祭囃子の鳴り終わる前に
にのまえ あきら
真夏の良き日。雲は高く、晴れていた。
夕暮れの陽射しが薄暗い雑木林を掻き分けて、僕らのお面を照らしていた。
「みんな、集まったな」
背丈の違う五人が頷けば、お面が陽射しを受けてそれぞれに煌めく。
「
ゆっくりと点呼を取る。
それぞれのお面がパーソナルマークであり、コードネームだ。
呼び終わったところで山の頂上を見やれば、祭囃子が中腹にいる僕らの元にまで届いた。
古いカセットから流れるノイズ混じりの一音一音は聞くたびに腹の底に溜まるようだった。
「何があろうと己の役割を忘れるな、怠るな、軽んじるな。今日この日の為、あの子の為に僕らは牙を研いできた」
上は今ごろ宴もたけなわだろう。
もうじき、祭りの目玉にして主目的の演目が始まる。
贄となる巫女が、御神体の前で祈りの舞を捧げるのだ。
祭り本来の意味も内容もさして知らない、興味のない大多数は初めの数秒だけ目を向けて、後は親しい人たちとの歓談に戻ることだろう。
そう、知らない。
知るべくもない。
元は贄となる少女が本当に殺されていたことなど。
今は神主が意味を捻じ曲げ、巫女にその純潔を捧げさせていることなど。
数年ぶりに舞が復活した、本当の理由など。
あの子は言った。
『お姉ちゃんは、泣いて帰ってきた』
あの子は言った。
『お父さんも、お母さんも、何も言わなかった、言えなかった』
あの子は言った。
『お姉ちゃんの葬式の後、部屋で手紙を見つけたの』
それは遺書だった。
『「余所者じゃなくなると、家族を守れると言われて引き受けてしまった。どうか、助けてくれる人を見つけて。あなたなら、きっと見つけられる」』
あの子は言った。泣きながら。
『そうじゃないと、あなたこそ絶対に犯される、って』
馬鹿な話だと笑うことはおろか「馬鹿な話だ」と言うことすらできなかった。
僕は彼女が好きだった。
山向こうからやってきた、僕と違う彼女。
家族が大好きだった、僕と同じ彼女。
一緒に上京しよう、こんな山奥から出てやろうと語った彼女。
祭りの後日、身投げした遺体が川の下流で見つかった彼女。
御山の大将、酒池肉林に坐して
あの神主はいったい何人を喰ってきたのだろうか。
いつから自分自身が災厄の神に成り果てたのだろうか。
知る由もない。
知る意味もない。
彼女の葬式で、女衆が死人のような顔をしていたことなど。
僕らの知り合いに父親のいない子どもが何人かいることなど。
ただ、やるべきことをやるだけだ。
祭囃子が鳴り止んだ。
ああ、もうじき始まる。
「紅鼠、行けるか」
呼べば、僕よりも背丈の低い紅鼠が小さい拳を握りしめる。
顔の向きはまっすぐ山の頂上へ。
お面が無ければ、その瞳には不安と熱情の
そういえば、明日二人きりで遊びに行く約束をしているのだと言っていたか。
陽が落ちる。
先ほどよりずっと流麗な祭囃子が聞こえてくる。生の演奏だ。
「明日はきっと、良い日にしよう」
僕の合図に皆が頷き、走り出す。
僕も山頂を見据え、お面を付ける。
彼女が好きだった
嗚呼、我ら大逆の義賊。天狗でも良い。
今こそ巫女を連れ去ろう。
願わくば、神に死を。
祭囃子の鳴り終わる前に にのまえ あきら @allforone012
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