を溶かしている。こんな堕落した奴に会わなくたっていいだろうに、柚花さん。

「暑い、暑い」

 柚花さんは日焼け止めをノースリーブから伸びる腕に広げている。ズボラな人間が知るだけ無駄だが、時々塗り直さなきゃいけないらしい。腕、首筋、鎖骨、胸元と塗り広げる。

 私は足元のデカい蟻を見ていた。だってデカかったから。女王蟻なんじゃねぇか?というぐらいにはデカかったから。女王蟻だろうから、絶対絶対。

 

 沈黙が続く。

正直言うと、柚花さんに会うのが怖くなっていた。何か悪口を言われたとか、最初こそ疑っていたように騙されていたとかではない。

 私の実力不足、柚花さんに何を言ってもウケなくなっていったのだ。

 柚花さんは相変わらず、語尾を伸ばし気味にふわふわとした語り口調のまま、突然ボケたりする。そのボケのクオリティはめちゃくちゃ軽いかよっぽど突拍子なものが多かった。また、彼女は同じボケを何度も繰り返す事も珍しくなかった。

 私はそのボケの一つ一つを見逃さない事に、全神経を注いでいた。彼女がボケると(ボケのつもりで放ってたであろう発言をすると)、すぐさま大声でツッコんだ。聞いた事のあるボケなら、別のフレーズや言い回しでツッコむように心掛けた。

 最初のうちこそケラケラと笑ってくれたのだが、最近じゃ愛想笑いにも程があるような気がする。「ハハハ」と棒読みで表情筋を一切使わずに言っている日すらあった。

 それはそれで面白かったが、そこはツッコませない雰囲気が柚花さんにはある。一番ヘコんだのはツッコんだ後に「そうだねぇ」と流された時だ。ボケといて、ツッコまれて、「そうだねぇ」なんて反応が返ってくる事があるだろうか?女の子ってそういうもん?

 焦った私は何か気の利いたフレーズを、切り口を、と躍起になったが短い時間で見つからず、とうとう何を言われても「いやっ!」とか「えっっ!!」「あっっっ!!!」単音でのみ発せられない始末。それらも最初のうちは笑ってくれた。ウケたが、あんまりいい笑い方じゃなかったから嬉しくはなかった。教室のど真ん中で名指しで叱られてる時の、何処かで聞こえる「またアイツだよ」という笑い方に面影があったから。

 今はそんな笑い方さえしてくれない。こんな冷ややかな目線を送る娘だったか…?と心折れる日が続いた。

 ウケ続ける、という目標は出会って半年もしないうちに達成されなくなった。ウケなくなったら、柚花さんのいる意味もない。私は「面白い」と言われたからこうして仲良くしてくれたんだ。

 ウケなくなるのが、スベるのが嫌だった。今、こうして久々に会ったが何の言葉も出ない。ウケる事をさけるなら普通の話をするしかない。何を話すんだろう、普通の女の子は。大抵の女の子は。私も女だけど、分かんないからさぁ。


 しばらくの沈黙の後、柚花さんから口を開いた。

「デッキャノ」

「うんっ!?」

 私は大袈裟に体を振り向いた。こないだはグレーの髪色だったのが、今日は明るい茶だ。

 柚花さんはボソッと呟く。

「ボケてよ」

え?

「いや、ボケね…そうね…う〜ん…」

 あまりの乱暴加減に面食らった。色素薄い系の柚花さんが振るうような乱暴の加減を過ぎてるって。

 出来ないとは言えない。私はウケなければならないから。ただ、何も用意していない。いつでもボケられるなら「ウケなくなった」という理由で柚花さんを避けたりしていない。「いや〜そうだなぁ…」とかごにょごにょまごついている私を見て、さすがに見ていられなかったのか柚花さんは次にこう言った。

「じゃあ何か言ってよ、大声のヤツ」

大声のヤツ?え、私の今までのツッコミを「大声のヤツ」と捉えていたの?いや、一丁前にプライドなんか無いんだけど、大声のヤツなんだけど。

 柚花さんはじっと見つめている。私が大声を出すのを待っている。

切羽詰まった私は、この時頭の中にあった事を、「一発目」の回答をそのまま発した。

「うわぁッッッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!出来ねぇよぉ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 柚花さんに出会ってから、いや、人生で1番の大声。

 この爆音を聞いた柚花さんは、反射的に目をつぶって、目を開いた時には心底鬱陶しそうな顔をしていた。

 しばらくしてから、一言だけ「うるさ」と呟いた。

「帰るね」

柚花さんは本当に帰った。

 この日の出来事は、生涯トップクラスのトラウマになった。



「お終いだ」

 私はブラックニンジャソードの家にいた。ブラックニンジャソードは私に背を向けてベッドで横になっている。本当にふざけている。だが、話を聞いてくれるのはコイツしかいない。


「柚花さんと完全に終わった」

あの日の事を淡々と話した。あれからしばらく経ったけど、今でも柚花さんの「うるさ」の声は耳に張りついている。

「何か始まっていたのかよ」

この野郎、結構柚花さんの話をしてきたぞ。

「友情とか…あるだろ」

でも、自信を持って答えられない。「友情」とは言ったが、そんなものが私と柚花さんの間に通っていたとは思えなかった。

ブラックニンジャソードはこちら側を見た。

「何をそんなに諦めてんの」

心底面倒臭そうな顔をしている。どうして俺がカウンセラー役をしなきゃなんないの、という心の声が伝わってくる。

「…つまんねぇ奴って思われた。ただのキモい奴だったって思われた」

ブラックニンジャソードは起き上がって、ベッドに座る体勢になった。そして、こう切り出した。

「お前、面白くはないだろ」

ハァ!?

「ふざけんなよお前!」

声を荒げた自分に一番私がびっくりした。あの日以来、大声出すのも嫌になっていた。ブラックニンジャソードはそのまま話を続ける。

「じゃあお前人気者か?」

「違う」

そんな訳がない。

「ムードメーカーか?」

「違う」

登場人物紹介でしか聞かないような性格でもない。

 ブラックニンジャソードは「だろ?」と返し、「あのな…」と繋げてこう言った。

「お前は『賑やかし』なんだよ」

「『賑やかし』?」

「賑やか」はポジティブな意味なのに、不穏な響きしかしない。

「『賑やかし』ってそのまんま、賑やかにしてる奴な。人気者とかムードメーカーみたいに、明らかな盛り上げ役じゃない。どうしようもない会話の間を埋めて賑やかにするだけの要員な」

そんな要員、聞いた事がない。でも見た事があるような気がする。

「その、『賑やかし』ってのが私だって言うのか」

「あぁ、ぴったりだ。ずっと前から違和感があったけど、最近やっと、しっくりくる言葉を見つけた」

前から思ってたんなら言ってくれよ。

「嫌な響きだな、『賑やかし』って」

「良い意味で言ってないからな。『賑やかし』は誰かのアプローチ、誰かが話を振ってきたのを無理やり面白い風にするだけの奴だ。一人で面白い事が出来る能力とか、人が寄ってくるような魅力に欠けてる奴、それが『賑やかし』だ」

こんなに正面切って悪口を浴びせられたのははじめてだ。しかし、ブラックニンジャソードは至って真面目な顔をしている。そもそも、貶めるとか恥をかかせるとか攻撃性を感じないから悪口でもない。なら真面目な話か。同級生の真面目な話って大人のそれより全然キツい。未知の概念『賑やかし』の謎と、友人の真面目な話を喰らってしまう事態に頭がフリーズする。

 固まった頭をなんとか動かして私はこう返した。

「『ガヤ』で良くねぇか…?」

「それはプロだ」

比べるのもおこがましいぞ、恥を知れ!と、注意トーンで言われたので思わず「えっ…ごめん」と謝った。

「ガヤをやってる芸人は一人でに面白い事が出来るだろ」

「確かに…」

「ここは素人が口出すような事じゃないから話終わっていいか?そもそも詳しくないし」

 コイツも「芸人気取り」だと人の事を言う癖に、芸人には気を遣う変な一面がある。お互いに芸歴0年のスタンスでいる。

「『輩』でもいいんだけど、お前そこまでガラ悪くないだろ、口は悪いけど。『輩』は女の子に、ちゃん付けをするしないで悩まない」「なんなら速攻でシモの話できるしな」

「なんだと、許せねぇな『輩』。駆逐してやる」

「口が過ぎるぞ、まずは俺を倒してからにしろ」

 幾度となくブラックニンジャソードに放った拳の柔らかさがフラッシュバックする。手応えがまるでないマシュマロパンチ。「そんな可愛い技名付けんな、『ラード拳』にしろ」そう煽ってきた事もあった。クソ悔しい、いつからコイツとこんなに差がついたんだ?


 ここまででようやく、無力感が追いついてきた。さっきはピンと来なかったが…

「賑やかし」って雑魚すぎないか?」

「でも『輩』よりは愛されるよ」

「そうなんだ、よかった…」

「いや違うわ。アイツら、欲しいものなら大概自分で掴み取れるし自信に溢れてる。『賑やかし』は指咥えて待ってるだけだ」

 ぬか喜びされた上に、二、三発殴られた。手加減知らねぇのか。

 しかし、自分に関係があって、知らない話だから黙って聞いていた。何なんだ、『賑やかし』って。

「『太鼓持ち』で良くねぇか?」

 まだ私は対抗する。

「お前よいしょした事あるか?」

「ねぇな」

ほぼ脊髄反射で返事ができた。


 じゃあ、つまりだ。

「『ガヤ』のような総合能力値の高さには遠く及ばず、『輩』のような図太さもパワーもなく、『太鼓持ち』のように愛されるような行動ができる計算高さもない、それが…」

「『賑やかし』?」

「おぅ」

「やっぱり、「めちゃくちゃ雑魚じゃねぇか!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

久ッッッッッッッッ々にちゃんと大声が出た。

「それ!」と、ブラックニンジャソードが私の大声そのものに指を指す。

「お前のその大声のヤツも、『賑やかし』たる証拠だ」

  お前も「大声のヤツ」って思っていたの?ツッコミのつもりだったんだけど?

 自分の欠点を、それも的確に次々と並べ立てられるのは気分が良くない、ただ、コイツの言う「賑やかし」なる概念がとても気になる。私は身を乗り出してブラックニンジャソードに問いかけた。

「『賑やかし』って、一体、なんなんだ!?」

私の正体なんだろう?自分自身ですら二十年近く分からなかった。それを解き明かすヒントはコイツは持っている。「賑やかし」についてもっと知りたい。

 しかし、ここで小学生レベルのノリをし続けてる者同士の悪い癖、真面目に話を聞こうとしているのに、ふざけている感じをどうしても出したくなってしまう。そして、それをお互いに注意しない。

「教えてくれ!」

 ブラックニンジャソードは、かつての即興コントで御自慢の武器…もとい自身の面白ワードの「ブラックニンジャソード」を言い放ったと同じドヤ顔をしていた。

「覚悟しろよ」


コイツの彼女さんは、コイツがこんな頭の悪いノリに乗っかる事を知っているのだろうか。こないだ無理やり写真を見せてもらった時は、「隙を見せたら殺しそうな目をしている」という印象だったんだが。



 想像以上に『賑やかし』というのは随分辛いポジションのようだ。

「まず、『賑やかし』は往々にして勘違いしている」

「私は勘違いしていたのか?」

「そうだ、さっき『面白くない』って言われた時にキレたよな」

そうなると?

「私は、面白くないのか?」

「お前は、凄い事を言っている」

  ブラックニンジャソードは眉毛をキリッとさせて丁寧に言った。

「え、じゃあ私が面白くなかったとしたら…」

  私、相当ヤベェ奴なんですけど。女なのに、女の友達一人もいないヤベェ奴なんですけど。それでいて、つまんねぇ奴なんですけど。

「落ち着け。柚花ちゃんの前でウケなくなった訳についても説明する」

「本当に?」

それは知りたい。

「何言っても怒るなよ、受け入れてくれよ」

「おん…」

 ちゃんと出来るかな、私は。

 

 まず何から言おうか…とブラックニンジャソードは腕を組んで目を閉じた。これは長くなるぞ。

「お前個人の話をするとな…そもそもお前、そんなに喋るような奴じゃなかっただろ。大声何か出さない、大人しいやつだった」

「うん」

 これは確かにそう。私は教室の隅で黙々と本を読んでる静かな子供だった。だからといって模範的な生徒ではなく、先生に「頑張って友達作ろうね」と励まされるような…プレッシャーを掛けられるような…そんな奴だった。

「それが、お前が馬鹿みてぇな水鉄砲を持ってきて一斉にイジられた時に変わった」

そう、方々から「そんなデカい水鉄砲あるのかよ」「あっても買うなよ」と散々にイジられた、あのデカキャノン事件。あの日から私は「静かな奴」から「うるせー奴」に生まれ変わった。

「それがどうした?あの時だってみんな笑ってただろ」

「笑ってた、って言われてもいつの話だよって感じだわ。あの時笑ってたのはさ、お前が元々『静かな奴』って思ってたのがあって。それがあんな馬鹿みてぇな水鉄砲持ってきて大声でツッコミ出したのが意外過ぎて笑ったってのが要因として一番デカい」

 言葉にされると恥ずかしい。だが、理解していない訳じゃない。

「そう…だな」

「だからその、お前は元々ふざけられるような奴じゃなかった。大人しい奴だった。それがあの一日で『喋れない奴』から『喋れる』奴になった」

 私が「デッキャノ」、もとい「デカキャノン」になったのは小学四年生の時。それまでは、友達と話すのが、そもそも友達を作るのが出来ない奴だった。十年間そうして孤独に生きてきた。十年間黙ってきた私が喋れる様になるまでにはブラックニンジャソードが言うように、あの日デカい水鉄砲を持ってきたあの一日しか費やしていない。

「あの時、俺らはお前が実は喋れる奴だと分かって、いろいろイジってた。けど、本当は違ったんだよな。普段は静かな奴が、予想外の行動して、大声でツッコミを入れた』っていうギャップで笑ってただけの話だ。お前がウケるウケないと言って取ってきた笑いは『ギャップ笑い』でしかない。この『ギャップ笑い』一本でお前は「面白い」と言われてきた」

  長年、知る事のなかった真実だ。私がやってきた事は、「ギャップ笑い」でしかなかったのか。

「ギャップ笑いが悪いか悪くないかってのはまた別の話になるけど、長続きするものじゃないのは分かるだろ。『静かな奴』が『大声を出す』というギャップだったのが『大声を出す奴』が『大声を出す』ってだけになった」

ブラックニンジャソードは淡々と説明する。コイツは昔から頭の良い奴だった。今でもそこは信頼している。だから下手に口出しできずに黙って聞くしかなかった。

「当然インパクトは激減して、早々に飽きられる。『ガヤ』とか『太鼓持ち』と違って、『賑やかし』は飽きられるスピードが異様に早い。これを俺は一先ず、『自分が面白いと勘違いしているから』だと考えてる」

「一先ずって?」

ようやく自分も割って入れた。

「よく分かっていないのか?」

「大学に入ってからこういう事なんじゃないかって気付き始めた。お前を見ててずっと違和感があったのがきっかけだった」

「ずっと違和感あったんなら言えよ」

 十年近い付き合いだろうが。前あった時も別の事で思ってたけど。

 この指摘については「俺、お前の事よく分かんなかったんだよ」と返された。ますます大問題だが、私でさえ私の事をよく分かっていない。それが他人であるブラックニンジャソードが分かるはずもない。

「でも、ようやくお前みたいな奴の事については分かるかもしれない。だから聞いてくれな。で、『賑やかし』の話に戻るんだけど、『賑やかし』は『賑やかし』でしかない。友達とも知り合いとも他人に紹介しづらい。で、大体変な奴って言われて片付けられたりする」

 さらっとしんどい話をされている。「賑やかし」ってのはこんな苦しい奴なのか。抱きしめてやりたい。

「友達でもない奴とどうしてつるむだ?」

「賑やかしてはくれるから。ちょっとした盛り上げ役には構わないんだけど、一日拘束されるような長い付き合いはキツい。だから、遊びとかは誘われない。泊まりなんか以ての外」

「あ」

「どうした?」

「私、何人かのいた時に私越しで遊びの約束してるの何回か見た。私の知らない所で、お泊まり会の話してるのも聞いた」

ブラックニンジャソードは凄い顔をしていた、それはもう凄い顔。「悪い…」

 どうやらお互いに覚悟は必要のようだ。


「いや、例えばさ、さっき言った大声のヤツとかさ、アレは場所も人も選ぶだろ」

「うん」

大声を出すよう場面ではいない場面でうっかり大声を発動させたしまい、地獄を見た事が何度もある。

「アレはどう考えても長時間人といるのには不向きだろ。疲れるし。ほら….ただでさえお前の声は分厚くて太いから…」

 言い辛そうにしているが、大丈夫。私の声質による大声は発声によって不快感をもたらすというのは知っている、言われた事があるんだ。廊下ですれ違いざまにコソッと言われた事があるんだ、「声太っ…」って。

知っていても、柚花さんの「うるさ」は避けられないのは、もう癖になっているんだ。忌々しい。

っていうか、どうしても看過できない事がある。

「お前さ、私と友達じゃなかったって事?」

「ん?」

ん?って何だ。可愛くねぇぞ。

「私はお前の事を親友だと思ってるぞ」

「いや、俺も…愉快な奴だと思ってるよ」

愉快な奴って何だ。ちゃんと答えろや。

「友達だって人に紹介できないのか?」

「いや、それは…」俺の友達に会ってもお前話せないだろ、と言い訳される。それは合ってる。でも今はそこじゃない。

「彼女さん」

 顔色が変わった。

「会わせてくれないよな」

 ブラックニンジャソードは冷静な男だ。あまり感情を爆発させない。だがこの問いかけには過剰反応を示した。

「無理無理無理!!絶対嫌だ!!」

「何でだよ!!!別にいいだろ!!!!!」

今さっき、時と場所を選ぶ声だと言われたばかりだが黙ってはいられない。

「お前レズだろ!!!!!」

「違ぇわ!!!馬鹿!!!!!!」

 随分と時代にそぐわない応酬をしてしまった。コイツは、私が女子校に進学したのはレズだからだと勘違いしている。違うわ、女なのに女の子の仲間に入れなくて、女の子と仲良くしたいという幻想を持ち続けてるだけだわ。口が悪いのはお前とつるんでからだ。

 軽く喧嘩して、最終的に「だって、お前の事を何て説明したらいいか分からん…」と申し訳なさそうに言われた。そういや、さっき私の事よく分かっていないって言ってたね。よく分かっていない同士が揉めてたんだね、不毛な争いをしてしまったね。ごめんな。


 この不毛な争いを経て、話はまとめにかかった。

「つまり、私が今までウケてたと思っていたのは『ギャップ笑い』一本でしかないから飽きられやすくて、私の大声ツッコミは時に人を遠ざけるからそれに拍車を掛けていて、また、『賑やかし』の付き合い方は非常に浅くなりがちだから、深い友人関係も築きにくいと」

ブラックニンジャソードは頷く。「あくまで俺の考えだ」「心当たりあるか?」

「んぁ…」

 自分がこれまでの人間関係の築き方が如何に間違っていたかの総括を述べたので、気が滅入った返事が出来なかったが、大いにある。

 天井を見上げた。

「私は、『賑やかし』だったのか」

「特徴付けるには、まだ要素が少ないけどさ」「『賑やかし』って呼び方もどうかと思うけどな、俺が呼んだんだけど」

「いや、いい呼び方だ」

「コミュ症」より具体性があってよっぽどいい。

 自分の正体を紐解く鍵を見つけて、しばらくボーッとしていた。疲れた。忘れたかった人間関係で失敗した記憶まで呼び起こしたから。

「いつ気づいた?『賑やかし』に」

やっぱり頭が良いコイツは。本当に信頼できる。ブラックニンジャソードはまた、言いにくそうに答えた。

「小学校の頃のお前見たりとか、お前がクラスで上手くいかないって話してる時に、お前が悩んでる事とは別に原因あるような気がして」

「俺の中学高校にもお前と似たような奴が割と居てさ、そいつらって大体…」

 この後に続く話を聞いて、とうとう何も喋れなくなってしまった。前にも言ったが、的確な意見は受け入れがたい。だから何も言えなくなった。


「一学期の終わりとかに爆発的に構われたりするんだけどさ、夏休みとか挟むと飽きられてて。最悪、イジメられたりしてたんだよな」





「デカキャノン」と呼ばれてからの数ヶ月は楽しかった。周りがキャッキャッしてんのを眺めるだけで、誰かに近づいたら「何でこっちに来るの?」と言われるような自分が、まさか喋れるようになるとは思わなかったから。友達も一気に増えた。何かを言ったら笑ってくれた。

 ただそれは一瞬だった。

いつからか何を言っても「何…?」みたいな顔されて、なんとなく鬱陶しがられた。何でもない聞こえる距離で「デブ」だの「豚」だの悪口を言われた。


 私は地元に残りたくなって、遠くの街の中校を受験した。

 だが、遠くの街の中学・高校、そして大学でも、似たような事を起こしてしまった。静かにしてればいいのに、急に変な事をして、注目浴びて、飽きられて、嫌われるのをずっと繰り返した。

 私の学生時代は飽きられて、嫌われるの蓄積でしかなかった。そして、最後の学生生活のはずの大学でも同じ事をしてしまった。


 「うるさ」

柚花さんの声が脳に響いた。随分小さい声だったのに、すぐ横で喋られたように聞こえた。



「私は『賑やかし』じゃないよ」


 思い出したくない声を思い出してたら、また一つ分かった事がある。

 私は「面白くない」と言われなければ何も出来ないと思い込んでいた。逆を言えば「面白い」はあると信じていた。でも、それも無くてただ同じ失敗を繰り返す奴なら…

「キモい奴だよ」

 部屋の空気が完全に止まった。「これ言われたら黙るしかない」みたいな話を聞いた事がある。じゃあそれだ、間違えた。やっぱり私は喋れない奴、会話が苦手だ。我に帰って「ごめん」と言った。

「何で謝んの」

「ごめん」と言ったらその意味聞かれるヤツだ。また間違えた。ブラックニンジャソードは唸る。彼女もいるのに、十年もなぜか駄弁り続けてる説明不能のキモい奴が言い返せないような事呟いてるの地獄だよな、ごめんな。これはそういう意味で謝ってる。

 

 ブラックニンジャソードはベッドから降りて、壁にもたれかかっていた私の向かいに胡座をかく。

 この空気感は知ってる、放課後呼び出されて教室で先生と面談する時の空気感だ。私だけ個人面談の時期じゃないのに頻繁に呼ばれた。この言い辛そうな雰囲気をまさか同級生にさせるとは。

 目の前の男は俯いて、長く唸っている。あんまり長く言葉を探すから、次はどんな現実を突きつけるか恐ろしかった。でも、長い沈黙の後に聞いた言葉は予想外だった。

「お前は、変な大声とか出さなくたって良かったんだって」

 こんな励ますような言い方を、優しい言い方をコイツからされた事がなかった。どうしようもない頭の悪い身内ノリで一日中潰すような間柄だってのに。

「どういう意味?」

 自分の声があまりにも弱々しくて驚いた。今はこの声量しか出ない。

「もっと普通に、まともに出来たんだって」

「普通にって?」

 随分簡単に言うけど。

「周りがやってるような生き方だよ」

「出来るわけないだろ」

 それが出来たら、親に高い授業料払わせておいて、何も残らなかった学生生活送ってきてない。

「あのさ」

「お前の話ずっと聞いてたけど、お前言うほど変じゃないって、お前が思ってるよりは、全然普通の奴だよ。わざと無理して自分が変なキャラ装ってたんじゃなかったのか?自分で、周りから思われてる『変な奴』に成りにいってたんじゃないのか?」

 

 ブラックニンジャソードは頭が良い。この話は何度したかな。でも、コイツの良い所なんだ。自分の頭の良さを他人の為に働かせる男のんだ。

 コイツとは私が地元を逃げたせいで、小学校の二年間しか同じクラスじゃなかったが、時々こうして会って話している。私がクラスで馴染めていない愚痴を一方的に聞かせていた。コイツも、私も、私の事はよく分からない。ただ、私よりは分かっていてもおかしくはない。

 ずっと何か面白い事を言わないと、と思ってた。人より話すのがだいぶ遅れていたから、追いつかないとと焦っていた。周りは私が笑わせるのを待っている、ウケなければ。周りがしないような変な声の出し方をしなければ。周りがしないような音量の声をしなければ。周りがしないポーズを、行動を。ウケないと私なんかただのキモい奴だから。

「何してんの?」「馬鹿じゃないの?」

 そう思われるような行動をとらないと、それでウケないといけない。そうしないと意味ないから。

 コイツが言ってた「芸人気取り」ってそういう事か。何も頑張ってウケようとしなくてよかったんだ、普通に生きている人間は…。


「今更過ぎるって…」

 一番小さな体育座りをして、膝と胸の間に顔を埋めた。十年の時間を行ったり来たりするから疲れる。それでまた今日は、自分の理解者まで見つけた。今まで気づかなかったけど、ずっと近くにいたんだ。

 ブラックニンジャソードはティッシュ箱を差し出した。

「要らないよ」

「泣きそうだから」

「いくつだと思ってんだよ」

 断ってもほら、とティッシュ箱を仕舞わないから二、三枚頂戴する。鼻を噛んだら結構出た。 

「これからどうしよう」

「柚花ちゃんにまた話せばいい、変な話し方しないで」

「そっか…」

 自信がないけど、普通に出来るならそうしたい。でも、ちゃんと普通に話さなければとは思うけど、今はあんまり興味がない。

「彼女さん、元気?」

「うん」

「そっかぁ…」

 

 ブラックニンジャソードは私が最初に出来た友達だ。十年前に教室で友達と遊ぶ約束をしていたブラックニンジャソードの近くを通りがからなければ、私がデカキャノンと呼ばれる事もなかった。急に変なキャラになる事もなければ、「賑やかし」の癖に、「自分は面白いのかもしれない」なんて夢を見る事も無かった。でも、まともに人と喋って友達を作る事もなかった。その友達も大勢失ったけど、十年も話を聞いてくれる友達だけはいてくれた。

 クラスで誰も味方がいないと絶望した時、家に帰ってコイツに会って、受験した先の学校では誰もやらないIQの低い話をして、全部がどうでも良くなるくらい笑う事もなかった。

 ティッシュは二、三枚じゃ足りなかった。ティッシュを追加でもらう。空になる勢いでティッシュを取った。

「お前ってさ」

「何」

 たった二文字しか発していないのに、明らかな鼻声なのが恥ずかしい。


「レズじゃなかったんだな」

「ずっと前から言ってる」


 違ったんだって。

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賑やかしデカキャノン 青箱石鹸 @hohobreaker

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