第38話 日ノ本アーサー王伝説

「アーサー、あんた生きてる!? 生きてるわよね!?」

 ガウェインが歓喜の声を上げて駆け寄ってきた。

 俺は仰向けの状態から腕を上げて、彼女へ無事をアピールした。全身が酷く重いが、命に別状はなさそうだ。俺は爆発の余波で吹き飛ばされていたらしく、ダムを見下ろせる小高い丘の上で横になっていた。

 俺は痛みをしかめっ面で堪え、身を起こした。ガウェインはそんなことはお構いなしと、駆けつけた勢いそのままで俺に抱きつき、喜びをあらわにした。

「やったじゃない! あんたの勝利よ! あんたはやれるって私は信じてたんだからね!?」

 ガウェインは涙ぐみ、指で涙の欠片をすくいとった。

「ありがとうガウェイン。でも、俺一人の力だけで勝てたわけじゃない。こいつは俺たち全員で掴んだ勝利だ」

 俺は仲間と、手元に残っていたエクスカリバー・正宗に感謝の意を送った。日緋色に燃える刀身は一度小さく輝き、俺に応えた。ガウェインはそれに気付き、腕の力を抜いて俺から離れた。

「それ……ニセモノじゃないわよね? ……本物のエクスカリバー?」

「ああ、正真正銘のエクスカリバーだ。こいつが俺の願いに応えて力を貸してくれたんだ」

 彼女によく見えるように、刀を掲げた。

「へ~、流石は伝説の聖剣……竜を一撃で倒すなんて、とんでもない力を持ってるのね……」

「いや、こいつはそんなご大層なもんじゃない。持ち手を選ぶ曰く付きの剣ってだけで、特別な力なんてひとつもない――せいぜい、よく切れる程度の刀さ」

 エクスカリバー・正宗の本質を彼女に語る。この刃に眠る七色の魔力の派手さに目を奪われがちだが、実質は斬ることしかできないただの刀だ。王にふさわしき者を選定するというだけで、日ノ本にいくつかある名刀たちとたいした違いはない。

「でも、あの竜を倒したのは事実でしょ? だったらやっぱり凄いわよ。《竜殺し》の剣になるんだから」

「あ~、そいつについてもちょっとアレなんだけど……」

 頬をかいて後ろに目を送る。俺の言葉に続き、《そいつ》は俺の背中からひょいと顔を出した。

「ヴェッッ!? 何そいつ!? あいつの仲間!?」

 そいつの顔を見るなり、ガウェインは跳びはね、慌ててガラティーン・虎鉄を抜き放った。

「落ち着けよガウェイン。こいつはもう何もしないよ」

 彼女をからかうように笑うと、俺の肩から顔を出した、一匹の黒ヘビに目を向けた。

「こいつがあの竜の正体だったんだ」と、黒ヘビの頭を撫でる。「……どういうこと?」といまだいぶかしんで警戒を解かないガウェインに、俺は説明をすることにした。

「元々、こいつはクロベ川の守り神様だったんだ。それが何らかの原因であの竜に化けて、暴走して川を氾濫させていたんだ。……これは俺の考えだけど、恐らくあの竜についていた水晶の角が元凶なんだと思う。だから俺は竜を斬るんじゃなくて、あの水晶の角の方を斬った。そうしたらこいつは元に戻った。だからもうこいつには悪さをする力も、理由もないんだ」

 その言は正しかったようで、小さな黒ヘビとなった守り神様は『ピィ』と小さく鳴いた。

「ふぅ~ん、そういう事情だったのね……」

 ガウェインは納得したらしく、刀を収めた。彼女は俺を起こそうと、手を差し出した。

「それじゃあこの話はもう解決したってことでいいわよね? 長かったけど、これでようやく終わったのね」

「いや、まだ終わってないさ」

 ガウェインの手を取って立ち上がる。

「これからが、本当の始まりなんだ」

 俺は、小高い丘から一望できる外の世界へと振り返った。

 眼下に広がっていた荒野の大地は一転、緑の生い茂る大地へと変貌を遂げていた。

 川の氾濫は全て治まり、下流の町はかつての姿を取り戻していた。あれほどまで乾いていた大地には新緑が芽吹き、豊かに輝いている。茜色に染まりかけていた空の果てからは鳥の群れが流れ着き、氾濫の名残を示す湖に羽を下ろしている。

 あの水晶の角を砕いたことにより、奪われていた大地の生命力があるべき場所へと還ったのだ。これでもう、大地が荒廃することはないだろう。俺はかつての力を取り戻したトヤマの地を見渡し、そこでようやく一息ついた。

『いたぞ! あそこにいる!』

 にわかに人の声が響いた。見れば、丘の下で俺たちを探していた町の人々が俺たちに気付いたらしく、手を振っている。

 俺たちが手を振って答えてみせると、一際大きな歓声が返った。

 ケイは丘へと一目散に走り、その後ろを興奮した様子のペディヴィエールが続く。ランスロットはほっとした表情を見せ、その隣のマーリンは「ようやく肩の荷が下りた」と安心した様子でとんがり帽子のつばをいじっている。ユーサーは何も言わずにいたが、その瞳は賞賛と喜びに満ち溢れていた。

「これで文句なし、アーサー王の誕生ね」

 そんな情景を背にして、ガウェインは俺を茶化した。

「まだ早いよ。これから色々とやらなきゃいけないことが一杯あるんだし」

 そのやらなければいけないことの数々を思い浮かべ、俺は肩をすくめて微笑んだ。

 すると、ガウェインも同じ顔になって笑った。

「そうね、まずは、私があんたの騎士になるところから始めましょうか」

「……その約束、本気だったのか? てっきり冗談で言ったのかと思ってたぞ」

「何よ、あんたは本気じゃなかったの?」

 ガウェインは俺をきつく睨んだ。俺は詫びるように苦笑いを浮かべた。

「いや、俺は本気だったよ」

「そう、なら問題ないわね」

 夕日に照らされるまま、互いに顔を見合わせ、笑顔の花を咲かせた。そして今一度、二人で丘の下に広がる世界を見渡した。

 綺麗だった。こんな綺麗な世界を俺がこれから守らなければいけないのだと、俺はその事実と責任を深く噛み締めた。

「さて、アーサー王。これから何をしましょうか?」

 ガウェインが改まる。

「そうだな……」

 忠実なる臣下となった者の言葉に、俺は暫し考えた。

 戦いによって残った爪痕は癒さなければならない。怪我人はどうするのか、協力してくれた者たちへの礼はどうするのか、明日からのことを考えなければならない。豊かとなった大地をめぐり、新たな争いが起きる可能性もある。それに、どうしてあの黒竜が生まれたのかわからない。災いを招いたあの水晶の角には、何か意図的な狙いでもあったのだろうか。

 さまざまな考えと憶測を巡らせて悩み抜き、しかしそこで俺は、「悩むまでもないだろう」と頷いた。


「とりあえず、みんなで腹一杯メシでも食べるか」


 それが、俺が王となって下した最初の決断だった。

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日ノ本アーサー王伝説 ~都道府県編~ アカサオオジ @akasaozi

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