第4話 祠の悪霊

どういうことだ?

 あれは夢だったのか?

 身体には傷一つ無く、さっきまでの恐ろしい気配も感じない……


「璃空さん…?」

「へっ…ああ、いや、何でもないです!」


 まあ、今は深く考えなくてもいいか。

 それよりも…


「アイルさん、貴方のせいでルーパス村の人が転生者を嫌うようになったって、どういうことなんですか?」

「っ…」


 穏やかだった空気感が突如張りつめた。


「どうしてその事を…」

「えっ、だってさっき━━━」


 この瞬間気付いた。

 さっき起きた事は全て無かった事になっているんだと。

 誰の意図かは分からないけど、僕の傷を無かったことにするために、ここで起きた事象を全て起きる前にした。

 或いは、あの出来事が起きないよう強制的に別の分岐を選ばせた。


 ともかく、ここはアイルさんに怪しまれないようにしておこう。


「ああ、いや、さっき、ルーパス村でそんな話を耳にしたので、どういうことなんだろうなぁって…」

「そ、そうだったんですね…」


 誤魔化せた、かな?


「その通りです。 あの村の人達は私の事を過剰に評価してくれています。

 ですが、私にそんな価値は無いんです」


━━━━━━━━━━━━━━


「五年前の今日、その頃はまだ生きていた両親にルーパスの次期村長を決める話で私が候補に上がったんです。

 でも、その頃の私はもっと広い世界を見たいと望んだ。

 代々決まりであったはずのこの村の長となることを怠ろうとした。

 そんな時です。 アイツに出会ったのは…」

「アイツ?」

「はい」


「その話の後、何もかもが嫌になった私は、この森へと一人逃げてきました。

 この森は昔から子供の隠れ家になるような木の空洞が多かったので。

 そして、見つけてしまったんです。 あの祠を」


「祠は六枚の羽を背に靡かせる複合した動物の絵が描かれていました。

 熊、牛、ロバ、ナマケモノ、蝸牛、それらの頭が鳥の身体から出ようと踠いている絵でした」


「何を思ったのか私は、その祠に近づき願ってしまったのです

 自分を村の長にしようとする両親を黙らせてほしいと…!」


「願いは叶いました。

 翌日、村へ戻ると私の家は原因不明の火災が起き、どれほど消火させようとしても火の勢いが止まることは無く、弱まっていく頃には家の中から人間の骨特有の臭いがしたそうです。

 そしてその光景を目の当たりにした私にアイツが言ったんです」


『願いは果たした。 対価として貴様のカラダを我の床として使わせてもらおう。

 時が来るまでな…』


「不気味な老人の声でした。

 周りには私以外の村人たちも集まり消火活動に取り組んでいましたが、声が聞こえていたのは私だけだったらしく…

 その事に関して後日、叔父や村人たちに聞いてみても、気が動転していたから幻聴でも聞いたのだろうと言われてしまいました…」

「そんな事が…」

「信じてくれとは言いません。

 ですが、私と一緒にあの祠に同行してはもらえないでしょうか」


 信じない。

 この世界にやって来る前の僕なら、そんな話聞いても馬鹿馬鹿しいと思い、そう答えたのかもしれない。

 信じられないと思っているのは、それが自らの過ちだったからなのだろう。

 罪を自白し、その上で助けを求めるなんて矛盾ある行為をするほど、アイルさんは異常な人には見えないし、僕以外の人もそう思うはずだ。


「わかりました。 その祠の場所へ案内してください」

「…っ! ありがとうございます!」


 アイルさんの瞳は潤んでいた。

 この五年間、自分の罪を自分自身でも許せなかったからこそ、打ち明ける事が出来て安堵したのだろう。

 辛ければ死ぬことも選べた。

 でも、選ばなかった。

 それは、彼が自らの罪と向き合いたかったから。

 罪滅ぼしとまではいかなくとも、けじめを着けたかった。


「本当にありがとうございます…」

「お礼ならその祠の悪魔を倒してからにしましょう?」


 もっとも、僕一人でその悪魔に勝てるかは分からない…けど、僕一人の命で誰かが救えるのなら、それ以上に幸せな事は無い。


 しばらく進むと苔で覆われた小さな石の塊が現れた。

 木々の雰囲気もさっきよりも暗く、張り詰めている感覚が分かる。


「アイルさん、これがその祠ですか?」

「……」

「…? アイルさん?」

「っ! なんですか?」


 なんだ…今、一瞬上の空みたいに反応を示さなかったけど…


「えっと、この石の小さい家みたいなのが、悪魔が封印されている祠で間違いないんですよね?」

「っ、はい! そうです。 この祠に悪魔が…」


 …やっぱり変だ。


「あの、体調でも優れませんか?」

「え、どうしてです?」

「いや、なんかさっきからボーッとしているので具合でも悪いのかなと」

「いえ! ただ、ここに来るのが久しぶりだったので少し緊張してしまいました…」

「そうだったんですね。 ちょっと安心しました」

「安心ですか?」

「はい。 アイルさんが体調を悪くした場合、僕が村まで送る事になります。でも、僕は村に近づいただけで危険視されています。

 そんな時に次期村長であるアイルさんを連れて村に向かえばアイルさんにも嫌な思いをさせてしまうと思ったので…

 まあ、考えすぎなんですけどね!」


 璃空は笑って誤魔化した。

 アイルは戸惑った表情を浮かべながらも


「あ、ああ…そうですね。 お気をつかわせてしまいました」


 と笑った。


「しっかし古いですね」

「はい。 予測ではありますけど、最低でも三千年はここにある祠なので」

「三千年!? ん?三千年って…」


 たしかクロノス様が話してた封印大戦があったのも三千年前だ。

 じゃあ、この祠って……


「八英雄に封印された悪魔…」

「八英雄?」

「あれ、アイルさんは知りませんか? 昔々、この世界に転生、転移した八人の凄い人たちの事ですよ」

「知ってはいましたけど、あれってお伽噺みたいなものかと…」


 お伽噺か…

 クロノス様はこの世界の人間なら誰しもが知っているって言ってたけど…

 あ、存在したことを知っているとは言ってなかったな。


 そんな事を考えながら、祠の隅々を見る。


「……」

「どうです…?」


 どうです? と言われても…魔力も感じられないし、残り香みたいなものがあるわけでもない。


「特に変わったところは無いですね」

「そ、そう…ですか…」

「っ…。 すみません、アイルさん…」

「い、いえ! むしろ、なんのお礼も出来ないのにこんなところまで付き添ってもらい感謝しています。

 せめて、村で食事をご馳走させてください」

「嬉しいですけど、僕が行ったりしたら…」

「その件に関しては私のほうから村の者たちに説明しますのでご安心を

 それでも璃空さんが嫌なら無理強いはしませんが…」

「じゃあ、お言葉に甘えて…」


 せっかく僕を頼ってくれたのに何もできないうえに村の人たちを説得までしてくれてるのに、なんか申し訳ないな…


 仮説としては、この祠は本当になんでもない地域毎に点在する祠であるということ。

 でも、この説だった場合、それはアイルさんとその周辺で起きた出来事を全て否定しまう事になる。

 もう一つ仮説を上げるなら、この祠にいた悪魔は誰かの体を依代として、その力を隠している。

 隠しているのであれば、それはきっと…


 僕の視線は、自然と彼に向いた。


「……」


 アイルさんは普通の人にしか見えない。

 雰囲気もそうだけど、神秘の知識に疎すぎる。

 出来ることならこの人が依代でないことを願うばかりだ。


「璃空さん…」


 そんな事を考えてると、アイルさんが真っ直ぐ前方を見ながら指を差す。

 僕もそちらへと目を向ける。


 森の木々の合間からでも分かる。 アイルさんが指差した先には村があった。

 アイルさんの故郷であるルーパス村から煙が上がっていた。

 それも村全体が燃やされている勢いで


「っ!」


 僕もアイルさんも言葉を発する前に体が動いていた。

 村に近づくに連れ、胸の奥がざわついているのが分かる。

 さっきは離れていたから分からなかったが、真っ黒な煙からは後光が放たれている。理解できない不気味な現象だ。


 森を抜け、村の入口付近まで行くと、そこには逃げ延びた数人の村人がいた


「無事か! いったい、何が…」

「ベ……ェ…ゴ…」


 すがるように寄りかかった村人は息を引き取っていた。

 それ以外の村人も煙を吸いすぎたせいか意識はすでになかった。


 アイルさんが嘆く隣で、僕は村の入口を凝視していた。

 決して人の生き死にに興味が無いなんて冷酷な理由じゃない

 ただ、気になっただけだ。

 だってそうだ、一切表情を変えず、こちらを見ている老人を逃げ延びたか弱い人間とは思えない。


 あの老人は誰だ?

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