第5話
老人はただ黙ってこちらを見ている。
アイルさんには見えていないのか、僕の事を不思議そうに見ている。
まあ、きっとその方がアイルさんにとっては都合が良いかもしれない。
僕はきっとあの老人と戦う。
根拠なんて無い。でも、避けることは出来ないと思えた。
辺りに倒れている村人を確認すると一人だけ微かに呼吸をしている少年がいることに気付いた。
その少年の胸元へ生命魔法の1つ、レバスクを使い呼吸器を正常に戻した。
「アイルさんこの子を連れて東に逃げてください」
「えっ…」
「僕の魔法で、ある程度の傷は治療しました。
ここから東にある、リングニューグという町まで逃げてください。
事情を話せば、分かってくれる人がいるはずです」
「あ、あの、璃空さん? 何がなんだか…
……っ。
…ハイ、ワカリマシタ。」
「…っ?」
アイルさんの喋り方が急に無機質になったと思ったら、少年を抱き抱え、足早に東の方へと走っていった。
都合が良いとはいえ、ちょっと不気味だったな…
とまぁ、そんな事は置いといて、あの村を調べないと!
流石にあのおじいさんがいる村の入口っぽい所からは入りづらいから飛行魔法で柵を超えて行くけど…
「えっと、たしか飛行魔法の使い方は……」
身体中の魔力を循環させるのではなく発するようにして、こう言うんだっけ。
「‐アグリア‐」
そう呟くと、体は不安定ながらも浮遊した。
「おお! ホントに浮いた!」
‐アグリア‐
どこかの国の二つの言葉が混じって出来た名前らしいけど、よくは知らない。
クロノス様が言うには、飛行魔法は元々数十秒の詠唱の後に自分以外に二人の魔力を使い発動する能力だったけど、守護者様?って人がこの言葉を使ったところ、凄く簡単に色んな人が飛行魔法を使えたので、それを広めないようにするのに苦労したって言ってたっけ。
広めないようにした理由は世界のバランスが乱れるからって事だったけど…
むしろバランスが乱れるくらいに広まった方が苦しい思いをする転生者の人は減るんじゃ…?
まあ、今はそれを深掘りする必要はないか。
考え込んでるうちに飛行能力も上がってきたし、これならしばらく飛んでいられる。
(数百メートルの距離を動くのは初めてだし、四割ぐらいのスピードで行った方がいいよね)
アグリアで村の中へと入ると、やっぱり全ての家屋から煙が上がっていた。
でも、不思議なことに人の魔力は感知できない。
(森の中ではこの村から、たくさんの人の魔力が感じ取れてたのにいったい…
とりあえず火を消しておくか。 森に引火して二次災害が起きたら堪ったものじゃない)
「瑠璃の剣よ、その刀身に水を纏え」
言葉に呼応し、村の近くにあった川の水が剣の周囲を包む。
『瑠璃の剣には2つの力がある』
『2つの力、ですか?』
『うん。 1つは、剣に宿る魔力と使用者…つまり璃空くんの魔力を融合させることで解放される力 聖奥。
そしてもう1つは四大元素の1つである水を操る力だ。
これにより、近くに水があれば、それを使って攻撃、防御、治癒なんかも出来ちゃうんだ! 凄いだろ!』
『おお~! 凄いです!』
『さらに! 雨雲呼び出して雨を降らせることも出来る!
…ただ、これは使用者である璃空くんへの負担も大きい。
なんせ自然の摂理を乱すことになるからね。
だから、水を操る場合は、できるだけ近くにある水源を利用すること。いいね?』
確かに、有る水を集めるだけなら魔力の負担は一切無い。
「水よ、弾けて、散れ」
魔力を剣に押し込めると、剣を包んでいた水は重力に従い、雨のように村へと降り注いだ。
(神聖魔法の力も加えているから、悪魔や悪霊が原因でも火は消えるはず…)
燃え盛っていた建物は水で消火され、立ち上っていた煙は光に包まれるように消えていった。
煙の消え方からして、やはり悪魔絡みらしい。
「…っ。」
地上15メートル付近を浮遊している僕を村の入口付近にいる老人は向きを変え、じっと見ている。
現状、何も行動を示さないので後にしておこう
最初に高台に建てられた大きな家の中を調べた
他の家よりもしっかりとした作りからして村長の家だろう
「おじゃましまーす…」
人の気配はしない
台所には料理の途中だったのかコンロの火は点いており、作りかけの料理がいくつかあった
まるでさっきまで其処にいたのかと思ってしまう
コンロを消し、今度は二階へと向かう
ガタッ!
それは階段に脚をかけた時だった
上から物音がし、一瞬だけ微かな生命の魔力を感じた
急いで駆け上がると階段から最も離れた部屋の扉が半開きになっていた
さっき感知した魔力反応はあの部屋からだ
自身の魔力で納めていた瑠璃の剣を顕現させ、奥の部屋へと歩を進める
最悪、聖奥で事足りなければ、林檎を解放すれば何とかなるはずだ。
バンッ!
扉をおもいっきり開け、その瞬間に聖奥を繰り出せるよう魔力を解放する
「っ…。」
しかし、その部屋には誰一人いなかった
ただ一つ違和感があるなら、二つあるうちの一つのベットシーツがグシャグシャになっていたことだ。
(さっきのは勘違いだったのかな…でも、魔力だけじゃなく音もしたわけだしそんなはずは…)
不可思議な状況に頭を抱えていた
その時だった
フッ、と部屋が暗くなる
暗くなると言っても闇夜のような暗さではなく、太陽が隠れたような暗さだ
周囲を見回す
部屋には可愛らしいピンクのベット、服が入っているであろうクローゼット、窓の隣に勉強机がある
一見すると何ら可笑しなところは無いが…
机横の窓を開け、村を眺める
…人どころか獣一匹すらいない
穏やかな風が草木や影を揺れ動かすだ…け…?
(‐アグリア‐!)
「‐サトゥルクス‐!」
窓から外へと出ていき、陽の当たらない建物の影や内部に行き渡るほどの光魔法を展開させると、それは断末魔の叫びを上げつつ、主人である老人の影へと帰っていった
(やっぱりか!)
穏やかな風が草木や影を揺れ動かす
草木の影ならまだしも、建物の影が穏やかと言えるほどの風で動くなんてありえない
という事は、揺れ動いていたのではなく、そこにいたと云う方が正しい
そしてそれを行ったのは…
「やっぱり貴方なんですよね
この村の人が消えている原因は」
「…。」
老人は目だけを動かしこちらを見る
黙って見合っていると、老人は掠れながらも言葉を発しようとしていた
「悪魔崇拝というものを君は知っているか?」
「悪魔…崇拝……?」
老人は首を縦に振ると、また語り始めた
「それは人が地位を権力を名誉を得るために悪魔をその身に宿すための行為らしい。勿論、誓約は存在はするがな…
一つ、神の使徒たるキリストを信仰していけない
二つ、崇拝するのは悪魔でありサタンではない
そして三つ…」
言った途端に老人の影が不気味に動いた
ぐにゃぐにゃと不規則に
老人の動きとは全く異なる動きをしながら、影の中からは悪魔の手が半裸の子供を握っていた
子供は恐怖のあまり声が出せていなかったが、涙ながらに助けてと訴えている
「っ!」
「三つ、悪魔への供物は供えた後に崇拝する者が消費すること。
その供物は如何なる時であれ、穢れ無き幼子でなくてはならない」
バキボキバキバキ!
遅かった
あまりにも恐ろしい光景に判断が遅れた
影で造られた手に握り潰された子供は力無く手の中で凭れ、再び影へと吸収されていった
吸収された後にバリボリと骨を噛み砕くような音が聴こえる
音が静まると老人は「さて」と一息吐き、また別の人を影から出した
「あ…」
思わず声が出た
だってその人はさっき自分が逃げろと見送った人なのだから
「なんで…アイルさんが…」
「なぜ、この少年がと考えているようだが、それは違う」
「なに…?」
「この少年は契約をし、その対価である自らの肉体の一部を払わなかった
故に見せしめとしてこの村の人間を万魔殿送りにし、残った子供を我が喰った。ただ、それだけだ」
「……っ。」
「この者が自らの身を厭わなければ、このような結末にはならなかった」
「じゃあ、あの時、アイルさんの様子が可笑しかったのは…」
「あの時? 汝の言う「あの時」というのが、我と対面した先程の事であるのならそれは見当違いだ」
「えっ…?」
「アイルという少年は既に狂っている。五年前に怠惰の祀石にて願ったその時からアレは人間の皮を被った化物だ
無論、その化物と数年の時を共に過ごしてきたこの村の人間たちもな」
老人はアイル、そしてルーパス村の人間を化物と言い切った
「化物…」
「なにか間違っているかな?」
「いくら化物でも、あんな顔をして助けを求めるんですか…?」
「化物とは書いて字のごとく化かす物だ
自らの益となることであれば容易であろう」
「じゃあ僕がその化物を助けると言ったら…?」
「助ける、か…
それが汝の願いであるのなら止めはせん。だが…
我は秩序の為、汝の自由を奪うことだろう」
「秩序…? 悪魔の居城である万魔殿へ送り込んで、子供を喰らって悪魔崇拝を謳う貴方が秩序?」
「それは偏見だな、実に人間らしい
悪魔崇拝と秩序は=イコールにはならない。それは何故だ?」
「秩序は物事の正しさという意味がある。 正しさの概念から大きく外れた存在である悪魔を崇拝している人間が語っていい言葉じゃない」
「それは善と悪、双方の視点から言えることだ。
善人は物事の正しさのために秩序を振りかざす者もいる。
だが、悪人から言わせれば、自分達のやっていることこそが正しさ以外のなにものでもない。
故に悪人としての秩序がある。
それは決して社会的な正しさ等ではなく、盗んだ宝を平等に分ける、裏切り者へ罰を与えるといった事も秩序となるのだ」
「そんなのは屁理屈だ。 貴方の言っていることは全部言い訳でしか…」
「言い訳をして、悪人を救おうとしている汝がそれを言ってしまうのか、愚かだな」
「……」
何も言えなかった。
もしも老人の言うようにアイルさんが既に人間でなかったら、僕は知らぬ間に自分の敵となる存在を救っていたことになる。
「フッ…所詮はその程度の信念 それでは救うことが出来ても…」
「っ!? 今、救うことが出来るって…」
「ああ、言った」
「っ……」
「どうして言わなかったという風な顔だな。
救うことが出来ないという考えでいたのは汝であり、我は救えんとは一度も言っていない。 それだけのことだ」
「で、でも…言ってくれたって…」
「本気で救えると思っているのか?」
「救います! 絶対に!」
璃空は即座に答えた。
しかし、老人は呆れた顔をしながらアイルを影へと押し戻した。
「っ! アイルさん!」
「勘違いをするな、汝に選択の余地など無い
欲しいのであれば力づくで奪ってみろ」
「っ━━━! 聖奥…解放…っ!」
怒りをぶつけるように聖奥を放った。
「ラズリ…オヂティス!」
瑠璃の剣の一刀で老人の身体は真っ二つに裂け、捕らわれていたアイルさんを影から離すことができた。
「アイルさん…アイルさん…!」
「う、うぅ…」
「アイルさん!」
「私は…」
「良かった…本当に…」
「璃空さん、一体、なにがどうなって…」
「大丈夫です…必ず、何とかします!」
「愚か者が…」
「ッ!?」
真後ろには肉体を切断したはずの老人が何事もなかったかのように真っ黒な大鉈を振り下ろそうとする瞬間だった。
大鉈は二人まとめて押し潰す勢いだった。
だが、その一撃はラズリ・オヂティスの余力が残った瑠璃の剣で防いだことで難を逃れた。
「ぐっ…!」
「ほう…その様な代物を只の人間に与えるとは、時間神も甘くなったものだ」
「僕は相当変わり者だって言ってましたよ…」
「我が斬撃を一寸の距離で止めるのみでも及第点だが、言葉を交えるほどの余裕があるとは……
今までの転生者と比べれば楽しめそうだ」
余裕…? 冗談じゃない!
後、数センチでミンチになる奴が余裕を持ってるように見えますか、ああ、そうですか!
「ぐっ…ぐぐ……」
「フフフ……どうした? もっと本気でも構わんぞ?」
これでもかってほどにコケにしてるのが分かる。
こっちだって必死だっていうのに、この老人はそれを楽しんでいる…!
(そんなに遊びたいなら……もっと楽しくしなくちゃ…ね!)
「聖奥…解放…
もう一発くらって…吹っ飛べぇぇぇぇ!!!」
二度目の聖奥を至近距離で放ったことにより、老人との距離を開け、おぼつかない足を確りと立たせる。
どうだ!コレが火事場の馬鹿力だ!
…とはいえ、正直、左腕が麻痺してるんじゃないかってぐらいに痺れてる。
自称化物認定しているちょっと可笑しなおじいさんなら、逃げれば良いんだけど…
「フゥゥゥゥゥゥ……ククク……」
これは……ちょっとヤバイかも…!?
「あ、あのー…」
「ん? どうした?」
「 質問タイムとかって有ります?」
「???」
おじいさんはポカンとしていた。
そりゃあそうだよねぇ! この緊迫した状況で質問タイムって何!? どういう思考してたらそんな事言えんの!?
いや、言ってんのは僕なんだけど!
ってか、おじいさんスッッッッッゴイ睨んでる気がするぅぅぅぅ!!!
「いや、えっと…ですね…」
「構わん、一つだけ答えてやろう」
「えっ?!」
あっさりOKをもらえてしまった…
「じゃ、じゃあ、一つだけ……
僕はアイルさんを助けるために聖奥を使って貴方の体を切り裂きました。
でも、貴方は僕が後ろを見せていた数秒ですぐに戻った。
貴方はベルフェゴールじゃないですよね?」
「……」
否定をしないということは、この考察が完全な間違いではないという立証だ。
「その問いに対しての答えは正解であり、不正解だ。
確かに我はベルフェゴールではない。
だが、ベルフェゴールと縁無き者というわけではない」
「それは分かっています。 貴方の再生能力は肉体は瞬間的に復活させても、傷は癒えていない」
「ッ!?」
「森で戦ったときと同じ位の腕力があれば、僕は聖奥で押し戻す事も出来なければ、防ぐことすら出来なかった筈ですから。
僕がどうにか持ちこたえられたのは、貴方の不完全な再生能力のお陰だった。
つまり、貴方の能力は不死身であること。
ただし、不死なのは身体であって、内から壊せばどうとでもなる。 違いますか?」
「フフッ…」
おじいさんは首を縦に振った。
「そこまで分かっているのなら何故そうしない?」
「僕に貴方を負かすほどの力が今は無いからです。
正面からやり合えば成す術無く第二の人生が半日で終わってしまいます。
だから…」
「…?」
瑠璃の剣の魔力と全身の魔力を融合させる。
「僕は…」
使用できるのは八回。
それはきっとクロノス様の厚意だったのだろう。
もし7回なら全ての大罪を葬った後に肉体も残らず消えてしまうから。
「聖奥武装…」
青い光が体を守るための体の周囲に集まる。
何もない虚空に掌を広げる。
「蒼天なる林檎よ」
言葉に呼応し、光は手の平の上で空のように青い果実へと姿を変えた。
現れた果実を口元へと近づけ、そっと一齧りした。
瞬間、閉じ込められていた魔力は解放され、青い影を投影したような瑠璃色の鎧となり身に纏われていた。
不思議と驚きはしなかった。
きっと、どこかでこのぐらいの事なら起きると思っていたのかもしれない。
…何故だろう。 この鎧は身に付けていると懐かしい感じがする。
記憶なんて無いのに。
ずっと誰かといたような…誰かのためにがむしゃらだった幼い頃の気持ち…
「成る程。 それが汝の真の姿か」
「真の姿、といっても、今回を除けば後7回しか使えないですけどね。
僕はまだ死ねません。
僕に新たな命を与えてくれたクロノス様のため、そして、僕を受け入れてくれた人のため……
ここで貴方には退いてもらいます」
罪に願いを 怠惰の継承者 百瀬麟太郎 @mmsrntru
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