「おっ、ナイスタイミング。おはようございます。いまドアホン押そうとしてたところです」


「あ、そすか。おはようございます」


「あっははは。すごい。目の下のクマ。おっきい」


「ねれませんでした」


「なんでそんなに緊張してるの。近くの部屋じゃん。荷物もまだ運んでないわけだしさ」


「いや、なんか、あるのよ。ここが分水嶺、みたいなのが」


「分水嶺?」


「検索しなさい」


「ほら。肩貸すよ。寝てないんでしょ?」


「ありがと」


「お布団敷いといたから。ゆっくり寝てね」


「えっ」


「えっ?」


「いきなり?」


「なにが」


「いや、まあ、いい、ですけど」


「よくわかんないな。ちゃんとあなたの口に合わせた薄いスープも作ってあるけど」


「え、ほんと。ありがとう。でも、おなかにたべもの入れて大丈夫かな」


「ん?」


「だってさ、突き上げられた拍子に口からとか」


「突き上げ?」


「だって、寝る、んだよね?」


「あっ、あははは。なにこの人。同棲でいきなりそういうことするとか思ってる。いやらしいわあ」


「えっ」


「あなたが緊張してるだろうからと思って布団敷いただけで、あなたがその気にならない限りこちらから仕掛けることはありませんけど」


「えっ。えっえっ」


「第一さ、こんなにおっきなクマを張り付けてる人をさ、あははは。なんかもうおかしいなあ」


「うそ。うそだから。わすれて」


「たべものおなかに入れて大丈夫って。突き上げ、突き上げって、それ。だめだ笑いがとまらないよ」


「うう。わるかったですね」


「いやいや。こういうのはちゃんと準備がね、できてからにしましょうよ。気が早いですよ。ああ笑った。腹筋が割れるレベル」


「割れてるでしょ」


「まあね。生まれつき、たまたまです」


「一応いっておきますけど、私はいつでも準備できてますから」


「なんの?」


「突き上げの。月のものの安定のためにおくすり飲んでるので。ペットなしでいけます」


「ほら。またそういうこと言ってるとお友だちにしかられるよ。副次効果を目当てにするなって」


「いいえ決めました。スープ飲んでお布団で寝て体力回復したら闘いを始めましょう」


「えっ」


「私がその気になったら仕掛けてくれるんでしょ?」


「えっえっ」


「はい。もう着いてますよ。ドアを開けてください。同棲開始の最初の一歩ですよ。目にクマを張り付けた恋人が、あなたの部屋に住み始めますよ。開門せよ」


「はいはい。かいもぉん」


「よろしい」


「はいストップ。そこで止まりなさい。誰何します」


「誰何?」


「検索しなさい」


「ぐっ」


「通行証を見せよ」


「通行証…」


「あなたの、左手を、見せよ」


「え?」


「脇が甘いんだなあ。あなたが緊張して寝れないという時点で、このサプライズは企画されています。いまプロポーズは成った」


「ゆ、ゆび、ゆびっ、ゆびゆびゆび」


「指輪ですよ。サイズもぴったりのはず」


「うえええん」


「えっ泣くほどですか?」


「お布団入るううう」


「あ、はいはい。よいしょ。スープもいま持っていきますからね。ねこちゃんも、おいで。キャットフードあるよ」


「にゃあ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

眠れぬ幸せ 春嵐 @aiot3110

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ