4階
子供がやる鬼ごっこには絶対に守らなければいけないローカルルールがあったりする。
「大人に見つかってはいけない」「走ってはいけない」「喋ってはいけない」などの大人に怒られないために作られたルール。
他にも、いつ誰が決めたのか分からないのに、昔からずっとある不思議なルールというのもある。
マンションでやる鬼ごっこだと、例えばこんなルール。
「4階に行ってはいけない」
────────
水曜日を全休にしていた私は、水曜の昼間から出掛けることが多かった。
今日も普段の水曜と同じように、昼前に起きて昼食を済ませてから外にぶらっと出掛ける予定だった。
洗い物を片付けていると外から元気な小学生の声が聞こえてきた。声からして、どうやら鬼ごっこをやっているようだ。
私が小学生の頃も、近所にある団地やマンション、ショッピングモールから果ては市の施設まで、実にいろいろな所で鬼ごっこをした。何がそんなに楽しかったのか今となっては分からないが、当時の私たちも今日の彼らのようにそこらじゅうを汗だくで走り回っていた。
家を出てエントランスに着いた時、ふと、ガスを切り忘れたような気がして私はエレベーターホールへと戻った。
「あ!おっちゃん!タッチ!」
同じ階に住む仲の良い小学生が私にタッチしてきた。
「おっちゃんちゃう、お兄さんや」
すかさずタッチし返す。
「はい、お前が鬼な」
「はぁ?おっちゃんせっこ~!」
小学生はそう言ってそのまま廊下を走って行った。
今のご時世、こういった他愛ないじゃれ合いですら親の目を気にしてしまう。
私はこうして子供と触れ合うたびに何故だか悪いことをしているような気分になった。
家のある4階に着くと、どこかから視線を感じた。
家の前に着くまでずっと見られていたので流石に居場所が分かった。
駐車場から先ほどの小学生がこちらを見ていた。
見ているというよりかは監視に近い、何だか異質な様子に私は薄気味悪さを覚えた。
────────
その日の夜、マンションに帰ってくると、あの小学生が家族とマンションを出るところに鉢合わせた。
昼のこともあったので、両親に軽く会釈してそのまま通り過ぎようとした私に小学生が声を掛けてきた。
「おっちゃん。4階おった?」
なんだか気味の悪い質問だったが、子供の質問を無視するわけにもいかず、おったで、と答えると、
「鬼ごっこの時に4階行ったらあかんねんで」と言われた。
そして、
「おっちゃん、連れてかれんで」
と言った。
両親と変な空気になったので、私は適当な愛想笑いでその場を脱した。
「連れてかれんで」という言葉が頭から離れなかった。
エレベーターに乗るのも何だか怖かったが、ただの子供の冗談だろうとそのまま4階のボタンを押した。
エレベーターを降りると、また視線を感じた。
今度はかなり近くから見られている気がした。
恐る恐る左右を見渡すと、エレベーターホールを出てすぐの家の前で子供が何も言わずに私をじっと見つめていた。
「ひっ!」
あまりの気持ち悪さに思わず声が出てしまった。
────なに?なにあれ?なに!
私は子供から逃げるように自宅へと走った。
ガチャガチャと大きな音をたててカギを開け玄関に飛び込み、いつもは寝る前に閉めるカギとチェーンを今日は真っ先に閉めた。
「何?なんなんあれ?ほんまに怖いんやけど」
落ち着くためにブツブツと独りごちるも、不安はどんどん膨らんでいく。
「連れてかれんで」という言葉が怖気と共に頭に響いてくる。
私は何か別のことで気を紛らわそうと思い夕飯の支度をすることにした。
暫くすると、先ほどの子供も親に怒られて家の前に立たされているだけだろうという、まともな考えが出来るようになってきた。
何も怖がることはない。
その時、インターホンが鳴った。
情けないことにビクッとしてしまう。
誰かがここにいたら笑われていただろう。
この時にはもうだいぶ心も落ち着いていたので、私は何の心配もすることなくインターホンを取った。
「────────」
しかし、受話器からは誰の声もしなかった。
さっきの「連れてかれんで」という言葉を思い出す。
連れていかれるって、誰に?
ぶんぶんと頭を振り、嫌な考えを追い出す。
インターホンの故障かもしれないし、ただ回覧板を回しに来ただけかもしれない。
しかし、それを確かめる気には到底なれなかった。
暗い廊下の先に見えるドアを絶対に開けていけないと思った。
────────
翌日、同じ階に住む老人からこんなことを言われた。
「昨日の夜、あんたの家の前に子供がずらぁっと並んでたけど、何かしたんか?」
怪奇マンション 穂村 @kirakiracandypop
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。怪奇マンションの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます