第3話 罪との邂逅

 森の中を流れる川辺で野宿することになったけど…


「動物どころか虫もいないなんて不思議だなぁ」


 草木はどれも生き生きとし、川には魚がいたから、生命体が過ごせないってわけじゃないんだろうけど…

 そんな事を考えながら焼いた魚を口に頬張っていると…


「ガサッ」


 茂みが揺れる音がした。


「……」


 恐怖よりも先に興味が湧いてしまった僕はそーっと音のした茂みへと近づく。

 音は最初だけで、それ以降は一切しなかったことから、こちらを警戒しているとも思ったが、それなら逃げるときの物音がしないのが不自然だ。


 とうとうその茂みの前まで来ると裏側を確認する。


「…あれ? あなたは…」

「あはは…バレちゃいましたか」


 なんとなく見覚えがある。


「先程は村の者が失礼をしたようで」

「村……あっ!」


 そうだ、この人はルーパス村の…


「アイルさん…でしたっけ?」

「はい、名前を覚えてもらえてたなんて光栄です。 ええと…」

「璃空です、飯島璃空」

「璃空さんですか。まずは謝罪を……

 璃空さん、何も知らずにあのような無礼を働いてしまった事、申し訳ないと思っています」


 アイルさんは深々と頭を下げ謝った。


「頭を上げてください! 何も分からなかったとはいえ、安易に転生者だなんて名乗った僕にも原因はあるので…」

「……」


 アイルさんは苦い表情をしている。

 僕の言葉で逆に気を使わせてしまったのかな?


「違うんです…」

「えっ?」

「ルーパスの人々が転生者を嫌うようになったのは私が原因なんです…」

「それって、どういう…」

「実は…」


 アイルさんが話そうとしたその時だった。


「……ッ!」


 背筋が凍るような悪寒が走った。

 こちらが恐怖しているのと同様にアイルさんの目は今にも泣きそうなくらい涙を浮かべている。


(原因って、まさか、この恐ろしい気配を放っているやつが…?)


「……、…、…」

「っ?」


 アイルさんが口を動かし何かを必死に伝えようとしてる。

 動かしている口を追い、それを解く。


(……う……し………ろ?)


 瞬間。


  ドゴォォォォォォォン!!!


 大鉈を地面に叩きつけた音が森に響く。

 叩き付ける直前に気付いて躱せたから良かったけど…


(今のは…一体…)


 音と衝撃、その衝撃によりできた窪みはあるものの、それを行った本人も地面を粉砕するために使われた武器も見当たらない

 アイルさんの口の動きに気づかなかったらと思うと…

 しかし、攻撃はその一撃ではとどまらなかった。


  ヒュゥゥゥゥ…


 目には見えないが、空を切る音が周囲から聞こえる。

 耳だけを頼りに近づいてくる音を避けるも完全に躱すことは出来ず、着実に追い込まれていった。


「はぁ…はぁ…」

(どういうことだ…あっちの攻撃判定はあるのに、こっちがどんなに剣を振っても当たらない…!)


 しっかりと動きを読んで躱しても、見えない攻撃はこっちに傷を負わせる。


「なら…!」


  コォォォォォ………


 音が近づく。

 腰に携えた剣に手を掛け、迫る攻撃を感覚のみで見極める。


(避けきれないなら、相殺させるまで…!)

「聖奥解放!ラズリ・オヂティス!!」


 瞬間、瑠璃の剣を抜刀する。


  カンッ!


 何かを弾いたのか、瑠璃の剣と衝突した音がした。


(何かが当たった!?)


 そう思った直後に鉈の感覚は失われた。

 当てたというよりも、こちらが防いだだけだが、それでも当てられないわけではないことが分かっただけで十分だった。


  グゥゥゥゥゥ…


 風を切る音がまた近づく。


(もう一度…!)


  ガッ!


 再び攻撃を防ぐ。

 今度は防いだ後に見えない攻撃をする武器がどこへ動いたのかも見極めた。


(そこか…!)

「はぁぁぁぁぁ!!!」


 弾き飛んだ方へと剣を振るう。


 キンッ


 振るった剣は別の金属とぶつかった。

 きっと大鉈だ、しかし、再び衝突したと思った攻撃は、またも虚空を振ることに。

 だが、確信した。

 こちらの攻撃判定が無いわけじゃない、ただ当たらなかっただけ。


(これなら…!)


「ツメが甘いのぅ…少年」


 後ろから老人とおぼしき声が聞こえた。

 しかし、横目で見えるそれは人のようで人でなく、獣のようでいて獣ではない。

 生態系にいてはいけない生命体ではない存在。




 問 なぜ、大鉈という言い回しで判断したのだろうか

 答 一振りが大きく、破壊力があったから

 問 なぜ、姿が見えないのだろうか

 答 そういった能力を持っているから

 問 なぜ、そういった能力を使用しているのだろうか

 答 見られたくなかったから

 問 見られたくない? どうして?

 答 見られては都合が悪いから

 問 姿を隠す能力を使用した状態でルーパスの人を殺せばそれで良かったのでは?

 答 それは…。

 …。

 …。

 …なぜだ?



  グチャア…


 あまりに突然の出来事に痛覚が麻痺していたのだろう。

 腹部に棒でも当たったのかと思うぐらいに小さな痛みだった。

 でも、それは違った。

 人間は自己防衛手段として、死に直面するとき無意識にそれを和らげようとする。

 ただし、無意識だからこそ意味があるのであり、それを理解するということは意味を為さない。

 おぞましく歪な手をしたそれは、大鉈の部分を握り、柄の部分を僕に向け振るっていた。


  ブンッ…


 気が付いた時には2、30メートルは吹っ飛ばされていた。

 森の地面が雑草で覆われてたのが救いだった。

 大鉈の柄をバットのように振るうなんて予想外な事をしてくれたものだ。

 内臓がグチャグチャになっているのが自分でも分かる。

 骨が軋む、経験したことのない激痛に声を上げるどころか思考が追いつかない


「あ………」


 意識が遠退く。

 恐怖は一切無かったけど結構呆気なかったなと思う。

 あれは誰だったんだろう…

 アイルさん、あのお爺さんに殺されてたら嫌だな……

 せっかく話せる人に出会えたのに……

 も……だめだ…

 ……ご…め……さい…








「フム…合格じゃな」


 老人の声が聞こえる

 合格? いったい、何の事を言ってるんだろう?


「ルーパスでの対応を見て、もしやと思ったが…

 クク…これは、楽しめそうじゃな

 喜べ少年。 貴様は我が依代に相応しい者と判断した。

 よって、今、起こるはずだった

 我の最後の奇跡ちからに生涯感謝するんだな」


 死を怠らせる?

 このお爺さんは一体…


「これにて邂逅及び契約完了とする。

 精々、我を楽しませてくれよ契約主よ」



 あ…意識が…また……

 ………。

 ………。





「……ん!」


 ん? 声が…聞こえる…?


「…ん! 璃空…! 璃空さんっ!」

「っ!」


 目が覚め、起き上がると、さっきの森だった。

 隣には心配そうな表情で僕を見るアイルさんがいた。


「良かった…急に倒れて心配したんですよ?」

「へっ? あ、えっと…すみません…」


 ふと、腹部に目をやる。

 内蔵がグチャグチャだった気がするけど、今はもう何ともない


「? どうしたんですか?」

「いや、さっき吹っ飛ばされた時、おもいっきりお腹ぶつけちゃって…」

「っ? 吹っ飛んだ…誰が…?」

「いや、だから僕が…」

「??? あの、璃空さん。 本当にどうしたんです?

 璃空さんは、この辺りの様子を見てくるって言って少し離れた所で急に倒れたんですよ?」

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