あの夏の夜

@yutaka-h

出会いと別れ

朝露がきらめく朝、小鳥のさえずりで目が覚めた。

窓を開けると葉についた水滴に雨上がりの空と、明るい世界が映り込んでいる。

全てを綺麗に映し出す朝露を見てあの日を思い出した。

きっと僕は、あの日のことを忘れる事はないだろう。




眠い目をこすりながら朝食の仕度を始めた。

夏が近づいてきているようで、とても蒸し暑かった。

額に滴る汗を拭きながら支度をしていると、何処かから小鳥のさえずりが聞こえる。

優しくて、楽しそうな小鳥の声。

少し前、飛んでいってしまった鳥を思い出して、また涙が出る…

あの時僕がちゃんとしていれば…

可愛がっていれば…

最近、自己嫌悪ばかりしている気がする…

いつか、僕の元に帰ってきてくれる事を祈って僕は籠を外に出した。



なかなか食事が喉を通らない。

もうそろそろあの出来事があってから1年が経つ。

あの日も晴れの日だった…。

夏は僕らの別れの季節…






青空の下、僕は歩いてコンビニに向かう。

水溜まりが映し出す空があまりにも綺麗で、

でもそれが辛くて、踏み潰すように空を崩した。

水溜まりが崩れて空は消えたが、何も無かったように照らしつける日差しは僕を憂鬱にした…


僕はマスクは付けないと外にも出られない。

いじめをきっかけに人間不信になってしまった僕は外に出ることもままならない。

素顔でいるなんて無理だし、人の多いところはもっとダメだ…。

だからマスクを付けて隠すんだ。

醜い感情も、笑うことの出来ない表情も。

周りの人が憎くて、幸せそうな姿が羨ましくて、時々全てを壊したくなる。

過去が僕を苦しめる…

だから家にこもってばかりだった。


けど…

最近は外に少しでも出られるように頑張っている。

彼女との果たせなかった約束のために…。





ひとすじの煙が空に向かっていく。

線香が彼女に届いているだろうか…

頬を伝う涙が地面に落ちた。

そのとき、ふと彼女の言葉が頭をよぎる。


「付き合ってください。」


あのときはとても幸せだった。

なんの取り柄もない僕が、こんなに幸せでいいのかと…

嬉しくて、でも幸せに出来るか不安で…

ずっと泣いていた僕を彼女は慰めてくれた。



思い出に浸っていると涙が頬を伝って落ちていくのがわかった。

涙はとうの昔に枯れたはずなのに、何故か止まらなくて…

地面に大きなシミを作った。

僕は一生、あの時の自分を恨み続けるだろう。






3年前…


飼っている小鳥の声で目が覚めた。

目を擦りながら時計に目を向けると、もう8:30…

遅刻だ…

急いで着替えて慌てて支度をした。

家を飛び出して駅に向かって走っていると、胸元にすごい衝撃がきた。

ドスン…という音と共に苦しそうな声が聞こえた。

下を見ると、手と足が擦れて血だらけの女の子が泣いている…。

ごめんなさい…と謝りながらタオルを差し出した。

それが彼女との出逢いだった。

膝を擦りむいて歩けない彼女を支えながら学校に行った。

僕の不注意で転ばせて怪我をさせてしまったことのお詫びをしたくて、勇気を出して話かけてメールアドレスを貰った。


…その日の授業は頭に入ってこなかった。

相手を転ばせてしまったことの申し訳なさや後悔で頭がいっぱいで…



学校が終わると同時に僕はメールを開いた。


「今朝はごめんなさい。

怪我していませんでしたか?」


これだけでいいとは思えなかったけど、これ以上思いつかなかった。

震える手で送信ボタンを押す…



数分後…

僕の携帯が鳴った。

確認してみると、それは彼女からの返信だった。


「大丈夫だよ!そんなに気にしないで!

怪我は擦りむいたくらいだから大丈夫。

心配してくれてありがとう。」


そんなメールが来て僕はホッとした。




しかし、次の日から彼女は学校に来なくなってしまった。

あの時に怪我をしていたらしく、病院にいて学校に来れなかったらしい。

彼女は僕に気を遣ってその事を伝えなかったみたいだ…

僕は数日後にその事を知って…

その話を聞いて、気が気でなくて急いで彼女のお見舞いに行った。

雨が降っていたが、僕はそれに構わず走って彼女のいる病院に行った。



ドアをノックして病室に入り、何度も何度も謝った。

そんな僕に

「もう大丈夫だから謝らないで…?

それより…そんなにびしょびしょになって風邪ひいちゃうよ?よかったらこのタオル使って?」

と言って可愛らしいタオルを渡してくれた。

僕のせいで彼女は怪我をしてしまったのに…

彼女は、そんな僕にもとても優しかった。



退院するまで毎日お見舞いに行った。

話していくうちに趣味が一緒だったり共通点があったりしてどんどん仲良くなっていった。

休みの日にどこかに行ったりしたのも今となってはいい思い出だ。






学校帰りに僕は神社の前を通りすぎた。

ふとあの時を思い出す。

最初で最後だった夏祭り…

君は「はぐれないように…」と呟いて僕の裾をぎゅっと掴んでいた。

雲一つない空に浮かんだ月が僕らを照らす。

静けさがずっと続いたような…

そんな夏空の下で僕らは二人、花火を見ていた。

雨上がりの空には花火と月が輝いていて、

水たまりに映る花火はとても綺麗だった。

僕の瞳には水たまりを見てはしゃぐ君の姿が映っていた。




思い出すと君の愛しさに走り寄りたくなる。

君の優しさに縋りたくなってしまう…

もう君と会う前の僕には戻れない…

もう君のことを忘れられない…




涙を流す僕を置いて、

あの夜はあっという間に過ぎてしまった。




時があの夜を連れて行ってしまって、

君と見ていた空を暗く染め上げていく。

君との思い出が消えていってしまうようで…

毎日その寂しさに涙を流した。

あの空の先に、空葬いとなったあなたはいますか…?

ねぇ…答えてよ…。

僕を一人にしないで…






綿菓子を食べている君の横顔がとても可愛くて、見ているのが恥ずかしくて。

周りを行き交う人によそ見していた。

そうとも知らずに君は

「ねぇ…他の誰かの方がいいの?…」

と悲しそうに僕に問いかけてきた。

違うよ。と答えても君は「もういいよ!」と言って人混みの向こうに消えていってしまった。



あの時後から追いかけていれば…。

あの時、君を見ていれば…。



喧嘩出来ていたのも君が傍に居たから出来ていたんだと君が居なくなってからはじめて気がついた。

君が居ない人生はもう耐えられないよ…

お願い…帰ってきて…。






あれからしばらく経って、

僕はまだ君を探している。

すれ違ってしまって…

その経路を辿るだけでも僕の心はボロボロになってしまう…。

君は怒って人混みに消えてしまった時、最後にこう言った。

今でも鮮明に覚えてる。


「気づかないふりしたくせに…」


そうだ…僕は気づいていなかったんだ…

君がそんなに嫉妬してくれていることに。

どれだけ僕を愛してくれていたか…。

けど…気づいた時はもう遅かった…






君が居なくなってから2回目の夏が来た。

あの神社から君が出てきそうな気がして…

君の声が聞こえそうな気がして…

気がついたら神社に向かっていた。

神社の境内はとても静かで、僕の歩く音だけが響いている気がした。

君はもう居ないんだと諦めかけて帰ろうとした時、君の後ろ姿が見えた気がした。

「待って!」

僕は必死に叫んで走った。

その時…

大きな花火が空に上がった。

空を見上げるとどこか悲しそうな笑顔で君が花火を見てる。そんなような気がした。

飽きるまで君と見ていた空は、大きな花火に照らされて明るくなっている。

この空はどこまで続くのか…

だんだん花火の音が小さくなっていく…。

君が居なくなってしまうような気がして、僕は空に手を伸ばした。

涙が頬を伝う…。

僕の涙が乾いた時、最後の花火が上がった。

小さくなって光とともに消えていく音の先に、まだ君はいますか…?



僕もこれから君の元へ…。




さようなら…

またここで逢おう…












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